アトリーの帰還
村に到着するとそこは見違える景色になっていた。木組み石壁の家が軒を連ねて、村から町と言っていいほどの町並み。
土木1号と大工が協力すれば、3ヶ月でここまで変わるのか。
「アトリー、ようやく帰ってきたんだね」
その声に振り返ると見知らぬ青年が立っていた。爽やかな笑顔に痩身ながら鍛えられてそうな体つき。
厚手の服には見覚えがあった。
「リオン……か?」
「うん、そうだよ。やっぱりアトリーには分かるんだね」
「いや、服が違ってたら分からなかったよ……ってか、男になったのか」
「ようやくね。運営の方でも性別の違いを認めてくれたみたいで」
「そうか、良かったな」
「それに関して、アトリーに報告と言うか、相談があるんですが……」
少し言いよどむ様子はリオンに珍しい。何か問題があるのだろうか。
「立ち話も何なので、僕の家に良いですか?」
「ああ、構わないが。ルーファも一緒で良いか」
「はい、大丈夫です」
リオンの先導で少し歩いて2階建ての家へと入る。簡素ながら家具も設置されていて、生活感が出始めていた。
「あ、兄様。帰ってこられたんですね」
「アリス、ただいま」
「姫様……ルーファ様、ですよね」
「うむ、アリスは変わりないようじゃの」
「ルーファ様はお御髪が変わられた様ですけど、お似合いですね」
「ふむ、そうかのぅ」
リオンに促されて俺はテーブルにつく。そこへアリスがお茶を運んできてくれた。
「それで相談というのは?」
「え、あ、うん。そうだね。ええっと、どう話せばいいかな」
「兄様、実は」
「ああ、待ってアリス。自分で言うから」
そう言って1つ大きく深呼吸をしてから、リオンは俺に向かって頭を下げた。
「アリスとの交際を認めて下さい」
「ふぁっ!?」
唐突な展開に変な声が出てしまった。
「リオン、説明不足です」
「あ、ああ、そうか。そうだよね。アトリーに言われて、鉱山の方を開発してたんだけど、同時にアリスに稽古をつけて貰ってたんだ」
2人で過ごす時間が増えるにつれて、アリスを異性として意識するようになっていたらしい。
その頃に運営から連絡があり、本来の性別へとキャラクターが変更された。
「僕が思うに、やっぱりアリスを意識し始めたのも影響したのかなって思うんだ」
「外見のせいもあるだろうが、どっか中性的だったもんなぁ」
逆に女の子っぽい仕草すら感じた事もある。
「それで思い切って告白してみたら、兄様に聞かないとダメだって……」
俺がウジウジと何ヶ月も悩んでたのが馬鹿らしいほどの行動力。
リオンの実年齢は今の外見とあまり変わらない、20歳過ぎくらいの若さではないかと推測している。
わずか一週間で思わぬ変化が起こっていて、浦島気分を味わいながら、アリスの方を見る。
「兄様、私はどうしたらいいでしょうか?」
「それを俺に聞かれても困るんだがな。アリスはどうしたいんだ?」
「正直なところを申しますと、よくわからないというのが現状です。リオンの事は嫌いではないのですが、兄様に抱く感情とは違いますし」
アリスが俺に向けていた感情は、やはり恋愛に近いものがあったと思う。家族というよりは恋人に近かった。
それと違うと感じるということは、リオンを恋愛の対象とは見ていないということかもしれない。
ただつい最近まで、リオンは女の子だったのだ。そういう対象として見て無くても不思議はないし、これから変わる可能性もある。
「焦る必要もないし、じっくり考えてみるのもいいんじゃないか」
「兄様がそうおっしゃるなら」
「いや俺がどうこうというか、アリスの気持ちが大事だけどな。リオンはどうなんだ? 今のところ脈ナシっぽいけど」
「うぐっ……でも、嫌われていないなら、チャンスはあるよね」
「最初から相思相愛なんてのは、ないだろうからな。互いに確かめ合うのが良いんじゃないか」
「アトリーは何か余裕が出た感じだね」
「え、そうか?」
「何かこういう話になったら、逃げそうな雰囲気だったけど、ちゃんと聞いてくれる感じ」
「ふむ、わらわのおかげじゃな」
「その通りではあるんだが、ルーファに言われると釈然とはしないなぁ」
「照れずともよいぞよ?」
「照れてねーよ」
ルーファがピトっとくっついてくる。
「兄様、私にもしてください」
「いや、それはまずいだろう」
「ならリオンの事は断りますから」
「ま、待ってよ、僕は、えーっと」
「アトリー、戻ったならわらわに挨拶するのが筋ではないかや!?」
ややこしい雰囲気を打ち壊してくれたのは、ルフィア姫だった。ただその機嫌はあまりよろしくないようだが。
ただ視界にルーファの存在を認めて、複雑な表情を浮かべる。
「そなたがルーファ……なのじゃな」
「ええ、母上様」
「は、母上!?」
「わらわを生み出したのは姫様であろう? なら母上ではないかや?」
「わ、わらわはまだ未婚であるし、母と呼ばれるのは……」
戸惑うルフィア姫をルーファはクツクツと笑いながら見返している。
ルフィア姫の方はしばし呆然とルーファを見ていたが、ふと何かに気づいたようにこちらを見た。
「わらわが母親となると、今の身体に生み出したアトリーが父親となるのかの?」
「ち、父親?」
こちらに飛び火してきて、俺まで戸惑う羽目になる。
「1人の娘の父と母。それはもう夫婦という事になるのかのぅ」
「ん、んん?」
「アトリー、ソナタはやはりバルトニアの国王になるべきであろう」
「その話に繋がるのか!?」
「ソナタはルーファを蘇らせるのに時間が欲しいと言っておった。ならばもう問題はあるまい」
「え、いや、それは」
「アトリーさ、帰ってきただか!」
再びの乱入者に俺は救われる形になった……が、それは一時の話しで、場所を移して会議が持たれることになった。
食堂はルーファがミュータント化した木々から作ったしっかりとした建物で、子供たちやルフィア姫などの食事の場として使われている。
また定期的に行われる会議などでも使われていた。
「姫様、良かっただよ」
「シナリには心配を掛けたのぅ」
ルーファに抱きつくシナリ、その頭をルーファは優しく撫でてやっている。
「して、アトリーよ。覚悟は決まったかの」
会議の場には、先程リオンの家に集まったメンバーに、コルボ親子やカミュ、リーナが加わっている。
今の村を運営する主要メンバー達だ。農業面ではコルボの父であるグラフが、警備面はリオンを隊長にコルボが補佐してくれている。
二次産業としての裁縫は、カミュとリーナが指揮をとって綿花からの製糸や生地の作成を行っていた。
魔導炉の側にあった鉱山では、ミュータント化して乱暴を働いていた虜囚達が、作業にあたっている。
今のところ大人しく指示に従っているという。そこにはブリーエから警備が定期的に派遣され、管理を手伝ってくれているそうだ。
「皆、アトリーの指示に従って作業を進めておる。既にソナタが代表者として動かしておるのじゃ」
「う……それはそうかもしれないが」
「責任を取ってくれてもよいのではないかや?」
実際のところ、村の運営というのも楽しくはある。村から町へと発展しようとするバルトニア、ここから更に大きくするのも楽しいだろう。
多くのNPCに対して責任を持つというのは重責だが、すでに俺の指示で方針が決まって動いている。
ここで放り投げるのは確かに無責任だろう。
「わかった。村の運営に関して取り仕切る宰相とかの地位になるよ」
「そこでなぜ国王にならぬ!」
「やっぱり、ここはバルトニアだからさ。王家の血筋があるなら、そこは守るべきだろう」
「じゃ、じゃから、その、わらわを娶ってくれれば良いのじゃ」
「そんな政略結婚みたいなのは良くないよ。ルフィア姫が義務として俺を夫にとか」
「義務とかではなく、わらわが、その……」
「待つのじゃ、母上。その感情はわらわのモノで、母上は錯覚しておるだけじゃ」
俺へと詰め寄ろうとするルフィア姫を止めたのはルーファだった。
「母上がアトリーに感じておる親近感やら恋愛感情は、わらわが抱いたものを共有しているからで、母上のモノではないぞよ」
「そ、そんな。アトリーがおらぬ間、こんなに寂しく辛かったのにかや……」
胸を押さえるようにして、瞳を潤ませるルフィア姫。
そんな事になっていたのか。ベースとなる性格は似ていて、同じような体験を知識として受け取っていたなら、同じような心境になっていても不思議はないのかもしれない。
「ルフィア姫、俺としても姫とはそれほどの付き合いでもない。いきなり夫婦とか言われても、政治的な都合としか受け取れないんだ」
「わらわは慰めて貰えぬのか?」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、辛そうに訴えられると何とかしてやりたいと思ってしまう。
「騙されてはいかんぞ、アトリー。見目こそ麗しい姫君じゃが、中身は千歳を超える婆様じゃからな!」
「大半は眠っておったし、肉体的にも精神的にも生娘なのじゃ!」
かしましさが2倍、いやそれ以上に賑やかしい。
俺としては微笑ましくも苦笑しか出なかった。
「姫様。姫様にもいい人が現れるかもしれませんし、結論を急ぐことはないかと思いますよ」
「そうじゃろうか……」
「今後、町が発展していけば、他の冒険者もやってきますしね。姫様なら人気者になれると思いますよ」
「そうかのぅ……それまでは支えてくれるのじゃろうな?」
「ええ、バルトニアを発展させていくのは楽しそうですしね」
こうして姫様をなだめて、シンボルとしての女王として即位してもらい、それをサポートする宰相の位置に俺が収まる事となった。
まあ、まだ村なのに宰相とは片腹痛い役職だけど。
やる事はたくさんあるので、片っ端から片付けていかないとな。




