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感情の暴走

「おい、死者の声ジャンキー。良い知らせと、悪い知らせがある」

 長く俺に付き合ってくれていた女性は、少し態度が軟化しているようだ。

 扱いはぞんざいになっているが、その分親近感は増している。


「これ以上、負の声を聞かされると折れそうだ。良い知らせから教えてくれ」

「ふむ。お前の無駄と思える努力が実ったようだ。リスニングだけで死霊術が習得できたようだぞ」

「え?」

 俺は久々にポタミナを操作してスキルの欄に〈死霊術〉が追加されているのを確認した。


「こ、これで霊を呼び出せる?」

「そうだな、依り代となる物があれば、そこに宿る想いを引き寄せる事ができる。死霊としての復活、受肉となっていくに連れて、必要なスキルは増えていくがな」

「話せるようになるだけで、かなり違うよ」

 その返答に青白い女は顔を歪めた。



「して悪い知らせの方だが……」

「何だよ、脅かすなよ」

 声のトーンを落とす女性。

「お前が悪いんだぞ。詳しい話をしないから」

「だから何だよ、もったいぶるな」

「お前が呼び出したい相手、ルーファとやらが見つからん。もう成仏してるんじゃないか?」

「なっ!? いや待て、本当の名はルフィアだ。それでもう一度探してくれ」

「名前ではなくお前が欲する脳波で検索しているから間違うはずもない。ルフィアかルーファか知らんが、そのような者の魂は存在しない」

「そ、そんな……」

「お前の片思いだったんだろう。その者はこの世に未練を残しておらん。互いに想い合っていれば、短期間に消え去る事はない」

 ルーファはもう成仏した?

 未練もなく消えてしまったのか。


『それでこそわらわの……』

 ルーファの最後の声。あれはルーファを復活させる決意を見せた俺を鼓舞してくれるもの。そこで満足するような事ではなかったはず。


「信じられないな、その辞書を俺に見せてくれ」

「それはできんよ。ユーザーにアクセスさせる物ではないからな」

 その言動からこの女性は単なるNPCではなく、システムに近い存在だと思う。

 俺達プレイヤーに渡せない情報も握っているのだ。

 しかし、俺の中では何かのタガが外れていた。幾つもの死を見聞きしてきた為だろうか。



「アンタの立場じゃそうなんだろな。だから勝手に見させて貰うよ」

「何を言って……!?」

 俺はすっと右手を差し出すと、彼女の左胸の中へと突き刺した。彼女は人の姿をしているように見えるが、その実態は骸骨。青白い肌に実体はなかった。


「お前、何をっひうっ」

「やっぱりそうか……死霊術を習得したおかげで触れるみたいだ」

「ひぎっ、や、やめろっ」

 俺の指先が彼女の霊体に触れ、指先を動かすとそれに合わせて身体が跳ねる。

 魔導技師でゴーレムやミュータントの魔力を感じて操れたように、死霊術ではその霊力を操作できるようだ。


「あ、あぁぁ、や、ふぁっ」

 身体の中に収納されている辞書を出現させる為に、色々と弄ってみるが思ったようには出てこない。

 悶え苦しむ女性は、途切れ途切れに声を絞り出す。


「だ、出す、レコードを出す、だから、やめてくれっ」

「早くしろ」

 彼女に少しの自由を戻して、辞書を取り出させる。そしてページがパラパラとめくれていき、俺の情報が記載されている所が開かれた。



 俺の名前を中心に、幾つもの名前が結ばれている図形になっていた。

 俺を中心に太さの違う線が四方八方に伸びて、別の誰かに繋がっている。

 オタリアの衞士ホランド、プレイヤーのシンジ、冒険者学校の教官アンナに、裁縫ギルドのメンバー達。マサムネにメーべのドーソンさん。更には名前を知るはずもなかったメーべを襲った野盗達。

 国境砦の隊長やイットウサイ、戦ったブリーエの騎士達。シャリルにイザベラ。アームストロングにトミコ、エリザベス。

 ゲーニッツやレイドン、ベネッタの名前も載っている。

 俺が出会ったプレイヤーやNPCのログが、そこには記載されているのだ。

 生死も関係なく、俺が関わった人々の記録。


 そして線の太さが親密度か一緒にいる時間か。リオンやアリスが太く、次いでシナリやカミュ、リーナといった面々。

 すべての名前が網羅されているはずなのに、あるはずの名前がない。



「なぜないんだ!?」

「わ、わからない。私にもっっ」

 指先1つで苦鳴を漏らす女性、隠している事もなさそうだ。

 俺は懐から宝珠を取り出す。

「ここに居るんだ。確実に。彼女の魔力を見ることはできている」

「わ、私にも、見せてくれないか?」

 やや怯えた様子ながら、女性が提案してきた。彼女に弱みを見せてもいいのか。しかし、知識はあるはずか。


「わかっていると思うが」

「ああ、変なことはしない。その魔力を調べるだけだ」

 彼女の手綱は俺の手の中にある。もしルーファを消そうとしたら、直ぐに干渉できるはず。

 俺は警戒しながら、女性の前に宝珠を差し出す。彼女は輪郭のブレる白い手を宝珠に触れないよう気をつけながら、周囲を探るように動かしていく。



「そういう……事か」

「何かわかったのか?」

「彼女は人ではないのだろう。疑似知能、AIの類ではないか」

「な……に?」

「ゴーレムの一種、作られた命だろう。そこに魂はない、死者にはならぬ存在だ」

「し、しかし、アリスの名は、ホムンクルスはあるじゃないか!」

「ホムンクルスは、人工的に生み出される生命体だ。作られているが、血肉をもった存在。魂が存在している」

 ルーファは魔導人形。魔力で動いている人工知能に過ぎないのか。そこに魂がないから復活のしようがない……?



「う、あ、あぁ」

「ま、待て、早まるな。ひくっ」

 突きつけられた事実に、女性の中に差し入れた手がピクピクと痙攣する。それに合わせて女性の身体も跳ね動いた。


「ほ、方法を、間違えた、だけだ。方法は、他に、あるっ」

「ほう……ほう?」

「そ、そうだ。魔法生物であったならば、それに応じた方法がある」

 俺はその言葉に霊気を操る手を引き剥がす。


「どういう……事だ?」

「す、少し、待って、くれ。霊気が、乱れ、過ぎてっ」

 荒い呼吸に合わせて、女の輪郭がブレで骸骨が透けて見える。存在がかなり不安定になっていた。

 その様子に俺は自分がした事をようやく理解する。



「す、すまん、少し我を忘れていたようだ……」

「ふぅ、もっと冷静な奴だと思っていたが……余程大切な存在なのだな」

「そう……何だろうな」

「まあ、死者の声を聞きすぎて精神が不安定だったのもあると思うが」

 呼吸が整ってきた女は、改めて説明を開始した。



「その宝珠にある魔力を元にもう一度身体を作ればいい」

「しかし、魔導人形を作り直したところで、それはコピーに過ぎないだろう」

「ああ、そうだろうな。起動にその宝珠の魔力を使ったところで、そのものになる訳じゃない」

 ベースとなるルフィア姫とルーファでもかなり性格が変わっている。

 ルフィア姫が送られていたという記憶を移植したところで、それは代替え品にしかならない。

 だからこそ死霊術で蘇らせようとしたのだ。



「だから、魔力そのものを核とする生命体に転生させる」

「何?」

「魔力の中に眠る波長、記憶、感情が直に伝わる存在にすれば、そのものが蘇る……可能性はある」

 女は慎重にこちらを見ながら伝えてきた。魔導技師のスキルでミュータントの感情が類推できたように、死霊術でも霊気の揺らぎでその本気度は読める……気がする。

 それを見る限りは、彼女の言葉に嘘はない。


「む?」

「ああ、やっぱりそうなるか」

 俺が手にしていたプレイヤーログの見える辞書が消えてしまった。

「どこへやった?」

「私の管理者権限が失われたのだ。プレイヤーにいじられてしまっては、端末として役に立たないからな」

 苦笑を浮かべながらも、あまり落胆した様子もない。


「プレイヤーを管理する死神から、単なるレイスに降格。責任はとってくれるよな、アトリー」

「せ、責任って……?」

「もはや生気を吸って彷徨う幽鬼アンデットになってしまった。人様に迷惑にならぬよう、定期的に生気を分けてくれ」

 俺が霊気をいじったせいか、プレイヤーレコードを見てしまったからか、目の前の女性は失職したようだ。


「仕方ない……のか」

「それにアトリーも地獄ここからでなければならない。私の知識は役立つと思うぞ?」

「ここから?」

「ここは本来、死にたがりのプレイヤーを矯正する施設。出るにはそれなりの試練がある。死者の声を聞きすぎて精神に異常が出ているお前では、出るのは難しくなっているぞ」

 そう言って俺の肩へと手を載せる。するとヒヤリとした感触で、体温が奪われていた。


「な、何を!?」

「情報料を頂いただけだ。まずは地獄ここを脱出するまでは、一緒にやろうではないか、相棒よ」 

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