ケイトとのデート
オタリアの街は相変わらずの賑わいを見せていた。レンタルサービスのベータ組が増えた事で、プレイヤーの姿が多い。
魔族討伐の大型クエストが発令されて、その攻略が話題の中心になっている。
〈看破〉スキルで確認すると、俺よりもレベルが高い者もゴロゴロいる感じで、魔族戦の効率の良さが伺えた。
表通りから坂を登って行くと、貴族達のエリアへと続いていく。町並みが整然とした雰囲気に変わり、冒険者達の姿は減ってくる。
下町のエリアと貴族のエリアの区切りにあるのが、中央噴水広場。水瓶を掲げる女性の像から、水が流れ落ちている。
噴水を囲むように屋台が並んでいて、香ばしい匂いが漂っていた。
「アトリーさん、お待たせしました」
「いや、俺も今着いたところだよ」
背後からの声に振り返ると、いつも三つ編みにしている髪を解き、明るい緑のワンピース姿のケイトが立っていた。
薬師の装備はどうしても野暮ったさがあるが、今日は身体のラインも分かるような薄手の衣装だ。
一方の俺もケイトに渡された貴族のような衣服になっている。
「くふふっ、テンプレって大事ですね」
少し気味の悪い笑みを浮かべたケイト。そのまま俺の腕を抱えるように歩き出す。
「なんだ、急いでるのか?」
「ちょっとだけ遅くなったので」
デートのプランはケイトに任せきりになっていた。
連れてこられたのは貴族エリアにある豪華な建物。どうやら劇場のようだった。
「まずはここです。映画館の代わりですけど」
「俺、こういう所に入った事ないんだが」
「私もないですけど、座って見るだけなんだし、緊張する事もないでしょ?」
いつもよりテンション高く、積極的なケイトに先導されながら建物の中へと入って行く。
建物の構造としては現実にあるのと変わらない。舞台に向かって客席が扇状に広がっている。
ただ椅子の間隔は広めで、作りも豪勢な物になっていた。
貴族の楽しみという感じだろう。
オーケストラによる伴奏の中、ややミュージカルのように節を付けたセリフで演じられたのは、戦争で離れ離れになった恋人同士の悲恋。
戦で倒れた恋人を想い、悲しみを歌う所で劇は終わった。
「やっぱり、離れ離れは駄目ですね。戦場に付いていくくらいじゃないと」
ケイトの感想はそんな感じだった。
「大切な人を危険な所には連れていけないだろう」
「守られているだけで何もできないのは辛いですよ。自分にも何かできるって事が大事なんですよ」
「そうかもしれないな」
劇場の中は個室扱いなのか、2時間ほどの観劇でも実時間では10分しか経っていなかった。
そこから表通りへと戻り、一軒のレストランに入って行く。
真っ白な3階建てのレストランは、1階が通常の営業。2階より上が、個室で町並みを見ながら食事ができるようになっていた。
俺達は3階へと案内されて、そこからはオタリアの南に広がる海が一望できる。
幾つかの船が停泊していて、海鳥が横切っていく。
「何かすごい部屋だな」
「ですねぇ。現実だと気後れしちゃいそうです」
地中海のレストランはこんな感じだろうか。潮風が香り、夕日に染まる海がキラキラと輝いている。
そんなヨーロッパを感じるレストランで、出てきた料理は鍋だった。
その蓋を取ると感じるのは、嗅ぎ慣れたようで、最近はご無沙汰になっている香り。
「これって、おでん?」
一人暮らしを始めてから、コンビニ何かでないと食べることのない料理。ありふれている割には、口にすることが減っていた。
「シナリが醤油っぽい調味料を持ってたから、それを利用して作ってみました」
「え? ケイトが作ったの?」
「はい、お店を借りて作ってみました。料理できるのは、シナリだけじゃないんですよ」
そう言いながら、大根らしき円柱状の野菜を取ってくれる。
「まずはこれで味を見てください」
「あ、ああ」
箸も渡されて、身を一口サイズへと切り分け、口に運ぶ。出汁がしっかりと染み込んだ一品に、懐かしい気持ちになる。
「うん、美味しいね。コンビニの出来合いとは一味違う」
「よかった〜」
心底ほっとした表情で、次々によそってくらる。
「日本酒が見つからなかったんで、お酒は白ワインなんですけど」
「ワインはあんまり飲まないんだよな……でも、口当たりはいいね」
ワインを片手におでんをつつく。広がる風景は地中海を思わせる町並み。和洋折衷というよりは、ごちゃまぜ感のある食事だった。
それでも和食の手料理は、どこかホッとする。
「最初は何事かと思ったけど、すごく美味しかったよ」
「ふふっ、良かったです。花嫁修業に、料理を勉強した甲斐がありました」
「この腕ならすぐにお嫁に行けるね」
「ほんと、貰って下さいよ」
何気ない誘導に引っかかってしまった。ワインのせいかっ。
「なんてね。今のアトリーさんは、ルフィアさんの事で手一杯ですよね」
「ん……ああ、そうだ」
「今のアトリーさんから、無理矢理ルフィアさんを忘れさせようとしても、逆効果なのは分かってます」
彼女なりに色々と考えながらのこの計画だったのだろう。
「だから少し待とうかなって。私もちょっとやりたい事ができましたし」
そう言いながら取り出したのは、黒ずんだ水晶のような結晶。何らかの魔力はありそうだが、今は機能していないようだ。
「これはホムンクルスの核になるものみたいです。あのベネッタさんでしたっけ、彼女が消えた後に残ってました」
「え?」
アリスを介抱しながら、辺りを調べていたのだろうか。しかし、そんな物が残っているとは。
「ちゃんと錬金術師としてやる事をやっとかないと、アトリーさんに釣り合いませんからね。私はこれを元にホムンクルスを精製しますよ」
「そうか」
それは彼女がゲームを始める前から立てていた目標。その道標が見つかったのは喜ばしい事だ。
「そんな訳で、アトリーさんには下手に手を出せないし、やる事もできたんで、少し踏ん切りを付けておきたかったんです」
ケイトの顔には静かな決意が見て取れた。
「でもアトリーさんって、リアルでも彼女いませんよね?」
「う……まぁな」
「男として溜まってる物とかないんですか?」
「なっ、何を言ってるのかな!?」
「もう少し踏ん切りが足りないと言うか、思い出が欲しかったりするんですけど」
ケイトの視線がちらりと動く。このレストランの個室は、単に食事をするだけではなく、宿泊施設にもなっているらしい。
彼女の視線の先にあるのは、寝室……なんだろうか。
こちらを覗き込むように上体を近づけてくる。緑のワンピースは胸元がかなり開いていて、深い谷間が無防備に晒されている。
ワインが回ってほんのりと赤みが刺した顔。何かをねだるように僅かに突き出された唇。
いつもとはちがって、緩いウェーブが掛かった髪が、潮風になびいで俺の顔に掛かってくる。
そっと瞳を閉じながら迫ってくるケイトを、俺は両肩を掴んで押しとどめた。
「だ、ダメダメだ。そんなの駄目だよ」
「むう、もう少しな感じだったのに、何が駄目なんです?」
「ケイトがそれなりの覚悟を持って、俺に対してくれてるのは分かる。だからこそ、中途半端な気持ちで、そういう流れになっちゃ駄目なんだよ」
「んん……単にアトリーさんが臆病なだけじゃ?」
それに関しては否定できないが、それでもダメなモノはダメだ。
「なんてね、分かってましたけど。臆病って事は、相手の気持ちを色々考えているって事で、それがアトリーさんの優しさでもありますから」
身体を戻しながらケイトが微笑む。
「せっかくですから、お風呂くらい使って帰りますかね。アトリーさん、今日はありがとうございました。約束のご褒美はここまでで十分です」
「あ、ああ……」
唐突に切り出された終了宣言に戸惑う。
「私はお風呂に入ってから戻りますから、アトリーさんはお先にどうぞ……それとも一緒に入ります? 豪勢な浴槽ですよ」
「い、いや、帰るよ。それじゃあな」
俺はこちらを挑発的に見詰めながら、服に手を掛けたケイトを残して転移を開始する。
残されるケイトの表情は、俺が転移する瞬間に崩れ、大粒の涙をこぼしたように見えた。




