バルインヌの村
「アトリーさ、無事だっただか!?」
転送による立ちくらみに似た感覚から覚めると、シナリの声が迎えてくれた。
祈るように両手を組み、膝をついた体勢で俺を見上げている。
「ただいまシナリ。話したいことは色々あるんだが、ログアウトまで時間がない。あと1日ほどでルフィア姫がミュータントを連れてやってくる。ある程度、受け入れる準備をしておいてくれ」
「ああ、わかっただ」
「ミュータントは50人ほどいるから、村に入れずに外で休めるようにしてくれたらいい」
頷くシナリには、頼り切りになるな。約束を守れていない事を謝りたいが、今は時間がない。
「土木1号を出しておく。多分、ルフィア姫なら扱えるだろうから、彼女に任せてくれ」
「あ、アトリーさ……?」
はっとするように顔を上げたシナリは、何かを感じているのだろうか。驚きが浮かんでいる。
「すまん、またログインしたら、ちゃんと話すからっ」
俺の意識はそこで途切れて、覚醒の時間を迎えていた。
ログインし直した時、そこが何処だか忘れていた。いや、今までと違う様子に場所を勘違いしたのか。
12人の子供が住むだけだった村。そこから俺達のパーティが増えて、18人。子供達は元気だったが、喧騒というほどでもなかった。
しかし、今の村は至る所から鎚を振るう音が聞こえてきていて、急ピッチで建物が造られようとしていた。
「あ、アトリーさっ」
村の様子を見渡していた俺を最初に見つけたのはシナリだった。
叫ぶように名前を呼ぶと、力強く抱きついてくる。
肩を震わせる様子から、ある程度の事情は聞いた後なのだろう。
「す、すまね、アトリーさ。あたしの変な約束は、忘れてくんろっ」
「いや、大丈夫だシナリ。俺はシナリとの約束は守るよ」
「え、でも、姫様は……」
俺はルフィアが居る宝珠を取り出す。
「今はこの中で休んでるだけだ。必ず俺が蘇らせるよ」
「あ、アトリーさ……分かっただ。あたしもできるだけ協力するだよ」
「うん、ありがとう」
シナリ自身も辛さを抱えているはずなのに、ルフィアの事を思いやってくれる。
「おお、アトリー。来ておったか。色々と決めねばならぬことがあるゆえ、食堂まで来てくれるかの?」
「わかりました、ルフィア姫」
その姿は棺の中で眠っていた白いドレスのまま。しかし、駆け回っていたのだろう、砂や土に汚れて斑模様になっていた。
50人のミュータント。その人々が暮らせる環境を作るのは、一朝一夕で済む問題ではない。
今後の発展を見越した礎、ちゃんと作っていかなければ。
食堂には、アリスが待っていた。一時は魔力の殆どが失われ、消滅の危機まで陥ったが、もう大丈夫なようだ。
「兄様、おはようございます」
「ああ、おはよう」
ミュータント化して満足に動かせなかった身体も、治療が終わって良好。現時点で最強の戦力となっている。
「見ての通り、村は新たな住人を迎える準備にかかっておる。ソナタの言ったように、村を拡張して住居や畑を広げていくつもりじゃ」
「土木1号は?」
「うむ、外装にへこみはできておったが稼働には問題ない。今も整地に頑張ってもらっておる」
土木作業用ゴーレムの土木1号は、魔導炉で休止状態だったのをルフィアが稼働させた1台。常人の何倍もの作業をこなしてくれるので、重宝する逸品だった。
「またミュータント化しておる村人達も、人の何倍も働けるゆえ整地に関してはかなり終わっておる」
「なるほど」
「問題となるのは住居なのじゃ。ミュータント化した木材は多少残っておるが、それらで建物を作って行くには、わらわとソナタだけでは時間がかかるじゃろう」
魔力に汚染されて奇形化した木は、魔導技師の技術で加工ができる。
とはいえ俺はまだ不慣れだし、50人分の家屋となると材料も足りない。
「やっぱり、ちゃんとした大工を呼んだ方が良いですね」
「うむ。しかし、わらわには人脈がないゆえ、どうしようもなくてな」
「わかりました。その辺は、ブリーエの方であてを探してみます」
捕らえてあるミュータントも引き取らなければならないだろう。
「それで、じゃな。組織として村を運営する上で、役職を決めておいた方がよいと思うのじゃが」
「それはそうですね」
「村長はソナタで良いとして、警備主任はここにおるアリスかの?」
「待て待て、なんで俺が村長なんだ。村の代表者という意味ではルフィア姫がなるべきでしょう」
「いや、わらわは新参じゃし、ソナタの一連の判断は優れておると思っておるしの」
評価されて悪い気はしないが、ここは譲れない部分だ。村の運営に必要以上の時間を取られるつもりはない。
「ルフィア姫は、王族として人の上に立つ教育も受けておられますよね?」
「そのことじゃが、わらわは元々三女。兄も2人いて、本来は政治にかかわらぬ立場でな。魔法や魔導に適性があった事もあって、その手の教育はほとんど……」
なん……だと!?
ルフィアは事ある毎に王族の立場を振りかざし、人を動かしていたように思う。メーべでは村人を奮い立たせて、練兵まで行っていた。
あれはルフィアとなった後で培われた資質だったんだろうか。
「道中、コルボ達からも話を聞いて、主な指示はソナタから出されておって、皆の信頼も厚い事も分かっておる。ソナタを置いて他の者では示しがつかぬと思うのじゃ」
指示を出してたのはプレイヤーだからで、人望とかじゃないんだが。
そして、ここで引くわけにもいかない。
「バルトニアを再興するのであれば、御輿となるのはルフィア姫。もちろん、補佐はしますし実務は他の者がやればいいんです。村には多くの新参が入り、その人達と接している時間は、既にルフィア姫の方が長い」
「し、しかしじゃな……」
いつも自信に溢れ、上から目線だったルフィアに比べると、この姫様は弱腰だった。そうした際に胸の奥がチクリと痛む。
「姫、私にはやらなければならない事があります。その為に時間が必要なんです」
卑怯だとは思うが、俺がやりたい事は通させてもらう。ルフィアが封じられた宝珠。それを机の上へと取り出した。
「彼女を救う事が俺の使命です」
「う……む。しかし、どうするのじゃ?」
「死霊術を探します」
「なぬ、死霊術とな?」
「ネクロマンサー。この世界にも概念はあるだろ?」
「うむ。ただ禁呪に指定されておるゆえ、詳しい事はわからぬ」
あるとしても邪法、正統派のルフィア姫が知らないのは予想通り。その存在が確認できれば十分だ。
「バスティーユ城に行けば資料があるやも知れぬ」
「が、今のレベルじゃ中に入ることすらかなわない。だから別口を探すよ。その為には少し時間がいるんだ」
「何をするつもりじゃ?」
「山登り……かな」
結局、ルフィア姫もすんなりとは代表者の役を受けることはなく、あくまで代表代行という形に落ち着いた。
俺の用事が済んだら押し付けるつもりらしい。
ルフィア姫は元々が研究者で、執政者となるつもりはないようだ。
進んで上に立ちたがる人物は1人心当たりがある。その為にも復活させないとな。
「アトリーさん、どこに行ってたんですか」
「ルフィア姫と今後の方針についてな」
「で、用事は終わったんですね?」
「旅の準備をしなきゃならんがな」
「旅? それも気になるところですが、忘れてませんよね?」
忘れる事は無いが、面倒くさいとも感じている。でも彼女はブリーエ奪還で大いに助けてくれた。
もしかするとアリスまで失うところだったのを、救ってもらった恩もある。
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。ゲーム世界の半日だけ時間を下さい」
「半日?」
「はい、デートしてください」
にっこりと微笑む彼女。ここで否と言うには、借りが多すぎる気がした。




