城内の清掃と王の帰還
「てめぇら、何モンだ!?」
兵士詰め所でブリーエの兵を痛ぶっていた連中を見つけて声を掛けると、そんな風に返ってきた。
いかにも無法者といった雰囲気がある。
「ブリーエ国に協力する冒険者だ。ゲーニッツはもう捕らえた。大人しく従えば、悪いようにはしない」
「へっ、あの野郎しくじったのか。ならもう俺達を止められるモノは何もねぇなっ」
「アトリー、やるよ?」
こちらに対して敵意を向けてきたゴロツキに対して、リオンが俺の前に出る。
「ガキはすっこんでろ」
狭い室内、相手は強化した肉体を使う素手。リオンは短くしているとはいえ、小回りの効きにくいウォーハンマー。
それにまだデスペナが残っているはずだった。威圧に関してはブラフになるかと思ったが、よく考えるとリオンは小柄で迫力はない。
ここにいる連中は、別働隊としてブリーエ城を攻略していた奴らで、リオンの実力を知らなかった。
「おい、リオン!」
「おらっ」
俺の危惧はあっさりと覆される。突進してくる相手を自分の回転に巻き込むようにして躱すと、そのままの勢いで壁に激突するように誘導した。
自らの突進する力を自らに跳ね返させる戦い方は、アリスが得意とするところだ。
「僕だって無駄に過ごしてた訳じゃないよ」
どうやらアリスから護身術の基礎を習っていたようだ。
アスリートとして元々身体を捌く事や、動体視力は良かったのもあるだろうが、普段とは違う戦いを実践できる技術は凄い。
「まあ、こんなところだよね。この手の連中は」
8人いた宝物庫の敵を分担して無力化して、リオンは軽くそういった。
「それでも一応は国民候補だからな。まあ扱いは難しいが、最初から切り捨てるわけにもいかんさ」
「え、英雄殿でございますな」
話しかけてきたのは中年の兵士だった。
「え、英雄?」
「大臣共を追い出してくれた方々。あれ以来、国内は安定を取り戻しつつあります。その上、無法者から助けて頂けるとは……」
かなり過大評価されている気はするが、今は利用した方がいいだろう。
「引き続き城内の制圧を行います。こいつらは縛って確保しておいてください。もし動ける人がいれば、ついてきてくれると助かります」
「おお、わかりましたぞ。皆の者、城を取り戻すぞ!」
「「おおーっ!」」
顔を腫らした兵士達は、賛同を示してくれた。
それから俺達は魔力の痕跡を追いながら、宝物庫・酒蔵庫・女中詰め所などを回って、野盗ミュータントを倒していった。
その数は30人ほど。
想定していた数よりは少ないが、城内には魔力の痕跡はなくなっていた。
「外に出た連中もいるのか」
「みたいだね。追いかける?」
「そうしたいところだが、時間が掛かりそうだな。城内を安定させるのが先だろう」
ミュータントは捕らえていったが、混乱は続いている。それにイザベラ達がやってくるのもそろそろのはずだ。
「英雄殿! 国王がお呼びです」
城内を見て回っていた俺達の所に、兵士がやってきて告げた。
ブリーエ城へと戻ったシャリル国王とイザベラと合流し、捕らえたゲーニッツのいる地下室へと戻る。
その時になって、自分の迂闊さを思い出した。
「アリス! 無事か!?」
地下牢のある場所へと駆け込むなり、俺はアリスの安否を確認する。
アリスが倒れていた場所では、ケイトがアリスに口付けていた。
「あ、アトリーさん。お帰りなさい」
「け、ケイト。何を?」
「アリスの魔力が無くなると困ると思って、MP回復ポーションを飲ませておきました」
「そうかっ、ありがとう!」
目の前の事に必死になっていた俺を、しっかりとフォローしてくれる仲間がいる。
こんなに嬉しいことはない。
「貴様がゲーニッツか」
「ふん、無能な国王のお出ましか」
ルフィア姫に魔導技師としての力を渡してしまったゲーニッツが、シャリル国王を無能呼ばわりするのは滑稽だった。
「そうだな。世は至らぬ点が多い。しかし、助けてくれる者がおるだけ恵まれておる」
やはり国王の度量は一回り大きくなっているようだ。これもイザベラの調教……もとい、教育のおかげか。
「では、詳細を伺おうか」
そのイザベラが俺達へと報告を促した。
「なるほど、そのような事に」
目の前のゲーニッツが、ミュータントを支配していた力を失い、ミュータントの半数はバルインヌへ。
残りの大半は城内で捕縛している事を話した。
「しかし、本当にミュータント達は大丈夫なのか?」
「元は戦災で住む土地を追われて難民です。求めているのは、平和に暮らせる土地。バルインヌで生き残る術があるなら、文句はないかと」
「今は……な。しかし、民衆というのは、1つ満たされると、次の欲求を抱え始める。身体能力が高い彼らが隣国へと欲を出さねば良いが」
「正直、そんな先の事はわかりません。今は生き抜くのに必死ですし、バルインヌ自体もかなり広い。後は姫様の器に賭けます」
「なるほどな。古の王国の姫か。そのうち、面会したいものだ」
「基本はルフィアと変わりませんけどね。国内が落ち着けば、早いうちに叶うでしょう」
「にい……様」
「アリス、気がついたか」
俺の応急処置と、ケイトの看護のお陰でアリスも無事に意識を取り戻した。
「はい、なんとか……ゲーニッツやレイドンは?」
「ゲーニッツは捕らえたし、レイドンも倒した」
「流石です、兄様……それと姉様は?」
「ベネッタか。彼女は魔力を絞りとられて……」
ミュータント化していた彼女は、魔力を失った事で身体が維持できなくなって崩れ去っていた。
一歩間違えば、アリスも同じ目にあっていたところだ。
「よかったです」
「え?」
「姉様はもう稼働年数を遥かに越えて、無理矢理動かされていました。ようやく束縛から解放されたなら、それが良かったのだと」
ベネッタが最後に浮かべた笑みは、解放への喜びだったのだろうか。
「ケイト、世話になったな。助かったよ」
「いえ、私としてもホムンクルスのアリスさんに居なくなられるのは寂しいですからね。ただすこ〜しでもご褒美があると嬉しいですけど」
「う、ま、まあ、考えるよ」
獲物を狙うような瞳が怖い……が、今回はかなり助けてもらった。何かの形で返さないといけないだろう。
「では国王、イザベラさん。俺は一旦、村へ帰ります。姫様と合流しないといけないので」
「そうだな、この度も世話になった。また祝宴を用意するゆえ、姫共々来てもらえると嬉しい」
「国王、安請け合いしないでください。城内の様子も分かってないのに。アトリー、捕縛したミュータントは?」
「あ、そうですね……できれば、こちらで引き受けたいのですが、まだ体制が整わないので」
「わかった。しばし預かろう」
「すいません、お願いします。彼らも魔力で生きているはずなので、食料費なんかはかからないはず。地下牢にでも放り込んでおいて下さい」
「それじゃあ、村へ戻ろうか」
「ああ」
「ご褒美、ご褒美〜」
俺達は我が家へと転移を開始した。




