新たなる目標
彼女と出会って2ヶ月ほどになるのか。いや、2ヶ月しか経っていなかったのか。
そう思わせるだけの濃密な時間があった。
町外れの古ぼけた小屋の幽霊騒ぎに始まり、薄汚れた人形との出会いは、このゲームで目的のなかった俺に指針を与えてくれた。
自分勝手に振る舞う人形に、苦労させられた思いはあるが、それ以上に楽しかった記憶が大きい。
尊大なフリをしながら、事細かに気を巡らし、要所要所で助けてくれる。
魔導技師として俺の師匠でもあり、剣士として守る対象でもあった。
ゲームを開始して多くの人と出会って来たが、最も近くにいたのは彼女だ。
その存在は俺の大半を占めていたようだ。
シナリには無茶な約束をさせられたと思った。しかし、今となってはもっと早く言って欲しかったと後悔しかない。
「ルフィア……」
感情の起伏が激しく、それを分かりやすく表現し、その上で計算高くこちらをコントロールしてくる。
そこに悪意はなく、ただただ俺と楽しく過ごしたかっただけなのかもしれない。
「俺は何をしてやれたんだ」
事ある毎に甘えてくるルフィアを、かなり邪険に扱った記憶ばかりだ。
それは彼女に依存するのを恐れての事だったのかもしれない。彼女に耽溺しそうな自分を戒めたかったのかもしれない。
「結局、俺は自分の都合で彼女を振り回していたのか」
我儘なのはどっちだ。
ルフィア姫は長き眠りから覚めて、既に国もなく、拠り所となるものはない。
バルインヌでゲーニッツが支配していたミュータント化した人々も、この先どうすれば良いかわからないだろう。
村の子供達。ようやく村に戻れたが、まだまだ子供だけで生きていくには辛い環境だ。
そしてシナリ。俺が守れなかった少女。自身が傷心の中でも俺の為を思ってしてくれた約束すら守れなかった。
やる事は山のようにある。
だけど心が動こうとしなかった。
『お主はいつからそんなに高邁になったのじゃ? お主には人の上に立つ素養はないぞよ?』
ああ、そうだろうな。俺は根っからの小市民に過ぎない。
『ただ人の前に立つことはできるやもしれん。お主が進む後には人が集まるやもしれぬ』
何やら小難しい言い回しをしてくるが、結局は心の防衛本能なのだろう。
しかし、俺には価値がない。
『お主が人を導くのではなく、お主がやりたい事に人がついてくるのじゃ』
そして振り返ると誰も居ないんですね、分かります。
『お主は何をしたいんじゃ』
ルフィアにもう一度会いたい。
そんな女々しい思いが溢れる。
『ならばその為に行動すればよい』
でもNPCの命は死んだらそれまで。復活はない。
『確かめたのかや?』
運営が公式に言っている事だ。それは覆らないだろう。
『ならばわらわは人かのぅ? わらわは元々が人形。そこに命があったのか分からぬ。それにわらわの記憶は姫に届けられておった』
もしルフィアの記憶を持った人形を作れたとしても、それは新たな人形に過ぎない。ルフィア自身とはなりえないだろう。
『わらわは死んだのかのぅ?』
ゲーニッツに刺されてポリゴンと化して消えた。
『ならばお主と話しているわらわは何者じゃ?』
俺の幻聴だろう。喪失感を埋めるための都合の良い声。
『ふむぅ、思った以上に重症じゃの。それほどにわらわを必要としておったとは。なればもっと大事にしてくれても良かったのに』
声だけで拗ねるという器用な事までこなしてくる。俺の器用さ補正が幻聴にまで作用してるのか。
『この空間には儀式に使われた魔力が残っておる。魔力と言うのは何じゃと思う?』
魔法や魔道具を動かす為の電気みたいな物だろ。
『わらわは血液ではないかなと思うて……むぅ、時間がなくなってきたかや』
ルフィアの幻聴がややノイズ混じりに聞こえ始めた。
『わらわの事を思うてくれるのは嬉しいのじゃが、わらわが、その、なんじゃ、好いておったのは、女々しくうずくまるお主ではない。やりたい事に向けて進んでおるお主じゃ』
徐々に小さくなっていく声。
まるでそこにいた人が離れるように。どこか遠くに行ってしまうように。
『わらわはお主に感謝しておる。長く閉じ込められている間に記憶を失ったわらわを、支えてくれたのはお主じゃ。もう十分に満足しておる。お主はお主の道を歩み始めるが良い』
改めて別れの様なメッセージ。
待て待て、これが俺の幻聴、心の声で無いとするなら、俺は取り返しの付かない事をしてるんじゃないか。
このままルフィアの思念を、それが宿った魔力を散らしていいのか。
可能性があるなら、できる事は全てやってしまわないと駄目じゃないのか!
ルフィアは言った。魔力は血液のようなもの。それは電気なんかよりももっと多くの情報を持っている。
確かに魔力の渦は人の感情すら表す事があるのだ。
そこに人の意思が宿る可能性はある。
今、この場に残る魔力を集めなければ。
その手段もまたルフィアが残していた。俺は皆の所へ駆け戻る。
まだ意識を失ったままのアリスの下へと駆け寄り、そこに転がされたままの宝珠を手に取った。
ルフィアがアリスの為に魔力を蓄えていた宝珠。既に空になってしまっているが、だからこそ今、この空間にある魔力を集められるはずだ。
「姫さん、こいつの使い方はわかるな!?」
「ひ、姫さん……わらわの事よな……ふむ、それは魔力を貯蔵する宝珠だのう。この部分に魔力を注げば蓄えていけるはずじゃ」
宝珠の一部を指差したのを確認すると、俺はそこをかざして動き回る。
携帯の電波を探すように、魔導技師の解析機能をフルに動員して。
「ルフィア! まだ居るんだろう。ならば俺が集めてやる。踏ん張れ!」
魔導技師は、魔力を導く者。大気に霧散する魔力を集めることだってできるはずだ。いや、できる。やってやる。
ここがバルインヌでなくて良かった。要らない魔力は混ざってこない。ゲーニッツが姫を復活させてから、魔法は使われていない。
「あっ」
魔剣が暴走した。俺が付与した魔力もある。でもよく感じろ。自分の物、レイドンの魔剣の物。それ以外がルフィアだ。
先程声の聞こえた地下牢の方まで、ウロウロと気配をたどる。
俺は間違ってない。
ルフィアの魔力は残っていたし、俺はちゃんと導いて宝珠に集めている。
だから答えてくれ。一言でいい、ここに居ると。
『それでこそ、わらわの……』
それこそ幻聴だったのかもしれない。単なる思い込みだったのかもしれない。
しかし、俺は聞いた、感じた。
宝珠の中に入った魔力を。そこにある意思を。
ならばできる。
ここからルフィアを蘇らせる。
公式の発表がなんだ。
サーバーで運用される以上、そこにはバックアップのデータがあるはずだ。
そのデータは消させない。ここにルフィアはいるんだから。
プロデューサーはあらゆるスキルを組み込んだとも言っていた。
ならばあるだろう。職業としてはマイナーだが、概念としてはポピュラーな死霊術師も。
今、存在しないなら導入させてでもやる。
俺は新たな目標の為に、闘志を燃やし始めていた。
ここで二章『バルトニアの廃墟』編は終了となります。
ルフィアの生身の構想は最初の頃にあって、いずれ巡り合う2人という感じで考えていたのですが、執筆するうちに人形姫の存在が大きくなっていました。
ルフィアの死を書くうちに、どうしても切り捨てられなくなってこんな形に……。
アトリーくんの話はここから大きく捻じ曲がってしまった事もあり、少し構想を練り直そうかと思ってます。
それとは別にアトリーでは描けてない世界観もあって、少し主人公を変えた物語を書こうかと思っています。
三章として書こうかとも考えたのですが、かなり毛色を変えて書く予定なので別タイトルとして書くことにしました。
Sleeping Onlie〜男の夢はやっぱり〜
ちょっと桃色の強い感じになるかと。
書き出しは
「俺は女の子のお尻を揉んでいた。」
までは決まっています(ぇ




