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儀式の完成

「うがぁぁぁぁ、ゲーニッツさ、ま〜、あががっ」

 頭の絶叫が木霊する。その全身がビクビクと痙攣したかと思うと、徐々に輪郭が揺らぎ始めた。

 ミュータントの身体は魔力で動いている。その身体から魔法陣へと魔力が注がれるとどうなるか。

 3人の中で最も魔力が乏しかったのか、コントロールできていなかったのか。

 頭はやがて砂のように崩れて消えていった。


「ゲーニッツッ!」

 腹を刺され激痛の中、一歩ずつしか動けない。それも目の前のレイドンを押しながらだ。

 一方のレイドンもやや怪訝そうな顔をしている。必殺の剣が深々と刺さったまま、目の前の男が動いていることに。

 本来であればその魔剣はあっさりと男を切り裂き、死体へと変じるはずだった。

 ただその武器が魔剣だった事が、俺には幸いした。魔力の宿る物なら魔導技師の力で押さえ込める。

 相手を切り裂く力を反転させて、自らを崩壊させる方向へと転化させていた。しかし、魔剣自身の耐久力が安易な崩壊は許さず拮抗している。

 その為、俺の腹に刺さった剣は進むことも引くこともなく、停滞していた。

 レイドンがミュータントの力で剣を動かそうとすれば、魔剣は砕けるだろう。それを感じてレイドンも膠着。俺が一歩進むのに、付き合うしかなかった。



「……っ」

 続いてベネッタの影が揺らぎ始める。ミュータントの身体を支える魔力が尽きかけていた。

 その瞳は主ではなく、目の前に同じく倒れる少女に向いている。ホムンクルスとして生まれた女性は、何を思っているのか。

 言葉に出さぬままに、ふっと微笑みを浮かべて崩れ去った。



「ベネッタ! 貴様、部下をなんだと!」

「我が願いを叶える餌だが?」

 さも嬉しそうに笑みを浮かべるゲーニッツ。

「レイドン、お前は何でこんな奴に!?」

 微妙な均衡を保つしか無い騎士は、無言で俺を押し返そうとバランスを取っている。

 いや、どちらにしても同じなのか。ゲーニッツはミュータントに爆弾を仕掛けている。反抗すればすぐに殺されてしまう。

 ならば従うしかなかった。



「アリス!?」

 それは遂にアリスにも及ぶ。輪郭が徐々に揺らぎ始めた。アリスはこちらを振り返る事もできず、何か声を発する事もできないようだ。

 ただただ己に訪れる崩壊を待つしかない。

 やはりNPCである彼女を連れてきたのは間違いだったのか。このまま何もできずに……自らの無力に身が裂かれる思いだ。


「くのっ」

 俺は押さえ込んでいた魔剣の力を解放する。次の瞬間、魔剣は本来の力以上の破壊力で、俺の腹から左足を吹き飛ばした。

 しかし、同時に縫い止められていた身体も自由を取り戻す。すぐさまポーションをがぶ飲みしつつ、右足1本で跳躍。受け身を取ることも考えず、できるだけアリスの近くへと。


「ふごっ」

 強かに顎を打ち付け、視界が涙に歪むが、両手を使ってアリスの下へと這い寄った。

 人間は誰でも魔力を持ち、スキルを取れば魔法が使える。ならばその魔力をアリスに注げばいいはず。魔導技師の俺ならやれる。

 尺取虫のように全身をくねらせて這い進み、アリスの細く引き締まった足首を捕まえた。


 ミュータントの脈とも言える魔力が弱々しく、今にも消えそうだ。俺は体内の魔力を導き、手のひらを通して流し込もうとするが、上手くいってる気がしない。


「くそっどうすればっ」

「すぐにトドメを刺しますので」

「いや、良い。そなたも魔法陣に入れば動けなくなる。それにそやつは殺したところで、どこかで復活するだけだ」

 ゲーニッツの冷静な判断。

「なるほど、他のネズミを抑えます」

「アトリー!」

 リオンの声が聞こえてきたが、そちらにレイドンが向かってしまう。デスペナ中のリオンでは、どうしようもない相手だ。


「すまん、リオン……逃げろっ!」

 また死なせてしまう。もはや無駄だと分かっても声を出すしかできない。

 それと共にアリスの容態も放置できない。何とか魔力を送らねば。

 そうだ、ルフィアが魔力を送る時に何をしていたか。

 俺は更に這い寄って、上半身へとたどり着く。俺自身、片足を失って体力が減少を続けている。ポーションでつなぎとめているだけで、いつ死んでもおかしくない。

 それでも俺はプレイヤー。復活できる存在。しかし、アリスは失えばそれまで。助けなければならない。


 残る力を振り絞って仰向けにすると、覆いかぶさるようにして顔を覗き込む。

「これは……」

 アリスの小さな口に、何かが咥えられていた。よく見るとそれはルフィアが魔力補給用に残していった宝珠。それがギリギリのところでアリスをつなぎとめていた。

 ただその宝珠も魔力を失ってしまっている。

 俺はそっとその宝珠を取り外す。アリスの意識は既になく、か細い呼吸も絶え絶えになっていた。


「アリス、ごめんな。勝手に」

 しかし、今の俺には他に方法がなかった。自分の中で導いた魔力を、己の唇からアリスの唇へと注ぎ込む。

 目に見えないその流れが、足首へと注ごうとした時とは違って、素直に体内へと送り込まれる。

 それと同時に貧血のように俺の頭からさーっと血の気が引いていく。慣れぬ魔力補給に意識が飛びそうだ。


「ぐがっ」

 意識を取り戻す為に、吹き飛ばされた己の腹へと指を突き入れる。激しい痛みに意識を覚醒させ、魔力を供給する。

 そして不慣れな魔力供給かキスかに不快そうに顔を歪めたアリスが、薄っすらと瞳を開けた。


「に、い、さま……」

「だ、大丈夫か、アリス」

「にい、さまこそ、顔が、真っ青で……」

 まだ魔力が回りきっていないのだろう、ぼんやりとした表情だ。もう少し補給が必要か。

「んあっ、兄様」

「んんっ」

 嫌がる素振りはなく俺の唇を受け入れたアリス。その口内へと魔力を注いでいく。




「もうそれ以上は必要ないのじゃ」

 そんな俺達へと制止の声がかかった。

「る、ルフィア!?」

 血の気が失せ、魔力を使い、体力もなくなった俺は、顔を向けるのにも苦労した。


 いつの間にか魔法陣は輝きを失い、アリスからこぼれ落ちていた魔力の流れも止まっている。

 と同時にルフィアへと流れ込んでいた魔力も収まっていた。

 ただルフィアの顔にも疲労の色が浮かんでいる。


「これみよがしにキスしおって。わらわにはしてくれた事もないのにのぅ」

 少し拗ねた様子で口を尖らせる。

「まあ、わらわにはその資格はないかの。アトリー、すまぬ。わらわはやはり姫ではなく、単なる人形だったようじゃ」

 悲しそうに呟いた。




「では人形よ、その役目を果たせ」

 魔力の流動が終わり、ルフィアが話せるようになったということは、ゲーニッツが儀式を終えたという事でもあった。

 ゲーニッツの右目となっていた瞳は、ルフィアへと移され、元々そこにあるのが自然な程に馴染んでいる。

 左目と同じく澄んだ青の瞳。それが俺へと向けられていた。

 その瞳がかっと見開かれたかと思うと、右の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。


 ルフィアの胸からは鈍色の刃が生えていた。背後からゲーニッツが刺し貫いたのだろう。

 人形であるルフィアには心臓はない。しかし、俺の瞳にはそこから漏れ出る魔力が見えていた。


「アトリー、すまぬな……」

 なぜ謝罪することがある。

 守れなかったのは俺だ。

 俺に謝らせてくれ、俺の気持ちを伝えないと、シナリとの約束はどうなる。

 失われる体力に意識が混濁する。

 これは夢か。


 しかし、無情にもルフィアの姿は、ポリゴン片となって砕け散った。

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