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クエストを求めて

 明日は休み、普段なら多少夜更かしして溜まったドラマやらを消化する所だが、今週からは違う。

 早く帰って早く寝て、ゆっくりと寝坊しまくるつもりだ。

 起きると記憶はないのだが、楽しんでいる感情だけは残っている。

 そう思うと仕事で多少理不尽な思いをしても耐えられた。



「さて、そろそろメインクエストをやってみないとな」

 ログインするとそう決めてみる。

 まずは昨日の戦闘で得た毛皮を売りに革細工ギルドへ。買い取って貰おうと毛皮の束を取り出してみると、一枚あたり5Gと以前の半額になっていた。


「ここのところ持ち込みが増えてね。在庫がだぶつきがちなんだ」

 革細工ギルドの受付にそう言われてしまった。

 ひとまず販売は保留して掲示板を確認してみる。


『誰だよ、毛皮が10Gで売れるって書いたの。いったら7Gだったぞ』

『ん、俺は8Gだったな』

『ちゃんと10Gで買い取ってくれてたけど……』

『変動相場……だと!?』


 変動相場、需要と供給に応じて値段が上下するシステムだ。現実では当たり前だが、ゲームとしては複雑になりすぎるので、ほとんど導入されることはない。

 しかし、これはマズイか。

 高く売り抜けるには情報を隠す方が有利なのだ。限られたリソースをプレイヤー間で奪い合う事になりかねない。

 ギスギスオンラインの匂いがし始める。



 しかし、それ以上の衝撃が待っていた。メインクエストとして情報が集まっていた街の兵舎に行ってみると、兵士から討伐任務の募集は打ち切られたと言われてしまった。

 近くの洞窟に住み着いたゴブリンを退治するシナリオのはずだったが、それがもう受けられないという。


「クエストまで有限!?」

 こちらも掲示板で話題になっていた。既存の情報が役に立たなくなり、美味しいクエストは先着順で埋まっていく。

 クリアした人も、知人を優先して教える為に、掲示板に上がってくる情報は鮮度が低く、残っているのは美味しくない物ばかりになってくる。

「なるほど、社会に出たゲーマー向けって訳か」

 攻略サイトで時間短縮するようなプレイは、本当の意味での楽しさは味わえない。

 自らが道を切り開く感覚。確かに苦労はするが、その分の達成感も大きくなる。



「さて、となるとどうするべきか」

 掲示板を見てもクエストを始められなかった人が、情報を求めるコメントが増えている。

 しかし、下手に掲載してしまうと連続するクエストの先に行かれる危険もあるので、情報は出てこないだろう。

「他人を頼る時は一緒にクリアするパーティを組んだりする時だろうな」

 やはり足で稼ぐしかなかった。


 情報が集まるのは酒場か。

 この世界の酒場も、宿屋と兼業しているところが多く、プレイヤーが集まるポイントであった。

 最初に汎用クエストを見つけた掲示板のある酒場へと足を運ぶ。

 店内に人影は少なく、今日は掲示板の前にも人はいない。

「らっしゃい」

 カウンターに座って軽食を頼みつつ、マスターに話しかけてみる。


「何か冒険者向きの依頼はないかな」

「ああ、冒険者ね。ここのところ、流れの冒険者が一気に増えて依頼をこなしてくれてる。こちとら商売繁盛でありがたいんだが、依頼自体は減ってるな」

 サービス開始から一気に増えたプレイヤーのおかげで、ストックされてた依頼が底をついてるのか。

「他の酒場も一緒だよな……」

「そうだな、この街は需要過多の状態だ。仕事が欲しかったら、他の街に行くのをオススメするね」

 他の街。なるほど、依頼は街単位で管理されてるのか。

 俺はポタミナの地図を呼び出してみた。


 地図に出た大陸は、四国のような形をしている。やや湾曲した少し横に長い楕円。その曲がっている中心部の南側に、今俺がいるオタリアという街がある。

 北には山脈があって、東西の海沿いに街道が伸びていた。街道沿いに行けば他の街があるのだろう。

「東西、どっちの街が近いかな?」

「西はグリデン、東はカルロッサ。距離で言えば、カルロッサの方が近いな。まあ、その差は馬車で行けば誤差の範囲だが。半日ほどで着くよ」

 この世界の時間は、現実の12倍ほど。2時間で1日が経過する感じだ。

 つまり半日だと1時間。近いと言えば近いし、長いと言えば長い。

「ありがとう」

 俺は代金を支払って酒場を後にした。


 俺は裁縫ギルドへと顔を出し、布と糸を購入。後は刺繍の台紙だ。

 この世界の刺繍には、多少の付与効果があって、それを防具に縫い付けると装備品の効果も上がる。

 最初は微々たるものだが、移動時間の暇つぶしには丁度いいだろう。

 自分用に器用さアップの刺繍と、汎用的に使いやすそうな防御アップの台紙を購入。道中で作業することにした。


「グリデンに行くのかい?」

 リリアが俺に話しかけてきた。受付と雑談しているのが聞こえたのだろう。

「はい、この街で冒険者用の依頼がないみたいなんで」

「ならウチのデザイン画の幾つかを運んでくれないかね」

 グリデンの裁縫ギルドへのお使いがクエストに追加された。



 街の西側の入り口には、グリデン行きの馬車乗り場がある。ゲーム時間の2時間置き、10分間隔で馬車が出ているようだ。

 多少ガタゴトと揺れる中、刺繍をしながら隣町へ。同乗した冒険者が話しかけてきた。

「それって刺繍か?」

「ああ、裁縫ギルドで習ったんだ」

「なるほど、1時間なげーなと思ったが、そういう時間つぶしは大事だな。しかし、俺が上げ始めたのは鍛冶なんだよな。炉がないと何もできん」

 同乗者の冒険者はしゃべって時間を潰したいようだ。まあ、刺繍の作業自体は自動で進むので、情報交換できるのはありがたいか。


「そういやアンタ、刃物持ってるか?」

「刃物?」

「ああ、武器とか。袖擦り合う縁でメンテしてやるよ」

「それって自分にも経験値が入るからだろ」

 このゲームには耐久度の概念があって、定期的にメンテしてやらないと切れ味が鈍ったり、防御効果が薄れたりする。

 鍛冶師は主に武器のメンテが行えるのだ。

 ボアと戦闘した程度では、耐久力の低下はほとんどないが、タダでメンテしてくれるなら、それに越したことはない。


「こいつはまた変わった武器だな」

 シャムシールを受けとった鍛冶師の男は、鞘から抜いて刀身を眺めている。

「中東辺りの武器だよ」

 ふぅんと曖昧にうなずきながら、ポタミナを操作して研ぎ始める。武器は知らなくてもメンテはできるらしい。

「そういえば、鍛冶師だとマンゴーシュって作れるか?」

「マンゴーシュ?」

 シャムシールも分かってないと、さらにマイナーな武器は知らないか。

 相手の攻撃を捌くための武器という特殊性を持ったマンゴーシュの説明をしてやる。


「面白いな、その発想。武器で守ることに特化するのか」

「もちろん、刃の付いた武器でもあるから、攻撃できないって事はないんだが、そっちの威力はほとんどないはずだ」

 拳を守る為の鍔が広く、刃も斬ることよりも相手の攻撃を受ける為に幅広で分厚い。

「今のところレシピにはないが、デザインもできるみたいだから、作れるようになったらトライしてみるわ」

「お、それはありがたいな」


「そういや名乗ってなかったな。俺はマサムネだ」

「刀鍛冶でマサムネね。俺はアトリーだ」

「いいだろ、覚えやすくて」

「じゃあ将来的には日本刀を打つのか」

「まあな、やっぱり格好いいっしょ、日本刀。でもこのシャムシールも刀身は似た部分もあるし、そのうち打ってやってもいいぞ」

 確かに鍛冶師と交流はあって損はないな。

「じゃあ、俺はふんどしでもプレゼントしてやるよ」

「いらねーっ」

「昇り龍の刺繍入りとかどうだ?」

「だから、いらねーって」

 そう言って笑いながらフレンドに登録するうちに、目的地のグリデンに到着した。

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