強さへの渇望
村に戻ると子供達にリオン、そしてシナリが迎えてくれる。それぞれに荒らされた村の中を調べていたようだ。
「お帰り、兄ちゃん」
「おう、ただいま。大丈夫か、皆」
「兄ちゃん、姫様は?」
「もう少し待ってくれな。絶対連れて帰るから」
心配そうにする少年の頭を撫でてやりながら、食堂へと場所を移す。
子供達には悪いが、食堂を会議室として閉鎖する。ログイン直後から奪還作戦を開始して、既に三時間程が過ぎていた。
ルフィアを奪還するのにログアウトを挟みたくはない。
残り3時間を有効に活用しなければならなかった。
幸いなのは、ブリーエへの転送は使えなくなっていたが、代わりにイザベラ達のいる村へと転送できるようになっていた。
村から城までは約30分。城の中での決戦を考えると、準備に使えるのは1時間半といったところだ。
閉鎖した空間で時間を加速させれば、18時間。作戦会議と、レイドンの対策を練りたかった。
ただその前にやっておきたいこともある。
「すまんが、1時間……5分だけ時間をくれ」
そう言ってシナリを伴いルフィアの個室へと移動した。
「あ、アトリーさ。今は姫様が大変な時で、その、あの……」
「俺は正直、女の子の気持ちとかよく分かってないし、色々と下手な部分があると思う。でも今のシナリが、無理をしているくらいは分かるんだ」
「だどもあたしのせいで、姫様が……」
「それは違うよ。シナリは城の中にいてどうしようもなかった。俺も安心しきってた。それに動揺して、雑な作戦を立ててしまったのも俺の責任なんだ」
リオンの強さに甘えていた。ルフィアとリオン、攻撃力としては申し分ないが、守るには適さないコンビになっていた。
人手がいないなら、3つじゃなく、2つに割るとかできる。偵察兵が3人いたから3箇所を見れると焦った結果だ。
「俺はシナリに大変な思いをさせた。そして、ルフィアが囚えられた事でより負担を掛けている。でもそれはシナリの責任じゃない。しっかりと伝えておきたかった」
「アトリーさ……」
「俺ができる事は何でもする」
「だめだよ、アトリーさ。アトリーさは、優しすぎるだよ。あたしは悪い子で、ずるいと分かってても、我慢できない事もあるだで」
涙を浮かべながら、俺の胸へと飛び込んできた。服を掴むようにして、身体を震わせる。
「アトリーさ、やっぱり姫様が一番大事だべ。側に居るようになって余計に感じるだよ」
「そ、そんな事は」
ない……よな。いつもからかわれて相手にするのも疲れるし。今は捕まってしまったから心配はするけども。そもそも人形だし、保護者というか、所持者の責任として……。
「うう、あたしが抱きついた時より、姫様の話をする時の方がドキドキしてるだよ」
少し悲しそうな声を出すシナリ。
「そそそ、そんな事ないぞ」
「アトリーさは嘘がつけないだね。さっき何でもするって言っただ、ならあたしの願いは姫様にちゃんと好きって言うだよ」
「え、いや、それは……絶対、つけあがるし」
「アトリーさ。そうやって主導権を握ろうとするのがだめだで。惚れたなら、とことん尽くすのが男の務めでねぇべか」
顔を上げたシナリは、少し怒った顔をしている。俺、そんなにルフィアの事を好きなのか?
「約束だべ?」
「う、うん、約束だからな」
「それと……今少しだけ……側に居させて欲しいだよ」
そう言って体重が掛かってくる。その身体は成長したように見えてもまだまだ小さく軽い。
その双肩に子供達の命を預けてしまっていた。
しばらくすると、寝息が聞こえてくる。ようやく緊張が解けたのかもしれない。
俺はそっとシナリを抱えると寝台へと横たえる。自身も横になる形で、頭を撫でてやると心地よさそうにしていた。
メーべのクエストをクリアした後の宴で、俺の膝で眠ったシナリの姿を思い出す。あの時もメリルさんが居なくなって、ずっと気を張っていたんだろう。
そしてメーべでの宴を思い出すと、飲み食いできずに悔しがっていたルフィアが浮かんできた。
「まずい、俺って本当にルフィアの事が……?」
頭を振るように他の事を考える。次に浮かぶのはゲーニッツの神経質そうな顔だった。
特に異彩を放つ顔の右半分は印象的だ。瞳を囲うように刺青が施され、何らかの魔導が発動させている。
「そういえばルフィアによれば、魔法は使えなさそうだと言っていたな」
魔法王国の王族としては不自然な気もする。ただ千年もの時間が流れれば、その血も薄れているのか。
それに魔導技師としての技術は確かだ。俺も真似てみたからわかるが、かなりのスキルと知識がないと、あの術式は記せない。
そのゲーニッツの側には、ボクサーのような戦い方をする頭。ホムンクルスのベネッタ。そして、救国の英雄だったレイドン。
いずれもミュータントの力を得て、怪力と敏捷性を手に入れている。
魔導技師の力で、魔力に歪を入れることは可能だが、その流れ自体を読ませない動きをしてくるはずだ。
そのためには即席でもいいから修行しなければならない。
「ごめんな、シナリ。戻ったら必ずちゃんとした時間を作るから」
寝息を立てるシナリを置いて、食堂へと戻った。
「待たせたな」
「えらく疲れた顔をしてるね。楽しみ過ぎじゃない?」
「アトリーさんがそんな人なんて……私にもして下さい!」
「お前らなぁ……」
シナリから突きつけられた難題をどうするか考えていると、間の抜けた勘ぐりにより疲れが増す。
いやまあ、俺もそういう展開もないではないとは思ってたけどさ。
「兄様、これからどうするんです?」
「そうだな、時間的な余裕はない」
「その割にお楽しみでしたね?」
茶々を入れてくるケイトは無視して、リオンに向き合う。
「とりあえず、リオンのデスペナを解しながら、レイドンについて聞いていこうか」
キャラクターが死ぬと、しばらくの間は熱に浮かされたようなダルさが続く。魔導技師の技術でそれを緩和することができるのだ。
「ああ、ありがとう」
食堂のテーブルを片付けて、床に布を敷いただけの簡易寝台だが、リオンは身体を伏せて装備を外す。
魔力が滞り、全身の機能が下がっているのを感じる。もしかすると、魔導技師のスキルが上がれば、デスペナの時間を短くできるのか?
「それからレイドンの事だったね」
ローティーンの幼い身体をマッサージし始めると、まだ辛そうなリオンが報告を始めた。
レイドンは見た目通りの騎士らしい。盾を構えて相手の攻撃を受け止め、そこから反撃を行う。
動き自体はそれほど早くないのに、切っ先は鋭く、絶大な威力を持っていた。
「武具も高性能なんだと思う。攻撃にも力みが無いから、その分攻撃が読みにくい」
本来、攻撃の瞬間はどうしても力が入る。でないと十分な威力には繋がらないからだ。
しかし、武器自体が強力であれば、触れるだけでも威力を発揮するなんてこともありえる。
ゲームならではの戦闘と言えた。
「その点では、対ミュータントの俺も大差ないか」
以前、村を襲ってきたミュータントに対して、僅かに刃を這わせるだけで撃破できた。
ミュータントは魔力の流れで筋力を強化しているので、それを魔導技師の力で間違った方向に誘導すると、その力が本人を破壊するからだ。
「で、レイドンは鎧も着てるよな」
「ああ、いかにもって感じの西洋甲冑だった」
となると肌の露出は少ない。
肌の一部に傷を作り、そこから魔力を放出させる事はできないだろう。
まずは正面から相手を崩さないといけない。
「あいつはアトリーと同じ雰囲気だったんだ」
マンゴーシュと盾という違いはあれと、防御からのカウンタースタイル。つまり仕掛けなければ、待ち続けることも厭わない。
一度アームストロングとの一戦でやらかしたように、互いに攻撃しないままのドローすらありうる。
ただリオンがやられた時のように、隙を見せれば一撃でやられるだろう。
「まあ己を知れば、自ずと攻撃手段も分かるからな」
ようは自分がやられて嫌なことをやれば隙は作れる。レイドンは俺のスタイルを知らないだろうし、予め準備できる俺の方が有利だ。
問題となるのはミュータントとしての力か。リオンとの戦いを聞く限りでは、ミュータントとしての怪力や異常な俊敏性は見せていない。
それらの力も使うことができるなら……脅威は倍加する。
「後はアリスにお願いするしかないな。でもアリス、ルフィアが居なくて大丈夫なのか?」
ミュータント化した事でアリスの身体は魔力を元に動いている。魔力を供給してくれるルフィアが不在となると、その命すら危うくなってしまう。
「はい。兄様のおかげで魔力のコントロールができますから、効率が良くなっています。それにルフィア様から予備の魔力を込めた宝珠も貰ってますし」
そう言って取り出したのは淡く光る水晶玉。魔導技師の瞳には、その中に渦巻く魔力が見て取れる。
「さすがはルフィア……か」
ドヤ顔でふんぞり返る姿が目に浮かぶ。
「ならば、アリス。奴がミュータントとしての力を発揮した時のシミュレートに、相手をしてくれるか」
「はい、当然です」
アリスは快く頷いてくれた。
リオンへの施術を終えて、広く空いた食堂でアリスと向き合う。
かつてブリーエの魔導炉で戦って以来の勝負となる。
あれから俺もかなりの戦闘を行い、スキルも育っていた。ミュータントに侵されていないアリスの本気に対しても、十分に勝負ができる。
そんな風に考えていた時期が私にもありました。
「大丈夫ですか、兄様」
「ひゃ、ひゃいじょうぶひゃ」
頬が腫れてロレツが怪しくなっていた。それでも逃げるわけにはいかない。
動体視力には自信があったのに、アリスの拳は消えるのだ。
ミュータントの力を、自分の力に上乗せできるようになったアリスの速度は、俺の想像を遥かに越えていた。
しかもアリスはずっと俺の戦いを側で見ている。その太刀筋、癖を把握していた。
「ひょ、ひょっと、ひゅうへい……」
開始30分もしないうちに、俺は立っていられない程の打撃を受けていた。
ケイトが回復してくれても追いついていない。防御に自信があっただけに、かなりへこまされていた。
「に、兄様」
「あ、ありがとな、手加減せずにやってくれて」
心配そうなアリスに言葉を返す。ここで手加減されて勝てたとしても、レイドンには通じない。
あくまで全力のアリスを見れるようにならないと、意味はないのだ。
アリスも武人としてその辺は分かってくれていた。
「やっぱり、私がレイドンとやった方が」
「いや、最初からその選択をすると、万一の際に立て直せない。俺を越える戦力があることで、俺も十分に無理ができるからな」
それにアリスには後がない。俺は死んだとしてもペナルティがあるだけだが、ホムンクルスでありNPCであるアリスは死ねばそれまで。
極力、危険は回避すべきだ。
「くそっ、こんな時に僕は……」
死に戻ったリオンは、ペナルティで能力が落ちている。スキル自体のレベルも少し下がってしまっていた。
それは僅かに手合わせしただけでも歴然の差を感じるほどに。
「リオンの情報があったから、こうして準備ができるんだ。さて、休憩終わりっと。リオンも気づいた事があったらどんどん言ってくれよ」
「うん」
体力の回復が終わり、再びアリスのサンドバッグと化す。少しでもその動きに慣れて、見極めれるように。
残された時間はそんなに長くはない。やれるだけをやるしかなかった。




