追放の騎士
王の間がある階には人の気配はなかった。食堂には野盗が集まっていたらしい。
ゲーニッツもそこにいるなら問題は無いが。地下牢に向かったルフィア達と連絡が取れないのは気に掛かる。
俺はイザベラのいる村へと戻る道で、何度かルフィアに連絡を入れていたが、返事はなかなか来ない。
そして、村が見えてきたあたりで、ようやく返信があった。
「!?」
『アトリー、すまない。ルフィアが……僕は無力だ』
返信はリオンからだった。内容的に良くない何かが起こったらしい。
すぐさま通話へと切り替える。
「リオン! 何があった!」
『すまない。ルフィアが……攫われた』
「攫われ……何があったんだ?」
『地下牢の出口から出て、目的の部屋へと向かっていたら、ゲーニッツ達がいたんだ。例のホムンクルスに、大柄な男』
ベネッタと頭か。
『そしてもう一人、騎士のような盾を持った男がいて、そいつが……』
「ネズミがいるようです」
「ん? 何だ、レイドン」
レイドンと呼ばれた男は、潜んでいるリオンへと鋭い視線を投げかけていた。
憶測ではなく、正確に場所を掴まれている。ならば隠れても意味はない。
「あの男と一緒にいた小僧か。それと……貴女は!?」
ゲーニッツが己の左目を見開く。その瞳はルフィアを捉えていた。
「レイドン、あの方を丁重にお迎えしろ。小僧は殺しておけ」
「心得ました」
騎士風の男は、しっかりとリオンを見据えて近づいていく。
「逃げろルフィア」
「し、しかし」
レイドンのプレッシャーは、半端ない。かつて出会った魔族の女に匹敵する。
リオンにはルフィアを庇える余裕はない。少しでも距離を稼ぐ為に前に出た。
「うらっ」
柄を短く狭い通路でも使いやすくしたウォーハンマーで殴り掛かる。
男は盾でそれを受け止めた。
「!?」
筋力特化のリオンの一撃を、男は盾であっさりと受け止め、びくともしない。
そして無造作に振るわれた剣は、服の下に着込んだ金属の甲冑をも容易く断ち切った。
「ふむ、紙一重で下がったか。反射神経は悪くない」
男の声に冷や汗が吹き出る。明らかに格上。しかも側にアトリーがいない。
攻撃一辺倒の自分が、強敵に対して来られたのは、自分を守ってくれるアトリーがいたからだ。
微動だにしない盾、鋭いわけでもないのに恐ろしい攻撃を秘めた剣。脱力した構えは隙きだらけのように見えて、踏み込む間合いを掴ませない。
「女が逃げるぞ! いかんか、ポンコツッ」
更にはベネッタが動いた。そちらに一瞬気が逸れた瞬間、リオンの脚は切断されていた。
「あぁぁ」
かつての記憶が蘇りそうな両足への痛み。当然立っていられなくなり、地面へと崩れる。
倒れた視界の中で、走って逃げるルフィアへと、ベネッタがすぐに追いつき、捕らえてしまった。
「女は捕らえた。小僧は殺せ」
無機質な声でレイドンはゲーニッツの命令を復唱すると、リオンへと剣を振り下ろした。
「リオンが一方的に殺されて、ルフィアが捕まった……」
攻撃に特化したリオンだが、元々がアスリートらしく、動体視力や体幹が強い。回避能力もかなりの水準にある。
それが抵抗もできずに撃破されるとは、まさにあの魔族の熊女と同じくらいの強さなのかもしれない。
『すまない、アトリー。僕は……』
「いや、そのクラスなら俺の方がなす術なくやられていただろう。情報を引き出してくれてありがとう。これからイザベラと会って今後を考える。リオンは村に戻ったシナリ達と合流してくれ」
これからやる事をざっと頭に浮かべて、端的に伝えると通話を終えた。
ルフィアが攫われた。その姿に驚いていたというゲーニッツ。村では直接顔を合わせてなかったか。そこに何があるのか。
それにレイドンという騎士。ベネッタを軽く上回る戦力を、ゲーニッツは持っていた。
ルフィア自身に価値を見出したようなゲーニッツ。すぐに殺されるという事はなさそうだが、部下を物扱いするゲーニッツに預けておけるものではない。
「くそっ早く奪還作戦を練り直さないと」
俺は足早にイザベラの下へと急いだ。
「人質を助けに行って、1人囚われたか」
イザベラと合流し、閉鎖空間で時間の進行を倍加させた中、会議を開始した。
アリスとケイトは何とか合流。シナリと死に戻りのリオンは、村の方にいる状況だ。
「すまない、イザベラさん。貴女の部下も多分……」
ルフィア達と行動を共にしていた偵察兵とも連絡はとれていない。
リオンと同じく殺られた可能性が高かった。
「いや、彼らは覚悟の任務。君が気に病むことはない。それよりもレイドンの名が出るとは」
「知ってるんですか?」
「凄腕の騎士でレイドン、更にバルインヌに居たとなると、ほぼ間違いないだろう」
かつてオタリアが戦争を行った小国に、類まれな武才を持った騎士がいた。対オタリア戦で多大な功績を上げ、破格の和解金をせしめたが、それと共に小国では扱いかねる人物となっていた。
やがて騎士を中心にクーデターが起こるのを危惧した大臣達が、あらぬ罪を着せて国外へと追放。
オタリアとしても貴重な才に勧誘を掛けたが、信じていた国に裏切られた彼はきっぱりと断り、1人バルインヌへと旅立っていた。
「もう10年は昔の話だが、当時で30そこそこ。ミュータントの巣食う地で生き残っていたとしたら、更なる強さを身に着けたのだろう」
強すぎる力は疎まれる。かつてブリーエでのアリスの扱いを見れば、容易に想像できた。
「それがゲーニッツによって、ミュータント化も制御されているとすると……」
「オタリアとしても看過できぬ存在だな」
ブリーエが占拠された報に、オタリア本国の反応は鈍かったらしい。小国で内部に問題があって属国となったブリーエ、それが陥落したとしてオタリアにまで牙を剝くとは考えていない。
多くの冒険者が集い、ずっと悩みの種であった魔族の領域まで切り崩している今のオタリアは、戦闘能力で最盛期を迎えていた。
50人、100人の勢力がのし上がった程度では、脅威とは感じないのだろう。
「冒険者の軍団の中には、魔族を狩った者も出てきているという」
かつて遭遇した魔族は、全く力が読めないほど強大な存在だった。
それを倒した者が出始めているというのは、ゲームプレイヤーとしては悔しさも滲む。
ただそれだけの勢力があるなら、ブリーエ奪還にも期待が持てる。
「ならばクエストを発行して、冒険者を募ればゲーニッツも倒せそうですね」
しかし、イザベラが首を振る。
「クエストの発行には、資金が必要だ。オタリアは今回の事を軽視しているし、ブリーエには財力がない」
シャリル国王が続ける。
「大臣から私財を回収したのだが、大半を疲弊した国内へと使ってしまったところなのだ。税として徴収するには、まだ時間がかかる」
元々が大きな産業もなく、他国に戦争を仕掛けることで和解金をせしめようとしていた小国。
産業の芽が育つには時間がかかるのだろう。
その為に国庫を空にするほど投資した国王の度量は賞賛できるが、それによって奪われた国を取り戻す費用が出せないとは。
「レイドンの存在は、オタリアに警戒心を与えるだろうが、それで動く公算は低い」
イザベラが残念そうに告げる。
しかもルフィアが囚えられている状態では、時間も掛けていられない。
死に戻ったリオンは戦力に数えられないし、アームストロング達も無償で引っ張り出すのは気が引ける。
本人は強者がいれば手を貸してくれそうだが、あくまでも彼はライバル。ホイホイと手を借りるのは虫が良すぎた。
「現有戦力は、俺とアリス」
「私もいますよ」
ケイトも手を上げるが、まだまだ初心者の域。魔族並みの強さの相手には、正直足手まといになるだろう。
「すまないが、現状では部下も出し辛い」
王城を攻められた際にも何人かの部下を失い、先の救出作戦でも1人失った。これ以上の損失は、イザベラとしても避けなければならないだろう。
「いえ、俺の方こそ貴重な戦力をありがとうございました。ここからは身内で方を付けます」
「はい、兄様。ルフィア様は2人でも助け出せます」
ミュータント化を克服したアリスは、かなり頼もしさを増している。
「わ、私も身体を強化する薬とか用意しますよ!」
薬師としての矜持だろうか、ケイトもやる気を見せてくれる。
「ひとまず村に戻って、リオンの話を聞こう。急ぎたいが、それだけに失敗はしたくない」
死んでしまえば、2日のロス。アリスに至っては存在の消失を意味する。
無理は承知だが、それでも万全は期さなければならない。
「すまん、我には健闘を祈るしかできない」
シャリル国王はかつてのやる気のない姿はなくなり、一国を背負う威厳が出始めている。
「早いところ国を取り戻さないと、折角助けた甲斐もなくなるしな」
俺達は村へと転移を開始した。




