表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/117

ミュータント・ホムンクルス

 ベネッタがすっと一歩を踏み出したかと思うと、一気に最高速に達して迫ってきた。

 喉元を守るようにマンゴーシュを構えて、致命傷となる一撃は防いだが、シャムシールは間に合わず、右頬を深く抉られた。


「アトリーさん!」

 撒き散った赤いエフェクトに反応して、ケイトが回復を飛ばしてくる。それでもジンジンとする痛みは残った。

 ベネッタの武器は刃渡り10cmほどの小剣で、両手に持ったそれで刺突してくる。

 マンゴーシュとシャムシールで防御に徹するが、それでも浅い裂傷が増えていく。


「ルフィア、撤退の準備。リオン、下手に手を出すな!」

「はぁっ」

 俺の制止の前にリオンがハンマーを振るう。背後からの強襲だったが、背後に目があるように宙返りで飛び越すと、しなやかな脚がリオンの顔を捉えていた。


「しっ」

 鋭い呼気と共にベネッタに斬りかかるが、両手の小剣で巻き込むように受け流され、流れた上体へと肘が見舞われる。

 マンゴーシュで僅かにパリィが成功したが、胸骨を強かに打たれ呼吸が止まってしまった。

 半回転したベネッタの小剣が俺へと突き立てられる。スリムで華奢に見えるベネッタの一撃は、ミュータントの強化で思った以上に強い。

 深く突き立った刃を残し、一旦離れたベネッタは予備の小剣を取り出していた。


 ケイトから再び回復がくるが、薬師の回復は持続型。少量ずつ回復していくので、痛みがズキズキと残る。

 頭部への打撃で軽い気絶スタンを貰ったリオンが、頭を振りながら起き上がるのが見えた。


「リオン、こいつは一対一の方がやりやすそうだ。お前はルフィア達のカバーに回れ」

「で、でも」

「雑魚ミュータント達が包囲を狭めてきている。間合いに入ったら一気に後衛を襲われる。そうなったら負けだ」

「……わかった」

 渋々ながら俺の提案を受け入れてくれた。



「まだ歯向かいますか?」

 鈴のなるようなやや細い声が発せられる。

「こっからはギアを入れ替えて専念する。さっきの様にはいかないぞ」

 半ばはったりだが、意識して周囲の情報を締め出す。目の前の敵に集中することで、格闘ゲー厶の時の感覚に近づけていく。


「無駄に粘ると痛いだけですよ」

 その言葉と共にベネッタが迫ってきた。空手の山突きの様に両手を離した状態で、同時に突き刺してくる。

 視線がバラけるとどちらかが深く入ってしまう。両手を勘で振るって直撃を避けつつ、こちらから踏み込んでいく。

 ベネッタは自らの胸を蹴り上げるような膝蹴り、それをワンテンポ腰を遅らせる形で避けると、膝から先が鋭く伸びて、顎が狙われる。

 顎に決まると脳が揺さぶられてスタンを貰う。そうなれば勝敗は決してしまうので、自ら俯く事で額で蹴りを受け止める。


「痛つ」

 額が蹴り上げられそうになるのを必死に堪えながら、そのまま頭から体当たりを敢行。防具は付けていないベネッタの胸元へと突っ込んだ。

 ドンという衝撃と共に、ベネッタの身体が後ろへと下がり、少し距離ができる。


「アトリー、真面目にやるのじゃ」

「どうせなら、私の胸へとダイブして下さい!」

「兄様、欲求不満です?」

 外野がうるさいが黙殺する。



「なるほど、言うだけはありそうですね。ならば私も全力で仕留めさせてもらいます」

 静かにそう告げたベネッタは、自らの手首を触りはじめる。するとそこには小さな鈴が現れる。

 更にはすっとしゃがみこんで、足首にも触れる。両の手首と両の足首に鈴が装備されて、僅かな動きにシャンシャンと音を立てる。


「では参ります」

 シャンシャンシャン、シャンシャンシャンとリズムを刻みながら、ベネッタの身体が揺れはじめる。

 やがてその波は大きくなり、手足を伴った舞踊へと変じていく。

 リズムが安定しつつも、徐々にその速度を上げて、俺へと向かってきた。


 回転を交えながらのリズム感のある舞いは、間断のない攻撃に転じて襲ってくる。

 しなやかな手足が回転と共に蹴撃、刺突を繰り返し、攻撃を始めてからも、テンポが上がっていく。


「くぉっ」

 流麗にして苛烈。ミュータントの強化も上乗せされた攻撃は、受け止めようとするとガードごと潰されかねない。

 一つ一つの攻撃に神経を研ぎすませながら、弾いていくしかなかった。

 幸いなのはシャンシャンシャンと拍子を刻む音が、俺にも防御のタイミングを教えてくれる事か。


 やがて速度の上昇も終わり、舞踊の流れも掴み始めた頃、真の脅威が始まっていた。



「なっ、くぅっ」

 間に合っていたはずの防御が崩され始めた。相手の動きは変わっていないはずなのに、動作が遅れてしまう。

 腕や腹に裂傷が増えていき、体力を奪われていく。

 カンカンカンと、小剣を弾きながら、それでも軌道を変えきれずに、腕へと傷を増やしていく。


「アトリー、音に惑わされるな!」

 最初に気づいたのはリオンだった。流れで弾いていたその攻撃を改めて確認すると、テンポ良く響く鈴の音と、僅かにズレが生じていた。

 鈴の拍子から時に遅く、時に早く。僅かな誤差がインパクトのタイミングをずらし、受けきれない攻撃が傷を作っていた。


「気づいても、もう遅いです」

 シャンシャンシャン。

 ズレると分かっていても、音に引きずられる。身体のテンポが、鈴の三拍子に乗ってしまっていた。

 惑わされまいと身体に力が入ると、それこそ相手の思う壺。固くなった身体を容赦なくベネッタの白刃が襲う。


「ええい、間抜けめっ」

 ルフィアが叫んだかと思うと、急に聴覚が失われる。突然の静寂に驚きはするが、同時に視覚への依存も高まる。

 動きを見るのに徹すれば、リズミカルに繰り出されるベネッタの攻撃も判断することが出来た。

 俺が急に正確さを取り戻した事で、少なからずベネッタにも動揺が走る。

 そこをすかさず斬り返す。回転を主とする舞いは、軸足の動きが遅くなる。

 その膝へとシャムシールを叩きつけると、皮膚の硬化があってもバランスが崩れた。


「ここか」

 聴覚がなくなり、視覚に特化した事で今までは追いきれなかった魔力の流れを捉えることが出来た。

 脇腹をほんの浅く切り裂く事で、魔力の流れが大きく乱れる。

 ベネッタはそれを感じてすぐに後退していった。引き際を知る戦士は厄介だ。



「アトリーさん!」

 ケイトの声が聞こえてくる。ルフィアの聴覚を妨害する魔法を、回復してくれたのだろう。

「ええぃ、このポンコツがっ」

 ゲーニッツは戻ったベネッタを足蹴にする。命を掛けて戦った者への仕打ちに腹が立つ。


「お前たち、何をぼさっと見ている。数でも力でもこっちが上だ。押さえ込んでしまえ!」

 村の中には10人ほどのミュータントがいる。頭も立ち直っていて迫ってきた。

「アトリー、小屋へ戻るのじゃ」

 ルフィアの指示に迷いなく俺は窓へと飛び込んだ。


 俺を追いかけるようにミュータントが飛び込んでくる。ホラー映画のような光景に息を飲むが、窓際に立っていたリオンがハンマーを振るうと、軽々と吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。

 よく見ると窓を越えて部屋に入った時点で、ミュータント化した身体が元に戻っていた。

 強化が解けてしまえば、リオンの敵ではなかったらしい。

 派手に飛ばされた野盗は、壁際に積み重なっていき、戦意を喪失していった。


 部屋の中の床には、魔法陣が描かれていて、それに魔力が吸い上げられているようだ。

「アリスを研究して魔力を抜く方法は調べておったからのう」

 ただ準備に時間を掛けられて相手を引き込める状況で、ようやく効果を発揮できたようだ。


 6人のミュータントを無力化した時点で、ゲーニッツも無駄を悟って兵を止める。

 その間に俺はケイトの治療で体力を回復できた。

 頭は一度撃退していて、ベネッタも負傷した状態。

 反撃の体勢が整った。

誤字修正

入れ替えて千年する→入れ替えて専念する(20170113)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ