久しぶりの裁縫ギルド
「ずるいのじゃ!」
リオンに出来た服を渡していると、ルフィアが噛み付いてきた。
「ルフィアにも服を渡してあるだろう」
「そんなものかなり前の話……愛情が薄れたのかのぅ」
床にのの字を書きながら分かりやすく拗ねる。元々愛情なんて注いでない。
ツイツイと袖を引く感触に振り返ると、アリスが上目遣いにこちらを見ている。こっちもか。
無言のままの圧が凄い。
「リーナのデザイン画があるから、好きなのを選んでみろよ」
その言葉に、2人は先を争うように作業場へと向かった。
「ありがと、アトリー。能力値がデスペナ以上に上がったよ」
早速装備したらしいリオン。そちらを見ると、下着姿だった。
「折角渡したんだから、服着ろ、服」
「えー、折角のお礼に下着姿でもと思ったのに」
「起伏の乏しい身体に、飾り気のない下着で何を言う」
「こういうのがアトリーの趣味なのかと思った」
渋々と服を着はじめる。白い肌にスポーティな下着姿は、それなりに堪能しましたよ。
でもリオンは男だ。邪な気持ちを抱く事が辛いんだよ。そんな俺の内心を見透かすように、笑みを浮かべるリオンが怖い。
男としての本能を知りつつ、女の身体を利用してくるつもりかっ。
「とりあえず、戻ったのは筋力だけだし、無理な戦闘は避けろよ」
「わかってるよ。あのダルさは現実でもそうそう無い辛さだし」
重度のインフルエンザにでもかかったようなダルさだった。思ったように動けないのは辛い。
ステータスの低下は丸2日。大人しく生産系の作業をするのがいいだろう。
あの2人が戻ってくる前にオタリアへと転送した。
「ア〜ト〜リ〜さ〜ん、見つけた」
転送ポイントに着くなり、重低音の響きに襲われた。
「ぬぁっ、け、ケイトか」
「酷いですよアトリーさん。初心者を放っておくなんて」
見るとケイトは泥だらけで立っていた。森へと採取に行って、足でも滑らせたのだろう。
「苦労して達成してこそのゲームだろう」
「そこに見返りがあってこそなんですよ〜」
「錬金術は楽しいんだろ?」
「それはそうなんですけど〜」
既にルフィアに似た感触を感じさせる面倒臭さ……もとい、懐きっぷり。どこでフラグを踏んだんだ?
「じゃ、俺は裁縫ギルドに用事があるからっ」
「ええっ更に逃げるんですか!」
まあ逃げようとすると、追いすがって来るよな。
「ケイトには黙っておきたい事なんだ」
「女ですか、女を待たせてるんですねっ」
真面目で大人しい後輩と思っていた女の子の、妙に積極的な姿勢が怖い。走って逃げようにも、デスペナで能力が下がっている。初心者でも追いつかれるだろう。
「話して後悔しないか?」
「え、な、何の事です?」
俺がケイトに向かって問いかけると、ケイトも少し戸惑いを見せる。
「本当は黙っておいた方が、驚きが大きいと思うんだが……」
「え、ち、ちょっと待ってください。期待していい事……ですよね?」
俺の言葉に真剣に考え出すケイト。
あれ、ちょっとハードルを上げすぎたか。でも初心者な彼女にしたら十分なアドバンテージになると思うんだが。
「わかりました。ここは大人しく待ちます。私は錬金術師のお爺さんの所にいますからっ」
何かを振り切るように走り去っていった。大丈夫だろうか。
ケイトの為でもあるし、俺は予定通りに裁縫ギルドを訪れた。
「おや放蕩弟子がお帰りかい」
ギルドマスターのリリアさんの所に顔を出すと、まだ覚えてくれていた。
「基本は冒険者なんで」
「まあ、そうだろうさ。で、古巣に何の用だい?」
俺は幾つかのデザイン画を仕入れ、当時は作れなかった刺繍のレシピも手に入れた。
「ふぅん、もうそんな物を作れるようになったのかい」
「色々とありまして」
刺繍は器用さが物を言うスキルだ。魔導技師としての知識、能力の他、盗賊のピッキングなどもステータスに影響を与えている。
視線を感じて作業場を振り返ると、刺繍担当のクルルがこちらを見つめていた。ギルドマスターとしてはリリアさんがボスだが、師匠というならクルルになるだろう。
「……」
「お久しぶりです」
相変わらず寡黙なクルルは、じっと俺を見て、手を差し出した。俺は最近の刺繍の一枚をその手に載せる。
じっと食い入るように見つめたクルルはフッと鼻で嗤った。小さく首を振る姿は、まだまだだと言いたいのだろう。
そして自分が作業していた布を広げる。
そこには見事な虎の絵が縫いとられていて、今にも襲いかかってきそうだ。
「やっぱりクルルさんの作品は凄いですね」
「……」
首を縦に振って、そうだろうそうだろうと言いたげだ。
しかし、俺の目は背景に記された幾つかの模様に吸い寄せられる。
「これは……」
〈魔導技師:解析〉が反応して、新たな模様の知識が加えられる。今まで見たことがなかった何かなのだろう。
クルルは魔導技師が無いだろうから、単純に模様として描いているのだろう。
「この模様のレシピはありますか?」
「……」
クルルは刺繍のサンプルが集められたバインダーのような物を取り出した。
ある作品の布を提示される。
そこにはエルフの里と読める文字が記されていた。
「エルフにも刺繍の技術が」
「……」
クルルがコクコクと頷く。どちらかと言うと方形というか、角ばった幾何学模様の多いオタリアの刺繍に比べて、エルフの刺繍は筆記体を思わせる流麗な模様だ。
系統としてはかなり違う。植物の蔦を思わせる物が多いようで、森の民のイメージ通りとも言えた。
改めてクルルの製作中の刺繍を見てみると、虎の背景に植物系の刺繍は確かに合っている。その背景のおかげで、虎が浮き出て見える効果もあるようだ。
芸術的なセンスのない俺からすると、見事としか言いようのない出来。
「さすが師匠、刺繍選びのセンスが違いますね」
「……」
ドヤ顔で胸を張るクルル。
久々にその隣で作業をしてみる事にする。
まずはケイトの為の一品だ。
肩掛けになりそうなショールにするか、動きに強いケープにするか。
冒険者として外に出るなら、ケープの方がいいかな。
王国産の木綿布を少し加工してケープ状にすると、その背中側に刺繍を施していく。
木綿糸を付与染料で染めて、知力に作用する模様を縫い込んでいった。
その様子をクルルが見守ってくれている。不思議な安心感があった。
カミュやリーナといった弟子をとった状態だが、クルルのような安心感は与えられて無いんだろうなぁ。
スキル任せではなく、自身の意思で針を刺すと、器用さによる補正も強く反映される。
ぱっと見では大差ないかも知れないが、縫い目が揃ってほつれにくい。そんな作品に仕上がった。
ポンポンと頭を叩かれ、見上げるとクルルが親指を立ててこちらに向けてくる。
「ありがとうございます」
相変わらず寡黙だが、言いたいことは伝わるようだ。この調子で続けていけばいいのだろう。
他にも数点、ルフィアの為に耐久力に作用する模様と、アリスの為の敏捷性に作用する模様を仕上げて裁縫ギルドを後にした。
ポタミナを見ると、ルフィアとケイトのメッセージが溜まっていた。
中を見るのが怖いのでスルー。
カミュ達に服の下ごしらえをしてもらうように指示を出して、ひとまずケイトの下へと向かう。
オタリアの裏町でも更に奥深く、人通りの少ないスラム街。物乞いの姿すら無いのは、稼ぎにならないからだろう。
いつ崩れてもおかしくない廃屋が立ち並ぶ中に、錬金術師が住む廃屋もあった。
「うっ」
以前にも増して、硫黄の臭いがたちこめている。ケイトが積極的に練成作業を行っているからだろう。
廃屋にある壁の隙間から、灰色の煙が漏れ出していた。
今にも崩壊しそうな廃屋だが、それなりに補強はされているのか、重たそうな錬金釜のある作業場は2階にある。
軋む梯子を上る音で、俺の訪れを察知していたケイトに迎えられた。
「ちゃんと約束守ってくれましたねっ」




