はじめての死亡
がばっと飛び起きた俺は、近くを手探りで探す。辺りに転がるものがなく、周囲が見えている事に気づいた。手を頭のある位置にもっていって、首が繋がっていることを確認した。
「あ、ある、か……」
自分の首が飛んでいく感覚。ゲームとはいえ、あまり体験したいものではなかった。首を撫でながら、立ち上がろうとすると体がだるい。
激しい運動をした直後のような、手足すら重たく感じる疲労感だ。
「アトリーも死んだのか」
「ああ、リオン。首を飛ばされた」
リオンは胴体から分断されていたな。そんな体験も嫌だ。
「体が重いね」
「ああ、動きたくないと思わせるな」
これがデスペナルティなのか。
とりあえずルフィアに連絡を入れてみる。いつの間にか登録されていたポタミナのルフィアへとメッセージを送った。
『大丈夫かや!?』
「いや、死んだんだけど」
『こ、これが死者からのメール!』
「いや、生きてるから」
『どっちじゃ!』
「死んで生き返ったんだよ」
『ゾンビからのメール!』
「もういいや、とりあえず帰るから、そっちも引き上げて」
ルフィアの相手も疲れる。ヤバいなデスペナ。いや、これはいつもの事か。
転送装置を使って王国に戻ると、ルフィア達も戻ってくるところだった。
「なんじゃ、生きておるではないか」
「大丈夫ですか、兄様」
「俺達プレイヤーは生き返るって言ってるだろ。ただ体がダルい」
近くにあった寝台に腰を下ろす。リオンも同じようにふらつきながら座り込んだ。
俺はポタミナの掲示板でデスペナを調べる。体がダルいのは1時間くらいで治るが、ステータス自体は下がったままが2日も続く。
更にはスキルの低下もあるのか……。
ステータスを確認すると、確かに各能力にマイナス修正が掛けられていた。
スキルに関しても、それぞれ数値が下がっている。
「こりゃ確かにキツいペナルティだな」
「ううっ」
同じようにポタミナを確認したリオンからも呻きが漏れていた。
「ふむ、仕方ないのう。わらわが魔力の滞りを治してやろう」
「んん?」
「ほれ、横になるがいい」
座ってるのもダルく感じてきたので、大人しく寝台に横になる。
うつ伏せに寝かされると、その背中にルフィアが座り込む。
「鎧が邪魔じゃ」
「あ、ああ」
ポタミナを操作して装備を外す。ゲーム的に軽いエフェクトがかかって消えてしまう。所持袋の方に転送されているはずだ。
ルフィアの小さい手が、俺の背中をさすってくる。
「魔力の流れって」
「アリスもそうじゃが、お主にも当然魔力は流れておる」
プレイヤーも勉強すれば魔法が使えるようになる。それは体内に魔力を持っているという事になるのか。
「魔導技師の本分は魔力の操作。お主の魔力は著しく滞っておるが、こうして解してやれば楽になるじゃろ」
ルフィアがさすってくれた辺りがほんのりと温かくなってくる。それと共に、ダルかった体調もマシになってきた。
「ああ、いいよ。ありがとう」
「うむうむ、感謝するがよい」
貸しにするとまた何か難題をふっかけられる気がするが、この体のダルさに比べたら可愛いものか。
10分程の施術で、すっかりダルさは解消できていた。
「アトリー、僕も」
「ん、ああ、そうだな」
ルフィアの方を見ると、顔に疲れたのじゃと書いてある。魔導技師の技術なら俺でもできるか。
リオンの側にいって、身体にまたがる。
「リオン、鎧を外して」
「ああ」
億劫そうにポタミナを操作して装備を外すと、真っ白な肌が露わになる。下着すら付けてないのか。
「服は戻してくれよ」
「ないんだ」
面倒そうに呟いて黙った。仕方ない施術してみるか。
滑らかで柔らかな白い背中。少し躊躇われるが、恥ずかしがる方が変だろう。
アリスにしたように魔力を探るために指を這わしていく。
「アトリー、くすぐったいよ。もっと力を入れて」
「ん、あ、ああ、こうか」
「もっと、もっとだよ」
指先が柔肌に食い込むようにしながら、指を押し進めていく。
「んっ、そう、そんな感じで」
「ああ」
施術を受けるリオンは、マッサージを受け慣れている感じがする。そういえばアスリートだと身体のメンテでマッサージを受けるのか。
雑念が入ると魔力の感知が悪くなる。
俺は集中して、魔力を感じるのに努めた。ルフィアの言うように、魔力の流れ自体がかなり遅くなっているみたいで、塊になっているような箇所がある。
それを指で押し解すと、徐々に流れが良くなっていくのだ。白い肌に赤く指の跡が残るのが、やや背徳的で……いや、雑念はダメだ。
ルフィアよりは時間がかかりつつ、15分程でリオンの身体は解れた。
「ありがと、アトリー。もう大丈夫みたい」
「おお、よかっ……リオン、前、前」
無防備に起き上がったリオンの身体は女の子だ。発展途上といった感じの小振りな乳房が露わになっている。
「あ、アトリーのエッチ」
胸元を隠しつつ、リオンが唇を尖らせる。ただその反応は、こちらを試しているようでもある。
「はいはい、そういうのはいいから」
中身は男。俺はそう言い聞かせながら、努めて平静を装って席を立った。
「というか、普段着くらい用意しとけよ」
「うん、そうだね」
鎧を戻しながらリオンが返事をする。
「アトリーが作ってよ」
「まだ簡単な服しか作れないぞ」
刺繍は上がっているが、裁縫全体としてはさほど成長がない。
「いいよ、アトリーの印があったら強くなれるんでしょ」
「呪紋な。そうだなインナーから仕込んでいけば、それなりになるか」
「採寸するなら脱いだ方がいいよね」
そういってこちらに笑いかける表情は、からかおうとする意図が透けて見える。
なのであえて放置することにした。
「あ、なんか放置されるルフィアの気持ちが分かってきたかも……」
などと呟くリオンも更に無視して、作業場へと移動する。
カミュとリーナが、糸を紡いでいた。村の畑で採れた綿花から、木綿糸を作っているのだ。
NPCの製作するものは、品質が均等で上質にもならないが、失敗も無いらしい。
「師匠、おはようございます」
「ざいます……」
カミュはしっかりとした子で、リーナは少し無口なところのある子だ。
「糸もらうね」
「はい、どうぞ」
作り置きしてある在庫から、糸の束を取り出し、布へと加工する。
本格的に裁縫を教える事にした時に、糸車と機織り機は揃えておいた。
俺はスキルのサポートを受けながら、布を仕上げていく。その様子をリーナが食い入るように見つめていた。
無口で愛想に乏しいが、裁縫への意欲はリーナの方があるみたいだ。
俺はスキルが勝手に仕上げていく布を見ながら、リーナに聞いてみる。
「リオンに服を作るんだが、どういうのがいいと思う?」
ピクンと顔を上げたリーナは、とててと離れていってしまった。もしかして嫌われている。
などと考えていると、リーナが戻ってきた。手には布を持っている。
作る手段のない紙よりも、洗濯すると再利用できる端切れをメモ代わりに使っていた。
木炭を使って描かれた絵は、8歳ほどにしたらしっかりと描かれていて、どんな服かが判別できた。
リーナは既にデザインにも興味をもっていたようだ。
数枚のイラストを見せてもらいながら、リオンに合いそうなのを考える。
「さすがにスカートはないな」
身体は女の子でも心は男。スカートを履く気はないだろう……ないよな?
無理に男らしさを強調することのなくなったリオンは、たまに女の子っぽさを感じる事もある。
とはいえ流石にスカートはないな。
リーナが俺に見えるようにイラストを並べてくれた。元々は自分達で着るための服だったのだろう、ヒラヒラとした飾りが付いた服が多い。
リオンが着るなら動きやすさは大事だろう。男の子向けにデザインしたらしい、シンプルな方を見ていく。
ジャケットに短パン、Tシャツに長ズボン。鎧の下に着るなら後者か。
「ありがとう、右のにするよ」
俺の言葉にリーナがにぱっと笑った。
布の作成が終わると、俺は早速裁断に入る。服の部品毎に布を切っていく作業だ。といってシンプルな作りなので、すぐに切り終わる。
そこからチクチクと縫い上げていると、リーナと一緒にカミュも見学していた。
「手伝ってくれるのか?」
縫い合わせるのは簡単な作業。さらに言うなら、俺もそこまでのスキルじゃない。
3人で作業を分けて作り上げていく。
インナーもいる……よなぁ。
小振りとはいえ、ちゃんと膨らんでいたし、あった方がいいはず。
製作できるのはシンプルなスポーツブラとホットパンツの様な下着だ。リオンにしてもこういう程度の方が着やすいだろう。
縫製は2人に任せつつ、俺は刺繍に取り掛かる。魔導技師との併用で効果を高めた呪紋を下着の上に描いていく。
「そういえば付与染料があったな」
アリスの刺青に使った付与染料は、魔力の流れをより強く制御できる。
それで染め上げた糸を使えば、もう少し効果を高められるかもしれない。
俺は縫いかけていた刺繍を一度解くと、付与染料で染め直した糸で呪紋を記していく。
「おおっ、やっぱりな」
刺繍が終わったところで装備品の能力を確認すると、以前マフラーに刺繡した時よりも効果が上がっている。
「師匠、できたよ」
カミュとリーナが縫製し終えたシャツとズボンを受け取り、そこにも刺繍を施していく。
カミュとリーナに見守られながら、作業を仕上げていった。
デスペナも生産スキルにはそこまで影響はないみたいだ。小一時間の作業で、下着の上下、普段着の上下が刺繍入りで揃った。




