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いざバスティーユ城へ

 目が覚めてカーテンを開けると、朝日が差し込んでくる。明るくなった室内では、情報番組を映すテレビからレポーターの声が聞こえてきた。


獅子谷ししたに礼央れお選手は、練習中の事故で負った傷から順調に回復を見せており、二年後の五輪に向けて意欲を見せています」

「しかし、今シーズンはリハビリでしょう。一年で試合勘が戻るかどうか。折原選手の方が有力でしょう」


 あの子も今頃は目覚めている頃か。寝起きの違いには驚くだろうな。朝の時間をゆっくり過ごせるのは、時間に追われがちな現代には貴重な事だと思う。

 俺はチャンネルを変えながらニュースをハシゴしつつ、朝食を堪能した。



「凄いですよ。もうぱっちり目が開いたのなんて、いつ以来かわかりません」

「だろう? ホント、俺も当選してたら今頃はもっと頑張れるのに」

 体験会に行った後輩と、バイトの女の子が興奮気味に話しているのが耳に入ってきた。


「おはようございます!」

 普段の朝は低血圧な若者を示すように、覇気のない挨拶の子が元気さを見せていた。

「ああ、おはよう」

「睡眠って大事なんですね」

 明るい笑顔に俺の方も嬉しくなる。この様子だと、プレイの方も充実したんだろうなと思う。


「記憶がなくなるっていうのが不安でしたけど、確かに夢を覚えてなくても気になりませんね」

「だろう? こっちの俺は日々の生活が楽になっただけでありがたいんだよ」

「そうですね」

「ああ、くそ。俺も当選してたらなぁ」

「5年ローンでレンタルと変わらない値段だぞ」

「5年、5年かぁ」

 過ぎてしまうとあっという間だけど、この先の支払いと考えると億劫な時間だな。

 俺としては5年も今の生活が保証されるなら、安いものだと思えてしまう。年の差か。




『なんでいなくなってるんですか!』

 ログインした俺を待っていたのはそんなメッセージだった。本当に気づいてなかったのか不思議だが、それだけのめり込んでいた可能性はある。

「楽しんでたから大丈夫だと思ったんだが」

『それはそれ、連絡義務違反ですよ』

 こちらとしてはちゃんと断ってから戻ったんだが、聞いてないと一緒か。


「それでどうしたいんだ?」

『錬金術の基礎は終わったんで、素材集めをしたいんですけど』

 後衛職では戦闘できないのだろうか。いや、街から近い所を探索するなら問題ないはずだ。

 最初に甘やかしては彼女の為にならない。


「頑張れ、近くの森にはキノコや薬草の類があるぞ」

『え? 来てくれないんですか!?』

「初めての経験は驚きに満ちてた方が面白いからな。1人で堪能してみてくれ」

『女の子のお願いを無碍にできるなんて……アトリーさん、実はリア充ですね。爆発しろ!』

 え〜。こんな子だったのか。普段はネコをかぶってるのかなぁ。少し不安になってしまった。


 ケイトの恨みをかいつつも、俺は自分の用事を進める。

 昨日で鍵開けスキルをあげたので、それを常備スキルに加えて整理。

 魔導炉閉鎖を繰り返した事で、魔導技師のスキルも上がっている。

 反面、戦闘面は『黄昏の傭兵団』に任せる事が多くて、そんなに成長していない。


 バルインヌ地方の探索は約3分の1ほどだが、かつてのバルトニア王国の首都バスティーユ城への進路は確保している。

 開始当初は高難易度のダンジョンとされたバスティーユ城。今なら多少は探索できるのだろうか。

 出て来る敵はゴーレムやガーゴイルといった石像が動くようなタイプ。

 斬撃を主体とする俺にとっては天敵とも言える相手だが、〈魔導技師〉のスキルがあれば、動力源である魔力自体を斬れる。

 それに火力アップしたリオンの打撃は、ゴーレム達にも有効だろう。

 回復職ヒーラーがいればもう少し安心できるが、ケイトはまだ始めたばかり。

 ここはヒットアンドアウェイで探索するしかないだろう。



「という事で、バスティーユ城を目指すことにする」

「ようやくかや」

 ルフィアと出会って一ヶ月ほどが経過している。ゲーム内で考えると一年過ぎている計算だ。

「まあ一回でどうこうできるとも思えないから、腰を据えて攻略する事になるけどな」

「一歩前進には違いありません」

「アリスの治療方法もあるといいんだがな」

「バスティーユは、バルトニアの知の集積地でもあるのじゃ。わらわが人形になって失った時間も、様々な研究はされておったはずじゃ」

 書物庫など気になる施設があるらしい。ゴーレムやガーゴイルがそれらを処分するとも思えないので、それなりの知識が残されているだろう。


 気になるのは他のプレイヤーだが、多くは中央の山脈攻略に向かっているようだ。

 なんでも魔族の拠点を攻略すると、かなり報酬がいいとか。

 また大陸の北東部には、森が広がっていて、エルフの住まう地になっているらしい。

 ファンタジーの人気種族であるエルフ。そちらを目指すプレイヤーの方が多いらしい。

 一応、バルインヌ地方は空白地で、強いて言うなら黄昏の傭兵団がいるが、彼らも一通りの装備が整い、山脈攻略に取り掛かる予定とのこと。


「バスティーユ攻略に乗り出しているプレイヤーはいないと思うが、逆を言うと手助けも期待できない。ルフィアとアリスはくれぐれも気をつけてな。俺達は死んでも復活するんだから」

「うむ、わかってはおる」

「気をつけます」


 改めて言い置いて、バスティーユへ向けて出発する。土木1号のレンタル料で、馬車を購入した。

 荷馬車だが、座布団を敷いて揺られていく。

「おおお、揺れるのぅ」

「きゃあ、危ないです」

「お前ら、暑苦しいぞ」

 俺を挟むように2人は座り、揺れとは違う動きで密着してくる。下手に逃げるから、追いかけてくるんだろうか。


 俺は2人がくっついてきた時に、がっと肩を掴んで抱き寄せた。

「ふあっ!?」

「に、兄様」

「何度もぶつかられても痛いだけだからな、大人しくしてろ」

「う、うむ」

「はぃ」

 二人共大人しくはなったが、コレは正解だったのかどうか。とりあえず、今は考えないようにして到着を待った。




 バスティーユ城は思った以上に大きかった。城壁の内側にも街が広がっていて、二重、三重に城壁が連なっている。

 中央にあるのが、本当の王城だろう。高くそびえていて、遠くからでも確認できる。

 そこを囲むようにまた大きい建物が囲んでいた。何でも有力貴族達の居城らしい。

 そして更にその区画を囲むようになっているのが国民の住んでいた街。建物の密度はかなり高く、人口はかなりの数であっただろう事は予測できる。


「今となっては廃墟……なのじゃな」

 魔導炉から漏れ出た魔力は、城壁を覆う蔦もミュータント化させたらしい。血のように赤く染まった城壁は、なかなかに不気味だ。

 そして建物の間を動く影。ゴーレムが巡回しているようだ。


「ってか、デカイよな」

「貴族区を守るゴーレムだと、5mクラスのモノが守っています」

「王城の方じゃと、8mクラスもあるのじゃ。まあ、魔力を浪費するゆえ動かす機会はなかったがの」

 馬車から降りた2人は、俺との距離が微妙に開いている。こちらからの接触は、意外と効果を見せたようだ。

 あまりやり過ぎてもセクハラになるだろうが。いや、この世界にセクハラはないのか?



「アトリー、鼻の下伸ばすのもいいけど、仕事してからにして」

 リオンに注意されてしまった。そんなに顔に出てたか。美少女2人に囲まれて、デレない方がおかしいだろう。

 などと開き直ったら、本気で怒られそうな気配だったので、大人しく仕事に取り掛かる。


 魔導技師を覚え、冒険者学校で盗賊のスキルも覚えてきた俺が先頭で、建物の様子を確認しながら、城の中へと入っていく。

 城と言っても、まだ城下町。オタリアなんかの町並みとあまり変わらない。

 ただ住民の姿はなく、時折ゴーレムが巡回しているのが見えていた。


 〈魔導技師:解析〉スキルを使用して、周囲を観察してみると微弱ながら魔力の流れを感じる。

「何かあるな」

 リオンに制止を掛けて、俺は単身で街へと入っていく。門番はおらず、やや蛇行した道が続いている。

 左右の建物は方形でコンクリートではなさそうだが、何か塗り固められた壁になっている。


 魔力を辿っていくと、建物の一つ。入り口の上辺りに繋がっていた。

 注意しながら建物の中に入ると、そこは小さな部屋。机や椅子があり、休憩できるようなスペースになっている。

 ただ旅人が休むような所ではなく、どちらかというと。

「兵士の詰め所か」

 交番などを連想させる作りだ。


「もしかしてセンサー的なものなのか」

 魔力の流れは、机の上にある小箱へと続いていた。ピッキングを活かして、箱を開けてみると中には魔導技師で馴染んできた幾何学模様。何らかの魔導装置らしい。

 まだまだ素人の域を出ない俺が触るのはまずいだろう。

 俺は皆の所に戻って詳細を伝える。


「ふむ、何らかの監視装置じゃろうな。今は機能しておるか分からぬが、調べてみるかの」

 魔力の流れには触れないように小屋へとたどり着く。

 ルフィアが箱の中を調べるうちに、部屋の中も調べていった。



「これってロッカーかクローゼットなのかな?」

 リオンが壁際にある等身大の箱を示す。取っ手も付いていて、いかにもそれっぽい。

「開けたらゾンビなパターンか」

 軽口を叩きつつ、取っ手付近にあった鍵を開ける。電子ロックではなく、物理的な鍵だ。


 開けてみるとやはりロッカーのようだった。青い服が掛けられていて、鏡なんかもついている。

 ファンタジー世界というよりは、近代的な作りだ。

 他は帽子と手袋。あとこれは手帳か。フクロウの描かれた紋章の入っていた。


「うむ、解除できたのじゃ。ついでに街の地図もあったぞよ」

 相変わらずの有能ぶり。ポタミナの地図アプリに情報が追加される。

 地図は城下町の部分だけみたいだが、門の位置が分かるだけでもありがたい。

 防衛のためか、道は蛇行するように伸びていたり、行き止まりがあったりと、ちょっとしたパズルになっていた。


「目指すは王城なんだろうけど、敵の強さを確認しておくか」

 地図が手に入った事で、万一逃走しなければならない時も、逃げやすくなっている。

「このあたりの広場が外への道も繋がってて戦い易そうだ」

「なら僕が釣ってくるよ」

 自身ありげにリオンが名乗り出た。以前のように勝手に戦い始めるとかは危惧していないが、1人で大丈夫だろうか。


「今の僕には、これがあるからね」

 足元を指差す。

 確かに機動力という意味では一番の適任だった。

「それじゃ、行ってくるよ」

 俺はリオンを信じて、広場の方へと向かった。

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