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錬金術を求めて

 ケイトは思った以上にはしゃいでいた。実際、俺もこの世界に来た時は驚きとともに、見るもの全てに興奮していたように思える。

 人の記憶を呼び出し、物の質感を再現する技術は、今までのCGのテクスチャとは次元を画していた。

 しかしまだ2ヶ月足らずしか経っていないのに、かなり馴染んでしまっている。

 それだけ密度の高い時間を過ごしていたのかもしれない。



「硫黄の匂いがしますね」

 裏路地を歩いていると、やや卵の腐ったような臭いが俺の鼻にも届く。

「こんな所に温泉でもあるのか?」

「それはそれで素敵ですけど、コレは錬金術の匂いがします」

 錬金術というと永遠の命だったり、鉛を金に変えたりと、眉唾ものの技術という感じがするが、歴史を見ていくと化学の基礎に通じるのが分かる。

 酸で鉄を溶かしたり、それで発生した気体を集めたり。強靭な鉄を作るために、純度を上げるのも錬金術が一端を担っていたらしい。

 そうした数ある功績の中に、火薬に関する物もあったはずだ。そこには硫黄も使われる。



 スンスンと鼻を鳴らしながら、ケイトは一軒の廃屋へとたどり着く。

「ここですね」

「確かに臭うな」

 入り口にはドアもなく、壁のあちこちが朽ちてしまっている。2階なのか天井が高いのか、少し見上げた位置から、白い煙が漏れ出ていた。

「これ、入って大丈夫なのか?」

「虎穴に入らずんば、虎子を得ずです」

 そんな大それたものかと思ったが、小屋に入って爆発でもした日には命懸けになるかもしれない。


「俺が先に行くよ」

 戦士職で、レベルも高い俺が行く方がいいだろう。

「お薬、用意しておきますね」

 どこの看護師かと思うセリフを返されてしまった。思わずナース服とか連想しては、セクハラで訴えられかねない。

 気を取り直して、俺は建物の中に入る。



 廃屋の中は、硫黄の臭いが充満していて鼻はおろか、喉にまで絡んでくるように感じる。

 薄暗く明かりは朽ちた壁から差し込む光のみ。ランタンを点けたい所だが、火薬があるかもしれない場所では自殺行為だ。

 臭いに耐えながら、少し目が慣れてくるのを待つ。やがてぼんやりと輪郭が浮かび上がってきた。

 幾つかの木箱とボロ布。わらなんかが積み上げられている。

 そして柱の側には梯子が掛けられていた。


「上……だよなぁ」

 煙は高いところから漏れていた。上るしかなさそうだ。

 木製の梯子はミシミシと不安になる音を立てながらも、壊れることはなく上っていけた。

 そこは2階と言うより屋根裏部屋。天井は低く、頭がつきそうだ。

 大きな釜と薬品がならんだ机。そして白ひげを蓄えたやや小柄な人影があった。


「な、何もんじゃ」

 手には筒状の物体。その先端をこちらに向けながら、誰何の声を聞く。

「お、俺は、錬金術師を探してて……」

 バンッ!

 会話の途中で筒が火を吹き、俺の頭をかすめて壁に当たる。


「お、おい、いきなり撃つなよ」

「むう、引き金の反応が良すぎたようじゃ」

 硝煙を上げる筒をしげしげと眺める老人。不意打ちで殺されるところだった。

 しかし、連射はできないはず。俺は一気に間合いを詰めて、その筒を掴んだ。


「は、離せ、離すんじゃ」

「そっちこそ、話を聞けっ」

「どうせ環境局のやつらじゃろ。ワシはここを出んぞ。周りに誰もおらんじゃないかっ。被害なんぞ出さん」

「俺は取り立て屋でも、役人でもない。錬金術師に用があっただけだ」

「なぬ?」

 老人はピタリと動きを止めた。とはいえ銃から手を放す事はしない。


「錬金術を習いたいという子がいるんだ。知識を授けてやってくれないか?」

「な、なん、じゃと……」

 放心したように筒から手を放し、その場にへたり込んでしまった。



「ワシは長いこと1人で研究を続けておったのじゃ」

 ケイトを呼んで老人に引き合わせると、その手を握りながら語り始めた。

 なんでも元々は役人で、不法に研究する錬金術師を取り締まる側だったらしい。

 しかし、彼らと話すうちに古代の技術を枯れさせるのは惜しいと考えるようになった。

 彼らの為に研究できる建物を用意し、国から研究費用を出してもらえるように掛け合ったりもした。

 ただその研究費を受け取った途端、その錬金術師達は消えてしまう。

 責任を取らされ役所をクビに。資産も全て没収された老人は、1人彼らの言っていた理想の技術を実現し、自分は間違ってなかった事を証明しようと考えた。


「しかし理想の現実は難しく、ワシの老い先も短くなってしもうた」

「何を作ろうとしたんだ?」

「それはもちろん、賢者の石。それさえあれば、不老長寿の薬も、鉛を金に変えることもできるという究極の物質じゃ」

 ああ、現実が見えてないパターンか。


「そうですよね。賢者の石! 正に錬金術師の夢ですよ」

 ケイトはその考えに共感したようだ……まあ、ゲームだし不可能とは言い切れないけど、最高難度の技だろうなぁ。

「嬢ちゃんは見どころあるのぅ。理想を追い求め、真理の地平にその身を捧げる事こそ、錬金術。分かった、ワシの持つ全てを嬢ちゃんに伝えよう」

「はい、お願いします、師匠」

「ふぉっふぉっふぉっ、良い返事じゃ」

 何だか2人の空間が出来てしまっていた。

「じゃあ、ごゆっくり」

 盛り上がる2人を残して、俺は王国に戻ることにした。



「遅かったのぅ」

「今日からプレイを始める子を案内してたからね。言っただろう?」

「女か、女なのじゃな」

「だからそれも言っただろ。女の子だって」

「くぅ〜わらわというものがありながらっ」

「会話、おかしくない?」

「ちょっとは乗ってくれてもよいと思うのじゃが……」

「疲れるだけだよ」

 がっくりとうなだれるルフィアにこっちこそがっくりとくる。


「アトリー、いいかな」

 リオンに呼び止められる。その身長が伸びたように感じたのは、靴が新調されていたからだ。

「出来たのか」

「何とかね」

 靴には4つの縦に並んだ車輪が付けられていた。ゴーレムを解体する際に見つかった幾つかのパーツで組み上げたローラーブレードだ。

「少し調子を見ててくれるかな」

「ああ、構わんよ」


 村の広場で滑走を始める。

 なだらかに見えて石などが転がる広場を、リオンの体が加速していく。

 広場を大きく使って加速していくと、軽やかにジャンプ。力強い跳躍は、幅も高さもかなり出ていた。

 着地もスムーズに、再び加速すると、今度は回転しながらの跳躍。腕を引き寄せ、コマの芯のようになって高速に回る。


「あれで何で目が回らないかね」

「凄いですね、リオンさん」

 いつの間にかアリスが隣に来ていた。加速して安定させて、そこから跳躍。3回転くらいは軽くこなして着地。そのまま滑走しながらもスピンを繰り返し、シューズの具合を確認していた。


「凄いな、リオン」

「こっちの体の方が芯が強いみたいだからね」

 ゲームのステータスが加味されているのだろう。本来であれば敏捷性という能力が、体の機敏さを現す数値。回避行動などはそこで補正がなされる。

 しかし、実際の体の動かし方は、プレイヤーに依存していた。敏捷性が高いと、反復横飛びのような動きの向きを変える動作がやりやすくなる。

 リオンの場合はそうした制動ではなく、力のベクトルを制御する事で高速なスピンなどを生み出していた。敏捷性よりも体の感覚の方が大事な動作らしい。



「それじゃ、やろうか」

 足慣らしが終わったリオンは、ウォーハンマーを取り出した。リオンにローラーブレードを勧めたのは俺で、それが強さになると語った。

 ならばその強さを確認させるのは、俺の仕事だろう。

「手加減はしないぞ」

 俺自身、この10日ほどで戦い方を考えている。機動性が上がったところでっ。


「はやっ」

 実際に同じ目線で近づくリオンの速度はかなりのものだ。そしてスピードの乗ったハンマーの威力は、リオンが振らなくても物凄い破壊力を持つ。

 マンゴーシュを当てて軌道を変えてやり過ごしはするもののの、手に残る衝撃は今までの攻撃の比ではない。

 そして、カウンターを狙おうとした時には、すでに近くには居なくなっている。


「う〜ん、やっぱり振ろうとするとバランスが崩れるな」

 リオンはそう呟きながら近づいて、通り過ぎてを繰り返していく。

 それを目で追うのも大変だ。

「ならっ」

 リオンが思い切ったように、回転をはじめる。重いものを振った時の重心の傾きも、円運動になるとやや安定する。

 ハンマー投げの要領で加速した先端が俺を襲う。


 まだ安定感のない攻撃を避けるのは可能だろうが、それだと俺の戦い方ではない。

「ダメ元で、当たって砕けろっ」

 リオンが体の動きを経験で活かしているように、俺には過去に鍛えた動体視力の感覚がある。

 回転しながら迫るハンマーの先端も、見極めて見せるっ。



「砕けたぁっ」

 勢いを殺しきれずに吹き飛ばされる俺。地面を滑りながら、リオンが回転を緩めながら、こちらに戻ってくるのを見た。


「アトリー、大丈夫?」

「ああ、直撃はしてない……けど、半端ない威力だったよ」

「良かった」

 リオンの差し出す手に掴まって立ち上がる。転がる足元のはずなのに、しっかりと俺を引き上げてくれた。どうやって体を支えてるんだか。



 俺の受け流しスキルも上がっているはずなんだが、リオンのスピードには追いついてなかった。

 もっと器用さを高めて、微妙な受け流しの角度が必要だろう。

 今日覚えてきたピッキングの習熟を目標に据えた。


 カミュとリーナに裁縫を教えながら、俺はひたすら鍵の開け閉めを繰り返す異様な光景がしばし続いた。

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