AL18bの命名
「この子、名前はなんて言ったっけ」
「AL18bです」
戦士の1人がアリスに確認に来た。本人に確認しないのはなぜだろう。
当の本人は周囲を見渡して状況を確認している。
「AL18bね……」
「団長が来る前に、名前を決めておこうぜ」
「ミコ姐さんみたいになると困るからな」
戦士達がヒソヒソと会話を始めている。アームストロングは他の探索の様子を確認する為に、ここには居なかった。
「そういえば兄様。私はどうしてアリスだったんですか?」
「ああ、単純な話で、AL15eという字を頭の中に並べたら、1がiに、5がsに見えるかなって」
「なるほど、それでAliseでアリス……でもそれならAliceじゃありませんか?」
「そうなんだろうけどな。音の響きもいいかなって。嫌なら変えるか?」
「いえ、気に入ってますから」
嬉しそうに微笑むアリスの様子に、嘘は無いと思う。
一方、目覚めたものの放置され気味のホムンクルスは、棺から抜け出そうとしていた。
その顔がこちらを向き、俺の隣のアリスに止まる。
「あら……お姉様、ごきげんよう」
一瞬、驚いたように目を見開き、その後で穏やかな笑みを浮かべた。
艷やかな黒髪で、前髪は眉のあたりでぱっつりと切りそろえられている。
大きめの瞳は深みのある茶色で、全体的に清楚な雰囲気ではあった。
背丈はアリスと大差なく、150cm少々。胸元の発育はアリスに勝っている。
黒髪のストレートは長く、腰の辺りまで届いているようだ。
「姉様が殿方と並んでいるなんて、珍しいですわね。そちらがご主人様ですか?」
「こちらはアトリー兄様。私がお仕えしている方です」
「お仕えってのは嫌だな。仲間だろう」
「じゃあ、家族ということで」
言質は取ったとばかりに、腕に絡んでくる。何か一歩踏み込まれた様に感じた。
そんなアリスの様子に、AL18bはまた目を大きくする。目が周囲を確認するように細かく動き、再び正面を向いた時には、ふわっと笑みに戻っていた。
「では私のご主人様は、周りにおられる誰かなのですね」
「おれ、俺だよ、俺」
「俺が俺が」
「じゃあ俺がご主人様で」
AL48bの言葉に周りが一気に騒がしくなる。
「とにかく名前を付けた奴に優先権だろ」
「そうなるな……しかしAL18bだろ。意外と難しいな」
「しかし、早くしないとトミコなんて名前になっちまう」
酷い言われようだな。日野富子でもあるまいに。
AL18bはそんな状況を理解しているのか、楽しげに周りを見つめている。
値踏みするような視線は、清楚可憐な外見には似合わないようなある種の危険さを感じた。
いや、他人の物だと思って妬みが入ってるだけか。
「アトリーはいいよな、ピッタリな名前があってさ」
「偶々なんだろうけどな」
「くそー、アリスちゃんみたいに可愛い名前がいいな」
「seで終わるならエリーゼの方がそれっぽかったのかなぁ」
ポツリと漏れた一言に、周囲が敏感に反応する。
「エリーゼ……だと」
「エリーゼだとE始まりじゃないのか」
「細かい事はいいんだよ、名前の響きだ。エリーちゃんは可愛い」
「それだとbが入ってないだろ」
「エリーゼビー」
「おかしいだろ、そんなの」
「ALをエリーは確定だな。18bをどう訳すかだな」
「18はzになるんじゃないか」
「は?」
「18歳以上か……エロいな」
ここで1人の戦士が名乗りをあげた。
「君の名前は、エリザベスだ!」
「わかりました、ご主人様」
見えないスカートを広げるように、腕を持ち上げながら、お辞儀した。
「貴様、人のアイデアを勝手に!」
「お前らだってアトリーの言葉から連想してただろ。それともエリザベスに文句があるのか?」
「そりゃzにbもあって収まりはいいけどさ」
「ふふん、なら問題ないだろう。愛称はエリーでいいよな」
「はい、ご主人様」
エリザベスと名付けられた少女が、にこやかな笑みを浮かべると、周囲の男達はまあいいやという感じで緩んでしまった。
それを見たエリザベスの口元が、更に笑みを深くしたような気がする。
こうして俺達は土木作業用ゴーレムを、黄昏の傭兵団は新たなホムンクルスを入手して、満足な収穫を得てそれぞれの拠点に戻った。
村に戻った俺達を迎えた子供達は、土木1号を見て興奮していた。
右手にドリル、左手にシャベル。足元は無限機動。無骨なデザインのロボットという感じで、正直ダサい。
それでも子供達の目には凄いものに見えたようだ。
エリザベスに溜まっていた魔力を取り込むことで、当面の魔力を補給できた土木1号は、早速作業を開始した。
子供達が耕し始めていた畑をそのドリルで、シャベルで深く掘り下げ、耕地として使いやすくしていく。
その様子を子供達は追いかけながら、すげーすげーと囃し立てていた。
この分だと、本格的な農業を開始できるのも早いかも知れない。
アームストロングの方も進展があって、新たな魔導炉を発見したとの事だった。
イザベラさんの地図には無い地域だったのでありがたい。
明日には向かうことを約束してポタミナを閉じる。
「そうじゃ、アトリーよ」
ルフィアが針子の作業場へとやってきた。
「なんだ?」
「AL18b、エリザベスの事じゃが、やはりミュータント化は進んでおらなんだ」
「ん?」
「過剰に魔力を持った状態でも、仮死状態で活動しておらんなら、ミュータント化も暴走もなさそうじゃ」
「なるほど」
「つまりここの子供達も早いうちに魔力を抜いてやれば、ミュータント化が進行することはない」
「じゃあ、早速!」
俺が立ち上がろうとするのを、ルフィアは手で制する。
「魔力を抜くのはもう終わっておる。この村に居つく事にしてから、すぐにのぅ」
「さすが姫様、抜かりはないのですね」
こういう時は褒めておくに限る。ルフィアは俺の反応に満足そうに頷いていた。
「ただのう、逆にアリスの治療には繋がらんのじゃ」
ミュータント化するのを阻止するという事は、ミュータント化したサンプルが減るということでもある。
一つの事象を多角から分析する方が、解析は進むのだろう。しかし、無理にミュータント化させるのは反対だ。
その辺はルフィアも分かっているから、俺に打ち明けてくれたのだろう。
「アリスにはもう少し我慢して貰うしかないのじゃ」
「私なら構いませんよ」
いつから聞いていたのか、アリスがやってきていた。
「少し弱いくらいの方が、兄様も優しいですし」
そう言って少しよろけた感じで、しがみついてくる。これを避けるのはさすがに大人げないだろう。しっかりと受け止めてやる。
「むう、連日の作業で目眩が……」
唐突によろけだしたルフィアがこちらに突進してくるが、それは華麗に躱しておいた。
「に、人形差別じゃ」
「いや、今のはわざとらしすぎるんだよ」
「わらわにももう少しご褒美があっても、バチは当たらんとおもうのじゃが」
拗ねるルフィアの頭をなでてやる。実際、ルフィアのおかげで色々と進んでいた。感謝の気持ちは大きいのだ。
ただあからさまに擦り寄ってくるのが、苦手なだけで。
「姫様の頑張りは、皆の励みになってますよ」
「そちはずるいのぅ」
人生経験で多少は人を使ってきたからな。ルフィアが望むような色々を叶える事もできるんだろうが、俺の方が溺れない自信がない。
それだけルフィアに魅力を感じてるのは確かだ。それはアリスにも言えて、どちらかを選べない自身の弱さを彼女達に押し付けているのかもしれなかった。
バチが当たるのは俺の方かなぁ。




