以前の魔導炉の探索
「あの、これ……」
宅配の途中、昼休みになった時に見せられたのは一通の封筒。
時代外れのラブレター!
なんてことはなく、企業から送られてきた通知用の封筒だった。そこには見慣れたロゴが記されてあった。
「Sleeping Onlineのベータテスター通知書?」
レンタル業務に先駆け、サーバーなどの負荷をテストする為、決められた人数を募集してテストすることになっていた。
あと10日ほどで行われる予定になっている。
「応募してたんだ」
「最近、仕事で辛そうな顔が消えたのは、これのおかげだって噂だったので」
以前の俺はそんなに辛そうだったのか……。
「でも私、この手のゲームは初めてなんで、どうなのかなって」
「説明書に書いてあると思うけど、プレイの記憶はないんだよ」
「それ、それですよ。実際に記憶がないって怖くないんですか?」
「う〜ん、あんまり意識してないな。君は今朝、どんな夢を見た?」
「え、ど、どうでしょう。何か見てたような、見てなかったような……」
「そんな感じなんだよ。起きたら気にしないと言うか、すっぱり忘れる感じで」
「結構、お高いですよね。そんな忘れる事に不満はないんですか?」
「それこそ毎日が充実したというか、よく眠れる事だけで価値はあったと思うんだよ。それに寝起きは何か楽しかったなという残滓はあるし……」
「ふ〜ん、そうなんですね。あの、良かったらでいいんですけと、当日少しレクチャーしてくれませんか?」
「どうなんだろ。今の会話を夢の中の俺が覚えてるかも分からないからなぁ」
「そうなんですか……」
がっかりした様子を見せる彼女。
「でもゲームとかするんだねぇ」
「オフラインのRPGがほとんどなんですけどね」
今まで知らなかったバイトの女の子と、多少は共通の話題があることに安堵する。一回り違うと仕事に関係ない話はし辛いしな。
少し仕事を楽しく過ごすことができた。
「あの子がゲームね」
少し大人しい雰囲気はあるが、普通な女の子だと思っていた。
でもそんな物なのかも知れない。
ゲームをオタクの物だと思ってるのは、ゲーマーと呼ばれる自意識が強い人の方で、普通の人はテレビやブログなんかと同じ、時間を潰すための娯楽に過ぎない。
電車の移動中にポチポチと操作するスーツ姿は珍しくなくなっている。
「まあ、結構詳しかったから、オタクに近いのかも知れないけど」
漫画もドラマも大差ないし、ゲームをプレイする女の子も珍しくないだろう。
MMOなんかはいかにもって感じで敷居が高いんだろうけど。安眠装置としての需要でも、このゲームが広まってくれるのは悪いことじゃない。
「ただこの世界に来る以上、ライバルだけどな」
彼女達、レンタル組が来る前に、稼げるだけ稼いでおかないとな。
「もう一つの魔導炉?」
「ああ、俺達で炉は止まってるから、探索だけだが」
「なんでそんな情報を伝えるんだ。脅威が無いなら、自分達で独占してりゃあいいのに」
「レンタル組が来る前にブリーエに近い所は、抑えておきたいのと、黄昏の傭兵団に借りも作れるだろ」
「計算高いことで。ま、こっちとしては損は無いから全然構わんぜ。この魔導炉もそろそろ終わりだろ」
広かった警備用魔導炉も3日もあれば隅々まで調べて、軒並みゴーレムを解体してしまっていた。
「そこで一体のゴーレムは確保しときたいんだ」
「動かせるのか?」
「正直わからん。うちの姫様に委ねて、使えそうなら俺達で貰う。それ以外は、好きにしてくれ」
「太っ腹だねぇ」
アームストロングとの契約が成立して、清掃用ゴーレムの探索にも人を出してもらえることになった。
敵の強さもさることながら、得られる素材が思った以上に収穫で、黄昏の傭兵団は元々20人の動員予定から、30人以上に膨らんでいる。
魔導炉を探索する他、バルインヌ地方自体を捜索する偵察メンバーも組まれていた。
イザベラからもらった地図の優位性も崩れるのは早いかな。やはり、人数は力だ。
とはえい、まだ村人達を危険な探索には使えない。精々、団員にはバルインヌ正常化に向けた露払いをしてもらわないとな。
俺の思惑としては、ゴーレム解体の素材よりも、バルインヌ地方に点在する魔導炉停止の方が優先度が高い。
ミュータントが跋扈する荒れ地は、冒険者はともかく村人には危険で、村を大きくしたりが難しい。
早く平和な土地にするべく、一つでも多くの魔導炉を、いち早く停止させていきたかった。
そのためにもゴーレムの素材を利用した質の良い武器が、多く手に入る状況は望ましい。マサムネ達、武器職人も大忙しらしいので計画としては順調だ。
一方、オタリア国の首都でも大きな動きはあるようだ。幾つか出来たプレイヤー達の軍団が、大陸の中央部にある山脈の攻略に取り掛かっているらしい。
四国を思わせるSleeping Onlineの世界。その中央には、険しい山脈が横たわっていて、強い魔物が生息している。
その最深部には強力な魔王が居座っていて、人間に侵攻する機会を伺っているとの事だ。
現在見えている最高の目標は、その魔王を倒す事になる。そのためには、まず周辺の山脈から攻略していく必要があるのだ。
初期のオタリアで兵士達から受けられたメインクエストは、そうした魔物の討伐が主目的らしい。
アームストロング達、黄昏の傭兵団も、最終目的は山脈の攻略、魔王討伐とのこと。
そのために有効な素材から集めながら、ある程度の攻略情報が揃うのを待っているのは、効率の良いやり方かも知れなかった。
「古代魔法技術を持った王国の再興なんて、壮大なクエが進行しているとは他のプレイヤーも思うまい」
「兄様が悪い顔をしてる……」
「アトリー、気持ち悪いぞ」
「わらわの為に働けるのが、そんなに嬉しいのじゃな」
魔導炉につき、俺達は一番手前の部屋に入る。既に魔導炉自体は停止して、魔力の供給が止まっているので、大掛かりなトラップや攻撃用ゴーレムなんかはいないはずだ。
手前の部屋に残っていた土木作業用のゴーレムから、最も傷の少ない動きそうな奴を選んで、アームストロングに伝える。
他のゴーレム達は、可愛そうだか眠ったまま解体されていく。
「じゃあ、ルフィア。頼むな」
「主君使いの荒い下僕じゃな」
そういいつつも、ルフィア自身ゴーレムいじりが好きな様で嬉々として調べ始めている。
「アトリー、来てくれ」
俺はその間に、他の部屋の電子ロックを外す役割を引き受けていた。
魔導炉のあった部屋は、天井が崩れて瓦礫に埋まってしまった箇所が多い。
それを屈強な戦士達が、掘り起こしていく。
すると部屋の奥に棺があるのが発見された。この魔導炉にもホムンクルスが安置されていたようだ。
「AL18b、カジ用ホムンクルスですね」
「武器を作ってくれるのか」
「いえ、そちらではなく、掃除、給仕、洗濯などの家事です」
「それって」
「メイドさんじゃないですかーっ」
「アトリー、お前はあのゴーレムが報酬なんだよな」
「じゃあ、この子はウチらがもらえるよな」
傭兵団の鼻息が一気に荒くなる。勝ち気なトミコとちがって、清楚で大人しそうな少女タイプ。
甲斐甲斐しく世話を焼いてもらえると妄想する男達が、鼻の下を伸ばすのも分からないではない。
「とにかく、ルフィアに調べてもらってからな。下手に棺を開けようとするなよ」
「わかってるって」
1m以内は立入禁止と厳命して、俺はルフィアを呼びに戻った。
「イエス、マイロード」
頭を垂れる土木用ゴーレムの前で、胸を張るルフィアの姿があった。
「うむうむ、苦しゅうないぞ」
「ハハ、アリガタキシアワセ」
この姫様は何をやっておられるのか。
「おお、下僕1号。そなたの後輩、土木1号じゃぞ」
どっちも1号ってややこしいな。深く突っ込まないほうが無難だろう。
「姫様、新たなホムンクルスが見つかったんで、出番ですよ」
「むう、仕方ないのう。有能な者は休む暇も与えてもらえぬ」
しかし頼られる事に満更でもない顔をしながら、土木1号を伴って魔導炉のある部屋へと向かった。
白雪姫を囲む小人達かと思うように、1mの距離を守りながら、ギリギリで棺を覗き込んでいる男達。少し侘しさを感じてしまった。
アリスが一線を越えないように見張ってくれていなければ、危なかったのだろうか。
「ささ、姫。お早く、お早く」
「う、うむ」
下心丸見えの戦士達に誘導されて、ルフィアはやや引きつった笑みを浮かべていた。
ルフィアはまず棺になっている装置の方から調ていく。頭の方にしゃがみこむと、棺の一部が開き液晶パネルが現れた。
幾つかの画面を呼び出して、反応を調べている。そこからクラッキングなのか、王女用のコードとやらなのかわからないが、操作をして立ち上がる。
プシューという音と共に棺の蓋が開いていく。
「おおおおっ」
戦士達が身を乗り出そうとするのを、ルフィアが手で留める。
「まだじゃ。まだ魔力の蓄積が残っておる」
魔導炉の魔力に長時間晒された体は、ミュータント化が進む。家事用のホムンクルスとはいえ、組織が活性化してしまうと、暴走の危険があった。
「ふむ、ふむふむ」
少女型のホムンクルスを撫で回すように調べていくルフィア。俺も少し離れて〈魔導技師:解析〉のスキルで、魔力の様子を観察してみる。
ルフィアが撫でると、魔力の一部が移動していた。リンパマッサージをするように、末端から心臓、首筋を経由させて顔の辺りに魔力が集まっていく。
「うぉ、おおぉ……」
周りの戦士達から何とも言えないどよめきが起こる。ルフィアは、眠れるホムンクルスの桜色の唇へと接吻。
俺の目には、それで魔力を吸い取っているのがわかったが、戦士達は唐突な行動に戸惑った事であろう。
しかし、ルフィアは吸い取った魔力をどうするんだ。そのままだとルフィアの方がミュータント化するのでは。
そう思っていると、土木1号がルフィアに近づいていった。
「んー、んんっ」
「ハハ、コウエイニゾンジマス」
土木1号の背中の蓋が開くと、そこにあったチューブへと、ルフィアが息を吹き込むように、魔力を移していった。
どうやらホムンクルスに溜まっていた魔力を、土木1号に移し替えたようだ。なんと器用な……。
「ふあぁぁぁーっ」
そんな主従の給魔が行われている間に、ホムンクルスが起き上がって伸びをした。
「「おおおおおっ」」
周囲の戦士達は何度めかのどよめきを上げる。
「あら、おはようございます、ご主人様々」
にっこりと微笑んだ少女は、周囲の戦士達に頭を下げたのだった。




