翌日から二日目
「んあっはぁ〜〜」
目が覚めて伸びをする。
なんだかいい夢を見たらしく、目覚めがすっきりしている。体の疲れもとれているようだ。
ふと視線を動かすと、見慣れない機械。10cm四方ほどの白い立方体。赤いランプがチカチカと点滅している。
「あ、そうか、Sleeping Online」
ベッド脇に据え置いた新ハードであることを思い出す。
「俺はゲームをしていた……はず?」
かなり楽しんだ印象だけは残っているが、いったい何をしたのだろうか。
まさに目が覚めたあとの夢のように、頭からすっと記憶がこぼれ落ちている。
そういえば、発売前のレビューでもプレイ後の記憶があやふやで記事にならないといった話があったのを思い出す。
開発者も記憶の領域が、起きている時とは違っているので、夢の中の出来事と感じるだろうといっていた。
「うう〜む、これはどうなんだ?」
首をひねるが、折角清々しく目が覚めたのだ、遅刻するわけにはいかない。
俺は朝の準備を余裕をもってこなして出社した。
「朝食を食ったのはいつ以来か」
どうにも朝が弱くなり、出来る限り寝ていたいとなって久しい。
今日はぱっちりと目が覚めて、簡単だが朝食を作る元気もあった。
「Sleeping Onlineの効果なのか?」
夢を人為的に操作することで、より深い安眠を提供するという広告も出ていた。
『これはゲームであって健康器具ではない』というキャッチコピーはなんだそれと思ったが、これだけ朝に活力があると馬鹿にはできないかも。
混み合う通勤電車の中、つらつらと考えるのはSleeping Onlineの事ばかりだった。
俺は宅配事業に関わる仕事をしていた。人々の買い物が通販に重きを置くようになったが、自動運転技術やら宅配ボックスなどの普及により、配達員自体の仕事は減っている。
たまに発生するエラー案件を扱うのが主な業務で、他にも新たな顧客探しの営業やら、自社の通販の売り込みなど業務は様々だ。
午前中は基本的に暇な時間で、ちょいちょい空き時間でSleeping Onlineの情報を漁るが、目ぼしい物は特にない。
どうやら起きたら記憶が薄れていくので、ネットに情報が流れないのだ。
情報サイトでも高価な機材ということもあり、プレイヤーによるコメントが乏しい。
その中でも『寝覚めが良かった』という意見は多いようだった。
午後からは直に受け取る事にこだわる人への配達業務がメインだ。
代金を直接支払ったり、外箱の状態にうるさかったりと、気を使う事が多くて面倒ではある。
その上、時間指定してるくせに留守にしている家もあり、正直テンションの上がらない業務。
早く帰りたいなぁと思う時間帯だ。
会社帰りに受け取りたい人も多く、午後9時を回ることもザラだ。
そこから就業報告を済ませて家に帰ると、すでにクタクタ。こんな状態でゲームなどできようはずもなく、風呂に入って寝るだけの日々が続いていたのだ。
「しかし、こんなにすっぱり忘れてたら、また最初からとかになるんだろうか?」
そんな事を考えながらも、ゲームに入る準備をする。
安眠キャップというゆったりとした網のような帽子を被り、立方体のスイッチを入れる。
その後はベッドに横たわると、程なく睡魔が訪れてぐっすりと夢の世界へと落ちていった。
気がつくとそこは少しくたびれた小屋。獣の匂いが充満していて、俺は慌てて外へ出た。
「あ、昨日野菜を届けた酒場か」
そんな事を思い出すと、昨日のプレイが呼び起こされる。俺が危惧したまた最初からなんてことはないのだ。
「まあ、夢の中での『あ、前見た夢だ』って気づくことあるもんな。起きた時は忘れてるのに」
人間の記憶は不思議だ。そんな領域にゲームで入り込むという更なる不思議を感じるが、それよりもゲームを楽しむことを優先させる。
「まずは靴を買いにいかないとな」
初期の倍ほどの所持金にはなっていたが、1日働いた程度で満足な買い物ができるわけがなかった。
特に靴を甘く見ていた。
旅の基本は足元から!
そんな張り紙があって、店を覗いてみたのだが、防具としての靴となると1000Gを超えるものしかなかった。
街人用の靴で安いものでも200G。所持金300Gちょっとで買うには高い。
「そういえば」
背中のリュックには、いくつかの毛皮が入っているのを思い出した。
「これで靴を作れないかな?」
生産系は後で取り掛かろうと思っていたが、必要なら話は別だ。
俺はポタミナを取り出して地図を確認。革細工ギルドのある場所を探した。
「やっぱりちゃんとあるな」
思いつく限りのスキルを詰め込んだという開発者の言葉を信じるなら、生産系のスキルも充実していることだろう。
革細工という軽装鎧やカバン、マントなどの作成に使われるスキルがないはずはない。
俺は地図を頼りに、革細工ギルドへと向かった。
毛皮を軒先で干している建物を見つけた。革をなめすために煮詰められた薬品などが、かなり独特の匂いを放っていた。
「いらっしゃい。注文? それとも入門?」
受付にいた気さくな兄ちゃんが話しかけてきた。
なるほど、自分で作らなくても材料持ち込みで作ってもらえるのか?
「靴が欲しいんだが、注文したらどんなもの?」
「ピンからキリまであるが、駆け出しの冒険者向けならこの辺か?」
少し画面の広いポタミナで、サンプルの画像を見せてくれた。さっき店で確認した街人用の靴が、半額で作ってもらえるみたいだ。
素材はボアの毛皮だけでよく、100G。安いってことは自分で作るのも簡単なのかもしれないが、まずは注文してみることにした。
「毛皮が余ってるなら、それも買い取るけど?」
ボアを5匹倒して、毛皮は3つ持っていた。一枚は靴に使ってもらうとして、他の2枚は売却。20Gになった。
「じゃあちょっと待ってくれよ」
と店の奥の入ると、すぐに出てきた。
「これでどうかな?」
差し出されたのは飾り気のない長靴のような革靴。一応、紐で縛って固定は出来て、素足は露出しないので、森で草に足が切られるという事もないだろう。
履いてみると、丁度いいサイズで動いても問題ない。
「ああ、これでいいよ」
シャリーンとお金を払って、革細工ギルドを出た。
「何にせよ、金は要るな」
所持金は269G、武器や防具はもちろん、ポーションの類も満足に買えない。
学校で新たなスキルを教えてもらうにも授業料がいるそうだ。
「クエストを探すか」
誤字修正
みたいた→みたいだ(20161215)