子供だけの村
少年の村は思ったよりも片付いていた。しかし、それは単に物がないからだとすぐに気づく。
小屋と言うかテントは最低限の風雨をしのげる程度で、壁はほとんどなく、布を吊るしているだけ。
床も無く、ゴザを敷いているだけだ。申し訳程度の布を布団に雑魚寝をしているようだ。
今すぐにどうこうできないのが悔しいが、とりあえず子供達を寝かせて新しい布を掛けてやる。
「こっちは洗濯してみるか」
ポタミナを取り出して裁縫スキルを付け直すと、大規模な洗濯を開始。魔力転換中のルフィアは活動が鈍く、アリスは子供達を看ている。
リオンは辺りを見てくると外へと飛び出していった。
「何してんだよ、アンタ」
「洗濯だが」
幸いにも川はあるようで、水に困ることはないようだ。
「何で見ず知らずの村で洗濯なんだよ」
「迷惑かけたからな」
更に幸いなことに、魔導炉のゴーレムから、ドロップ品で洗剤を入手していた。
やべ、すっごい黒い。桶に汲み出した水にシーツとも呼べない布を漬けると、すぐに真っ黒になっていた。
「うう〜む、ここまで来るとバラして織り直したほうがいいのか?」
素材に戻してから再加工すれば、量は減るがある程度までは綺麗になるだろう。
手持ちの素材も提供すれば人数分の寝具は用意できる。
「よし、やるか」
俺は洗濯を中断して布を繊維に分解。お古の糸にしてから、再度布へと加工していく。
「良かったらこの村の状況を教えてくれないか?」
作業自体はスキル任せで、勝手に進むのでその間に事情を聞くことにした。
元々は旅で流れて辿り着いた場所らしい。その頃は親に連れられていた記憶はあるが、まだ幼かった少年の記憶は曖昧だ。
大人たちの手で村の形は整ってきたが、やがてそれは始まる。
大人たちは次々にミュータントと化して、仲間を襲うようになった。
食事の時にそれは起こりやすく、特に肉料理を食べた時に発症しやすい。
それが分かると村では近くの獣の肉は食べないように自粛。それでも大人たちは次々にバケモノになっていった。
やがて数人になった大人は、自分たちもバケモノになるのを感じて、まだ幼い子供達を置いて村を出ていったらしい。
それからは年長のこの少年を中心に、何とか協力しあって生きてきたそうだ。
「ふむ、やはり食べ物から魔力汚染を受けて、ミュータント化が進むようじゃな」
いつの間にか近くに来ていたルフィアがそう分析する。
「獣の肉とかはやばいか?」
「量が多ければ植物もマズイのじゃろう。汚染された植物を食べ続けた動物、更にそれを食べる肉食と、汚染が濃縮されていくと考えられるかの」
なるほど、魔導炉から直接汚染されるより、ミュータント化が早く進みそうだ。
「この地の食べ物を食べ続ければ半年も経たずにミュータントになるかも知れぬな」
「となると、食料調達にブリーエに戻りながら探索を進めるしか無いか……」
「何、原因が分かれば予防も可能じゃ。食材を処理する時に魔力抜きをやれば良い」
血抜きのような気安さでそんな事を言った。
俺が布を織る傍らでルフィアは何やら絵を描き始めた。
「魔力供給炉から漏れ出た魔力を過剰に内包しておるのが問題じゃから、それを使い切ってしまうのが良いな」
付与染料を用いて紙の上に魔法陣のような模様を描いていく。
「うう〜む、紙じゃと使い切りになりそうじゃな。形が決まれば、金属で加工した物を用意する方が良さそうじゃ」
一通り描き終えたらしいルフィアは、俺のリュックからボアMの肉を取り出した。
それを魔法陣を描いた紙の上へ。俺と少年が見詰める前で、やがてプスプスと湯気が上がり始めた。
「な、何が!?」
「余分な魔力を熱に変えてみたのじゃ」
十分に火が通った頃合いを見てルフィアは、肉を皿へと移す。
ナイフをそっと差し入れると、身は切れるというより解れるといった感じで崩れた。
そして中からは芳醇な肉汁が溢れ、皿へとこぼれだす。周囲には何とも言えない匂いがたちこめた。
「さて、どうかのう」
ルフィアは率先してフォークを突き刺す。抵抗無く突き刺さるフォークで、すくい上げるようにしながら口へと運んだ。
「ハムハム……うむ、魔力も抜けて、何やらさっきよりも肉が柔らかく旨味がぎゅっと詰まっておる」
「どれどれ」
俺も脇から手を伸ばし、一切れを食べてみる。
「!?」
芳醇にして濃厚。肉の旨味を全く逃がすこと無くしっかりと焼け、熱でとろけた脂肪が口内に甘みを広げる。
硬さのあった獣肉が、口の中で解け、それでいて噛むごとに味が出る。
遠赤外線で中からじっくりと焼き上げたような、柔らかくしっかりと調理された肉の味。
至高の一品に仕上がっていた。
「な、なんじゃこりゃあ」
「美味かろう。細胞組織に染み込んだ魔力そのものを加熱して焼き上げたゆえ、焼きむらも無く、外に逃がすこともなく仕上がったわ」
「これ、売り物にできる。というか、高級料理で通用するぞ」
「まあ、ここのミュータントの肉でないとダメじゃがな」
ゴクリ。
隣で少年がつばを飲み込むのがわかる。
「食べていいんだぞ」
「し、しかし……」
「万一の場合は、俺やルフィアが止めてやる。ただ俺の師匠であるルフィアが用意したものだ。間違いはないよ」
その言葉に少年は震える手を伸ばし、長く食べることを禁じていた獣の肉を口へと運んだ。
「兄ちゃん、ずるい。私もー」
「僕も僕も」
いつの間にか目を覚ましていた他の子供達も集まってきていた。その中心で少年は呆けた表情で、必死に咀嚼を繰り返していた。
「何を盛り上がっているんだ?」
ルフィアに図案を学び、俺も見様見真似で魔法陣を量産していると、リオンが帰ってきた。
「この辺りは植物系のミュータントばかりだな」
そういってリュックから木材を取り出す。明らかにキャパシティをオーバーした量だが、リュックの中は異次元になっている。
「偵察がてら何匹か狩っといた」
ぶっきらぼうに言い放つリオンだが、この村の惨状に自分でやれることをやったのだろう。
暴走気味なところはあるが、悪いやつではない。
自分勝手な奴が、多少の失敗を気にして逃げるなんて事はしないのだ。
「リオンも食ってみろ。ルフィアの手料理」
「は!?」
差し出した肉から思わず身を引く。その様子を見咎めたルフィアが寄ってきた。
「何じゃ、わらわに食べさせて欲しいのかや? 仕方ないのう」
「いらん、腹を下す!」
「ふふふ、嫌よ嫌よも好きのうちじゃな」
慌てて逃げ出そうとしたリオンが、その場に固まった。よく見ると足首に何かが絡んでいる。
リオン自身が取ってきた木材が、生き物のように動いていた。
「魔力を含んだ木は、よく動くのぅ」
魔導炉が暴走したとはいえこの地、この国は、ルフィアに味方するようだった。
仰向けに動けなくなったリオンに一切れの肉を食わせ、残りを腹の上に置いて戻ってくる。
リオンもまたその味に驚愕し、目の前にあるのに手足を拘束されて、動けないという拷問を受ける羽目になっていた。
「さて気分も良いし、家も作ってみるかや」
リオンが持ってきた木材に改めて向き合い、オーケストラの指揮者のように腕を振るう。
その呼びかけに堪えるように、木材は互いに絡み合うようにしながら成長し、子供達が問題なく過ごせそうな小屋になった。
「凄いな」
「ここの木々は魔力を蓄えておるからの。そこに指向性を与えてやれば、思った通りに加工できるのじゃ」
これは魔導技師ではなく、魔術師の範疇じゃがなとルフィアはドヤ顔を決める。
伊達に魔法王国の王女を自称するだけの事はあった。豊富な魔法知識を持っているのだろう。
いきなり出来上がった小屋に、子供達は恐る恐る足を踏み入れ、中を覗き、危険が無いとわかると一斉に入っていった。
早速、陣取り合戦が始まったようだ。
小学校というより、保育園の様相が近い。
「ふむ、わらわの国民1号達じゃな」
国民。
そういいながらこちらをチラリと見てくる。
「居城に戻るのも目的じゃが、この地に再び王国を再建するのも楽しかろう?」
「お家再興は亡国の姫のお約束か」
「うむうむ、報酬なら弾むのじゃ」
「税収もままならない癖に」
「足りぬ分は体で払うのじゃ」
抱きついてくるルフィア。本当に王族なのか!?
「兄様!」
「アリス、助けて……」
「ルフィア様ばかりずるいです。私からも徴税してください!」
戦闘技術を活かして、押し倒される。そんな俺達の様子を遊びと思ったのか、子供達も群がりのしかかってくる。
「つ、潰れるっ」
「そろそろ解いてくれないか……」
リオンのか細い声が遠くに聞こえた。




