バルインヌ地方
ブリーエ国は大陸の南西の一角にある王国で、オタリアが大陸南側の中央部を支配していた。東側にも幾つかの王国があるらしい。
そして、ブリーエの北部にはかなり荒廃した大地が広がっている。
かつてバルトニアと呼ばれた魔法に優れた王国は、自らが作り出したゴーレム達が暴走することで滅びてしまったという。
その後もゴーレムにエネルギーになる魔力を供給していた魔導炉を中心に、ゴーレム達は活動を継続。エリアに入る人間を排除していたらしい。
それからメンテが十分に行われなくなった魔導炉が、稼働を停止したり出力が下がったりしてゴーレムが動けなくなり、支配者のいなくなった土地が広がった。
しかし、稼働限界を迎えた魔導炉は、余剰な魔力が周囲に漏洩するようになり、周辺の動物ややってきた人に影響を与えるようになっていた。
長時間魔力を浴び続けると、身体が変質していきミュータントと呼ばれる状態になる。
強い力を行使できるようになるが、安定性は無く、知性も下がって本能が強くなるようだ。
結果としてかつてバルトニアがあった地域は、ゴーレムがいなくなっても中々生き物が生息できない荒野となっていた。
その地方の事をバルトニアの廃墟、バルインヌ地方と呼ぶようになっていた。
「なんだこの魔境は」
長い間魔力を受けて育った植物もまた、かなり変節していた。幹がレンコンのように沢山のクビレを持っていたり、蛍光色のスカイブルーの表皮をしていたり、大きな歯をヨットのマストの様に広げて移動する木まである。
その他の木々も異常に捻れていたり、黒ずんでいたりと普通に見えるものはなかった。
「これがバルトニア……じゃと」
かつての光景を知るルフィアに聞いた景色は、北欧を思わせる針葉樹林が立ち並び、若葉の草原が広がるようなものだった。
空気の色さえ紫がかってみえるこの風景は、受け入れがたいモノがあるだろう。
「イザベラさんの地図によると、この近くにも魔導炉があるようだね」
「このあたりの魔力漏洩も多いというわけか」
「ミュータントが出るかも知れないから、注意しといてくれ」
ブリーエにあった魔導炉も、周辺の動物を変質させて攻撃的な生き物にしていた。
十分に注意が必要だろう。
「アリスは大丈夫?」
「はい、問題ないようです」
右腕を刺青によってミュータント化から抑制してはいるものの、体内にもまだミュータントの痕跡が残っている。
もしかすると、それらの組織が魔導炉に近づくに連れて悪化する危険はある。
「のうアトリー。できれば魔導炉を止めておきたいのじゃが……」
アリスに悪影響を与えることは十二分に分かっているだけに、いつもの強い調子では言ってこない。それでいてかつての故郷が歪んてしまっている現状も放置できないのだろう。
「アリスの体調はちゃんと管理してくれるか?」
「うむ、細心の注意を払う」
「リオンは?」
「強い敵がいそうだし、断る理由はない」
俺としてもブリーエに近いエリアが安全になるなら、多少の手間を取られるのは問題ではない。
「行ってみるか。アリスは無理だと思ったらすぐに言ってくれよ」
「わかりました、兄様」
捻くれた木々が立ち並び、より魔力を強く感じる方向へと向かっていく。
ルフィアの魔術師としての技能が役に立っていた。
「何かおるのじゃ」
ルフィアが指差した先は、捻れた木の根元。血のように赤く染まった樹木の肌は、何とも不気味だ。
「何かいるのか?」
しばらく見ていたが、特に何の変化もない。とはいえルフィアの感覚は信じられる。
警戒しながら近づいていくと、赤い木の表面がはらりと剥がれたかと思うと、飛びかかってきた。
マンゴーシュで打ち払うと、ベチャッと地面に広がる。そのままうぞうぞと蠢きながら、こちらへと這いよってくる。
「潰す!」
リオンの振り下ろしたハンマーが、謎の物体へと振り下ろされる。
しかし粘性のある液体のような物体は、杵でつかれた餅のように形は変えるものの手応えは無さそうだ。
「ヒートスタンプ!」
火炎属性でダメージを上げる技で、リオンが攻撃を行う。それでも結果は変わっていない。
ペッタン、ペッタンと餅をつくリオンは、スキルの多用で息を切らす。
変わって俺がシャムシールで斬りつけるが、やっぱり効果はない。しかし、俺には感じるものがあった。
「これも魔導技師の効果か?」
魔力の流れを手応えとして感じて、意識を凝らすと〈魔導技師:解析〉の補助が働き、液体の中に色が違う流れが見える。
その色を絶つように刃を巡らせていくと、蠢く液体が徐々にその動きを止めていき、最後は地面に溶けるように消えた。
「ふむ、いつの間にやら使いこなしておるようじゃな」
俺の戦いを見ていたルフィアが評価してくれた。
「スキルに解析が追加されたようでね」
「うむ、魔力で動いている生き物は、その流れを絶つことでダメージを与えられるのじゃ」
この能力はこの先に多く出そうなゴーレムやミュータントに有効そうだ。
「ヘヴィスイング!」
続けて現れたミュータント化した四つ足の獣達を、リオンのウォーハンマーが薙ぎ払う。
やや乱暴な戦い方は、容赦なく獣を弾き飛ばす。物理的な攻撃はやはり破格の破壊力。
筋力が上がるスキルを付けたおかげで、範囲内を仰け反らせる牽制技で、相手を倒しきってしまった。
「ここが魔導炉か……」
歪みの中心、魔導炉。やはり近づくにつれてミュータントのレベルも上がっていた。
さすがに暴走時のアリスクラスの敵まではいなかったが、多腕、多脚になった生き物などは出ている。
建物自体はかなり崩れてしまっていて、ドーム型だったであろう屋根も半ばが落ち込んでしまっている。
「アリス、大丈夫か?」
「はい、兄様。かえって気分がいいというか、力が出ているみたいです」
「周りから魔力を吸収できるからのぅ。ただ力を使おうとはするでないぞ、暴走しやすくなっておるはずじゃ」
「わかりましたルフィア様」
少ししょんぼりしてしまうアリス。やはり自由に動けないのはストレスが溜まるのだろう。
前に訪れた魔導炉は、ブリーエ軍によって調査された後だった。その為、ある程度片付けも行われていたが、ここは多分手付かずなのだろう。
崩れた瓦礫が積み重なり、捻れた植物が絡みついていた。
「任せてよ」
リオンが歩み出て、ウォーハンマーをひっくり返すと、先端の尖ったピックの方を瓦礫と植物の山へと突き立てる。
「木こりと探鉱が早速役に立ったな」
何箇所かの植物に楔を打ち込むようにピックを突き立て、最後はハンマーで吹き飛ばすと、魔導炉の中への道が開けた。
入り口が塞がれていた事もあり、中の通路は思ったよりも綺麗な状態だ。
青白い照明も点いていて、ファンタジーというよりは、SF的な雰囲気が出ていた。
「まだ機構が生きておるようじゃな」
扉の側まで行って、脇についているパネルを調べている。
「ふむ、これかの」
ピピッと電子音が鳴ると、プシュっと空気が抜ける音がして、扉が開いた。
魔導技師のスキルが上がれば、こうした電子錠も解除できるのか。
中は前の魔導炉にもあったゴーレムの給魔装置になっていた。
しかし、あの時とは違って半数以上のベッドにゴーレムが眠っている。
「おいおい、これが動き出すんじゃないだろうな」
「ここにあるのは土木工事用ゴーレムみたいです。稼働していたら、入り口の瓦礫も片付いているんじゃないでしょうか」
アリスの推測に納得する。
「まあ、侵入者に反応して動き出す可能性はあるがの」
中を調べようかと思った足を引っ込める。
「先に炉の方に向かうか」
「それが賢明かのう」
俺達は通路を奥へと進んでいった。
「所々崩れた跡があるな」
「その割には崩れた瓦礫はない」
「誰かが掃除しているのか?」
「清掃用ゴーレムが生きているのかも知れませんね」
「侵入者も掃除するのかもしれんな」
「またそういうことを……」
俺達の会話を聞きつけた訳じゃないのだろうが、通路の奥から何かが近づいて来ていた。




