表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/117

ブリーエ動乱

 俺達はコルーニャ砦へと戻り、砦を守護する隊長に目通りを願った。実質的に敵を退けた扱いとなっている俺は、すんなりと砦の守備指揮官に会うことができた。


「ブリーエを侵略するですと?」

 さしもの指揮官も俺の申し出に難色を示した。

「我らの軍は、ミュータントの攻勢により傷ついています。それに雇っていた冒険者は解雇してしまい、戦力として外に出せる状態ではないのです」

「それは想定してます。オタリア国からは、戦後調停を行う執政官を出していただければ」

「なんですと?」

 俺はルフィアの予測とブリーエの内情を詳しく話し始めた。



 結果として指揮官の立場では判断できないと、オルタナ本国に連絡が行き、現地の様子を確認するためにも人員が派遣されるという事になった。

 その人物がやってくる前に一度ログアウト。日を改めての決行となる。




「貴方がアトリー殿か」

 コルーニャ砦へとログインすると、すぐに到着していた偵察人員と面会した。

 それは思ったより若く、美しい女性だった。身なりは貴公子といった感じで、所作はキビキビとしている。

 鋭い眼差しと短くした赤毛。

 凛々しい雰囲気をもった美人で、20代半ばか。


「貴方が偵察要員?」

「偵察から現地での裁量も任されている」

「え?」

「こやつは戦地調停官でイザベラというらしいのじゃ」

「戦地調停官?」

 聞き慣れない言葉に小首をかしげると、イザベラが説明してくれた。


 オタリアは多数の国家と国境を面しており、それらの国の幾つかに侵略されかけた事も少なくない。

 戦争が長引くと負けることは無くても、戦線を維持するための費用がかさんでいく。

 双方の被害が拡大する前に、停戦を持ちかけ手打ちにするのが仕事らしい。


「コルーニャ砦とブリーエ国との戦争も、そろそろ手打ちにすべく動いていたところだ」

 なるほど、国力差のある大国に仕掛けるのは、勝ち切るのが目的ではなく停戦の和解金をせしめる方が目的だったのか。

 当たり屋に近い感覚だな。


「本来はミュータントを引き取る代わりに、和解金を支払うところだったが、ソナタが魔導炉を止めてしまったそうだな」

「ああ」

「まあ、こちらとしても使い道のないミュータントなどより、戦争が早く集結したのは望ましい結果だ」

 そこでずいっと間合いを詰めてきた。凄みのある美人に迫られるのは、ちょっと怖い。


「折角終わった戦争を再び起こそうというその意図を聞こうか」



 俺はイザベラにブリーエの現状を説明し、戦争を仕掛けているのが大臣達で国王は軟禁されている様子も伝えた。

「つまり腑抜けの国王を助けたいと?」

「というよりは、責任を放棄してる奴にちゃんと自覚させた上で、裁きを下したい」

 農村の村人は、貧しいながらもしっかりと暮らしていた。彼らの生活が向上するのが一番の望みだ。


「ふむ、となると実務をこなせる人員の確保と、必要最低限を始末する戦力か」

「始末まではしませんが、相手を降伏させる手段は考えています」

「ほう、聞こうか」

 そこでミュータントであったアリスを紹介し、精鋭による短期決戦の概要を説明した。


「なるほど、冒険者らしい短絡的な作戦だ」

 一通りを聞き終えたイザベラの感想はそれだった。

「しかし民の疲弊を考えれば、拙速を尊ぶか。仕方ない、私もブリーエ城に同行しよう」

 採用するなら否定するような事を言わなくてもいいのに……って同行する!?


「付いて来るんですか?」

「その大臣達を捕らえて、国王を救出した段階で停戦条約を結ばせる。それが一番効率が良い」

「でも危険ですし」

「戦地調停官は戦場で交渉するのが仕事。敵地に単身乗り込むこともある。己の身くらいは守る」



 コルーニャ砦を出て再びブリーエを目指す。途中にはコルーニャに警戒する軍の影も残っていたが、こちらを止める様子はない。

 斥候に立つ兵にも疲労の色が濃く出ていた。しわよせを受けるのは末端の人間なのだ。


 途中で農村に寄ると、爺さんが迎えてくれて少し休憩をとる。あれから山は落ち着いて、下りてくる獣もいなくなったようで安心する。

「ただのぅ、軍の維持とやらで若者は帰ってこんし、追加で徴税があったりと落ち着かんのじゃ」

 やれやれといった感じで話してくれた。やはり早期の解決が必要そうだ。



 ブリーエに着くと、何やら慌ただしい雰囲気に包まれていた。活気のなかった街に、人の姿が多く見られた。

 街の中央にあった広場に向かって人が動いているようである。


「何があるんだ?」

 近くの町民に聞いてみると、今回のオタリア侵攻の責任者を処罰するとの事だった。

「おいおい、間に合うんだろうな」

 急な展開に俺達は広場へと急いだ。




 円形の広場の中央に舞台が組み上げられていた。何人かの甲冑を纏った騎士が立ち、周囲を見渡している。

 そこへ立派な馬車が乗り付けられて、中から豪奢なマントに王冠を載せたあの青年が出てきた。

 周囲を騎士に囲まれるようにしながら、舞台へと上がっていく。


 周囲の街人がざわめく。

 そこへ恰幅は良いがあまり着飾っていない中年男性が現れ、手にした書面を読み上げる。

「此度のコルーニャ遠征に関して、陛下より言葉を賜る。皆、清聴するように」

 その言葉と共に国王が舞台の上へと歩みでる。


「此度のいくさ、実に遺憾であった。国の危機において無能な指揮をとり、我が軍に多大な被害をもたらした者をここに処罰する」

 連れてこられたのは貧相な老人だった。乱れた長い髪に、伸び放題の髭、満足に食事もとれていないのだろう、かなりやせ細っていた。

「陛下っお考え直しを!」

 手枷をはめられ、身体を騎士に抑えられた男が叫ぶ。

「このまま戦を続ければ、国の疲弊は広がります!」

「余には更なる秘策がある。オタリアより多額の和解金をせしめる事が、この国をより豊かなものにするであろう」

 棒読みだ。台本を言わされているだけなのだろう。


「陛下、よろしいので?」

 舞台の下でやや貧しい身なりをした口上を述べた大臣らしき男が、国王へと伺いをたてる。

「この者は軍の物資を横流しして私腹を肥やした疑いが強い。オタリアとも通じて、軍の被害を拡大させた」

 みすぼらしい老人にそう断言し、簡易に設えられた玉座へと座る。



「もう我慢できねぇ、将軍は俺達の為に私費を投じて糧食を確保してくれたんだ!」

「どう見ても不正を働いた姿に見えるか!」

「俺達は陛下のおもちゃじゃねぇぞ!」

 街人の間から声が上がる。更には何かが投じられた。周囲の騎士にそれが当たり、カンカンと音を立てている。

 俺の周囲もざわめき始め、国王に責任を取らせろといった声が出始めていた。



「頃合いかのう?」

 ルフィアが茶番に飽きたように呟いた。

「アリス、行ってくれるか?」

「はい、兄様」

 フードを目深に被ったアリスは頷いた。俺とリオンで左右を挟むようにしながら、群衆の中を進んでいく。


「国王を引きずり下ろせ!」

「俺達の国を取り戻すんだ」

 威勢のいい掛け声は前に近づくに連れて大きくなる。ただ民衆の多くは戸惑いの色が濃く出ていて、状況についていってないようだ。

 声を上げてるのはサクラだろうな。

 広場の舞台周辺に騎士に守られるようにして出来ている空間。その最前列までやってきた。


「おい、勝手に入るな」

 フラリと舞台へ近づこうとしたアリス。警護の騎士の手が、その肩にかかる。

 乱暴に突き飛ばそうとした時、アリスのフードが外れる。

 最近は三つ編みにしていた緑の髪は解いてあった。陽光に広がるようにこぼれた髪は、アリスの美貌と相まって美しさを伴っていた。


「ひ、ひいぃぃっ」

 しかし、それを見た騎士は腰を抜かさんばかりに後ずさり、アリスとの距離を取った。

 その様子に周囲の騎士もアリスを見て、一様に武器を抜き始めた。

 口上を述べた大臣らしき男も目を剥いて固まっている。


「この場にいる奴は敵でいいんだよな?」

「そのようだな」

 確認してくるリオンに頷いた。

 アリスの顔を知ってるということは、中央に近い人間という証左。

 見ると将軍と呼ばれた痩せた老人も手枷を外して、近くの騎士から武器を受け取っている。

 そんな状況についていってないのは、玉座に座る国王1人だった。



「にゃっ、な、何をしている、取り押さえにょ!」

 噛み噛みの大臣の声。しかし周囲の騎士はアリスの力を知っている。誰も仕掛けようとしなかった。


「お久しぶりねぇ、大臣さん」

 普段は大人しそうな女の子といった感じのアリスだが、乱れた長髪が顔を半分覆っていて幽鬼のような凄みがあった。

「き、貴様、イチゴー。勝手にいなくなって、いまさら何しに来たっ」

「うふふ、私を好き勝手使ってくれた事のお礼に」

「ひいぃっ、だ、誰か、たすけっ」

 腰を抜かした大臣は、へたり込みながら周りの騎士に頼ろうとする。


「魔導炉を止められて、満足に動けんだろうっ」

 舞台の上から痩せた老人が斬りかかってきた。一見すると弱った老人だが、その太刀筋は鋭い。

 しかし、ちらりとそちらに目をやったアリスは、フラリと上体を揺らすように避け、刀身を掴むと勢いをそのままに老人を地面へと叩きつけた。



「将軍!」

 仲間がやられた事で呪縛が解けたのか、周囲の騎士がアリスへと集まっていく。

 そこへリオンが新しい得物、ウォーハンマーを手に割り込んでいった。2mはある大振りの鎚は、騎士の1人を引っ掛けて、周囲を巻き込むように振るわれた。

 流石に一撃ではやられないようだが、大きな空間ができている。


「派手だね、どうも」

 リオンの戦いぶりに半ば呆れつつも、俺は国王の下へと走る。

 未だ事態についていってない国王は、ぽかんとしながらリオンを見つめている。


「何ぼさっとしてるんだ、とりあえず身を隠せ」

「え、あ、あの時の冒険者か。そういえば、あそこで暴れてるのも見覚えが」

 のんびりした様子の国王に苛立ちを覚えながら、無理矢理立たせると、逃げ去る民衆の中で仁王立ちしているイザベラへと国王を引き渡す。


「ひとまず安全な所へ。ルフィアの事も頼みます」

「分かった」

 イザベラが頷くのを確認すると、俺はアリスの下へと戻る。

 アリスの出現から、リオンの乱入で混乱していた相手側も、徐々に体勢を整えつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ