ブリーエ王国
ブリーエの街は全体的に沈んでいた。街中を行き交う人が少なく、商店も開いてないものが目立つ。
景気の悪さが見て取れる状況だ。
「戦に負けるとこうなるのかねぇ」
「さぁな」
俺の呟きにリオンは気のない返事だ。
「アリスに頼った戦い方で、本当にオタリアのような国力の違う国に、勝つつもりだったのか」
逆なのかも知れない。外に出ていくしか方法がなかったがゆえに、無理な出兵に踏み切ったのかも。
国内の不満を外部にぶつけさせると言うのは、体制維持の為に使われる手法だ。
しかし、それは単なる逃避で、問題の根本は貧困だったりする。
「そういう強権国家は、身内を守るのに必死で国民の声は聞こえないんだろうな」
「難しい事考えてんな。これはゲームだぞ」
リオンは呆れたように呟く。
「でもかなり高度なAIでシミュレートされた世界でもあるようだ。ルフィアやアリスを見てても自我があるように振る舞うだろ」
「わかんね」
興味なさげにリオンはそっぽを向いた。
街の奥へと進んでいくと、ひときわ大きな建物へとたどり着く。王城だ。
かなり堅牢な造りになっていて、門の前も跳ね橋になっていて、有事の際にはしっかりと防備を固められるようになっている。
これが外敵のためか、内乱のためかは分からないが。
入り口にはやる気の無さそうな門番が立っているだけだ。
「もう冒険者の募集は終わっているぞ」
「ちょっと見学に……」
「物好きな奴らだ」
そういうだけで止められる事はなかった。戦争中は、こちらの国でも募兵が行われていたようだ。
「まだミュータントは見つからんのか!」
「ははっ、どこを探しても見つからず……しかし魔導炉も止められていますので、見つけたとしても手遅れかと……」
「そんな事は見つけてから考える。まずは見つけろっ」
恰幅の良い毛皮を纏った男が、兵士に怒鳴り散らしていた。
「末期っぽいな」
「城の中に入ってどうするんだ?」
そういうリオンを手で制して、走ってくる兵士を呼び止めた。
「ミュータントがどうしたって?」
「ん? 冒険者か。もう戦争は終わりだ。ここに仕事は……そうだな、ミュータントを見つけてくれれば報酬を払おう」
「ほう。そのミュータントっていうのは?」
「白い鎧を着た右腕がやけに大きい奴だ」
「他に特徴は? 顔とか髪とか」
「右腕だけ異常に大きいんだ。それ以上の特徴があるか」
やや横柄に言い放つと、見つけたらすぐに報告するようにと走り去った。
「あの様子じゃアリスは見つからないな」
アリスの探索状況を知りたかったのが目的の一つだが、あの分では見つからないだろう。
あの裕福そうな大臣クラスなら、外見まで分かっているのかもしれないが、自分で探すこともないだろう。
その後も城の中を散策するが、兵士の姿もまばらで、俺達を見かけても特に咎める様子もない。
城は立派だが、運用もままならない状況。今内乱でも起これば、制圧は難しいんじゃないか?
オタリアは逆に侵攻したりしないのだろうか。
「うおっ、高いな」
海側の城壁に出ると、切り立った崖になっていて、こちらからの侵入は不可能そうなのが分かる。
「眺めはいいな。水平線が一望できる」
リオンは解放感を満喫している。高い所に恐怖はないのか、壁の上へと登っていた。
「飛んでいけたらいいんだけどな」
か細い声に振り返ると、豪奢な衣装を纏った青年が、窓のヘリに頬杖をついてこちらを見ていた。
「もしかしてこの国の王子か?」
いきなりVIPに会えてしまうのは、ご都合主義のような気もするが、ゲームのクエストなんてそんなものだろう。
周りには警護にあたる兵士も見えない。
「いや、国王だよ」
投げやりに言い放った。
どうやら国王たる青年はその部屋に軟禁されているらしい。
現在の政治を司っているのは、先代から実務を取り仕切っていた大臣ズ。
窓から出ようとすれば出れるが、その先は崖。城内に戻れば兵士達に見つかってしまう。
そうなれば今以上に拘束されるのが目に見えているので、大人しくしているらしい。
「式典にだけ顔を見せる傀儡の国王というわけだ」
20代半ばといった感じの青年は、何もかも諦めたような笑みを浮かべている。
「なるほど、敗戦の責任を押し付けるにはうってつけの人物か。その後は共和制にするなり名ばかりの政権移行。結局は今の大臣達が国を動かすのは変わらないと」
「外ではそんな事になってるのかい?」
「オタリアに侵略を仕掛けて、返り討ちにあったところだ」
「なるほど、余の役割もそろそろ終わりなのかなぁ」
あっけらかんと言ってしまう。かなり歪んでしまっているようだ。
「逃げるつもりなら、連れ出してやらんこともないが?」
「何の技術も知識もない。城を出たところで野垂れ死ぬだけさ」
逞しく食い意地の張った王族を知っているが、アレはアレで本当に王族か怪しいな。
何にせよ、本人にやる気が無いならどうしようもないのか。
ブリーエの王国がどうなろうと関係ないのかも知れないが、あの村の爺さんやマタクなんかには何の責任もない。
このまま国内が混乱したら、貧しい農村部から淘汰されてしまうだろう。
はてさて、どうするのがいいのか。いや、俺がどうしたいかか。
「王様よ。本当に何もできないのか?」
「そりゃ政のなんたるかくらいは知っておるが、そんなのは市井に下りれば役にはたつまい?」
なるほど、自分の知識と民間の知識が違う事くらいは理解している。
「なら大臣達さえ何とかすれば、国を立て直せるか?」
「実務に長けた大臣がいなくなれば、色々と滞るだろう。国内の情勢を把握するだけで、破綻する箇所は数多でるだろう」
冷静なのかネガティブなだけか分かりにくいな。
「実務に長けた宰相は必要といったところか」
「そんなもの、簡単に見つかるものでもあるまい」
ふむ……確かに。
「さすがにこの場ではどうしようもないな」
「そんな奴、放っとけばいいんだよ」
「彼の言うとおりだよ。余はやるべき責任を果たせなかった王族。淘汰されるべき存在なのだよ」
投げやりな国王はどうでもいいが、巻き込まれる国民は溜まったものではない。
やれる事はやっておくとしよう。
「アンタも大概、お人好しだな」
「折角のゲームだ。ヒーローを目指して悪いこともあるまい」
「やれやれだな」
そういいながらもリオンは付き合ってくれそうだ。
とはいえ問題は色々とある。大臣を排斥する方法に、その後の治安維持、政府の運営か。
「そんなものは簡単じゃ」
曲がりなりにも自称王族。多少の政治知識があるようだ。
「簡単だと?」
「うむ、負けてしまえばよい」
ルフィアの思考はたまに飛ぶ。説明ができていないのだ。天才にありがちな自己完結論者か、単に説明が下手なのか。
「順を追って話してくれ」
「まずブリーエはアリスの力でやっと侵攻できておった」
コルーニャ砦とブリーエ軍の様子を絵に書きながら説明を始めた。
「しかし、わらわの活躍でアリスは無力化。戦力の核を失ったブリーエは撤退を余儀なくされた」
ブリーエ軍に☓を付けて、城へと矢印を書く。
「こうなると恐ろしいのは追撃じゃ」
コルーニャ砦から矢印を引いて、ブリーエ軍へと向ける。
「また国内は疲弊している。軍が逃げ帰る様子を見せれば、全体的な士気にも関わるじゃろう」
補給線を維持する農民達も、今後の生活が豊かになると信じて、食料や人足夫を送り出している。
無理な徴発をされた上で、得るものがないというのは堪えるだろう。
「なのでこの軍は下げはするが、撤兵はさせておらんじゃろう」
実際、街の中や城の警備は手薄に感じる。これは前線の兵士が帰ってない事を裏付けていた。
「コルーニャ砦の方もミュータントの攻勢によって打撃を受けて、すぐに追撃軍を出せる状況ではない」
コルーニャの追撃の矢印に☓がつく。
「さて、ここでブリーエに決定的な敗北を出させるには、どうすれば良いと思うかの?」
「そりゃこの元侵攻軍を壊滅させる事だろ」
「0点じゃ」
うぐ。
「先も言ったとおり、コルーニャも余力はないのじゃ。ここで無理に追撃に転じて、返り討ちに合うともう泥沼じゃ。双方に大きな被害が出る」
「じゃあ、どうするって言うんだよ」
「おるじゃろ、双方に恐れられ、戦局を左右してきた存在が」
ルフィアの視線の先にはアリスの姿があった。
「ミュータントの戦い方は、敵はもとより味方から見ても異様」
あんまりな言い方だが、孤立しながら戦っていた様子からもそれは伺えた。
アリスとしては力に頼った戦い方は不本意だったらしいが、周りに与えるインパクトは確かに強かった。
「それが明確に敵として現れたら、どうなるじゃろうな?」
いやらしく笑うルフィアのプランに沿って、行動を開始することになった。




