刺青
「というか俺がやるのか!?」
「うむ、思ったよりも魔力を感じられるようじゃし、何より手先が器用じゃからの」
アリスの腕を撫でて様子を見る。
「今は乱れも落ち着いておるし、何よりソナタもアトリーにしてもらう方が良かろう?」
「はい、兄様。お願いします」
アリスに微笑まれると断る事もできない。
「わ、わかった、やってみるよ」
うつ伏せになったアリスの腕に改めて触れる。様々な流れが混在し、流れを整える事などできそうにない。
「そなたは細かい部分は考えなくともよい。肩から二の腕に流れる魔力の本流が渦になってる箇所を見つけよ」
やや熱を持ってるように感じられるアリスの腕をなぞっていく。細かな流れの中に、ひときわ大きな流れを見つけ、それが滞っている場所が感じられた。
「こ、ここか?」
「大体その辺りじゃな。その位置にこの図案のここを合わせて、後は大きさも模様もこのまま写し取ればよい」
図案はそれなりに大きく、二の腕から前腕部まで覆う大きさだ。
「これを描ききるのか」
「何、お主が普段やってる手芸と同じようなものじゃよ」
針を刺していくという点は似てるかも知れないが、糸を通すのと色を置いていくのはかなり違う気がする。
何よりもキャンバスとなるのは、生きた身体。かなりの覚悟が必要だった。
「兄様なら大丈夫ですから」
「う、うん……」
アリスからの信頼が重い。
ルフィアが買ってきた薬研で、各鉱石を細かく砕き、霊銀砂と呼ばれる粉と混ぜていく。
鉱石と混ざると銀が溶けて、少し粘性のある液体に変わる。それを数本の針を束ねた器具につけて、肌へと入れていく。
まずはラピスラズリの粉末を使った青で始める。
「んくっ」
針先が肌に食い込み、アリスの口から声が漏れる。戦闘用のホムンクルスではあるが、痛覚は人と同じ。痛みに鈍いと繊細な体捌きができないらしい。
白く透けるような肌に、黒ずんだ青が入っていく。
「気持ちもう少し奥までじゃな」
「あ、ああ」
指先の感覚と、食い込む針の長さ、ルフィアの指示を聞きながら、手探りでの刺青を施していく。
「ん、んんっ、ふんっ」
アリスのこらえる声を聞きながらも、手を止めるわけにもいかない。
たまに視線が合うと、涙で瞳を潤ませながらも健気に笑みを浮かべてくる。
「ほれ、よそ見をしとる場合か」
ルフィアはアリスの様子を見ながら、何やら手を動かしている。俺が作業しやすいように、暴れる魔力を抑えてくれているようだ。
「あっ、んんっはぅっ」
しかし急ごうと手元が狂うと、アリスに負担を掛ける事にもなる。
焦らず手早い動きが求められた。
「ふむ、ここいらで休憩じゃな」
青の刺青が終わったところでルフィアの声に制止される。
「なかなか良いな」
アリスの腕を取って刺青の後を確認する。溢れた染料を落とすと、黒っぽく見える前で図柄が描かれてあるのが分かる。
ただ針を入れた周辺は赤くなっていて、負担をかけているのも分かった。
「一気にやらないとダメなのか?」
「うむ、既に刺青による制御がかかっておるからの。魔力による制御は難しくなっておる」
そう言いながらアリスの腕をさすっている。
「赤と黄は補助で入れる分ゆえ、それほど時間もかからぬであろう。一息入れたら、一気に仕上げてしまうぞよ」
「アリスは大丈夫か?」
「はい、兄様。私は寝ているだけなので」
肌を針で刺され続けるのに耐えるのは、かなりの疲労感を伴うはずだ。
「痛みを麻痺させる訳にはいかないのか?」
「ただでさえ乱れている魔力に更に魔法を加えたら、流れが見えなくなるのじゃ」
ルフィアも当然検討はしたのだろう。やはり俺が素早く作業を進めるしかなかった。
30分ほどのインターバルを入れて、再び作業を開始する。赤と黄の染料を作り、針に浸してアリスに刺していく。
「んあっはぁむっ」
少し休憩を入れたことで、痛みの感覚が新たになってアリスの声が跳ねる。
「もう少しだ、頑張ってくれ」
「は、はい、兄様っ」
焦る気持ちを抑えつつ、正確さを優先して図柄を完成させていった。
「これで、終わり、だ」
黄の染料の最後の一刺し。
レシピのある刺繍と違って、ルフィアの図案を元に立体的な腕への作業。器用さによる補正はあるとしても、なかなかの疲労感があった。
「ふむ」
ルフィアが余分な染料を拭き取り、魔力の流れを確認する。
「さすがわらわの図案、しっかりと制御できておるわ」
「腕が、指が動きます、兄様」
どうやら成功したようだ。
「まだ治療できたわけではないからの。くれぐれも無茶はするでないぞ。わらわは魔力が尽きそうじゃから補給してくるのじゃ」
ルフィアはふらふらとした足取りで部屋を出ていった。
「兄様、ほら指までしっかりと動くんです」
そう言って俺の手に重ね、指を絡めるように握ってくる。
「アリスもよく頑張ったな。痛かったんだろう?」
「少し……兄様相手だから頑張れました。でも頑張ったご褒美が欲しいです」
「ん?」
どちらかというと従順なアリスの申し出に少し戸惑っていると、アリスの身体が密着してきた。
「頭を撫でて欲しいです」
「んぁっ、あ、ああ」
左手はアリスに掴まれたままなので、右手で頭を撫でてやる。サラサラとした髪が、やや湿っている。
痛みを堪える際にかなり汗もかいていたようだ。
「よく頑張ったな」
「はい、兄様」
頬を胸にすり寄せるように密着してくる。汗ばんだ少し熱っぽい身体。少し早くなった鼓動が感じられる。ちょっとやばくないか。
「兄様に傷物にされました。責任取ってくださいね」
「ふぁっ!?」
思わず離れようとする身体を、アリスの腕が抱え込んでいる。もちろん、意味分かって言ってるんだよな。
NPCとはいえ好感度高すぎじゃないか。ちょっと洗脳されてるのを解いて、命を救った程度で……十分か。
でも半分以上はルフィアのおかげだしなぁ。
俺の煩悶とした様子に、アリスはペロッと舌を出してきた。
「冗談です。私は人間じゃなく造りもの。戦闘用ホムンクルスですので、分はわきまえてます」
「い、いや、そういうことじゃないよ。いきなりでビックリしただけで」
「兄様は優しいです。だから側にいさせて貰えれば十分……」
「何をしておるかーっ」
部屋の入り口に戻ってきたルフィアは、手に豚トロの串焼きを持ったまま、特攻してきた。
大口を開けて残りを口に放り込むと、串を投げ捨てながら突っ込んでくる。
「ちょっと目を放すとこれじゃ。恩人のモノに手を出すでないわ」
「それとコレとは話が違います。いくらルフィア様とはいえ、人形には出来ない事もあるのです」
「わらわの魔改造を甘く見るでないのじゃ。あんな事や、こんな事くらいできるぞよっ」
「まてまて、お前ら冷静になれ」
いくら人形と思い込もうと、まだ子供っぽい妹と思い込もうと、身体はそれなりに成長している。
とびきりの美少女に挟まれてわやわやされては理性が保たない。
「お前らなぁ、何やってんだよ」
入り口に現れたリオンの声でようやく2人の暴走は収まった。
『NPCの好感度が高すぎる件』
マサムネに少し愚痴をこぼしてしまった。なんだかんだで無理をしていたアリスと、食料は補給したものの魔力への変換が追いついてないルフィアは、ベッドで安静にしている。
『今更だな。この世界のNPCの女の子は結構、好感度が高いと言うか慕ってくれるぞ』
「そうなのか」
『お前、シナリちゃんの相手はしてやってないのか?』
「へっ? シナリ?」
『明らかにフラグ立ってんだろ。ちょっと口説けば落とせるぞ』
おいおい、マサムネがそんなチャラい奴とは思わなかったぞ。
『その辺、議論スレが立ってただろ。推論で支持が多いのは、少子化対策の一環で、ゲーム内で女の子と仲良くなれば、現実でも女子に抵抗がなくなるとか』
「なんだよそれ、記憶が残らないから意味ないだろ」
『夢とは言え、潜在的な記憶には残ってるんだ。影響が無いとも言い切れない。逆にこっちの美少女達との記憶はない方がいいかも知れんし』
「何かNPCに手を出す口実を作ってるだけのような……」
『まあギャルゲーの女の子を落とすのと同じ感覚ではあるんだろうな。彼女達も俺達を喜ばせたいと思ってるんだし、深く考えずにWin-Winでいいじゃないか』
「というかマサムネ。お前まさか」
『それこそ今更だろ。メーべはマルセンのすぐ近所だし、野盗から助けた時点で好感度高いし』
そ、そんな状況になってたのか。というか、チャップもそうなんだよな……以前、魔導炉に潜入する際、断られたのはまさか。
『まあ好感度高いNPCがいるなら、程よく相手してもらえばいいと思うぞ。時間操作は知ってるか?』
「それなら最近知ったとこ」
『アレ使えば、夜も長くなるからな』
おおう。生産職として作業に使うものかと思ってたら、お楽しみにも使ってるのか。
「それでアリスはどうなんだ?」
リオンが聞いてきた。
「とりあえず、右腕の処置はしたが、あくまで暴走するのを抑える為の処置らしい。一応、右腕を自由に動かせるようにはなっているが、無理はさせられない」
「ふむ、そうか……」
「だからまだ襲ったりするなよ」
「分かっている。全力を出せない奴を潰しても面白くないからな」
さっきは争うようにしていた2人だが、今は仲良く並んで眠っている。
俺達は街中へと繰り出すことにした。




