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魔導技師の目覚め

 首都ブリーエは、オルタナに比べると小規模な街だ。前線砦のコルーニャよりは大きい。先の侵攻失敗も街に影を落としているのか、全体的に活気はない。

「俺は付与染料を買いに行くけど、リオンは自由に散策でもしといてくれ」

「わらわは旨いものでも……」

「ルフィアはいてくれないと何を買えばいいかわからんだろ」

「兄様、私は」

「まだ体調悪いみたいだから、どこかで休んでた方がいいと思うけど」

「すいません、気を使わせてしまって」

「それは言わない約束だろ」

 とお約束をこなしつつ、アリスには近くの酒場で休んでもらうことにした。

 俺はルフィアを伴って、街を歩く。



「なんじゃ、わらわと2人きりになりたかったのじゃな」

 そう言って腕を絡めてくる。柔らかな感触をこれみよがしに押し付けてきた。

「そうだな、2人でゆっくり話したかった」

「なっ、えっ、そ、それは、そのっじゃなっ」

 自分から誘っといて、乗ってやると慌てるルフィア。しかし、間近で赤面する顔を見ていても、人間との違いは感じなくなっている。すれ違う人も、これが呪いの人形とは思わないだろう。

 ルフィア自身が自らに改造を施し、どんどんと人に近づいている。


「ルフィアはさ」

「なんじゃ?」

「魔法に詳しいよな」

「魔法王国の王女じゃからな。様々な英才教育を受けておる」

「ルフィアの身体やら、アリスの事が分かるのは、どんな技術なんだ?」

「うむ、それは魔導技師の範疇じゃな」

 魔導技師か。やっぱり普通の魔術師とは違うスキルなんだな。


「俺も勉強したら覚えられるのか?」

「そうじゃな。魔導技師は魔力よりも知識と手先の技術じゃから、魔術師でなくとも問題はない」

「そうか、じゃあ色々と教えてくれ」

「うむ、任せるがよい」

 思ったよりもあっさりと了承してくれた。

「で、付与染料を買う店だけど」

 ポタミナを取り出して、地図を表示する。

「この規模の街なら魔法道具を扱う店があるはずじゃ」

 機嫌を取るべく露店で何かと思ったが、屋台のような店は立っていなかった。やはり、経済活動は低下してるのだろう。



 魔法道具屋は裏路地に入ったところにあり、いかにもといった怪しい雰囲気を醸し出していた。

 薄暗い照明に、あちこちに吊るされたトカゲやカエルの干物。瓶詰めにされた謎の液体。何とも言い難い薬臭い匂いもたちこめていた。

 カウンターにはフードをかぶった人物が座っている。


「ひゃひゃ、こんな店に客がくるとはのぅ」

 しゃがれた声の老婆だった。

「付与染料はあるかな?」

「そんなものは無いわい」

「え?」

「ラピスラズリとドロマイト、オウレン。それと霊銀砂じゃ」

「ふむ、分かった」

 ルフィアの注文に、老婆は少し奥へと入ってゴソゴソと始めた。


「さっきのは?」

「付与染料は総称で、色ごとに使う素材は違うのじゃ。それと魔力を付与する為の素材として、霊銀ミスリルの粉を使うぞよ」

「な、なるほど」

 ならば最初に伝えておいてくれと思わなくもない。

「ほらこれで良かろう?」

「うむ、品は確かそうじゃ。支払いは頼むぞよ」

「わかった」


「さて調合するために宿を借りるかのぅ」

 単純に混ぜ合わせるだけじゃないのだろう。

「あ、オババ。薬研やげんも」

「これでよいかの」

 手元にあったらしい物を示す。細長い器に、真ん中に棒が刺さった円盤状の石。

 時代劇で薬師が漢方を砕いている道具だ。これで鉱石をすり潰すのか。

「わらわなら魔法で砕けるが、お主には道具が必要じゃろう?」

 俺のための物らしい。



 それから宿に使う酒場へと。アリスは大人しく待っていた。ホムンクルスであるアリスは、食べ物を必要とせず、魔力を補給する事で活動している。

 今はルフィアが送り込む事で動いているので、酒場で何かを食べる事もなかったようだ。

 ただはちみつで作られたお酒は飲んでいたようで、ほんのりと頬が染まっている。


 そんなアリスも伴って2階にある宿の一室を借りた。

「そなたの持っている魔道具を貸してみるがよい」

 ポタミナを取り出してルフィアに渡すと、アプリの一つを取り出して何やら操作を始めた。

「これでよし」

「何をしたんだ?」

「この部屋の時間の流れを変えたのじゃ」

「は?」


 ポタミナの画面を見ると、設定画面が開かれていた。そこには等速と書かれている。

「どういうことだ?」

 アプリのヘルプを呼び出すと、現実の時間とのギャップを設定するとある。普段は12倍で進んでいる時間を、最大で等速まで落とせるという。

 個室など閉じられた安全な空間でのみ設定可能で、扉が開かれるとデフォルトに戻るらしい。


「つまりここで1日過ごしても、現実では2時間しか経たないってことか?」

「そうらしいのぅ」

「なぜそんな事をルフィアが知ってるんだ!?」

「基本的な操作法で、掲示板に出ておったよ」

 なんだって?

 ポタミナの掲示板アプリを呼び出してみると、ポタミナ便利機能スレというのが出来ていた。

 その中に時間操作に関するものもある。時間を等速にするとスキル経験値も12分の1に落ちてしまうが、作業時間などを稼げるという。


「とはいえ時間は有限じゃ。早速始めるぞよ」

 そう言ってまだ混乱している俺に対して『魔導技師』の講義をはじめた。



 魔導技師は魔力の流れを制御するのが基本的な技術で、体内の魔力を制御して身体能力を高めたり、魔法の道具を動かしたりできる。

 スキルが高くなれば、新しい道具を作ったりできるようにもなるらしい。

「わらわが身体を改造してる技術でもあるのじゃ」

「アリスの治療もそうなんだよな」

「うむ。ミュータント化したのも魔力を過剰に浴びてしまったからじゃ。それを治療する技術もまた魔導技師の仕事じゃな」


「では魔導技師の基本にして最も大事な部分から教えるのじゃ」

 ルフィアはそう言いながらワンピースを脱いでいく。簡素なブラジャーとかぼちゃパンツの姿。

「魔力の流れを感じれるようにならねばならん」

 俺の手を取り、肩の辺りを触らせる。


「幸いわらわの身体は人間よりも魔力の流れが素直な人形じゃからな。わらわの身体に流れる魔力を感じるがよい」

 人間の身体は血液に沿って魔力が流れるので、細かな支流がたくさんあって、本筋を見極めるのが難しいらしい。

 ルフィアの身体は魔道具として作られていて、身体を動かす魔力の筋はだいたい一本。

 その流れを肌の上から感じるのが大事なのだという。

 また人と違って鼓動が脈打つことも無いから、わかりやすいんだとか。


「わらわも魔導人形を相手に始めたのじゃ。警備ゴーレムじゃったがな」

 そういうルフィアの身体は人肌に近く、温かさもあるが、確かに脈は無くて動きが感じられない。

 ここに流れる魔力を感じるのか。

 さてどうしたらと思っていると、指先に伝わる何かがあった。緩やかな水の流れのような僅かな感触。


「ほれもっと色んな所を触って違いを確かめるのじゃ」

 ルフィアの手に誘われるように指先が滑っていく。身体の位置によって指先に感じる水流の流れが違っている。

 鎖骨から首筋、僧帽筋から肩甲骨。

「ん?」

 指先に引っかかりを覚えた。

「ここに何かある?」

 肩こりを解すのと同じように、指先で肩甲骨の間をさすってみると、渦巻くように留まっていた流れが、次第に整ってくるのを感じた。


「ほう、やはり筋が良いようじゃな。指先の感覚が優れておるようじゃ」

 能力ステータスの器用さが関係しているのだろうか。

「胸が大きいと肩に魔力が溜まってのぅ」

「肩こりかっ」

「魔導人形にとっては同じようなものじゃよ。ほれ、他にも魔力溜まりがあるから、解していくのじゃ」

 そういってベッドにうつ伏せになる。


 それから小一時間ほどルフィアにマッサージのような事をさせられる。

 人間と同じように腰や足に魔力が溜まって、渦のようになっている箇所ができていた。

 それを指先でかき混ぜるようにしてやると、徐々に流れが解れていき素直になるようだ。



「ふぅむ、なかなかリフレッシュできたのじゃ」

 伸びをしながら呑気な事な様子のルフィア。しかし一方で、こちらをじっと見たまま固まっている存在がいる。

 アリスだ。

 俺が魔導技師としての勉強をはじめた事に、喜んで賛同してくれた。ただ目の前でルフィアの身体を揉み解す姿を見るうちに、目つきが険しくなっていた。


「アリスの事なんだが。付与染料の材料は買ってきたんだから、治療してくれよ」

「分かっておる。物には順番というのがあるのじゃよ。アリス、こちらへ来るが良い」

 ルフィアがベッドへと誘うと、飛ぶような勢いでやってきた。シャツとズボンを脱いで、体にフィットしたボディースーツ一枚になる。

「では触ってみるがよかろう」

「アリス、触っていいか?」

「はい、兄様」


 ミュータント化していた右腕に触れてみると、ルフィアとの違いはすぐにわかる。水のような流れが多肢に渡り、弱く細かな流れが無数にある。

 その上、ホムンクルスは人体を模して作られているので、血流も脈打っていた。

 鼓動の振動が、微弱な魔力の流れをより感じにくくさせていた。

 更には水流自体が不自然というか、不規則なのだ。渦も無数にありつつ、流れが急に変わって曲がったり、遡ったり。


「ルフィア、これって」

「うむ、それがミュータント化の後遺症じゃ。体内の魔力の流れが乱れて、血流の動きにも影響を与えておる。今はわらわの魔力で制御しておるが、それでもまっとうには動いておらぬ」

「制御されててこれ……」

 ルフィアが一朝一夕で治療できないのも頷ける。

 制御できていないと大雨で排水口が溢れるように、随所から魔力が溢れ出て身体を傷つけてしまうらしい。

 アリスの腕にも幾つか内出血の跡が残っていた。


「他人からの魔力は時間とともに薄れてくるゆえ、付与染料でより強固に乱れを制御する回路を描くのじゃ」

 そういって一枚の紙を取り出した。そこには複雑な模様が描かれている。

「今はまだ意味まで理解せんでよいので、コレをなぞるようにアリスの腕に刻んでやるのじゃ」

「刻むって?」

「刺青するのじゃよ」

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