目的の前に寄り道
「兄様、ごめんなさい」
ルフィアの治療で意識を取り戻したらしいアリスがやってくるなり謝ってきた。
その右腕はまだ動かせないのか布で首から吊っている。
「アリスは悪くないだろ。俺を助けるために無理をしたんだから」
「でも山を下りる時も背負って頂いたし……」
動けないだけで意識はあったようだ。
「何、女の子を背負うのは役得と言うものだよ」
「ほほぅ」
介添していたルフィアがにんまりと笑う。今までも散々背負ってやっただろうに。
「だからって無闇に疲れたとかはナシな」
とりあえず釘は刺しておく。
「しかしわらわの施術だけでは効果時間が限られてしまうのぅ。できれば『呪紋』を刻んでおきたいのじゃが」
「じゅもん?」
「うむ、魔法の力を形として記す技法じゃ」
「ああ、こういうのか」
俺は机に散らばっていた刺繍の一つを取り上げる。刺繍で特定の文様を抜いとると、ステータスに補正が入るのだ。
俺も服に器用さアップの刺繍を入れてある。
「付与染料で身体に直接描いてやれば、持続時間も延びて調整も楽になるのじゃが」
「付与染料……」
入手すべきアイテムが一つ増えたようだ。
「大きな街なら手に入るとは思うのじゃが」
この近辺で大きな街と言うと、ブリーエの首都か。できれば避けたいところだったが、アリスの為なら仕方ないな。
「私の事は気にしないで、兄様」
「妹の為に兄が何かしてやるのは当然の事だろう?」
「アトリー、勝負だ」
ほっこりと兄妹の絆を確かめていると、無粋な奴が割り込んで来た。
「約束は約束か」
俺は仕方なくリオンへと向き合う。
「で、木こりのスキルはどうだった?」
「確かに能力が上がった。お前の裁縫もそうした狙いか」
「ま、副次の効果も色々あるがね」
そういえばリオンには刺繍を渡してないな。そのうち付けてやろう。
俺は残ってるシャムシール一本。リオンは木こり用の斧を手にしたままだ。
「それでいいのか?」
「ああ、こいつのお陰で気付いた事もあるからな」
リオンは斧を構える。横手に刃を背中側に隠すような構えだ。
そのまま俺の方へと走ってくる。
対する俺はマンゴーシュは無いもののイットウサイと見出した構え。
俺の前まで来て制動を掛けたリオン。慣性に従って斧の刃先はそのまま前に出てくる。
単純だが最も力の入る動きだ。
それを俺はシャムシールで受ける。といって止めるのではなく、力を逃がすように軌道を変えるのだ。
「くうっ」
触れ合った刃からは、思った以上の力が伝わってくる。曲げられまいというリオンの意思が乗っているかのようだ。
手に痺れを残しながら、何とか身体には当たらない軌道へと変える。
手が痺れるのは余分な力が掛かっている証拠だろう。
受け流されたリオンは、その場で回転して次の一撃へ。正面からみるとその顔はほとんど動いていない。
身体だけが回転している様に見える。体幹がしっかりしているということか。
そして回転力を加えた一撃は走ってきた勢いに劣ることはない。再びシャムシールで受け流す。
「ふうっ」
気合は入れつつ手裁きは滑らかに。僅かに変わった軌道は、俺の服をかすめて振り抜かれた。
変える軌道を浅くすれば、手に掛かる負担は減るが、相手の狙いに近い位置を通る。
達人が紙一重で避けるのと同じ事をしようとしてるのか。
「もう一歩っ」
ダンと踏み込んで更なる一撃を繰り出してくる。僅かに逸しただけでは体に当たってしまうだろう。
ならばと刃を当てつつ、身体を浮かせる。リオンの力を後方に飛ぶことで逃がすつもりだった。
しかしリオンの一撃は、重みと共に速さがあった。空手の達人が支えもなく立てたバットを、蹴りで折るように、力を一点に集中して素早く振り抜かれる。
「あっ」
防御に使ったシャムシールは断ち切られるように折れ、斧の刃が迫ってくる。
踵でもう一段、地面を蹴り、更に後退するが距離は変わらず、くの字になった俺の胴をリオンの斧が捉えていた。
ゴロゴロと地面を転がり大の字で止まる。
「げふっげふっ」
咳き込むものの血を吐くような事はなかった。
「大丈夫か、アトリー!」
斬りつけた本人が慌てて駆け寄ってきた。俺は片手を上げてそれに応えつつも、声はまだ出せなかった。
「兄様、身体を浮かすのは悪手です」
何とか身体を起こした俺に、アリスが怒っていた。
「うう〜ん、いけるかと思ったんだが」
「兄様はどんくさ……機敏ではないので、そういう避け方は合わないです」
言い直したけど、あまりフォローになってない。
「ああ言う場合は、こうです」
パンと両手を合わせる。
「手の平で相手の刃を挟めば、その後で吹き飛ばされようが、刃が届くことはありません」
「し、白刃取り? そっちの方が難しいだろ」
「兄様は、手足を器用に使えるので、避けるよりは確実です」
そんなものだろうか。
練習するかと斧を振り上げたリオンの申し出を丁重に断り、俺は農家の中へと戻る。
しかし、シャムシールもポッキリと折れてしまった。今からマサムネに追加注文するのも気が引けるなぁと思っていたら、マサムネからの荷物が届いた。
仕事が早いな。
そう思って運送屋から荷物を受け取ると、黄銅製のマンゴーシュと共に、シャムシールもついていた。
単に左右でバランスとってくれただけだろうが、折れるのが分かっていたかのようなタイミングだ。感謝の言葉と共に、追加で代金を振り込んでおいた。
ブリーエの村で過ごすうちに一度ログアウトを迎え、日を改めてログインし直す事になる。
ルフィアやアリスにとっては1週間ほど会えない感覚なんだな。実際、何をしてるのかは気になるが、知らなくて会えない間に絆が深まる事もあると信じよう。
「今度、体験会に行って見るんスよ」
職場の後輩がそんな事を言ってきた。もちろん、Sleeping Onlineの事だ。
「先輩、マジふいんき変わりましたからね。俺もやってみようかと」
「そんなに違うかなぁ」
自分としては身体が軽くなったり、疲れにくくなった程度なのだが、人当たりが良くなったとか、明るくなったと言われると今まではどうだったのか心配になる。
「まあ、楽しむといいと思うよ。記憶はないけど、充実感とか楽しかったとかは残ってるしさ」
「お小遣いが欲しいのじゃ」
ログインするなり手を出すお姫様。少食になった分、1回の料理が高価になって食費は上がっていた。
「働かざるもの食うべからず」
「アリスがどうなっても良いというのじゃな?」
「くっ」
「兄様、私の事なら大丈夫ですから」
そんな健気な妹に不憫な思いはさせられない。仕方なく、ルフィアに渡す金が増えるのであった。
……まさか、ログアウトしている間に口裏を合わせてないだろうな。
「それはさておき、1週間で村の様子は?」
「はい、あれからグレイボアの襲来も無いですし、山の方も落ち着いているみたいです」
「それは良かったな」
リオンにもモーニングスターに代わる武器が届いていた。長い柄の先に、平たいハンマーと逆には鋭く尖ったピックのついたウォーハンマーだ。
モーニングスターよりも長く、リオンの身長を遥かに越えている。
「そんな長物、扱えるのか?」
「こんな機能もある」
リオンが手元をひねると、柄の三分の一程が外れて短くなった。
「面白いな」
「まあ、広いところなら長い方が有利だがな」
気づくとリオンとも普通に会話している。最初に会った時は無口で、無言のとんずらされたのが懐かしい。
その事を指摘するとムキになるだろうから言わないが。
「これからブリーエの首都に向かうけどいいかな?」
「すいません、私の為に」
「どんな旨いものがあるのじゃろう」
「敵地か、腕がなるな」
色々と不安になる言葉もあるが、反対は無さそうだ。
村から首都に向けた馬車もあるということで、乗り合いで向かうことにした。
道中はいつもの刺繍。筋力アップの効果を縫いとり、リオンに付けてやる。
「こういうものもあるのか」
「単純に経験を詰むだけじゃなくて、副次的な補正も馬鹿にはできないんだよ」
「なるほどね」
木こりの効果が分かってから、この手の話にもちゃんと耳を傾けている。
一方、アリスはまだ万全には遠く、腕は吊ったまま。今もうつらうつらとしている。
ルフィアも何やら作業をしているようだが、こちらからはよく見えなかった。
そういえばウサギに代わるぬいぐるみも作ってやらないとなぁ。それともレースでハンカチでも編むかな。
リアルの俺では絶対手を出さないジャンルだけど、裁縫もやってみると楽しいものだ。
ブリーエの首都も名前はそのままブリーエで、思ったよりも高い城壁に囲われていた。
大陸の南西の端にあり、街の向こう側は切り立った崖になっている。その分、正面側に防備を固めていて、攻め込もうとすると難しい城となっていた。
「雇われの身としては、もう敵でもないからな」
リオンに向けて一応忠告しておく。
「僕の敵はそこのミュータントだけだったからな。今更暴れようとは思わないよ」
「兄様に迷惑かけたら許しませんよ」
「その身体で何ができるんだ?」
「おいおい、やめてくれよ。アリスを知ってる奴がいるかも知れないんだから」
馬車はゆっくりと城門前まできて止まる。冒険者はポタミナの登録を求められた。
やはり門を通過する時は緊張したが、特に呼び止められる事はなかった。




