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森に来た雌熊

 高さで2倍、厚みで3倍、体積は5倍以上ありそうな熊に対して、真っ向から武器を振りかぶっで殴り掛かる。

 恐れ知らずというか、馬鹿と言うか。

 走った勢いのまま熊を攻撃レンジに捉えると宙を舞う。


「べヴィスタンプ」

 走った勢いと全体重を乗せた一撃。二足で立ち上がったその頭を狙って振り下ろされる。

 ガジンッ!

 しかし、全力の一撃は熊の片手で受け止められた。金属と当たって鈍い音を立てる爪は、折れるどころか鉄球にめり込んでいる。


「くそっ」

 駆け出す俺、マタクも弓を構えて狙いを絞る。

 リオンはモーニングスターの柄を鉄棒のように使って、身体を回すと、自らの足で鉄球を蹴る。

 その勢いで熊の爪から逃れ、少し距離を取った。

「獣の分際で」

「お前が何様だよ」

 熊を見据えるリオンの後頭部を叩く。


 リオンの攻撃は一撃が重い。そのかわりに、攻撃の軌道は読みやすい。野生の獣の動体視力では、避けることも止めることも可能だろう。

「俺が隙を作るから……」

「おらぁっ」

 俺の言葉を聞かずに、リオンは再び殴りにかかる。

 そこへタイミング良くマタクが矢を射て、熊の肩を捉える。が、その矢は刺さることなく毛皮で防がれた。

 しかし、意識が矢にそれた事でリオンの攻撃が通った。バットを振り抜くように両手でのフルスイングが、熊の腹を捉える。


「ぐぉ」

 だがその一撃が熊を吹き飛ばす事もなく、苦しげな声を上げさせるでもなかった。

 厚い毛皮と腹の肉で衝撃が止まってしまっている。

 逆に足が止まったリオンに、熊の手が振り下ろされる。


「させるかっ」

 熊の手にディザームを掛けて、爪の軌道を僅かに逸らす。それでも僅かにかすっただけで、リオンのマフラーがもぎ取られてしまった。

「正面からいってダメなのは理解したな。俺が気を引くから、弱点にでかいのをぶちかませ」

「はぁはぁ」

 荒い呼吸をしながらも、一つ頷いた。それを確認して俺は熊に立ち向かう。



「って、怖えよ」

 頭の位置が遥かに上、更に両手を上げるように威嚇される。一つのミスが命取りだ。

「でもアリスほどじゃないだろっ」

 熊の攻撃はやはり直線的。速さではアリスに及んでいない。しかし、右腕だけがミュータント化して、それ一本で攻撃してきたアリスと違って、熊には両手がある。

 さらには大きく開いた口には、牙が並んでるのが見えた。

 まずは相手の攻撃を受けて、隙を見つけるところからだ。


 基本はマンゴーシュを構えてシャムシールで牽制。相手の攻撃を誘って捌く。二足で直立していると、移動は上手くできないようだ。

 左右にフットワークを刻むと、面倒そうに腕を振るってくる。

 手を地面に下ろした瞬間はワンテンポ反応が鈍り、浅く斬りつけるとやはり毛皮は厚い。

 そうした行動は熊の気を引くには十分だったようで、視線は俺へと集中していた。


「ヘヴィスイング」

 背後から忍び寄ったリオンが、熊の膝裏を狙って攻撃した。関節部を攻撃されると、さしもの熊も姿勢が崩れた。

 そこへ前からも斬撃を繰り出す。

「ファストアタック!」

 姿勢が崩れ届きやすくなった喉元へ一撃を見舞う。さすがに切り裂くというほどにはならないが、赤いものが宙を舞う。


「ぐがぅ」

 俺を見下ろす熊の瞳に怒りが宿った様に見えた。無理な二足はやめて、四つん這いで突進してくる。

 軽トラ並の重量をまともに喰らえばただでは済まないだろう。もちろん、マンゴーシュで受けるわけにもいかない。

 俺は横っ飛びに突進を躱して、次の対処法を考える。



「兄様、相手の勢いを利用するんです!」

 アリスの声に合気道が脳裏に浮かぶ。リオンを赤子のようにひねって見せたアリス。ただ、そんなものは一朝一夕にできるものか?

 いや、そんなのはいらないのか。

「リオン!」

 俺の呼びかけに、リオンはモーニングスターを構えることで答える。

 後はどうやって突進を躱すか。

 敏捷性はほとんど無いので、避けるのは苦手だ。

 となればやるのはやっぱり、軌道を変えて受け流すのみ。


 リオンと熊の位置を確認して、ある程度の距離をとって構える。一直線に迫る熊の迫力は半端ない。

 しかし、怯むほうが危険だ。やると決めたら、その一点に集中する。

 牙をむき出しに迫る熊。頭を下げて重心は低く、下を抜けるなんてことは許してくれない。

 衝突の瞬間、頭が上がり口を広げて噛み付こうとしてくる。その横面をシャムシールで叩く。

 しかし勢いに乗る熊の勢いは止まらず、刀身は毛皮で滑る。迫る鼻先、開いた大口。マンゴーシュを咥えさせるように突っ込みながら、俺は熊を飛び越えるように飛び上がる。


 ただやはり回避は敏捷性に左右される。跳ね上げるように首を振った熊に、更に跳ね上げられて天を飛ぶ。

「お、おぉっ」

 身体をばたつかせるが、受け身を取れる気がしない。

「兄様、動かないで!」

 落下点に駆け込んできたアリスの姿に、バランスを取ろうとする身体を無理矢理硬直させる。


 一方、俺を跳ね上げた事で目標を失った熊は、勢いのままに走り続けた。

 跳ね上げた俺に意識も向いていただろう。俺と木の陰に隠れるように構えていたリオンへの反応が遅れた。

 突進してくる熊の頭を、モーニングスターの横薙ぎの一撃が捉えた。

 一瞬のせめぎあい、白球であれば打ち返してホームランという所だが、やはり巨躯の熊は簡単には止まらない。

 リオンの筋力と熊の突進に耐えきれず、モーニングスターの柄が折れてしまった。

 ただ頭部への強い一撃を受けた熊は、バランスを崩して転倒。勢いのままにゴロゴロと転がった。



 宙を舞った俺は、アリスが受け止めてくれた。上下が逆さまの状態で、背中側から受け止められる。

 ただ勢いを殺しきれなかったアリスは尻もちを付くように倒れ、俺の頭は地面へと落下していた。

 左右を柔らかな感触にはさまれなかったら、首がいかれていたかもしれない。ただ頭頂部への痛みで目に火花が散っていた。


「見事なパイルドライバーじゃな」

 アリスに遅れてやってきたルフィアは、地面に突き刺さる俺を見てそう呟いた。



「まだ倒れていないのかっ」

 リオンの声に、涙が滲んだ視界を向けると、転がった熊が再び起き上がろうとしていた。

 リオンの手には折れてしまったモーニングスターの柄だけが残されている。

 俺のマンゴーシュは、熊の口であっさりと噛み潰されていた。青銅ブロンズだしなぁ。

 頭を二、三度振りながら振り返る熊。その姿が崩れ始めた。



 一回り、二回りと身体が縮み、人間と変わらぬサイズになってしまった。

 そしてそこには熊の毛皮を羽織ったような女性が立っていた。

 手足には熊を模したグローブやブーツ。身体は毛皮で出来たレオタードのような物を着て、頭には熊の頭を載せている。

 やや筋肉質で長身の女性は、こちらを見つめてニヤリと笑った。


「人間にも歯ごたえのある奴がいるじゃないのさ。ビーストモードとは言え、アタシに傷つけるとはね」

 どう見ても今のほうが防御力は低そうなのだが、そこは突っ込むところじゃないだろう。

 リオンは柄だけを構えつつ、距離を取る。アイツが攻撃しないとは、迫力に押されているのだろうか。


「な、何モンだ?」

 何とか声を絞り出す。

「ここで名乗ると三下みたいな雰囲気になりそうだねぇ。まあ、今のアンタ達じゃ手を出しちゃいけない相手さ」

 余裕に満ちた態度だ。グラマラスな胸を張って、俺やリオンを眺めている。

「ま、魔族、じゃな」

 ルフィアが震える声で告げる。更にはアリスが俺の前へと歩み出た。


「ふぅん、古代人形がいるんだ。面白い取り合わせね。そうアタシは魔族。本来はもっと山奥にいるんだけど野暮用でね」

「ヤバい……んだよな」

「うむ、生身のわらわでも1人では身を守るのがやっと。アリスが万全でも歯が立たんじゃろう」

 何それ、無理ゲーじゃん。

「安心おし。アタシは弱いものいじめは趣味じゃないの」

 その言葉に、強さに執着しているリオンが堪えきれずに飛び出した。


 リオンは50cmほど残った柄で殴り掛かる。筋力の高いリオンの一撃はそれだけでもかなりの打撃。しかし魔族の女は、熊の手グローブであっさり止めてしまう。

「元気な子は好きだわよ。アンタ、強くなりたいんでしょ? アタシと一緒に来たら、人間の枠を越えて鍛えてあげるわよ」

「!?」

 リオンの瞳が開かれる。柄を手放し、地面へと下りながら魔族を見上げる。

 熊の頃から見るとかなり縮んだが、リオンに比べるとまだまだ高い。180cmくらいはありそうだ。


「アタシ等の世界は弱肉強食。弱ければ食われるだけだけど、アタシの下僕になれば程よく守りながら育ててあげるわ」

 呆然とするリオンを見下ろしながら、魔性の笑みを浮かべる。

「力が欲しいかしら?」


「ぼ、僕は……」

 強さを求めて戦場に身を置いていた。さらに適した場所があると言われたら、それは願ったりという事にはなるだろう。

 ただ俺は「迷惑を掛けられない」と呟いたのを覚えていた。


「リオン、お前が欲しいのは力か? それとも認めてくれる仲間か?」

 こちらに背を向けた状態のリオンに問いかけ訴える。

「俺の目的にはお前が必要だ。俺の助けになってくれ!」

 リオンはこちらに背を向けたまま、一歩、二歩と魔族へと歩み寄っていく。

「リオン!」



 リオンを迎えるように両手を広げる魔族。密着するように近づいたリオンを抱きしめようとした時、リオンの突き上げる拳が魔族の腹へとめり込んだ。

「ふぅん」

 しかし、動じた様子も見せない魔族。

「僕は与えられた力に興味はない。自分で強くなりたいんだ」

「まあ、いいでしょ。アタシはいつでも歓迎するわ」

 そう言って、魔族はバックステップすると、次には高く跳んで木の上に達する。


「その度胸に免じて、ここは引いてあげるわ」

 そんな言葉と共に姿は消えていった。

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