ブリーエの村の困り事
「で、こいつらは何をしている?」
街道を歩きだしてしばらくすると、アリスの動きがおかしくなった。
それを見たルフィアがアリスを抱きとめて、キスを始めたのだ。
ルフィアは自らの理想を求めてかなり美しい容姿だし、アリスもまた白い肌に深緑の瞳、少し儚げな雰囲気も漂う美少女である。
その2人が抱き合うようにキスする姿は、一枚の絵画のようである。
「魔力補給」
「説明になっていないぞ」
「アリスは魔導炉の魔力に体内を侵されてしまって、魔力が尽きると生命が維持できない。だから定期的に魔力を補給してやらないといけないんだ」
丁寧に説明してやったが、リオンは納得してない様子だ。
「なんで、その、アレをするんだ」
ふむ、なかなか初心な反応だな。
「気になるならルフィアに聞いてみろ」
「何じゃ? 混ぜて欲しいのかぇ?」
「いらんわっ」
そう言いながら1人離れた場所に移動する。その顔が赤かった事に、ルフィアも気付いたのかいやらしい笑みを浮かべていた。
しかし、あまり呑気にもしていられない。国境を越えているので、既にブリーエの領内だ。
アリスは顔半分隠していた髪を三つ編みにして、整った顔を晒している。
「軍にいる間は、ほぼ兜を被った状態だったので、顔で判断できる人はいません」
とは言うもののやはり不安はあった。それでなくても侵略に失敗してすぐ。
それなりに被害も出していただろうから、国内が荒れている可能性もある。
「私は前線と魔力供給炉の往復だったので、国内の様子はわかりません」
アリスは申し訳無さそうにいうが、そんな扱いをしていたブリーエの首脳陣の方に反感が募る。
とはいえ無益な戦いも好まないので、必要がないなら素通りするのがベストだ。
とはいえずっと歩き通しと言うわけにもいかず、街道沿いの村へと立ち寄った。
「旅の人かね」
村の入り口でタバコをふかす爺さんに尋ねられた。
「はい、大陸の北西部の方まで」
「あそこらは何もないぞ。まだゴーレムも徘徊しとるみたいだし」
「その分、残ってる物もあるんでしょう?」
「さあなあ。しかし、冒険者というなら仕事はあるぞ」
「ん?」
どうやらこの爺さんは、冒険者を引き止める役割を担っていたらしい。
「まあ、立ち話もなんじゃて。少し休んで行かれるがよかろう」
クエストの予感を感じながらも、爺さんの後をついていった。
木造の平屋建ての家は、なかなかに年期が入っていて、農家なのだろう農機具が雑多に置かれていた。
「狭いところじゃがくつろいでくだされ」
そう言って爺さんは、バケットとスライスされたチーズ、ハムなどとワインを出してくれた。
これに手を付けたらいよいよ断り難いな。
「ふむ! 旨いハムじゃなっ」
そんな事は考えもしない食いしん坊姫は、早速食いついていた。これは運営の罠か。
「まあ、食べながら聞いてくだされ。実はじゃな……」
爺さんが話し始めた。
元々が大した産業もない農村で、それでも慎ましやかに過ごしていた。
若者は首都へと出稼ぎに。そのまま帰って来ない者も多い。どうしても労働力が下がる中、困る事態が発生しているという。
「このところ、山からグレイボアが下りてくる事が増えてましてな。畑が食い荒らされとるんですじゃ。何とか防柵を作っていってはおるんじゃが、人手が足りませんでな」
ボアはイノシシの事だよな。以前倒したグラスボアよりは上位なのだろう。
農民にとっては手に余る存在。柵を作って守るしかないようだ。
「でも柵だと長くは保ちませんよね。駆除した方が良くないですか?」
「とはいえボアは数も多い。駆除するにも人手がいるでな」
国に頼むのは……敗戦直後で厳しいのか。
「それならばどちらかというと、山を下りてくる原因を探った方が良いかと」
「ただ山に入れる人間は限られておって……」
「まあ、その辺は冒険者に任せてもらうということで」
「や、やってくださるのか!?」
それを見越して食事を出したのだろうと突っ込みたいところだが、善良そうな農民にそのノリは通じないかもしれない。
大した報酬は出せないとの事だが、ここは引き受けるべきだろう。
早速山へ入ってみる事にする。爺さんは弁当にとバケットとハムを包んでくれて、ルフィアが受け取る。
胃袋は小さくなったはずだが、妙に不安だ。
「そうじゃ、アリス」
「なんでしょうルフィア様」
「ソナタの体はやはり無理が出ておる。戦闘は極力避けよ」
「しかし、それでは兄様が大変になります」
「いや、俺は俺で強くなりたいからさ。動きを見てアドバイスしてくれたら十分だ」
半ばチートくさい強さを見せるアリスに守ってもらっていては、キャラとしての成長が遅くなるだろう。
それに武術のデータを多く持つアリスに見てもらえれば、俺の悪いところも分かってくるはずだ。
「兄様がそう言われるのなら……」
まだ少し不満そうなアリスだが、無理をして身体を壊された方が困る。
「日々解析は進めておるゆえ、そのうち体調を戻せるやもしれぬ。しばらくは我慢するのじゃ」
「わかりました」
「リオンもちょっかい出すなよ」
「分かっている。弱ってる所を倒しても意味ないからな」
ぶっきらぼうに言うリオンの顔を見てふと思う。
「お前、男だよな?」
「なっ、あ、当たり前だ」
食事をする為に口元を覆うマフラーを外した顔は、中性的で少年とも少女とも言えた。さらに体躯も小柄なので、確認しときたかった。
リオンは不機嫌さを隠そうともせず、口元をマフラーで覆い直す。
そうこうするうちに、山を案内してくれるという狩人のマタクがやってきた。
三十半ばの髭面で、いかにも猟師という風貌だ。
「こんところ、獣だちの気性さ、荒れどる。気ぃつけい」
マタクを先頭に、俺とアリスが中列、リオンとルフィアが後列に隊列を組み、山へと踏み入っていく。
やや枯れ木が目立つのは、獣に葉が食い荒らされているからだろう。
折れてしまっている木々も目立つ。
山道はまさに獣道。村の人も滅多に踏み入れないので、マタクがナタで枝葉を落としながら道を確保しつつ進んでいく。
「こいづぁ、熊だな」
マタクが指した大き目の木に、爪で引っ掻いた跡があった。ひと薙ぎしただけなのだろうが、深く傷跡が残されている。
「なかなかに大きいぞ、それに気性も荒い」
傷跡だけでわかるのか、マタクがプロファイリングしていく。
「大きさは3m以上、メスだな。子熊を産むためさ移動してぎたんだな」
「それに追われる形でボア達が村へ下りてきたのか」
「そったらとこさべな」
「で、どうするんだ?」
「熊にゃあ悪いけんど、このままじゃ村にもくる可能性があっど。追い払うか狩るかせんとならん」
「倒せばいいだろ、悩まずに」
リオンはモーニングスターを構え直して言い放つ。まあ獣相手に交渉は無いか。
「こっからテリトリーだで、気ぃつけんとなんね」
マタクはナタを握り直して、前を向いた。
それからも幾つか爪痕の残る木を見つけ、警戒しながら進んでいった。
するとマタクが急に固まったように動きを止めた。手振りで俺達の動きも制すると、ゆっくりとかがんで地面に耳をつける。
しばらくそうした後、右手の方を指差した。そっちにいるのか。
息を殺してそちらを見つめていると、下草を割って大きな体が姿を現した。
黒々とした毛に覆われた巨躯は正面から見ると、そこまでの大きさは感じない。
しかし、10mほどの距離まで来て上体を起こすと見上げるほどの大きさだ。ルフィア達の2倍は高く、横幅は3倍を越えていそうだ。
フハッフハッと息を吐きながらこちらを見つめてくる。
マタクはゆっくりと下がりながら弓に持ち変えるが、熊の毛皮は厚い。矢が通るかどうか。
俺も武器をゆっくりと準備する。
しかし、場の空気を読まない奴がいた。
「おらぁっ」
モーニングスターを肩に担いだリオンが走り出した。




