AL15e
ゆっくりと瞬きを繰り返した少女は、やがてルフィアの体を持ち上げ、そっと抱きかかえると上体を起こした。
それから改めてルフィアを横たえ、俺の方を見た。顔の右半分が隠れ、左の瞳だけがこちらを見ている。
また襲われるのかと、少し身構えた。
「先程は申し訳ありませんでした」
俺の予想に反して、三つ指を付くようにしながら、深々と頭を下げた。
「お、おぅ」
「その上、命も救って頂きました」
頭を上げないまま続けた。
「助けたのはルフィアだよ」
「確かに技術的にも、魔力的にも助けて頂いたのはルフィア様ですが、私を助けるように言ってくださったのは貴方です。なので命の恩人は貴方だと思います」
そういう事になるのか。
「コントロールを奪われている間も、意識だけはあり、歯がゆい思いをしていましたが、それもルフィア様に解除して頂けました」
「それは良かったな」
「恩義に報いる為に、これからは御主人様の命に従います」
御主人様?
ルフィアの事だろうか。
「いや、それじゃ今までと変わらないだろう。これからは自分の意思で行動できるんだよ」
「だからこうして自分の意思で、御主人様のお役に立ちたいのです」
そういえばルフィアがメイドとか言ってたな。何らかの刷り込みを行ったんじゃないだろうな。
「ルフィアに何かされたのなら言ってくれ。叩き起こしてでも解除させるから」
「違います。私は自らの意思を取り戻しています。そんなに側にいられるのが、迷惑、ですか?」
彼女の表情が曇り、泣きそうな顔になる。
「いやっ、迷惑とかじゃなくてだなっ、長い間無理矢理働かされていたなら、自分の為に時間を使って欲しいと」
「はい、だから側に置いてください」
う、うう〜ん。
これが彼女の意思なのか、ルフィアに強要されているのか判断がつかない。
とにかくルフィアを充電して、確認してみるしかないか。
「今は混乱してるのかも知れないから、またしばらくしてからちゃんと決めてくれ。とりあえず、この場所を離れよう」
「わかりました、御主人様」
御主人様というのは俺の事だったのか?
「その御主人様というのもやめてくれないか。なんか落ち着かないので」
「そうですか……では、兄様でいいですか?」
「なぜに!?」
「何だかそう呼びたいと思いました」
年下の兄弟がいなかった俺は、妹という存在に憧れが無いではなかった。
しかし、こんな美少女に兄様とか呼ばせるのはどうなんだ。俺の嗜好を読んできてるんじゃないだろうな。潜在的な性癖がバレるとか嫌だぞ。
「そ、それも、保留で」
「では保留の間は、兄様と呼びますね」
にこりと微笑まれて、砕けそうになる心があった。深く考えると、戻れなくなりそうだ。
俺は少女を伴い、ルフィアをリュックに座らせて外に出ることにした。
新たなミュータントに襲われることもなく、外に出ても奇妙な生物に襲われることもなかった。
魔導炉を停止したことで、あれらの生物も活動を停止したのだろうか。
辺りに生物の気配がないのを確認して、下山を開始しようとした時、目覚めの時間を迎えてしまった。
「ご、ごめん、俺もそろそろ時間のようだ。すまないがルフィアを見ていてくれるか。太陽を浴びてたら動き出すと思うから」
「わかりました、兄様」
兄様と返答されると、全てを許してしまいそうで怖い。
努めて考えないようにしながらゲームを終了させた。
目が覚めると最近では当たり前になりつつある健やかさ。ゲーム内容がわからないのは勿体無いが、寝覚めの良さだけでも健康器具を買った分の価値がありそうだ。
それに下手にゲームの記憶を引きずらないので、起きている間は何も気にしなくて済む。
昼間は昼間でやるべき事をするだけだ。
「何だか最近、楽しそうですね」
配達する際は駐車違反とならないように、2人一組で行動している。俺はドライバーとして、車の運転。横に乗るのは配達を主にこなすバイトの女の子だ。
「楽しいっていうか、体が楽でね。夜にしっかり眠れるようになったから」
「噂のゲームですか?」
噂って。後輩に話しただけなのだが、いつの間にか広まっていた。
「まあね。起きてる間は記憶が無いんだけど、結構楽しんでるみたいで寝覚めが良くてね」
「記憶が無いんですか!?」
「起きたら忘れるみたいなんだ。夢を見てもその内容ってすぐに忘れちゃうでしょ?」
「確かにそうですね。でも、忘れちゃうのは勿体無くないですか。結構、高価ですよね」
「最初はそうも感じてたけど、毎朝寝起きが良くなるとそれだけでも価値があるかなって」
「へぇ〜。あ、この家ですね」
俺が車を止めると、彼女は荷台に回って荷物を取り出し、配達を行う。
俺はそれを運転席で確認しつつ、次の配達先を検索する。カーナビにルートが表示されて迷うことは無いのだが、やはり前もって確認しているかどうかでスムーズさは違う。
疲労がたまってると、こうした確認が億劫になって、ついついサボりがちだが、それが余計な疲労に繋がったりする。
よく眠れる、それだけでこれだけ変わるのかと改めてSleeping Onlineの価値を実感していた。
「おかえりなさい、兄様」
ログインするのを待っていたかの様に、緑の髪の少女が挨拶してきた。
「ただいま……ええっと」
そういえば名前を聞いてなかったな。
「君の名前はなんて言うんだ?」
「私の名前ですか? AL15eです。アルケミー・レディシリーズの15号eタイプ」
型式番号みたいなものか。味気ないな。
「AL15e……アリスって呼んでもいいかな?」
「アリス……はい、嬉しいです、兄様」
少し驚いた表情の後、にっこりと微笑んでくれた。
「何をイチャついておるか。しかも兄と呼ばせるなど、変態かや」
その声に振り返ると、ルフィアが呆れた顔で立っていた。
「あれルフィア、太った?」
「なっ、貴様、乙女に何てことを言うのじゃ」
乙女って人形じゃん。ってか、また一回り大きくなったのか!?
「魔力供給炉から抜き取った変換装置を組み込んだのじゃ。これで食べ物から魔力に変換できるぞよ」
「また改造したのか……ってか、改造する度に大きくなる?」
もう150cmほどになり、小柄な女性と変わらない。
「まあ、大きくする必要も無いのじゃが、魔力を補給できるようになったゆえ、大き目の体も維持できるしの」
必要ないのに大きくしたのかよ。というか折角作ったワンピースがロングスカートから、膝上の丈になってしまっていた。
「腰の位置もおかしくなってるだろ」
「成長期じゃったからの」
そう言って胸を張る。
「成長期じゃからの」
二度言われた。
「服を作り直すか」
「なぜ何も言わぬ!」
「人形の胸が成長したからといって、服を作るのが面倒になるだけじゃないか」
ツルペタだった胸回りが、小柄の割には成長を見せてDカップくらいに押し上げていた。
「ちゃんと柔らかく作ったのじゃよ?」
俺の腕をとって胸を押し付けてくる。確かに柔らかい、ほのかに体温も伝わってくる。
「でも作り物だ」
「兄様、私のは?」
逆の腕をアリスに取られ、同じように胸を押し付けてくる。小ぶりだが柔らかな感触。
「いや、ダメだから」
慌てて腕を引き抜く。
「ホムンクルスも作り物ではないかっ」
「差別はよくないぞ」
「人形差別じゃ」
「そこは無機物と生物の区別だよ」
「というかまだ山の中なんだよな。下山するか」
砦に戻ることにした。
「ぬぉ〜主に対してこの仕打ちっ」
喚くルフィアを置いて坂を降りていく。
コルーニャ砦へと入る時は、門番に制止されてポタミナの提示を求められた。
出る時とは違って、入るのにはそれなりの審査が必要なようだ。
ただ俺の名前を確認した門番は、笑顔になって握手を求めてきた。
「貴方がアトリーさんですね。兵舎の受付で隊長が待ってます」
「あ、ああ」
あれからどうなったか気にはなっていたが、反応を見るに上手く戦争を止められたのだろう。
魔導炉を止めてログアウトしたので、ゲーム内では既に1週間以上経過している。その間に先鋒を務めたミュータントことアリスは無害化した。
アリス抜きでの侵攻も止まっているようだ。
「おお、アトリー殿。見事魔導炉を止めたのですな」
「はい、何とかなりました」
「街道に放った斥候から、ブリーエ軍が撤退を開始した報告がありました。まだ警戒態勢ではありますが、このまま終戦へと向かうでしょう」
無事に戦争を止めることには成功したようだ。NPCの命が無駄に散らされることも無くなるだろう。
一部のプレイヤーには恨まれるかも知れないが。
「今回の任務には、正式な報酬が定義されていなかったので、多くは出せないのですが、お受け取りください」
そう言って渡されたのは500G。大掛かりなクエストの割には少ないかもしれないが、個人としてみれば十分。何より、アリス自身が報酬のようなものだろう。
俺は鍛錬場へも足を運ぶ。イットウサイへの感謝を伝えたかった。僅かな期間で実戦的なスキルを習得できたのは彼のおかげだ。
しかし、鍛錬場で待ち受けていたのは小柄な狂戦士だった。
妹キャラを追加してみた。




