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魔導炉の主

 ゆらりと現れた人影は、徐々に近づいてくる。それにつれて姿が鮮明になってくる。

 緑の長い髪で顔の右半分隠れ、ゆらゆらと体を揺らしながら近づいてくる。その様はさっきまでのミュータントと同じだ。

 フィットしたボディスーツに包んだ体は華奢で少女のように見えた。

 そしてその姿も変化を見せ始める。その右肩から腕に掛けてが、徐々に膨れ上がり、華奢な少女の体より腕の方が太く大きくなっていた。


「おいおい、まさか」

 いや、予想してしかるべきか。ここで魔力を補給していたのだ。

 ブリーエの白い鎧。

 少女である事が意外だったが、そういえばリオンと体格に大差なかったか。

 虚ろだった少女の瞳が、俺の姿を捉えた。


 一気にトップスピードで襲い掛かってくる。咄嗟にマンゴーシュで受け流せたのは、イットウサイの指導の賜物が。

 武器は持たない状態だが、握った拳だけで固く重い一撃に手が痺れる。

 リオンでも引き分けるので精一杯の相手。どこまでやれる!?


 さっきまでのミュータントとは全く違う。攻撃に緩急をつけて、こちらの隙を伺ってくる。

 こちらが防御を固めたのを感じると、フェイントも入れて翻弄してきた。シャムシールも防御に回し、足も使って何とか凌ぐ。攻撃なんて考えられない。

 どうすりゃいいのか。その思考が僅かな隙に繋がって、ジャブに対応しきれなかった。

 かすった程度の一撃で、壁まで弾き飛ばされる。背中を打ち付け、空気が吐き出され、意識が飛びそうだ。


「時間を稼ぐのじゃ。相手は十分に魔力を得ておらん」

 見てるだけでそれがわかるのか、単なる気休めか。しかし、やるしか無いだろう。

 声を出したことで、ミュータントの意識がルフィアに向いている。俺は一気に飛び出して斬りかかった。

 左右の連携で相手を防戦に追い込み、攻撃の隙を与えない。

 はずだったが、防御したままの腕を振るっただけで大きく弾かれ、体勢が崩れる。

 そこへ打ち下ろすような拳。何とかマンゴーシュを当てて軸をずらし、間合いを確保する。

 綱渡りのような防戦だが、ミュータントの意識をこちらに向けることには成功した。



 掠めるだけで巻き込まれそうなスピード、拳圧。受け流した武器が軋み、手に痺れが走る。

(まだちゃんと受け流せてない)

 打ち出される拳に必要以上に触れている。角度を無理に変えている。

 微妙な感触が手応えとして伝わってきていた。

 幸いにも格ゲーで鍛えた目は、ミュータントのラッシュについていっている。

 加齢によって鈍っていた動体視力も、この世界ゲームでは全盛期に戻ったようだ。

 拳の動き、足の運び、呼吸する唇、狙いを定める瞳。相手を全体として捉えながら、攻撃のインパクトも見る。


 攻撃を受ける瞬間に、武器を回し、より受け流す方向へ。打ち逸らすのでは無く、流れの中に身を入れる。

 器用さに特化した手足は、俺のイメージを、微妙なニュアンスを汲み取り動いてくれた。

 武器の軋みが減り、手の痺れがなくなる。俺の中で何か歯車のようなモノが回りはじめた。

 マンゴーシュだけでミュータントの拳をいなし、右手の自由度が上がっていく。反撃する余裕が出来てきた。



「アトリー、短時間で終わらせるのと、今のまま長引かせるのと、どっちが良いかの?」

 ルフィアの言葉に、意識が表層に引き戻された。途端に動きが噛み合いを失い、モロに拳を受け止めてしまった。

 両手をクロスさせるように受けたが、力がすべて伝搬してきて体があっさり宙に舞う。

 きりもみしながら壁へと叩きつけられた。

「ぐへぇ」


「わかった、奴の力を暴走させるゆえ、短時間だけ耐えよ!」

 こちらの返事はまだなのに、ルフィアが何かを始めた。


「るぁっるぉあっふぉぁぁぁーっ」

 ミュータントが頭を抑えて悶え始める。その間に何とか体を起こして身構えた。

 奴の右腕が更に一回り大きくなり、禍々しいオーラが立ち上る。

 あ、これ、ダメなヤツや。

 一段と速さを増した打撃が俺を襲う。かろうじてマンゴーシュを当てるが、焼け石に水。流れを変えることは出来ずに、多少の緩衝材に使える程度だ。

 振るわれる拳にかろうじて手を挟み、直撃だけは避けるが、ドンドンと体力が奪われる。

 サンドバッグ状態。

 ブロックしたマンゴーシュが、俺の顔に当たり、胸を打ち、腹を抉る。


「ぐあっ、がぁっ、ごぁぁっ」

 狂ったように拳を振るうミュータント。俺の意識は徐々に刈り取られ、立っているのもやっとな状態。

 大きく振りかぶった拳が俺に振るわれそうになる瞬間、破滅の時が訪れた。


「がぁっ……」

 右腕を振りかぶったまま、プルプルと拳が震え、オーラがドンドン強く禍々しさを増す。

 その拳が俺ではなく、地面へと突き立てられた所で俺の意識は吹き飛んでいた。




「お〜い、生きておるか〜?」

 ペチペチと頬を叩かれる痛みに、薄っすらと目を開ける。ルフィアが俺を覗き込むようにしながら、小さな平手で俺を叩いていた。

「あ、あぁ、ルフィア?」

「お、気付いたかの」

 最後に振りかぶった平手を俺に叩き込んでから、離れていった。なんで殴ったし……。


「し、心配させた罰じゃ」

 棒読みでそんなセリフを言ったが、決して本心じゃないだろ。

「どうなったんだ……って痛ぇ」

 体を起こそうとしたら、全身に痛みが走る。再び倒れそうになった体を支えようとついた手が、更なる激痛を伝えてきた。

 マンゴーシュを振るい続けた左手に力が入らず、指はあらぬ方向に曲がっていた。

「お、おおぉ、おおぉっ」

 言葉にならない嗚咽を漏らして、痛みを堪える。


「あのミュータントを暴走させて、魔力を一気に吐き出させたのじゃ」

「せ、説明より先に、手当してくれ」

「仕方ないのぅ」

 そう言って再び頬にビンタしてきた。

「なんでだよっ」

「他の所が痛くなれば、手足の痛みは気にならんじゃろ?」

「そんなわけあるか、両方痛いわっ」

「わがままな奴じゃな」

 そう言ってルフィアは、俺の額に指を当てた。ブツブツと何かを唱えると、ジンジンと響いていた痛みがすっと消えていった。


「なんだ、治療できるなら最初からやってくれよ」

「治してはおらん。痛みを麻痺させただけじゃ。体はちゃんと動かんし、下手な動かし方をするよ悪化するぞよ」

「は?」

 痛みがなくなり、立ち上がれた俺だが、手足に感覚が無く、足がもつれるように再び倒れた。

「ほれ、足首が曲がってしもうた」

「おおうっ」

「ポーション飲んで、安静にしておれ」

「あい」

 ここは素直に従った方がよさそうだ。


 ルフィアは俺を残して再び魔導炉のパネルに向き合っていた。

「何してるんだ?」

「再稼働できぬように、必要なパーツを外してしまおうと思ってな」

 確かにパネルで操作てきるなら、再び動かすことも出来たのか。またミュータントが襲ってくるなど考えたくもない。



「っと、ミュータントは」

 ポーションを飲んで体力の回復を待つ間に首を巡らすと、少し離れた位置に横たわる少女の姿があった。

 下手に立ち上がろうとはせずに、座った状態でズルズルと近づいていく。

 意識を失った少女は、ピクリとも動かない。その面立ちはまだ幼さの残る整ったモノだ。

 表面上の傷は見えないが、小ぶりな胸も全く動いていないように見えた。


「死んだ、のか?」

「いや、まだ生きてはおる。ただ魔力をすべて吐き出し、補給もできぬゆえ、程なく活動停止するじゃろう」

「まだ死んでない……」

「どうやらゴーレムを使役する際のコントロール回路が組み込まれておって、それで制御されておったようじゃ」

「じゃあこの娘はゴーレムなのか?」

「ゴーレムというよりは、魔法生物。ホムンクルスの一種じゃろうな」

 ホムンクルス。錬金術なんかで出て来る人工生物か。

「じゃあ、この娘は操られていただけ……」


「よし、外れた。これで再稼働しようにも変換が行われずに機能せんじゃろ」

 ルフィアが基盤らしきものを引き抜き、こちらへとやってきた。

「こやつもこう見えて、バルトニア産の遺物。千歳ほどのオババじゃよ」

 この娘がオババなら、ルフィアは化石か。幼さの残る顔立ちが、やや苦しそうに眉を寄せて横たわる姿は放置したくない。


「なぁ、この娘。助けられないのか?」

「魔導炉の魔力がなくなると、ミュータント化した部位を維持できずに崩壊してしまうのぅ」

「右腕がなくなる?」

「いや、表面に表れておるのが右腕というだけで、体内まで侵食は進んでおろう」

「そう……か」

 例えば心臓なども魔力で動いていたとなると、命が尽きるのも時間の問題。実際、魔力を吐き出した今は、徐々に死にかけているらしい。


「まあ、魔力を供給してやれば動かん事もないか」

 また思案顔になるルフィア。

「無骨な男の下僕だけじゃと行き届かぬところもあるし、メイドを連れるのもよいかのぅ」

「え?」

「侵食具合でどうなるかわからぬが、多少の延命はしてやろう」

「ほ、本当に!?」

「まあ、そなたも多少は頑張ったようじゃし、少しはご褒美をやろうかの」

 そう言ってルフィアは少女の横に座り込んだ。

「しばし時間は掛かるゆえ、そなたは体力を回復しておれ」


「燃料食いの右腕の回路は遮断して、まずは生命維持に必要な部分を……」

 ブツブツと呟きながら少女の体を確認していくルフィア。あまりジロジロみてるのも悪いか。

 ポーションの効果が出始め、逆にルフィアの魔法が切れ始める。

「うぉっ、痛っイタタっ」

 ぶり返してきた痛みに身悶えて、少女の事を構っている余裕がなくなっていた。



「ほれ、いつまで呆けておる」

「んあっ」

 頭を蹴られて視線を送ると、ルフィアが横に立っていた。

「準備は整ったぞよ。あとは魔力を込めれば、動きだすじゃろ」

「魔力……」

「うむ、わらわの活動限界も近いゆえ、彼女に魔力を渡すと動けなくなる。ちゃんと運ぶのじゃぞ」

「あ、ああ」

 しばらく休んだおかげで、激しかった痛みはかなり収まっていた。左手はまだ使い物にはならないようだが、立って歩くくらいはできるだろう。


 俺が起きるのを確認したルフィアは、再び少女の下へ。彼女の緑の髪を掻き分けるように、顔を晒すと、桜色の唇に自らの唇を重ねた。

「ふぁっ」

 突然の百合展開に一気に目が覚める。徐々にルフィアの瞳が閉じられ、少女に覆いかぶさるように倒れ込む。

 それと引き換えにするように、少女の瞳がゆっくりと開いた。

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