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戦乱の前線砦

 コルーニャにも裁縫ギルドがあることに気づき、最初にそこを訪れる。

 衣服のラインナップから動きやすく、多少は身なりがよくなる物を選んでいく。

 麻のシャツに少し厚手の綿パン。ポケットの多いジャケットを羽織って、街中の衣服として登録する。


「後はレシピを買い足しておくか」

 裁縫スキル上達の為に、刺繍のレシピ本を購入。さらにレース編みなんかも挑戦してみることにする。

「それとぬいぐるみのレシピも増やすか」

 ルフィアへのプレゼントは、メーベ村に忘れられていた。同じウサギを作るのも味気ない。

 ネコとイヌのレシピ本を追加購入しておいた。


 思ったよりもギルドで時間を使っていると、脳裏に声が響いた。

『何を遊んでおる! 早く布を持ってくるのじゃ!』

 聞こえてきたのはルフィアの声。魔法か。遊んでこいと言ったのは姫なのに、呼びつけるとは……。

 それに布?

 幸い今は裁縫ギルド。購入するのに手間はいらなかった。

 ただ一分置きぐらいに『まだか!』って催促がくるのが鬱陶しかったが。



 ルフィアが魔法の儀式を行うと篭った洞窟へと戻ってくる。砦の郊外にあり、魔物の出る山にも近いということで人気ひとけはない。

「姫様〜来ましたから、頭の声やめてください〜」

 ノイローゼになりそうだ。

『では布を置いて洞窟を出ておれっ』

「ヘイヘイ……」

 何の説明も無いままに、今度は追い出される。一体何をやってるんだか。



 待つことしばし、入って良いぞとの声に、改めて洞窟へと入っていく。

 奥は少し開けた空間になっていて、俺から取り上げたランタンの灯りに照らされている。

 床には複雑な文字が書かれた魔法陣のようなもの。その中央に布に包まれた少女が座っていた。

 金色の髪を結い上げ、右目には包帯が巻かれ、やや吊り上がり気味の青い瞳がこちらを睨んでいた。


「姫……なのか?」

「何をぐずぐずしておった。呼んだら早くこんか」

 そんな調子に、目の前の少女がルフィアであることを確信する。

 陶器のようだった肌は、人の肌に、丸っこくデフォルメされていた顔もすっと細く気品のある感じに。

 何より全長30cmほどだった大きさが、座った状態で膝よりも高くなっていた。


「は、早く服を用意……す、る……じゃ」

 そこで充電が切れたのか、コテンと倒れてしまう。

 なるほど、体が大きくなったので、着ていた服が合わなくなったんだな。

「しかし、服を用意しろと言われても……」

 体を布でくるんで頭だけを出した状態で横たわるルフィア。顔の作りが一気に人間に近くなっている。

 服を用意するにも実際の大きさが分からないことには何ともしがたい。

 相手は小学校に入るかどうかくらいの大きさ。何を緊張する必要がある。いや、別の意味で危ないのか。

 思わず辺りを見回して誰もいないのを確認。こんな洞窟に誰もこないよね。



「なんだ」

 緊張しながら布を解くと、現れたのは球体関節を持つ人形の体だった。

 肌の質感こそ人のソレに近くなっているが、関節に継ぎ目があり起伏も大まか、人間とはかけ離れている。

「何を恥ずかしがっているのか」

 やや腹立たしいモノを感じながら、「いや、幼女に何も期待してませんよ」と内心で誰かに弁明する。


 背中の肩甲骨の間には黒い石が残っている。これが魔力を貯めるバッテリーのようなモノらしい。

 これに太陽光を集めて魔力に変換するとの事で、髪はポニーテールに、背中はやや広めに開いた服を着ていた。

 体が変わっても、その辺の理屈は変わらないだろう。

 関節部分は隠れるように、長袖にロングスカートのワンピースを作成することにした。


 チクチクとまだそれほどでもない裁縫スキルで仕上げた服は、飾り気もなくシンプル。

 また裁縫ギルドにいって、ちゃんとした服を作ってもらった方がいいかなぁ。

 思わぬ出費になりそうだ。

 とりあえず作った服を着せて、洞窟の外へ。広めに作ったリュックの背負子は、ルフィアを座らせるのに丁度良かった。

「女の子を背負って歩いてるとか、やっぱり通報モノだよな……」

 しかし、何もない洞窟でルフィアの充電を待つのも馬鹿らしい。人形を背負ってるだけと言い聞かせて、街へ戻ることにした。



 一応、門番に止められる事はなく、街中へ。周りから視線を集めている気がするのは、被害妄想だろうか。早く充電が終わらないかな。

 起きたら起きたでうるさいのだろうが、1人で視線を集めるのはいたたまれない。

 屋内に入ると充電は出来ないので、通りを歩いて散策。




 カーン、カーン、カーン!

「敵襲! 敵襲!」

 甲高い鐘の音と共に、伝令兵らしい人が走り去っていく。すると商店は店をたたみ始め、酒場からは兵士らしき人々が姿を現す。

 城壁と砦のある方に一斉に人の波ができていった。

 それを壁沿いに避けて見守る。

 人の波はしばらくすると終わり、活況だった街中は一気にゴーストタウンのようになっていた。


「君もプレイヤーかな。それとも人さらい?」

 その声に振り返るといかにも魔法使いといった感じの、ローブを纏った男が立っていた。

「犯罪者は街に入れないだろ」

「襲撃のどさくさに迷子をさらったとか」

「よく見ろ、これは人形だ」

 顔はかなり人に近づいたが、首の関節などは継ぎ目があって作り物であることがわかる。


「人形趣味……ふむ」

 何やら思案顔になる男。

「まあ、人の趣味に深入りはしないよ」

 少し遠い目をされてしまった。

「クエストアイテムなんだよ、深読みするな」

「ああ、そういう事にしておこう。それよりも見に行かないのか?」

「ん?」

「敵襲の様子」

「見れる場所があるのか?」

「こちら側からなら、城壁に登れるよ」



 ドーマンと名乗った男は、俺を城壁まで案内してくれた。急な階段を折り返しながら上ると、一気に視界が開けた。

 砦の向こう側も漏斗状に道幅が狭くなり、この砦で塞がれている形みたいだ。

 思ったよりも大規模な軍勢らしい。ぱっと見ただけでは「全校集会よりも多いな」くらいしか分からないが。


「攻め込むタイミングを計っているのか」

「今回は奴がいるみたいですね」

「奴?」

「軍の先頭にいる白い鎧」

 確かに全体的にくすんだ色合いの中、軍勢の最前線に真っ白い人影が見える。

 自身が先陣を切るタイプの将軍か。


「頭、気をつけたほうがいいですよ」

「ん?」

 意味を問いただそうとすると、軍勢の方から法螺貝らしき低音が響いた。

 目立つ鎧を先頭に、一気に駆け寄ってくる。騎馬はいないようだが、それでも速い。特に先頭の白い鎧は1人突出して砦に迫ってくる。


「放てーっ」

 城壁に声が響く。連呼するように中央から徐々に広がり、矢が放たれ始めた。

 古代の戦争モノで見られるような矢の雨。それが攻めてくる軍勢に降り注いでいく。

 ただここは魔法のある世界。

 矢の軌道が不自然によれて、軍勢の脇へと逸れていく。それでも一部は敵に届いて、ちらほらと倒れる者も出ていた。


「来ますよ」

 ドーマンの声。

 白い鎧が何かを振りかぶり、こちらへと投擲してきた。投げ槍か?

 高さ10mはある城壁の上へとまだ100mはあろう距離から放たれた投げ槍。本来なら壁に弾かれ地に落ちるはずが、城壁の上の兵士の中に消えた。


 ドゴーン!

 爆音と共に煙が上がる。

「爆熱系の魔法が込められた槍らしいな」

 ドーマンの冷静な声。彼はこの様子を何度か見てるということだろう。

 白い奴が再び投じた槍は、城壁の別のところへと刺さり爆発。その度に兵士が吹き飛ばされている。

「こ、ここも危ないんじゃ」

「なに、槍の本数は少ないみたいだから、こんな端には飛んでこないよ。ただ……」

 ゴトンと、城壁の破片が落ちてきた。

「こういうのはあるから、頭には注意しなよ」

 おいおい……。


 戦場では白い鎧を追い越すように軍勢が迫る。城壁の上の弓兵は、投げ槍によって半壊状態。効果的な矢の雨はなくなっていた。

 そこに城壁の一部から重装な兵士が飛び出していく。敵の軍勢を受け止めるつもりのようだ。

 走り込んでくる敵は、軽装な者が多く、迎え撃つ兵士は重装で長槍を構えている。守りに特化した部隊なのだろう。

 勢い良く突っ込んでくる敵を長槍が貫き、その脇からなだれ込んでくるのを他の兵が迎撃する。

 連携の取れた重装兵は、ローテーションを組みながら、敵をいなして倒していく。


「なんだ、守れそうじゃないか」

「敵の雑兵よりは、守備隊のほうが強いみたいだね。ただ、今回は奴がいる」

 ドーマンの視線の先、投げ槍を使い果たした白い鎧が、前線へと現れていた。近くまで来ると、その異形が判別可能となる。

 体つきは周囲の軽装な敵兵よりも華奢なくらいだ。しかし、その右腕が地面に突きそうに長く、本人の胴よりも太い。

 その手に斧が付いた槍のような武器、ハルバードが握られていて、軽く振られるだけで鉄壁の守りを見せていた重装兵が吹き飛んだ。


「はぁっ!?」

 まるでレベルが違う。

 砂の城をシャベルで砕くかのように無造作に腕を振るうと、一角がごそっと削ぎ落とされていく。

 重装備だけに一撃で倒される事は無いようだが、白い奴を中心に空間ができてしまっていた。

「守れーっ」

 城壁の上からは無茶な指令が発せられるが、格上の存在に向かっていける者などいない……。



「んん?」

 白い奴の周囲の空間に、軽装の敵を吹き飛ばしながら飛び出した奴がいた。

 その破壊力は白い奴にも劣らないかもしれない。縦横に振るわれる得物に触れたものは、ポリゴン片となって砕け散る。

 球体を先端に付けた棒を踊るように操る姿には見覚えがあった。

「アイツ、何してるんだ!?」

「ああ、最近入ったプレイヤーの1人だな。結構、無茶やってる」


 棒を回転させるように勢いを増し、遠心力と筋力とで破壊力を高めた一撃が白い奴を襲う。

 しかし、片手で振られたハルバードが、それを食い止める。重量があり勢いのついた鉄の塊を、真正面から受け止めるその異常な腕。ハルバードの方がぐにゃりと曲がってしまっていたが、腕はビクともしていない。

 正にバケモノと言える。


 しかし、リオンもそのままでは終わらない。弾かれた勢いをまた回転させて、軌道を変え、白い奴へと踏み込んでいく。

「おいおいおいおい!」

 鉄球がハルバードと打ち合い、重く鈍い音が城壁の上まで響いてきた。


 リオンの飛び入りで陣形を立て直した重装の守備隊は、敵の軍勢を再び押し返し始める。

 リオンの鉄球と、曲がったハルバードが何合と打ち合わされ辺りに音を響かせる。

 長く続くかと思われた白い奴とリオンの一騎打ち。しかし、白い奴が唐突に動きを止めた。肥大化した腕が発光し、そこを中心に発生した爆発で終わりを告げた。

 リオンの小柄な体は大きく吹き飛び、城壁へと叩きつけられる。

 一方の白い奴も、他の敵兵に連れられて下がっていった。



「ほぅ、前よりもマシだったな」

「は? アイツ何度もやってんのか!?」

 白い奴が退いていくと、敵の軍勢も下がっていき、やがて姿が見えなくなった。

「前は暴走まで保たずに、あっけなく吹き飛ばされていたからな」

 何かが飛んでいく仕草をしながら、ドーマンは面白そうに語る。

「くそっ」

 俺は城壁から降りる為の階段を探して走り出した。

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