呪いの人形姫
これ以上、人目のつく所で会話するのは危険だ。かといってグリデン唯一の酒場からは、追い出されてしまった。
行ける所は限られている。
「まあ、客間くらいはあるけどね」
裁縫ギルドのマリオンの所へと転がり込んでいた。
商談で使うためだろう小さな部屋だ。そのテーブルに人形を座らせて向かい合う。
「わらわはバルトニア第3王女のルフィアじゃ」
そう胸を張る人形。
しかし、俺にはそんな知識は無く、首をひねる。その煮え切らない様子に、ルフィアは心外という感じだ。
「何故魔法王国バルトニアを知らん! 大陸の三分の一を支配する大国じゃぞ!」
「と言われても、まだこの世界についてほとんど知識ないからなぁ」
ポタミナを取り出し、ポタペディアさんを呼び出す。有志が攻略情報を記載する為のアプリだ。
ひたすら街道を進み、大陸マップを作り上げた猛者がいるらしい。大陸各所の街の名前が記載されている。
「ないぞ、バルトニア」
「なんじゃ、それは?」
ポタミナの画面を見せると、ルフィアはポタミナ自体を不思議そうに見ている。
画面を拡大したり、スライドさせたりしてみせると、食い入るように画面を見詰めている。
「わらわに気づかれずにこのような魔道具をどこの国が……待て、少し戻すが良い」
大陸の北西部を拡大してスライドさせていた所だった。少し戻してみると、バスティーユ城跡とある。
「城跡……じゃと?」
固有名詞をタップすると、ポタペディアさんのリンク先に飛んで詳細が表示される。
『古代バルトニア王国の首都、王族の住んでいた居城跡。今はゴーレムやガーゴイルといった魔法生物の巣窟。難易度はかなりヤバめ』
「古代……?」
ルフィアが呆然と画面を見詰めている。
ついでにバルトニアで検索してみる。
『古代バルトニア王国。魔法技術で栄え、かつては大陸の大半を支配していた。しかし、魔道兵器の暴走により約千年前に滅亡。残された魔道兵器も、魔力の供給が途絶え次々に活動停止。バスティーユ城の魔道コアにより、一部が稼働するのみになっている』
妙に詳しく出てるなぁ。運営側も書き込んでいるのかもしれない。
「せ、千年前……」
さらに呆然の度合いを深めるルフィア。
「つまり、ルフィアはこの滅びた国のお姫様って事か」
「ほろっ滅びた!?」
「ここに書いてあるでしょ。人形の王国か、童話みたいだな」
「たわけっ、バルトニア王国はれっきとした人間の国じゃ」
「でも人形じゃないか」
「そ、そうじゃ。何者かに人形へと魂を封じられて……」
かつて栄華を極めたバルトニア王国。その第3王女として、類まれなる魔術師として将来を約束されていたルフィア。
しかし、何者かに人形へと封じられ、気づくと僅かに日が入ってくる狭い空間。
太陽の光を魔力に変えて、わずかに動ける間、脱出しようと壁を掻いていた。
「いや、さすがにあの小屋が千年以上前の建物とかないわ」
「わ、わからぬ。封じられて時間の感覚も無いゆえ、どうしてあのような所におったのか……」
色々と記憶が欠落しているらしい。なるほど、クエストとして見れば、この王女の記憶を取り戻し、封印を解いて人間に戻す方法を探すといったところか。
「まあ、目的があった方が楽しいな。できる範囲で進めていこう」
「な、何がじゃ!?」
「姫の記憶を取り戻す依頼を受けようかって」
「何じゃと!?」
「手がかりもまだ無いから、いつになるかわからないけどね」
千年前の王国の姫様か、なかなかロマンはあるじゃないか。
「本当か! 嘘じゃと、バルトニア王家秘伝の呪いを掛けるぞよ!?」
「呪うのかよ! やっぱ、呪いの人形じゃねーか」
「わらわを呪いの人形呼ばわりとは無礼な! 即刻、呪って……」
元気にはしゃいでいた姫が、パタリと倒れてしまった。
「ん? どうした。ネジでも切れたか?」
急に動きを止めてしまって戸惑う。どこか壊れたのか?
色々と見ていくが、ネジ穴みたいなのはない。
「あ、そう言えばさっき何か言ってたな」
太陽の光を魔力に変えて。
ソーラーバッテリーらしい。部屋の中だと充電できなくて止まったのか。
「人騒がせな姫様だ」
人形を抱えて部屋を出た。
「他人の趣味にとやかくいうつもりはないんだけど……」
部屋を出ると、マリオンが待ち受けていた。
「大の男が、人形遊びはちょっと」
「いや違うから、そんなじゃないから」
慌てる俺に、マリオンはぷっと吹き出して笑う。
「冗談だよ。声が大きいから、外まで聞こえてたし。しかし、古代王国の姫様ね」
「質悪いな」
「真偽はともかく、姫様にその格好は、可哀想だね。ちょっと待ってくれよ」
マリオンはそう言って作業台へと向かう。端切れを集め、レースの切れ端を繋ぎ、見る間にドレスを仕上げていた。
伊達に一人で裁縫ギルドを運営してるわけじゃないな。
「パッチワークだから、高価には見えないだろうけど」
「いや呪いの人形姫にはもったいないくらいですよ」
「そのうちちゃんとした服を作ってあげなよ」
「俺がですか?」
「そのために裁縫を習っているんだろう?」
違うし……っていうか、まさかこのクエストって裁縫スキルの派生クエストなのか?
人形を着せ替えて遊ぶ趣味はないぞ。
とはいえ、マリオンからもらったドレスは付けてやろう。汚れを落として綺麗になった金色の髪に、青やら赤やら様々な端切れを合わせて作られた派手なドレスは、意外と似合っていた。
近所の公園で人形と一緒に日向ぼっこする男。
やっぱり事案じゃないですか〜。




