清掃ゴーレムのお仕事
個室のベッドは風化もしておらずしっかりとしたもので、布団も柔らかく長い時間放置されていたわけではなさそうだった。
部屋自体も掃除が行き届いていて、ホコリも落ちていない。書庫管理ゴーレム同様に、清掃用ゴーレムも正常に動作しているという事だろう。
そうした家財を管理するプログラムもちゃんと機能していると思われる。
「清掃用ゴーレムは、書庫を自由に出入りしているのか」
「城外のゴーレムと違って、バスティーユにおるゴーレムは統率がとれておるな。魔導技師側も敵味方識別がちゃんと機能しておるのじゃろう」
戦闘用、非戦闘用を区別して攻撃できているということか。
魔導炉からの魔力供給も問題なく、バルインヌの外と違って暴走もしていないので、魔力が漏れ出ていることもない。
「となると、魔導技師側のコントロールを押さえることができれば、この城自体はすぐに使えそうだな」
「そういう事になるかの」
魔力供給を終えて、心地よい疲労感の中、ルーファの体温が感じられる。
バスティーユ城に入る前に作っていた、寝間着としてのバスローブ姿。形良くボリュームもある肉球が、俺の胸へと押し付けられている。
「ずるいぞ、アトリー」
そんな俺の胸から恨めしそうなドクロが突き出てきた。頭髪が微妙に残り、虚ろな眼窩で俺を睨んで? きていた。
「おわっ、何処から出てくるんだ!」
「恨めしや、アトリー〜」
「悪霊にそんな事言われたら洒落になってないぞ」
「あんなおざなりに扱われては、恨みもするぞ。私にもちゃんと人として愛情をだな」
「だって悪霊じゃん! 愛情なんて関係ないだろ」
「悪霊差別だ。そもそも悪霊とは、憎悪や憤怒といった感情の塊だぞ。霊こそ感情を持って接してくれ」
「そんな骸骨に言われても……」
するとレイスの姿が骨むき出しの骸骨から、肉を纏った妙齢の美女へと変じていく。
血色のない青白い肌ではあるが、抜群のプロポーション。
「これなら良いか。私の中の情欲が千々に乱れているのだ。早く鎮めんと、呪いをばらまくぞ」
「じょ、情欲って」
「死の未練には、情欲も多いぞ。失恋で苦しむ霊やら、無理心中した霊やら」
「うむ、アトリー。ちゃんと世話するのは大事じゃぞ。わらわはシャワーを浴びてくるで、気兼ねせず除霊に努めるがよい」
レイスの恨みの篭った言葉に、少し青ざめたルーファは、ベッドを立ち上がり去っていった。
改めて感じると、周囲には霊障による寒気が漂い始めている。
「しかし、霊に対してどうしたら……」
「〈死霊術〉のあるお前なら、私に触れることもできるだろう。普通のおなごの様に扱ってくれればそれでいい」
「普通のって……レイスはそれでいいのか。その、怨念に突き動かされてどうこうするとか」
「い、今更何を。私がわざわざ地獄から憑いて来たのは何の為だと」
「いや、生気を吸い取れるアテとしてじゃないのか?」
「違うわ、バカ者!」
そういいながら俺に覆いかぶさるように唇を重ねてきた。霊体で実体のないレイスだが、不思議とその感触は伝わってくる。
「私は何の興味もない男に、ホイホイと憑いて行くほど尻の軽い女ではない」
「そ、そうか……」
俺にはまだ戸惑いがあったが、能面のような青白い顔に、言いようのない切な気な表情を浮かべるレイスに、おざなりに接して来たことの罪悪感が沸く。
「わかった。レイスがそう望むなら、ちゃんと接するよ」
レイスの霊体を抱きしめると、全身から生気が抜き取られていく。それでも不思議と寒気のようなものはなく、かえって温かみすら感じていた。
黒髪を指ですきながら、頭を撫でつつ抱き寄せる。鼻の頭を俺に擦り付けるようにしながら、抱擁されたまま、しばらくの時を過ごした。
たっぷりと生気を吸い取って、ほくほくとしながらレイスが離れていく。
俺は疲れ切った体力を回復すべく、ポーションをがぶ飲み。そこへ湯上がりで上気した顔のルーファがやってきた。
「風呂場もちゃんと使えたのじゃ」
「個室にシャワーも完備なのか」
「バルトニアの文明におののくがよい」
「まあオタリアよりも進んでそうなのは認めるよ」
俺もひとっ風呂浴びたい気もしたが、全身がだるくて動く気になれなかった。
「少し休憩したら、女王を迎えに行こう」
「わかったのじゃ」
そう言ってベッドに腰掛けるルーファの姿は、いつもの黒いドレス姿。髪は結い上げずに背中にながすままになっていて、大人しそうな貴族令嬢といった雰囲気を見せている。
レイスは銀のロケットの中へと戻って休眠に入ったらしい。
その後、俺達は村へと帰ることにする。
「バスティーユに帰れるのかや!?」
「多分な。転移システムを確認してみて欲しい」
「う、うむ……あ、あるぞよ。確かに、バスティーユ城の執務室が選べるようになっておる」
「よかった。早速やって欲しいこともあるんだけど、とりあえず向こうにいってみましょう」
「う、うむ。跳ぶぞよ!」
「執務室以外はまだ危険だから、飛び出さないでください」
ルフィアはいてもたってもいられないように、転移システムを起動して転送されていく。
俺はシナリにもう少し掛かる事を伝えて、ルフィアの後を追った。
バスティーユ城の執務室では、ルフィアが周囲をキョロキョロと見渡し、感極まった様に涙を浮かべていた。
ルーファ以上に思うところはあるだろう。
「玉座から中は、魔導技師のゴーレムも入ってこないはずです。あと、書庫の中もいませんでした」
「う、うむ……」
こちらの説明にも心ここにあらずといった感じなので、落ち着くまではそっとしておくかな。
「俺達は魔導技師ゴーレムのコントローラー探しだけど、どうしたらいいのかな?」
「まずは王国側で残っている機構の確認からかのぅ。清掃や書庫管理のゴーレム、家具や魔力供給炉などの施設管理の端末の場所は覚えておる」
「まずはそこからか」
「それらも1階ゆえ、書庫からの移動が良いじゃろうな……母上、そろそろ移動するぞよ」
「う、うむ」
顔を上げたルフィアの瞳には光るものが見える。戻ってきた安堵よりも、もう誰もいない事の実感の方が大きいのかもしれない。
「女王様、こちらを」
「な、何かの」
俺は書庫で見つけたアーシャ姫の手記を手渡した。
「これは姉上の……」
「急ぎませんから、女王様はしばらくこちらに居て下さい。レイス、ついててやってくれ」
「仕方ないな」
生気をたっぷりと分けてやったレイスは、いつになく素直に要望を聞いてくれた。
俺はルーファと共に書庫へと転移する。
「母上に甘いのではないかや?」
「人を失った事を実感するのは辛いよ。俺だって目的が見えなければ、どうなっていたか」
「それはわらわが大事じゃと言うことかの?」
「そうだよ。もう消滅するような危険は避けてくれよ」
「うむ、分かっておる」
まっすぐ見つめると、目を背けて照れながら答えてくれる。やはり生きているというのは、素晴らしいことだ。
「城内の戦闘用ゴーレムはルーファよりもレベルは低いけど、数はいるから囲まれないようにね」
「うむ、気をつけよう」
「戦闘は俺に任せてくれたらいいから」
「その代わり、わらわは案内じゃな」
王国側の制御装置に向けて、城内の探索を開始した。
魔導炉周辺は、魔力を補給する為もあって、定期的にゴーレムがやってくる。
気づかれずに突破するのは不可能そうだ。
まずは家具類の生産ライン、清掃拠点の方を目指すことにした。
こちらで出会うのは、非戦闘系の家事ゴーレムで王国製。見つかったとしても、戦闘にはならないので安心できる……と、思っていたが、中には巡回中の魔導技師側ゴーレムも混ざっていた。
魔力では見分けることが出来ないために、何度か戦闘する羽目になる。幸い警報の類は鳴らされなかったので、囲まれる事態まではいかずに済んだ。
そして到着したのは清掃用ゴーレムのメンテナンスルーム。モップや雑巾などを洗浄する為の基地だ。
替えのシーツや布団の類もストックされていて、村で作る物よりも質が良さそうだ。
「この辺の物を、村へ持って帰りたいな」
「ふむ、喜ぶじゃろうな」
女性ミュータントが合流した事で、寝具の類が不足気味だ。畑で綿花なども育てているが、供給できる数は限られている。
他にも洗剤や塗料などもストックされていて、生活水準を上げるのに役立ちそうだ。
「ここから城内の様子はわかるのか?」
「清掃用ゴーレムの巡回ルートから、予測はできるじゃろう」
管理端末に座ったルーファが、タッチパネルを操作して画面を切り替えていく。
〈魔導技師〉のスキルはなくなっても、知識として持っている操作には問題ないようだ。
画面の中には城内の見取り図と、現在稼働中の清掃用ゴーレムが点として表示されていた。
その点の一つをタップすると、画面がゴーレムの視野に切り替わる。
「やはり魔力供給炉は、常駐しておるようじゃな」
画面に林立する戦闘用ゴーレム。魔力補給の順番を待っているらしい。
「補給前に叩けばあっさりといかないか?」
「そんな燃料切れ寸前まで稼働はしとらんじゃろ。城内は戦闘も起こっておらぬし、余裕あるルーチンで動いておるはずぞよ」
「なるほど……そういえば、ここから見えるのは王城の中だけか」
「うむ、一から三の城郭、城下町はそれぞれに別の管理システムで動いておる」
城内を制したところで、まだ外のゴーレムには別に対応しないとダメなのか。
「焦っても仕方あるまい。どのみち村人達を招くには、城下町から解放していかねば無理じゃ」
「気球はそんなに無いのか?」
「数も限られておるし、扱える者もおらん。使い方を知っておるのは、わらわと母上。あとは魔導技師で補完できるソナタくらいじゃろう」
「そうか」
「まずは当初の計画通り、母上に技術書を転写してもらって、魔導技師を増やすところからじゃな」
あまり先の事を考えても仕方ないか。できることからコツコツと積み上げるのが大事という事だな。
「そろそろ女王も落ち着いたかな」
「どうじゃろうのぅ」
俺は清掃拠点の備品を少し回収してから、執務室へと戻った。




