バスティーユの書庫
城内にもゴーレムは巡回していた。その魔力が読めるということは、愚クーデターを起こした魔導技師側のゴーレムという事だろう。
そうなれば倒すのは難しく無いものの、警報でも鳴らされたら厄介な事になる。
遭遇しないルートを辿って1階の書庫を目指す。
「思ったより荒廃してないな」
「うむ、ゴーレム達が掃除しておるようじゃ」
壊されたゴーレムも玉座の周りにあっただけ。あの王国側ゴーレムが守る範囲だけが、その他のゴーレムが手を出せないテリトリーなのだろう。
「ゴーレムのコントローラーみたいなのが無いかなぁ」
「確かにここのゴーレムは統率が取れておるようじゃ。まだ管制システムが生きておるのじゃろう」
「となるとそのコントロールを奪えば、襲われないようになるかもしれないな」
「リーダー格のゴーレムがおるのか、革命軍が何かを持っておったのか。情報が無いと判断できぬな」
バスティーユ城は思ったより荒廃していない。ゴーレムさえ何とかなれば、城として使えないかと考えていた。
クーデターを起こした連中は既におらず、その後継というべきゲーニッツも打破している。
ゴーレムは自律プログラムで動いているだけのようだし、そのコントロールを得ることができれば、武装解除も可能ではないだろうか。
「ま、先の事を考えていると足元を掬われるんで、まずは書庫だな」
バスティーユ城内はある種のダンジョン。敵を倒していかないと、進めないようにはなっている。
しかし、こっちは逆からのルートで、ルーファは間取りも覚えていて、俺は魔力で敵の位置を把握できた。
おかげで戦闘することなく、書庫までたどり着く。
「門番はいるのか」
「あやつは王国側のゴーレムじゃな。なればわらわのコマンドが通じるじゃろう」
「便利なアイテムだな」
「むう、まだわらわをアイテム扱いかや」
ぷくっと頬を膨らませたルーファの頭を撫でてやる。柔らかな銀髪を指に絡ませながら、コリコリと指を這わせると、ルーファも心地よさそうに目を細めた。
「重要アイテムだから、丁寧に扱わないとな」
「仕方ないのぅ」
そう言って微笑みを浮かべるルーファに、思わず抱きしめたくなるが今は我慢だ。
守衛ゴーレムの前に立ち、コマンドワードを唱えると、扉の前にいたゴーレムが脇にどいて、扉を押し開いてくれた。
ルーファが手招きをするのに誘われて中へと進む。
俺が入るのを待って、扉は閉められていく。それと共に書庫内の明かりが灯っていく。
両サイドに見上げるようにそびえる本棚が、ずっと続いている。
「これは凄いな」
「あらゆる知識を溜め込んでおるからのぅ」
「しかし、この中から目的のものなんて見つけられるのか?」
「そこはちゃんと管理されておる」
ルーファが手をパンパンと叩くと、腰くらいの背丈のゴーレムがやってきた。
「何を調べるのかの?」
「まずは王国末期の歴史書かな」
「バルトニア王国の歴史書、新しいものからじゃ」
ピピっと電子音をさせて、目を光らせたゴーレムは、俺達を先導するように書庫を進んでいく。
そして一つの本棚の前に止まったかと思うと、その手が上へと伸びていく。
俺の背丈も越えて、3mほどの高さにある本を抜き出してきた。
「なるほど、便利だ」
「こやつらこそ便利なアイテムじゃよ」
「で、立ち読みするのか?」
「こっちに個室が用意されておる」
ルーファに先導されるまま、書庫を進んでいくと、幾つかの扉が並んだ一角へとたどり着いた。
図書館などにある机があるだけの自習室というよりは、大学の研究室のような一定の広さが確保された部屋だ。
机や書棚の他にも小さめのテーブルや食器類、ベッドまで据えられていて、簡易ホテルのようになっていた。
「住み込みで研究する輩が多かったからのぅ」
「ルーファも?」
「幼い頃から入り浸っておった……母上がじゃがな」
机の前に座って、革張りの装丁が施された本を開く。やや茶色がかった紙をペラペラとめくっていくと、そこに書かれているのは日本語だ。
プレイヤーに合わせた言語に翻訳されているようでありがたい。
魔導技師の反乱辺りから流し読みしていく。
彼らは入念に準備を進めて、ゴーレムの多くと魔導炉を掌握した状態で、クーデター開始された。
王城内のゴーレムは直属で管制されていたと言うこともあり、すぐに蹂躙されることはなかった。
しかし、ゴーレムの製造ラインを押さえられ、魔法に耐性を持ったゴーレムを量産されると、王国の魔術師では抑えきれなくなり、三の城郭から徐々に侵攻されて、本城の守りも切り崩されていったようだ。
「ふむ、兄上が父上の後を受けて国王に」
「思った以上に長く抵抗してたんだな」
「転移ゲートが封じられ、諸国からの援助が滞り……」
「最後は玉座付近に押し込められた……か。じゃあ、これを記したのは?」
「ふむぅ……姉上の字に似ておるようじゃが」
玉座にいたのが、ルフィアの兄。この歴史書を記したのが姉だとすると。
俺は書庫へと出て〈死霊術〉を試す。ひっそりと静まりかえった書庫内、書庫を管理するゴーレムも用事がなければ動いていないようだ。
「!?」
僅かな霊気を感じた。書庫の奥の方から。その霊気を辿って奥へと進んでいく。
どうやら植物図鑑が並んでいる一角らしい。その本の一つに霊気が漂っている。
本を取り出して開いてみると、本来の本の他に一枚の紙が挟まっていた。
『転移ゲートを閉じられ、逃げることも叶わない。兄上は玉座の間で例のゴーレムと立てこもるらしい。私は私の知る限りを記し、私の歴史を閉じるとしよう。この文書が誰かに伝わるといいが』
「アーシャ姉様の字じゃな」
「霊気があるということは」
「亡くなっておるのじゃろ。本人の最期までを調べる必要もあるまい」
「そうだな」
本を元に戻し、挟まっていた紙は所持袋へと入れておく。後でルフィアに渡しておこう。
ふと霊気の残滓が俺に絡みつく。声にならない声、僅かな気配だが、何某かの感謝を伝えられた気がする。
「アーシャ姉様は次女、上の姉様は東の国に嫁いでおった」
「それがオタリアの前身かな?」
「歴史書は滅びるまでじゃからな、その先は分からぬ」
「オタリアにも書庫があれば、見てみたいものだな」
「さて、他の調べものとしては、魔導技師の入門書とかか」
「ふむ、ゴーレムに案内させよう」
書庫管理ゴーレムに〈魔導技師〉に関する書物の所に導いてもらう。
そこにあるのは千年以上前の書物。当時でも最先端にあったルフィアの知識にはかなわないようだ。
ただ初歩の技術部分が書かれていて、俺が感覚でやってた箇所もわかりやすい。
これをちゃんと読めば、〈魔導技師〉のスキル習得ができるかもしれないな。
「この書庫って、貸出は?」
「ないのぅ。本の持ち出しは禁止されておる」
「なるほど……まずはマサムネを連れてくるしかないか。前線プレイヤーでも苦労する城内にどうやって……」
「母上に書き写させれば良かろう」
「何?」
「研究者肌の母上は、書物を書き写す〈書記〉スキルを持っておる」
「しかし、女王を連れてくるのも大変だろう」
「ここはバスティーユ城じゃぞ。転移装置を起動した今なら、母上も転移してこれるはずじゃ」
転移システムは訪れた街にしか転移できない。それはNPCでも同じ。しかし、ここはルフィアが育った城、訪れたもいう条件は満たしていた。
「しかし、執務室に転移できても書庫までくるのも大変だろう」
「それも大丈夫じゃ。城内転移システムも生きておるようじゃかならな」
「城内転移?」
「うむ。執務室から城内の各所へと転移するシステムがあるのじゃ。書庫の転移装置も起動したゆえ、執務室からここまで跳ぶことができるはずじゃ」
「そんな便利なものが」
「ここは魔法と魔導を誇る王国じゃぞ?」
ふふんと胸を張るルーファ。
しかし、そうした転移システムがあるなら確かにルフィアを連れてくることはできる。
「よし、それでいこう。まずは一冊を作ってもらえたら、マサムネに渡せる」
「それよりもじゃな、アトリー」
「ん?」
「先の戦闘やらでわらわの魔力が減じておるのじゃが」
俺にしなだれかかるように寄り添ってくる。花の蜜のように甘く誘う匂いが鼻腔をくすぐる。
「魔力の補給は大事か」
「うむ、不意の事態に対応できぬからのぅ?」
とろけるような笑みに俺はルーファを抱きかかえ、書庫の個室へと連れて行った。




