玉座の守護者
「コマンドワード『レムス』」
レイスの声が聞こえて、背中に迫るプレッシャーが少し和らいだ。
後ろを振り返ってみると、中途半端に剣を振り下ろしたところで止まっているゴーレム。
何だかわからないが、とりあえずチャンスだ。
「ルーファ、立てるな?」
「う、うむ」
俺はルーファを立ち上がらせると、ゴーレムの側を離れた。
そこに身体の透けた美女がやってくる。
「強制制御ワードだよ。ただ一時停止だから、すぐに動き出す」
「ああ、助かったよ」
「あそこの老人が教えてくれた」
レイスが指差す先は玉座。そこにぼんやりと霊の姿が見える。
「まさか国王……なのか?」
「多分な。しかし、長い時間の中で自我はほとんど無くなっている」
それでもバルトニア国王となれば、色々と知っていそうだ。何からかの情報が引き出せるかもしれない。
しかし、動きを止めていたゴーレムが再びこちらへと向かい始めた。
「停止させる方法はないのか」
「まだ聞き出せてはいないな」
「なら時間を稼ぐから頼む」
「仕方ないな。お前に死なれては褒美も貰えない……いっそ霊体になってくれたら?」
「俺は死んでも復活するだけだぞ」
「そうだったな。ならば急いで助ける必要も……」
「俺を怒らせたら褒美がもらえるわけないだろう」
「それもそうか。霊使いの荒い主人だな」
ブツブツと文句を言いながらも玉座へと向かった。
「ルーファ、安全な距離を保てよ」
「分かっておる」
俺は再びゴーレムと切り結ぶ。刺突される剣を受け流し、強引に横薙ぎにされる剣を打ち払う。
相変わらず防御は考えない攻撃。
剣は重くて早く、受け流すので精一杯だ。そこへさらにゴーレムはショートソードを抜いて加えてきた。
「くのっ」
敵の手数が増えて徐々に押され始める。
「アトリー、魔力だ」
「こいつの魔力は見えないんだよ!」
「違う、服に魔力を回せ」
「服に……?」
俺の防具はアスモデウスに貰った服だ。地獄では格段の防御力を発揮していたが、地上に戻ってみると革の防具くらいになっていた。
そういえばアスモデウスは周囲の魔素に応じて、防御力が変わると言っていたか。
ならば自ら魔力を加えてやれば、防御力は上がる?
俺は体内の魔力をコントロールして、服の方へと魔力を伝えた。しかし、その作業に意識を割いたために、ショートソードの攻撃を受け損ない腹に一撃を貰ってしまう。
勢いを殺しきれずに吹き飛ばされ、壁の方まで押しやられたが、魔力を込めた服は斬られずに済んだようだ。
「でも痛ぇ」
いくら防御はあがっても殴られた痛みまでは消えなかった。ボディブローを食らったように下半身が重くなる。
「早くワードを聞き出してくれ」
「分かっているんだが、この爺様はかなりボケててな」
確かに存在が希薄になった霊を相手にするのは難しい。死者の声を聞く術に優れたレイスがままならないなら、俺でも無理なのだろう。ここは任せるしかなかった。
三度相対するゴーレム。
2刀を構えてラッシュしてくる。機械的に動くゴーレムに攻め疲れは期待できず、逆にこちらの防御を掻い潜るようにテンポと軌道を調整してくる。
攻撃が身体を掠めていくのを服が防いでくれていたが、徐々にその回数が増えていく。
このままでは痛撃を受けるのも時間の問題か……。
「ルーファ、脱出の準備を。安全距離まで離れれば、転移が使えるはずだ!」
しかし、ルーファからの返事はない。俺は振り返りたくてもゴーレムの攻撃に集中しないと凌げない。
俺は背後にルーファの気配を感じながら叫ぶしかできなかった。
「ルーファ!」
「そうじゃ、コマンドワード『ダタムス』!」
その言葉にゴーレムの攻撃が勢いを失っていった。やがて完全に静止する。
「何が……?」
「ゴーレムの動きを制御するコマンドじゃ」
「何でルーファが知ってるんだ」
「こやつは魔導技師に対抗するように作られておって、国王からのワードで一時停止した。つまり王国側のゴーレムだったのじゃ」
そして王国側であれば共通したコマンドが使えるかも知れない。ただ普段は使わない停止させるコマンドは中々思い出せずに時間が掛かったようだ。
「何にせよ、助かったよ」
「わらわこそすまぬ。もっと早く思い出せておれば」
片膝をつくようにして動きを止めたゴーレムは、ルーファに忠誠を誓うようにも見えた。
改めて玉座の周りを見てみると、破壊されたゴーレムがいくつも見つかった。
もしかするとこのゴーレムが、玉座を守るために戦った跡なのかもしれない。
ルフィア姫から聞いた話では、姫の魔導技師の知識を得た技師がクーデターを起こしたみたいだ。
もちろん魔法に対する防御を固めたゴーレムが、投入されたことだろう。王国側がそれに対抗するには、同じようにゴーレムをぶつけるしかなかった。
ただ優れた魔導技師には普通のゴーレムは通用しない。そこで魔力の流れを読ませない呪紋が刻まれたのだろう。
クーデターを起こした魔導技師を倒すためのゴーレム。それが玉座の守護者であった。
「こっちじゃ、アトリー」
ルーファが玉座の脇にある扉へと俺を招く。ルーファが何やら合言葉を呟くと、扉が開いていった。
そこは書斎だろうか。大きなテーブルに本棚。それなりの広さがあって、何処からか光を取り込んでいるのか明るさもあった。
「ここが国王の執政室。父上はここで色々と仕事をなさっておったのじゃ」
ルーファは大きな机に回り込んで、引き出しを幾つか開けていく。
「これじゃ、これじゃ。書庫への鍵」
「それで書庫は何処にあるんだ?」
「1階じゃの。ちなみにここは3階じゃ」
書庫に行くにはまだそれなりの距離があるようだ。
「とりあえずこれじゃな」
執務室に据えられた水晶の柱へと近づいたルーファ。何やら操作を行うと、水色の光を放ち始めた。
「何だ、これ?」
「転移装置じゃよ」
「え!?」
俺はポタミナを取り出して確認してみる。確かに転移先に『バスティーユ城:執務室』が追加されていた。
「しかし、こんな所に転送先があったら不用心じゃないか?」
「父上は情報の早さを重視しておったからのぅ。伝令が即座にやってこれるように設定しておった。それに父上がおるときは、絶えず近衛が守っておった」
そりゃそうか。
「なんにせよ、これで探索が楽になるな」
「うむ、後は城内の様子じゃが」
「なぁ、忘れてないか。私へのご褒美」
このタイミングで?
まあゴーレムを一時停止してくれなければ死に戻り。下手するとルーファまで危うかった事を考えれば、その功に報いるのはやぶさかではない。
仕方ないか。俺はレイスへと手を伸ばす。
「え、あ……んっ、ちょっと。これっ、はうっ」
死霊術と魔導技師、さらに看破によって、レイスの霊脈を操作する。
本来なら失われてしまっている神経を、擬似的に再現して触覚を感じさせてやった。
普段は痛覚を呼び起こしてやるのだが、それでは不満があるようなので、もっと直接的に喜べる刺激を与えてやる。
「ひくっ、こんなっ。おざなりにぃっ、でも忘れてた……感触がっ」
肌に触れる必要もなく、ただ霊脈を操作するだけで、最大限の悦楽を呼び出してやる。
これで満足するかな。
レイスは自らの身体を抱えるように身悶えしながら床を転がる。ビクンビクンと身体を震わせる様を尻目に、俺はルーファと共に城内の探索に戻る。
「城内の勢力はどうなってるんだ」
「玉座に破壊されたゴーレムがあったという事は、王国側で守られておるのは3階のみじゃろうな」
玉座まで戻ってくると、停止したままのゴーレムと、輪郭も朧な霊が残っていた。
レイスがコマンドを聞き出せたという事は、それなりに高位の人物か。
近づいてみると、ブツブツと言葉を繰り返すだけでこちらには反応しない。
そもそも悪霊にもならず千年近い時間を、霊体として過ごしているのが稀有。自我が失われていてもおかしくはなかった。
その姿もぼんやりとしていて、生前の姿は予測すらできなかった。
「ここに霊がいるんだけどな」
「なんじゃと?」
「もう姿もはっきりと分からず、意識も読み取れない」
「ふむ……しかし、母上が瞳を託してより騒乱が始まったとなると、残される霊は父上かの?」
「どうだろう。対魔導技師用のゴーレムが作られるくらいの時間は経っているみたいだし、ルフィア姫の代かその子供かもしれない」
それらの詳細も書庫に残されているだろうか。
「何を無念に亡くなったが分かれば、成仏してもらう事もできるかもしれない」
「うむ、できればそうしてやりたいのぅ」
「どちらにせよ、書庫だな。歴史書もあるかもしれない」
玉座の間を後にした。




