幽霊小屋の正体
カリカリカリ。
はじめは期待しすぎての空耳かと思うほどの僅かな音だった。
しかし、集中して聞いてみると確かに音がする。入り口のドアの1mほど右に行った辺りの壁だ。
俺は極力足音を殺しながら、開けっ放しにしておいた入り口で構える。
カリカリカリ。
再び音がした瞬間、外に出る。しかし、そこには誰もいない。入り口は畑に向かって作られているので、それなりに開けている。
走って逃げるとしてもその姿が全く見えないというのはおかしい。
外に出ていると、引っ掻く音は聞こえず、中に入ってかろうじて聞き取れるくらいの音量だ。
それもやがてしなくなり、しーんと静まり返ってしまった。
「さて、ここからだな」
音を聞いたことで、具体的な場所が分かった。足元を見ても埃まみれで、何かが動いた気配はない。
「ん、この壁、かなり厚いのか」
外と中を行き来すると、壁の厚みは30cmほどはある。丸太を重ねたりしてるから、不自然ってほどでもないが、何かを隠すには十分だ。
ダガーの柄でコツコツと叩いていってみるが、元々不揃いな木材で材質もまちまち。音が違いすぎてよく分からない。
内側の壁を指でなぞっていくと、少し違和感を感じた。とあるポイントで、切れ目のようなモノがある。
ダガーの柄で継ぎ目を叩いていくと、徐々に板が浮き出てきた。
「ビンゴだな」
飛び出してきた板に、指を掛けて引っ張ると、パコンと一部の板が剥がれた。
それと共にコロンと何かがこぼれ落ちてくる。慌てて受け止めてみると、ボロボロになった布の塊。埃にまみれて、かなり汚れている。
テーブルの上に置いてあったランタンの側まで持ってくる。
「ひっ」
それは薄汚れた人形だった。30cmほどの大きさの西洋風の人形。毛先の傷んだ髪は埃まみれで顔を半ば隠している。それを払うと青い瞳が片方だけ覗いている。
もう片方の瞳は暗く落ち窪んだ空洞になっていて、何処からか入った水が流れたのだろうか、黒い筋が眼窩から頬にかけてついていた。
レースで飾られた服はもうボロボロで、元は赤かったようだが黒ずんで血痕のように見えてしまう。
「の、呪いの人形とか言うのかよ」
今のところ動き出す気配はない。ひとまずテーブルに座らせて、もう一度壁の中を覗いてみる。
「懐中電灯はないからなぁ」
壁の中は暗すぎて何も見えない。仕方なく指を入れてなぞってみると、一部ささくれだった場所があった。
何かに引っ掻かれたような跡だ。
人形の所に戻って手先を見ると、木くずがついていた。
「人形が動いて、中からカリカリやってた……と」
アンデットじゃないんじゃなかったのかよ。
「しかし、これを地主に持っていった所で証拠になるか?」
壁の中に空洞があった事は、音の原因としてある程度の証拠になるだろう。
この人形が動いてってのはどうなのだろうか。
人形自体は球体関節が使われていて、手足を動かせる作りになっているが、自分から動くような仕組みは見当たらない。
といってここはゲームの世界。魔法なんかもあるんで、機械的な仕組みは必要ないだろう。
「ダメ元で持って行ってみるか」
俺はリュックに人形を入れて、地主の家に行ってみた。
「壁の中に空洞があって、そこに人形が入っていた?」
「ああ、これだ」
例の人形を取り出すと、地主は大きく身を引いた。
「そ、そんな、気味の悪いもの近づけないでくれ」
「いや、コイツの指に木くずがついていてな」
「わかった、わかった。明日、その壁の穴とか確認して、夕方になっても音がしないようなら報酬は支払ってやるから」
「この人形は?」
「そんなものいらん。勝手に処分してくれっ」
心底気持ち悪いといいたげに追い返されてしまった。
俺は酒場へと帰って、腹ごしらえをする。
「プレイヤーを誘うクエストとすると、やっぱり人形に何かがあるって事かな」
小屋よりも明るい酒場の中で改めて人形を確認する。元は金髪だったであろう髪は黒ずんでいて、白く滑らかだっただろう顔は黒く汚れている。
衣服は少し力を入れるだけでボロボロと破れてしまう。
瞳を失った虚ろな穴は、覗いていると闇に引き込まれそうな不気味さを醸し出していた。
「とりあえず綺麗にするか」
正直、持っているだけで呪われそうな状態だ。それでなくても触るだけで、手が汚れてしまう。
髪を洗うにはある程度の水が必要そうなので、今は後ろでまとめて邪魔にならないようにする。
布を水で濡らして、顔から拭いていってやると、陶器に近い材質で思ったよりも綺麗に汚れが落ちた。
元々細かい作業は嫌いではない。ボロボロになった衣服は申し訳ないが、全部脱がして体の隅々まで磨き上げる。
「ん?」
背中の一部、肩甲骨の間くらいにある黒ずみが落ちない。というか、そこだけ材質が違う。
「石のような感じか」
しっかりと埋め込まれているので、取り外すことはできないようだ。
「何か意味があるのかもしれないな」
魔法的なアイテムだとしたら、魔術師に鑑定してもらうしかないだろう。
一通り体を綺麗にしたら、ボロボロの服の代わりに、木綿布を取り出し体に巻きつける。
「流石にこれはあんまりか」
裁縫スキルを利用して、シンプルなワンピースを縫い上げる。余った端切れで包帯を作り、虚ろに空いた眼窩を隠しておいた。
「あら、夜更かしして人形遊び?」
気づくと夜が明けていて、50過ぎのおじさんマスターと入れ替わる形で、女性店員が現れた。
「例の幽霊小屋で見つけてね」
「え、呪いの人形なの!?」
覗き込もうとしていた彼女は、身を引いて構える。
「いや、神官が見つけられなかったなら、呪いのアイテムじゃないだろ」
そう返した時だった。
カタ、カタタ。
テーブルに座らせていた人形が、震え始めた。
「ちょっ、そんなの持ち込んで、営業妨害よ!」
本気で怖がり始めたので、俺は人形を持って酒場を出ることにした。
「はてさて、何があるのやら」
手の中で僅かに震えている人形を持って、とりあえず共同浴場へ。
朝一番から湯浴みする人はいないらしく無人だ。
ちょうどいいから、汚れた髪も洗ってしまおう。折角作った服が濡れるのも、髪の汚れが付くのも嫌なので脱がしてしまう。
「な、何をする、無礼者!」
人形の手が素早く振り抜かれ、鼻っ面を叩かれた。
「おわっ」
思わず人形を手放してしまう。すると、人形は脱がしたワンピースを抱えるように体を隠し、こちらを睨み?付けてくる。
「ここは……外か?」
しばし俺を睨んでいた人形は、周囲の様子を確認して呟いた。
そして再び俺を見詰めて聞いてくる。
「お主があそこから出してくれたのか?」
「小屋の壁の中からって意味なら、そうだな」
「くっ、人形を脱がして卑猥な事を考える男じゃとて、助けてくれた恩人か……礼は言おう」
「それはかなり語弊があるぞ。汚れてるから洗おうとしただけだ」
「むっ」
言われて自分の体を確認する人形。布で拭きはしたが、やはり完全には落ちきってない。日の光の下では、まだまだくすんで見える。
「仕方ない、そなたに湯浴みさせる権利をやるのじゃ。ちゃんと綺麗にせよ」
横柄な態度の人形に、やや腹立たしさも感じるが、汚れた人形を持ち歩くのも気持ちは悪い。
風呂桶の一つをひっくり返して人形を座らせると、髪を解いて水で流していく。
思った以上に汚れていたらしく、洗い流すと輝くような金髪になっていた。
刺繍針を櫛代わりに使って、丁寧に梳かし、再び髪を結い上げポニーテールに。まだ雫は落ちるが、先に体も洗っていく。
「前は自分でやるっ」
濡れた布を渡してやると、ゴシゴシと自分で洗い始めた。恥ずかしがる人形ってなんだかなぁ。
そう思いながら、ふと顔を上げると少し離れた場所でヒソヒソと話すご婦人たち。
俺と目が合うと、慌てて逃げていった。
浴場で人形を洗う男。
どう考えても事案ですわ〜。




