王族の社交場
ルフィア女王に呼ばれて行った先は主賓が集まっている。国王と王妃、それと豪奢な衣装を纏った貴族達だ。
イザベラはバルコニーにいた時とは少し装いが変わっている。白を基調としたドレスではあるが、装飾は少なめで裾も少し短く、動きやすそうになっていた。
それでも新婦としての清楚さが醸し出されていて、いつもの凛々しい雰囲気から大きく変わっている。
「この度はおめでとうございます。満足な祝儀も用意できず、申し訳ない」
「ちゃんと伝える機会がなかったので仕方ありません。それに英雄殿は我らの恩人、礼を尽くすのはこちらの方ですよ。貴方に助け出されなければ、私は軟禁されたまま寂しい余生を送るところでした」
そこでイザベラへとちらりと視線を送り続ける。
「イザベラとの出会いも英雄殿のおかげです」
イザベラ共々頭を下げてくる。
「これはこれは英雄殿。お初にお目にかかる」
主賓の挨拶が終わった所で、貴族達が俺へと寄ってくる。
やや不躾な視線が俺を値踏みするように集まってきた。ただ貴族達の瞳が僅かに見開かれる。
なるほど外交官としてブリーエを訪れた貴族は〈看破〉を持っていて不思議はない。
俺の方からも相手を鑑定すると、やはりかなりのレベルの〈看破〉を持っているのが分かった。
ただレベルが分かるということは、相手よりもこちらの方がレベルが高いことを意味する。知らぬうちに〈看破〉も成長していた。
本来は敵の強さを知るためのスキルで、成長すると相手の弱点が見えるようにもなってくる。
〈魔導技師〉でミュータントなどの魔力の流れを読み取るうちに、〈看破〉も成長していた。
「流石は英雄殿。かなりのレベルのようですな」
「今後もオタリアとブリーエの為に尽力していただけますな」
「魔族討伐でも期待していますぞ」
〈看破〉を持つ者同士はレベルが高い方が、相手のスキルを読み取れる。相手のスキルが読めないという事は、こちらよりもレベルが高いということだ。
外交で情報を武器に戦う者達にとって、相手の強さが読み取れないのは不安なのだろう。
当たり障りのない雰囲気で距離を取られた。
そんな中、1人の貴族が寄ってくる。白髪が混じった初老の男性。スラリとしたたたずまいは、他の貴族達と少し様子が違った。
「初めまして、英雄殿。私の娘にいい嫁ぎ先を見つけて下さって感謝します」
「イザベラさんのお父さんですか」
笑みを浮かべながら頷く。やや攻撃的にも見えるイザベラとは対象的に、温和な雰囲気を纏っていた。
思わず〈看破〉を発動させるがレベルが読み取れない。俺よりも高レベルなのか。
「娘は男勝りなところがあって、戦場を駆け回り婚期を逃していました。まさかこのような良縁に恵まれるとは。英雄殿、まことにありがとうございます」
「いえ、俺はあの時、必要があってイザベラさんに協力を願っただけですよ」
「その運命の結びつきに関わった事は間違いない」
父親は俺の手を取り頭を下げる。
「これからもよしなに」
「は、はぁ、こちらこそ」
「英雄殿の婚礼の際には、私も馳せ参じますので気兼ねなく呼びつけて下さい」
チラリとルフィアに視線を送りながら告げてきた。
ルフィアが外堀から埋める作戦に出たのかと危惧したが、ルフィアの方が慌てたように入ってきた。
「あ、アトリーには感謝しておるが、そのような関係にはなってないというか、勘違いなのじゃっ」
「そうでしたか。申し訳ない」
優雅に一礼する姿には、その反応込みでカマを掛けてきた気がした。
伊達に〈看破〉レベルの高い政治家ではないという事か。王族とは言え末席に近いそうなので、それなりに苦労をしてきているのだろう。
「そういえば、ルフィア姫の素性は認められたんですか?」
「ふむ。その目を持っていれば、疑うべきでは無いことは分かるだろう?」
言われて改めてルフィアを見てみると〈看破〉スキルで読み取れる情報の称号の欄に『バルトニア王女』と記されてあった。
目の前の人には『コーラル伯爵』と出ている。
他の貴族達も確認すると、どこそこ男爵、子爵と位の分かる称号がついていた。
「そうか、こういう使い方ができるのか。戦いの場ではそこまで見てなかったなぁ」
「さすが英雄殿。ただ我らにとってはここが戦いの場、情報が武器なのですよ」
穏やかな笑みの中に凄みを感じる。なるほど、イザベラよりも一回り厳しい人だと感じさせられる。
「ということは、オタリアでもバルトニアの存在は認められると」
「そうですな。女王だけならどこぞの貴族が、縁談を持ちかけて内に取り込もうとして来たでしょう。だが英雄殿がいるなら、バルトニアを国として交渉する余地は出てくるかと」
それは逆に言うと、バルトニアという国は現段階では認められていない。欲しいのは王家としての血筋だと言う事か。
「なるほど、貴重な意見をありがとうございます」
「娘とは隣国同士。浅からぬ縁がありますので、ぜひとも利用してやってください」
再び一礼すると離れていった。それと入れ違うように、イザベラが寄ってきた。
「変なことを吹き込まれていないか!?」
「娘と仲良くしてやってくれって言われただけだよ」
「そこを切り口に何をさせるつもりだ……」
何かを思案するイザベラ。
「とにかく、あの男には気をつけろ。口車に乗せられると気づかぬうちに窮地に立たされるぞ」
「え、えーっと、イザベラさんのお父さんだよね?」
「ああ、油断ならない男だ。私も知らぬうちに縁談をまとめられそうになって、慌てて戦場に逃げたからな」
「なるほど……」
戦地調停官という命を掛ける職業に、傍流とはいえ王族の女性が勤めている理由はそこにあったのか。
コーラル伯の権力を手繰るための下糸を、俺達に張り巡らせるのがこの場。
政治家の戦場。社交の場での駆け引きか。俺は無縁でいたいものだな。となるとイザベラを盾にオタリアと距離を取るべきか。
いやそれがコーラル伯の狙いなのか……考え始めるときりがなさそうだ。
「すまない、イザベラさん。俺にはその手の論理やら駆け引きがわからん」
「不用意に近づかぬことを気をつけろ。歯車にされてからでは抜け出すのは難しいからな」
「頼りにさせてもらうよ」
「ああ、気兼ねなく相談してくれ」
「それはそうと綺麗ですね。普段とのギャップがより美しさを際立たせている感じで」
「む、普段はそんなに酷いか」
「いやいや、普段は凛々しくかっこいい感じで、今日はちゃんと花嫁として可愛い感じだって事ですよ」
「そ、そうか」
少し照れるように顔を染める。その様がまた可愛く見える。
「わらわも早く着てみたいのう」
ぽそりと小声で、それでいて俺には聞こえるように呟くルフィア。
その身分から政治利用されるかもしれない女王。身を固めてしまうのも一つの防衛策なんだろうが、俺にはルーファがいるし、男になったリオンはアリスが好きらしい。
他から相手を見繕うとなると、それこそ政略結婚みたいで本末転倒。どうしたものかなぁ。
「とりゃーっ」
俺の背中に軽い衝撃が走る。体当たりするようにルーファが抱きついて来ていた。
「お、おい、何だ、いきなり」
「姉上のいらぬ気配を感じたので馳せ参じたのじゃ」
「い、いらぬ気配などっ。わらわは純粋にアトリーの側にいたいだけじゃ」
「アトリーはわらわを選んでおるのじゃ」
「わらわは側室でもよいのじゃよ。側に置いてくれるのなら……」
「だからその気持ちはわらわの記憶で」
「違うのじゃ。これはもうわらわの気持ち」
「くっ、む、むぅ」
切なげに俯くルフィアにルーファが押し黙る。
淫魔として恋愛感情に精通するからか、元々ルフィアと繋がっていたからか。ルフィアの『本気』を感じ取ったようだ。
「とりあえず帰るか」
「宴の本番はこれから何だが」
「やるべき事は色々あってね」
イザベラが引き止めるのを断って、俺達は村へと戻ることにした。




