女人の村
「あの男は私を……」
死者の声は霊が感じた印象に残る出来事を、追体験するように見せてくる。
ミュータント化した事で動けなくなり、ゲーニッツに救われた女性。ゲーニッツによる治療後、恋人とは離れ離れになり、とある山間の村へと。
そこは女性だけで暮らす村だった。
魔力を落ち着かせる為と説明されたが、ある夜にそれは起こる。
ふらりとやってきたゲーニッツに乱暴を受け、女性は激しく抵抗したためにゲーニッツによる制裁を受けてしまった。
「ちっ、爆破する所を間違えたか」
薄れ行く意識の中でゲーニッツに吐き捨てられた言葉。それが強く脳裏に焼き付く。
あの男に復讐するまでは、死んでも死にきれない。
復讐の念は凝り固まり、地上を彷徨う霊となっていた。
死んだ霊から女性たちが囲われている村への道が判明した。
俺は農夫の中から1人の青年を見つけ出し、真実を告げるべきかを悩んだ。
彼の中で彼女はミュータント化してしまい亡くなった事になっているだろう。
真実を知ることは新たな憎しみを生むだけかもしれない。
ただ無念のまま、復讐の念に取り憑かれている彼女を、助けられるのは彼だけだ。
「どうかしましたか、アトリーさん」
「ナタリーの事なんだが……」
俺は悩みつつも真実を告げることにした。呆然として、やがて怒りを顕にする青年。半狂乱になって、なぜ今頃。なんで俺に教えたのか。
そう問い詰められて、彼女の霊と再会させる。俺に乗り移った彼女と会話して、彼女の無念は晴らされる。
ただ青年の心には良いようのない虚脱感が残るだろう。
行き場のない怒り。どうしようもない悔しさ。喪失感。
殺された時点で止まってしまう霊と違って、青年には先がある。何とか前を見て欲しいところだが、それを他人が押し付けることもできない。
現場を取り仕切る農夫に、彼に時間を与えるように言って、俺は囚われている女性達の村へと向かうことにする。
目的地はまだ未開の地。しかしリオンとアリスは修行の旅へ。悪魔の身体を手に入れたルーファは、戦力として数えられるようになったが、ルフィア姫は未知数だし連れ出せない。
シナリは多少、銛の練習をしていたがあくまで護身の域。
俺とルーファだけで行くしかないか。
「ゆっくりと新婚旅行ではなかったのかや?」
「これは旅行じゃなくてクエストだからなぁ」
「放置プレイとか、精神的な罰は望んでないのだが」
かなりの怨霊を取り込み霊力を増したレイスが飛び出してきた。心なしか透明度が下がり、質感がましている。
「ああ、レイスもいたか」
「お前は私に強いから気にしていないのかもしれないが、私は普通に強いんだぞ?」
〈看破〉の目で確認すると、確かにレベルは高かった。
「骸骨と悪魔がパーティとは、悪役じみておるのぅ」
「いっそ、魔王でも目指すか」
「お前の性格では魔王は無理だろ」
何にしても同行する2人は、中級魔族に匹敵するレベル。不足はなかった。
俺自身も剣術レベルは上がっていないが、〈魔導技師〉などのスキルが上がっていて、能力値の補正が掛かっている。
まだ魔導炉の稼働している領域で、大型のミュータント化した獣が襲ってきたが、あまり苦労することなく撃破できていた。
「もしかして、バスティーユ城も挑めるのか?」
「あの頃から見たらかなり強化されておるよなぁ」
魔鉱石で作られたマンゴーシュで、攻撃力も増している。何より魔導技師のレベルが上がっているので、ゴーレムに対する魔力操作も容易になってそうだ。
「この件が終わったら、城にも行ってみるか」
「王城の礼拝堂は美しかったのじゃ。そこで挙式できると嬉しいのぅ」
「悪魔が祝福されると死ぬぞ」
「ふむ、悪霊など入っただけで浄化されるぞよ」
同行する2人は賑やかで、退屈する事もなかった。
バルインヌの未開の地は、捻れた植物しか生えない不毛の地。赤茶けた土が多く見られ、雨で流れた斜面はなだらかだ。
そんな中で岩山だけがそびえている。そのうちの一つ、その麓に目的の場所はあった。
「この辺だな……」
「何者だ!」
辺りを見渡す俺達に対して、上の方から声がした。そちらに首を向けると、かなり高い位置から飛び降りてくる影が。
俺は咄嗟にマンゴーシュで迫り来る何かを打ち払う。適当に振っただけでも、器用さ補正で的確に命中して受け流す事に成功した。
地面に突き立ったのは荒削りだがしっかりとした槍。高所から体重を掛けながらの一撃は、致命傷となりかねないものだった。
「誰何しておきながら、殺す気か!?」
「くっ、あの一撃を躱すとは……やるな」
地面に突き立つ槍を簡単に抜き取った女もミュータントだ。
女性にしては長身で170cmほどだろうか。スラリとして手足が長い。簡素ながら動きやすい服を纏い、油断なく槍を構える。
その槍は黒く鈍い光を放っているが、よく見ると植物のようだ。ゲーニッツが木材を加工して作った物だろう。
「俺はゲーニッツに囚われている村を解放しに来た。危害を加えるつもりはない」
「私はゲーニッツ様の村を守るのが使命。一歩たりとも通さない!」
「ゲーニッツはもう倒した。従う必要はないんだ」
「ゲーニッツ様を!? 貴様っ」
女は一気に跳躍して迫る。ミュータント化された身体は、こっちの予測を超える速度。
繰り出される穂先もまた高速だ。更には強靭な肉体は、人に有り得ない早さで連続した突きを可能にする。
俺は両手を駆使して、その鋭い突きを何とか弾いていた。
レイドンやベネッタの武術の上にミュータントの力が加わったのと違い、ミュータントの身体の上に武術が加わっている。
身体の構造上、不可能な動きも攻撃に加わっていた。
「くっ、強っ」
「貴様、ちょこまかと! さっさと刺されろ!」
「ゲーニッツは力を失った。もう爆発する危険も、身体を自由にされることもないんだ」
「だからどうしたっ。私はゲーニッツ様の剣となる!」
この女は心の底からゲーニッツを信頼している。真っ直ぐな心が俺を許さないと迫ってきた。
「おおっ」
「これも避けるのか!」
鋭く突き出された穂先が、動きに反してブレる。いや、曲がる。
ミュータント化した木材で作られた槍を、魔力で曲げてきたようだ。
それは長さすら伸縮し、俺の身体を貫こうとしてくる。
「仕方ないかっ」
俺は彼女を無力化するために刃を走らせた。彼女も魔力を操作する術を持つ〈魔導技師〉なのだろう。
しかし、レベル的には俺の方が上だった。彼女が手にした槍の魔力を乗っ取り操作すると、彼女の握るグリップを変形させる。
「あ、痛っ」
手の平に鋭く棘が食い込み、彼女は思わず槍を手放す。
更に間合いを詰めてシャムシールの切っ先で傷を付け、彼女自身の魔力の流れも買えてしまう。
「は、うっ!?」
唐突に力を失い膝を着く。かなり魔力に頼った動きをしていた彼女は、魔力を失う事で極度の疲労感に苛まれているはずだ。
「君がゲーニッツを大切に思ってそうなのは分かった。奴はまだ死んではいない。ブリーエ城を占拠した後で捕まえて地下牢にいる。奴の介護をしたいなら、そのように手配してやる。ただし、その場合はミュータントとしての能力は封じさせてもらう」
「介……護?」
「野望を砕かれ、魔導技師としての力も失って忘我状態だ。君に会っても分かるかどうかはわからない。それでも側に居たいというなら、手続きはする」
「……」
「すぐに結論を出せとは言わない。俺達が村の人達を確保するまで考えてくれ。逃げようとしたら……レイス」
「何か便利に使われてるんだけど。そろそろご褒美くれないと拗ねるぞ」
「ひっ、死神!?」
「コイツが見張っておくから、下手に逃げようとはしないでくれ」
防衛していた女性を無力化して、俺達は村へと向かう。ある程度近づくと、〈魔導技師〉の目に魔力が強い一帯、ミュータントが集っているのが見えた。
「誰……ですか?」
見知らぬ男の訪問に、女性達が集まってくる。皆思ったよりも若くて、不自由なく暮らしているように見えた。
その所作にキビキビとした印象があり、〈看破〉を通してみると皆が俺の〈戦士〉と変わらぬレベルで戦えるようだ。
「俺はリーナという子の母親を探してここに来たんだ」
「リーナ?」
「ああ、10歳くらいで少し無口なところのある。カミュという子と仲良くていつも一緒にいる」
「リーナ! カミュちゃん」
少し奥から現れたのは、どことなくリーナの面影を感じさせる女性だった。
しかし、その年齢は20歳前後。父親の記憶にあった容貌よりも若く感じる。
「リーナは無事何ですか。あの人、ドーマは?」
「はい、リーナは俺達の村で今は裁縫のデザインで頑張ってくれています。ドーマさんは残念ながら……」
「そう……ドーマは……」
「ミュータント化が進んで耐えられなかったようです」
ゲーニッツの実験台にされたとは伝えなくても良いだろう。
「皆さん、ゲーニッツはブリーエ城を襲撃、占拠した罪で、ブリーエに捕縛されました。残されたミュータントの民で村を作って生活を始めています。もし良ければ同行してくれませんか?」
最初の女性がゲーニッツを信頼しているようなので、強要はできないと思われた。
しかし、他の女性達はゲーニッツを信頼しているわけでもなく、ミュータントとしてでも生きるべく、従っていただけのようだ。
「言っておきますが、私達はそれなりに強いですよ。不埒な考えを起こすようなら、覚悟して下さい」
「わかってますよ」
最初に話しかけてきた女性が釘を刺してきた。
皆がそれなりのレベルの戦士。それが30人ほどいるのだ、戦闘となればタダでは済みそうもない。そもそも彼女達を害するつもりもなかった。
「皆さん、若いですね」
「私はもう40を数えます」
「えっ!?」
まだ20歳そこそこにしか見えない。いや、皆の年齢が揃って見える方が不自然なのか。
「ミュータント化した組織を安定させるためには、肉体的に最も健康で安定した年齢になると説明されました」
「なるほど」
確かに魔力によって活性化していくなら、その方が安定するのかもしれない。
ただ男のミュータント達は皆バラバラの年齢である事から、単にゲーニッツがハーレムを作ろうとしてそうした可能性が高いな。
「ここにいる皆は、そのままではミュータント化が進んで死ぬ運命にあった者達です。多少なりとはゲーニッツに感謝はしています」
「そう……ですよね」
部下を道具として利用していた男だが、それでも命の恩人には違いない。
俺自身、ルーファを取り戻せた事でわだかまりは薄れていた。廃人同然となった姿を見たせいか。
「特に彼女。ミルバは物心付く前からゲーニッツに育てられていたようです」
門番を務めていた彼女を指す。見た目は20歳前後で他の女性と変わらないが、見た目通りかは不明。
ただ話した様子からは見た目相応の若さを感じた。
「彼女にはゲーニッツと会う機会を設けようかとは思っています」
「そうしてあげて」
そう言って彼女は女性陣の中へと戻っていった。




