第8話 勇者さん魔王城で働きなさい!(後編)
なんとか予告通り今週中に投稿できました(汗)
「オレがお前らを守ってやる! 代わりにお前らはオレの部下になってここで働け。ちょうどあまりにも拾い領地でオレ一人じゃ手が余っていたところだ」
「……それは」
これにはアナはどう答えていいかわからなかった。
そもそもリーダーはコルトだし、ルリーシェを助けてくれた恩はあってもやはり魔王の眷属になるのは抵抗があった。
「アナ、代わってくれ」
アナの葛藤を見て取ったコルトが声をかける。ルリーシェが目を覚ましたことで大分落ち着いた様子である。
「……眷属になったらオレたちは何をさせられる?」
起き上がったコルトはクロガネを睨みつける。
もしも、騙そうとするならば絶対に抵抗して見せる!コルトからはそんな意気込みが感じられた。
だが、コルトの気合いを裏切るようにクロガネはあっけらかんと返す。
「えっ? 別に何かしてほしく言ったわけじゃねえよ?」
「……はっ??」
これにはコルトだけでなく、アナも他の子どもたちも難色を示すイリスも呆気に取られた。
「言っただろ? この領地はオレ一人で住むにはあまりにも広大なんだ。一人で整備しようとすると骨が折れるし、それを手伝ってくれたら別に何をしてても構わない。お前らに侵入者と戦えなんて言わないし、掃除とか家事を手伝うなら別に何もしなくていいぜ?」
まさに破格の条件。
眷属というよりは同居人のような感覚。いや、クロガネが大家と管理人を兼ねている店子みたいな感じかもしれない。
「あっ! 一つだけ頼むことがあるかもな」
思い出したと言うクロガネに身構えるコルト。
「オレは領地の外に出られないからお前らに買い物とかは頼むことにするわ」
まさかのおつかいのお願いに今度こそコルトは言葉を失うのだった。
「……えっ? じゃ、じゃあ、本当に何もしなくてもいいのか?」
「だからそう言ってるだろ?」
信じられない。それはコルトだけが抱く感想ではなく、事情を呑み込めていないルリーシェ以外は全員同じ思いを抱いていた。
そして、彼らはその中で希望も抱いていた。
今までのようにその日の食事にも困るような生活を送らなくても住むのではないか?誰かに稼ぎを取られる心配や理不尽な暴力にさらされることもなくなるのでは?希望に満ちた十の瞳がじっとコルトを見つめていた。
「…わかりました。魔王クロガネ様。オレたちをあなたの眷属にしてください!」
「ハッ、クロガネでいいよ」
苦笑いを浮かべ、クロガネとコルトは握手を交わす。
「では、改めて自己紹介をしておきます。オレは一応のリーダー役をやってたコルト。知ってると思いますが、あちらがアナでアナに介抱されている美少女が妹のルリーシェです」
(うわっ! 妹を美少女とか言いやがった!)
軽くショックを受けるシスコンぶりを発揮するコルトに若干引いてしまうクロガネだった。
「そして一番小さいのがハミルで同じくらいの男三人組は順番にミザレ、イサロ、キカルです」
アナ以外は会ってから一言も発していないが、コルトの決断に依存はないらしくクロガネが視線を向けると頭を下げていた。
「…次に、ドロップについて伝えておきます」
「いや、それはまだいいわ」
コルトが流れでドロップを伝えようとするのを拒む。
その場にはまだ敵の可能性があるイリスがいたからだ。今のところはイリスが子どもたちを害そうと考えるとは思えないが、教会の意向などで勇者の行動は変わる。
さらにイリス本人にその気がなくとも、情報を漏らすことによって危険にさらされることは避けねばならないことだった。
「……さて、眷属にするのはいいが」
とりあえずの自己紹介が終わり、眷属にする儀式などは城に帰ってからすればいいかと思ったクロガネだったが、可及的速やかに解決しなければならない問題があった。
「…? どうかしたかね?」
その問題であるイリスはクロガネの視線を受けても考えが及んでいないらしい。
「……はぁ。『どうしたかね?』じゃねえだろ? お前の処遇をどうするか決めなきゃいかん」
「……処遇?」
何も思い当たらずきょとんとするイリス。
あまりにも考えなしな態度にイラッとするが、短い付き合いでも説得は無理だと悟ったために何も言わない。
その代わりに、幼子……それこそ眷属の中でも最年少のハミルにもわかるように諭す。
「いいか? お前は勇者だ」
「そうだな」
「そして、ここは魔王領でオレはその領主である魔王」
「ハハハッ、そんなことは知っているとも」
「……だったら、魔王に敗けた勇者はどうなると思う?」
「ハハッ、そんなものは…………あれっ? どうなるんだ?」
「それを考えてんだよっ!!」
頭が痛いわ~と天を見上げるクロガネ。
《ぷーくすくすくす! 勇者に悩まされる魔王なんてウケる~!!》
そんな二人のやり取りを全く関係のないところで神が笑っていることなど露知らず、娯楽を提供してしまっているクロガネ。
本来の意図とは反するが、魔王と勇者の役割である神を愉しませることにおいてはこれ以上ないコンビになったのかもしれない。
「――突然、魔王城に召集を受けたと思えば…。まさか、こんなことになるなんて思いませんでしたよ」
「勇者イリス、あなたが我々二人の話を立ち聞きしそれゆえに行動を起こした。それだけではあなたの行動を責めるつもりはありませんでした」
イリスを責める形になるフェルナンドとダイアナ。フェルナンドは困った様子だったが、ダイアナは今にも噛み付きそうなほどに険悪な態度だ。
ダイアナにしてみれば早々に魔王を排除するための行動をしていた裏で勝手に動かれ、自分の計画が台無しになったことに対する怒りの矛先を向けていたに過ぎない。
そもそもフェルナンドとダイアナの計画では元よりイリスに白羽の矢が立っていた。
と言っても、イリスが行ったような無茶苦茶ではなくしっかりと計画を立てた上でのことだった。
まず、フェルナンドの担当している勇者三人のうちイリスともう一人、引退間際の勇者に要請をする予定だった。もう一人にバックアップを頼みイリスと共に魔王を討つ。それでことは終わるはずだったのだ。
眷属はいないものの、魔王の力は未知数なところが多く、経験が重要と考えていた。その点、イリスはかつて魔王を討伐したことがあり、もう一人も四半世紀以上の経験がある。この二人が組めば問題はないはずだった。
さすがにすぐに呼び寄せることは不可能だろうが、魔王は領地から出ることは出来ない。ならば、眷属が増える心配もそうはないだろうと考えていた。
しかし、蓋を開けてみればイリスの独断専行に始まり、連鎖的に魔王に眷属が誕生する事態になってしまっている。これを怒らずにいられようか?
「眷属も持たずに魔王認定された。その事実を考慮すれば、手強い敵だと認識して挑めたはずです。そうであれば備えもしっかりとし、結果は変わっていたでしょう。……ましてや、子どもを巻き込みその子どもを魔王に奪われるということもなかったはず」
「イリス、あなたには子どもたちを巻き込んだ責任として彼らがここでちゃんと生活を送れるか見定める義務があります。これは神託でもあり、神からはここに滞在中の敵対行為は控えるようにとお告げが出ております。いいですね?」
「……はい」
不承不承頷くしかないイリス。
そんなイリスにダイアナはそっと顔を近付ける。
「――もう少し考えて動けると思っていたのに、残念だわ」
去り際、ダイアナはたしかにそう告げた。
「黒甲蟲魔王、我々はここで失礼させていただく」
「……あぁ、ご苦労だったな」
「…………」
フェルナンドとダイアナは来た時と同じように足早に去っていく。
結局、ダイアナはクロガネに対して一言も発することはなかった。また、クロガネからダイアナに語りかけることもなかった。
イリスにはあれだけ感情を露わにして魔王名を言わさないようにしていたのに、フェルナンドには文句も言わない。それほどまでにクロガネはダイアナを避け、ダイアナはクロガネを嫌っていた。
最初の印象が悪すぎて互いに歩み寄るという考えを放棄していたのだった。
こうしてウィンドゥズ史上において初となる、魔王預かりの勇者という存在が誕生することになった。
この日、新たに誕生した魔王クロガネは眷属を得て、勇者を籠絡した魔王という称号も得たのだった。
とりあえずこれでほぼ前作の不死な魔法使いは魔王認定されました部分は終わりだと思います。あと微妙に残っていますが、そこは追々と…。
章を付けましたが、これは次からは第一章を始めようと考えているからです。これが前作のほぼ続編に位置するストーリー展開となりますのでお楽しみに。