第6話 イリス登城!そして対決
お待たせしました。
「――招かれざる客だな」
苛立ちつつも城に帰り着いたクローヴィスは魔王らしく玉座に腰かけたりしていた。
威風堂々――隠れることなくいつ来るかもわからない敵を待ち構える魔王、そしてそこに現れる勇敢なる者。まさに物語のクライマックスのような光景が広がっていた。
「黒甲蟲魔王だな?」
「……あ゛ん?」
魔王らしさを意識していたクローヴィスの脳裏にひどく不快な記憶が蘇る。思い通りにいかなかった苛立ちも含めて怒りの篭もった声が出てしまっていた。
「ひっ!」
そして、それにビビる勇者。
勇者になってからいきなり不機嫌度MAXの相手に会うことは少ない――怒らせることは多い――ので虚を突かれてしまっていた。
「……ふぅ」
外見で言えば同い年ぐらいだが、前世の記憶があるので一回り以上歳の離れた少女だということを考えると大人げなかったかとなんとか怒りを抑える。
「悪いが、その魔王名は好きじゃない」
「…そ、そうか? では、元貴族のクローヴィス・ド・ブリュッセウスと呼ぶべきかな?」
一応、魔王について調べておいたことが役に立ったと内心で安堵しつつ尋ねたイリスだったが、
「あ゛あ゛ん?」
――先程よりも低い声と鋭く睨まれてさらに委縮してしまった。
何をどうすればいいのかわからなくなり、内心泣き出したくなるイリスだったがそれを表に出すことは一切なく、気丈に振る舞う。
「で、では……何と呼べばいいで……んだ?」
「……へっ?」
寸でのところで敬語が出そうになるのを抑え尋ねると、今度は魔王が頭を抱える仕草をしていた。
魔王名は気に食わない。
ゴキブリを意味していると聞いて居なければ気にならなかったかもしれないが、聞いてしまった以上はどうしてもゴキブリと呼ばれているようで不快だった。
だが、自分を殺そうとした家は家で嫌だったので当時の名前を呼ばれたくはなかった。そりゃあ、この歳まで育ててくれたのだから多少の恩はある。元日本人としてそう感じてはいたが、頭で理解していても納得はできなかったし、親が子を殺そうとするのは心情的に許せなかった。
自分たちの都合で他人を切り捨てる行為が前世の最期を思い出させていたのだ。
それゆえに怒りを覚えた事だったのだが、いざなんと呼べばいいかと尋ねられたらどう答えるべきか困ってしまった。
ウィンドゥズへ生まれてからはずっとクローヴィスと名乗って来たし、その名前も幼少時代でなければ呼ばれたことはなかった。
それなのに、どう呼ばれたいかを考えろと言われても。
「……あっ!」
考え続けていたらある名前が思い浮かんだ。
「そうだな、鉄とでも呼んでもらおうか」
クローヴィスとしての人生を否定するのも無理はない。クローヴィスと呼ばれようとも、意識は元々前世の鉄次郎のものなのだ。
今まで感じていた違和感の正体にようやく気付いた。
クローヴィス・ド・ブリュッセウスなんてそもそも存在しない。いや、意識が入れ替わるまではいたのかもしれないが、意識が入れ替わった時点でクローヴィスは死んでいたのだ。
「…他人の人生を奪って生きながらえるなんて、なんて醜悪な人生だ」
自嘲するように呟いた言葉はイリスには届かなかった。
「では、改めて呼ばせてもらおう! 魔王クロガネ――いざ尋常に勝負だ!!」
宣言したイリスは剣を抜き放ち、鞘が床に放り投げられた。
それを見たクロガネは「待ってたのに、オレが武蔵かよ」と呟くのだった。
「何を言っている!」
「……知る必要はない。来いよ…小次郎」
挑発するかの如く口の端を吊り上げる。
「っ! 私は、イリスだ!! 教会はフェルナンド神父より神託を授かった勇者にして、貴様を倒す者の名だ! 最期に記憶する名を脳に刻み逝くがいいっ!」
「わかったよ。勇者イリス。……オレは争いは嫌いだが、だからと言って降りかかる火の粉を甘んじて受け止めるほど優しい人間でもない」
「元より、魔王だ。人間としてのカテゴリーからは外れていよう」
イリスの言葉にクロガネはもっともだと納得する。
しかし、それを認めれば負けを認めるような気がした。イリスにではなく、この世界に負けたような気がしたのだ。前世では社会に殺された人間として二回も大きな力に負けてやるつもりはなかった。
「……人間だよ。誰が何と言おうと、例え神が認めなくてもな」
だからこそクロガネはそれだけを応えてイリスを迎え撃つ用意をする。
「でやあああっ!!」
「……さて、どうするか」
気合十分なイリスには悪いがクロガネに気合などなかった。クロガネにとってこの世界はいわば延長線上の世界であり、時間が立ったことで強制的にコンティニューされた世界に過ぎない。
魔王となる以前より異物であることは認めているのだ。
だからと言って「ハイ、そうですか」と排除されるわけにもいかないのが現状なわけだが…。
「とりあえず、小手調べ」
向かってくるイリスに対して〈ファイアボール〉を飛ばす。
〈ファイアボール〉はクロガネが使える中でも、というよりも世界で見ても初歩の初歩の魔法。魔法を使える者ならば誰でも使えるのではないかと思えるぐらい簡単であり、それでいて最弱の魔法だった。
ただし、それを魔法の才能が偏りすぎて振り切れてしまっているクロガネが使うと話は変わる。
普通の人間の作り出すそれよりも遥かに速い――クロガネ的にはかなり加減をした――火球が逸れることなくイリスに突っ込んで行く。
イリスはというと、
「舐めるな!」
まるで木の葉のように飛んできた火球を払い除けた。
「……ふ~む、小手調べとは言え当たらないとは思わなかった」
正直な感想を述べたクロガネだったが、このことで若干火が点いたらしく、今度は大人げないとかそういうこと抜きにした攻撃の準備を整えていた。。
「〈ファイアボール〉〈アースウィップ〉〈ライトニング〉」
火球、土の鞭、稲妻それらが飛び出し、イリスに向かう。
イリスは飛んできた数十に及ぶ火球をすべて叩き落とし、まるで地面から生えたタコの足のような土の塊を自分に触れようとした先端から輪切りにしていく。それらすべてを捌いたあとにやって来た稲妻は最小限の動きで躱してみせる。
ここまでの時間はまさに一瞬のこと。
その動きは先程子どもたちを捕まえた時と比べると格段にキレッキレだった。さすがに勇者であるイリスが本気を出すわけにもいかず、子どもを捕まえる時にはある程度加減をしていたとは言え異常なほどに上がる身体能力。
これには当然理由がある。
魔王領では魔王と眷属以外にはある制約が課せられる。
それは魔王に近付かなければ力を発揮できないということ。
どういうことかというと、魔王領は本来魔王のテリトリーでありホーム。勇者にとっては本来アウェーな場所だ。そんな場所で普段の実力が発揮できるだろうか?
答えは否だ。
これはプロのスポーツ選手にも言えることだが、自分のフィールドとかけ離れればかけ離れるほどに普段の実力とは程遠い力しか発揮できなくなる。
だからこそ、慣れるために練習を重ねるわけだ。
では、魔王領ではどうかというと慣れるまで魔王が放置してくれる保証などない。クロガネには眷属がいないから攻め込むまでにじっくり準備をすることができるだろうが通常ではそうではない。
そんな裏設定なども考えつつ、神が遊び心で取り入れたのが制約だった。
魔王には領内から出ることが出来ないという枷を嵌めてある。
では、魔王と対になる勇者には何を与えるのか?
それが先程述べた制約である。勇者などの魔王を討伐しに来た人間は魔王から遠くにいるほどに体のだるさなどの身体的ペナルティに加えてこの世界では何よりも重要であるドロップの効果も制限される。
まあ魔王に近付ければ全力で戦えるので支障はない。
これは眷属がいる場合本丸に近付くまでの余興として考えられたルールなのだ。
お互いに実力の一端を垣間見たところで二人は同じようなことを考えていた。
((あれっ? 結構強くない?))
先程の魔法は最初の小手調べと違い、なんだったら死んでも構わない程度の気持ちで放っていた。
それなのに、死ぬどころか傷一つ付けられないという結果に終わってしまった。
速度も数も段違いの〈ファイアボール〉は元より〈ライトニング〉は光速で奔る稲妻だ。前世の常識で考えれば光の速さを人間が躱すなんて予想も出来ない。
また、〈アースウィップ〉はかつて一国の軍隊を壊滅させたとされる伝説級の魔法である。本来はたった一人に使うような魔法ではそもそもない。
まさに一騎当千の強さをイリスが持っていることの証明であった。
実際のところ、前世で格闘技を習っていたわけでも特殊な技術を修めていたわけでもないクロガネにはイリスが何をしたのか速過ぎて見えていなかった。
最後の〈ライトニング〉に至っては首を傾げるようにしたことからなんとなく躱したんだろうなという結論に至ったに過ぎない。
この時点でクロガネはイリスを近付ければ殺されると本能……生存本能的に悟っていた。
一方のイリスは困惑していた。
クロガネは眷属も持たない手ごろな獲物ではなかったのか?まるで飼育している鶏小屋に卵を取りに行けば狼が紛れ込んでいたかのような状況に裏切られた気分になっていた。
心の中ではフェルナンドに対して話が違うと憤慨していたが、そもそもフェルナンド――というよりもダイアナは眷属がいないことしか言っていない。しかも、イリスは立ち聞きして勝手に魔王退治に乗り出しただけなのでフェルナンドに文句を言うのはお門違いも甚だしい。
文句を言うのならば自分自身に言うべきであるが、一度正しいと思ったら一直線なイリスに何を言っても無駄だろう。
だから挫けぬ心なんていう素晴らしいドロップを授かっているにも関わらず少し残念な勇者だった。
それでもかつて一人の魔王を倒したという経験を持つイリスは思案する。
クロガネのドロップがどんなものかわからないが、これほど強力な魔法を使ってくるということは魔法に関するドロップだろうと。
実際は神すらも認める悪運なので見当外れだったが、そう考えても仕方はない。クロガネが使用した魔法は国お抱えの魔法使いが一日一回使えればいいレベルの魔法であり、そもそも魔力が足りなくて発動できないような魔法だった。
魔力の保有量という点でクロガネは常人を遥かに逸脱していた。
(だが、それほど強力なドロップだ。制限もかなり大きいはず!)
ドロップは強力であればあるほどに使用するための制限が大きい。ちなみに、ライオン・ハートはほとんど使用に制限が無かったりするし、クロガネ本来のドロップは自分の意思では発動できないという制限がある。
勝機はそこにしかないと確信したイリスはクロガネの魔力切れを待つ持久戦に持ち込むことにした。
こうして近付きたくないクロガネは魔法で牽制し、クロガネの魔力切れを待ちたいイリスはクロガネに魔法を使わせるべく一定の距離を保つ。
お互いの利害が一致しているように見えて正反対の目的による行動。
おのずと二人の戦いの終着点が見えてきていた。
結論から言うと、目的を達成したのはクロガネだった。
避けられるならば避けられない規模の魔法を。躱されるのならば追尾する魔法を。破壊されるのならばそれを逆手に取った魔法を。
そうしていくことで徐々に傷つき、そして体力を消耗していくイリス。
だが、心が折れることのない勇者は何度倒れそうになっても気力で立ち上がる。
何度でも復活するその姿は物語に登場する勇者そのもの。まさに諦めないことが最大の勇気と言わんばかりの行動だった。それを見せられるクロガネとしては堪ったもんじゃない。
クロガネはむしろイリスの方が魔王なのでは?と疑ってしまいそうに何度なったことか…。
「……ここまでのようだな」
倒れたイリスを踏み付けて立つクロガネ。手足を魔法で抑えられ、身動きの取れないイリスは最後の抵抗と言わんばかりにクロガネを睨みつける。
その眼光は生殺与奪権を持っているはずのクロガネが怯んでしまいそうになるほどに鋭かった。
「何か言い残すことはあるか?」
「……あるわけなかろう。私を舐めているのか?」
「…………だよな」
クロガネにだってわかっていた。
この世界は地球とは違う。魔王という人災が存在し、猛獣もうようよいる世界であり日常を少し外れたところには命の危険が付きまとう。
奪う覚悟以上に命を落とす覚悟が必要になる世界なのだ。
そんなことはわかっていたが、聞かずにはいられなかった。
「…本当にこのまま死んでもいいのか? 後悔することはないと言い切れるか?」
最期まで後悔し、何故こんな目に遭うのかと世界を呪った魔王は世界のために命を散らそうとする純真ある乙女に問い掛ける。
勇者とは世界を支えるための生贄ではないか――その想いがあるからこそ人であることを辞めることはないのだと。
「ふっ、覚悟無き者の言葉だな」
イリスはクロガネの言葉を侮辱として受け取った。
「勇者とは勇気ある者のことだ。私たちが勇気を失えば誰が勇気を示す? 神に選ばれたから勇者なのではない! 勇者であり続けようとする心を持つ者が勇者なのだ!」
「……そうか」
理解できない。
いや、理解してはいけない存在だと判断したクロガネはイリスを踏み付けている足に力を込める。
「……ぐっ!」
「こんな無様に這いつくばる人間にまさか道理を問われるとは思わなかったよ。…勇者? オレには羽をもがれて飛び立てなくなった虫にしか見えんよ。何だったら、お前にゴキブリの名を譲ろうか?」
苛立ちから不遜な言葉が出る。
もはやイリスを殺すことはクロガネの中では決定していた。だからこそ、あえて屈辱と憤怒を湧かせたくなった。このまま満足したまま逝かせてなるものかと思っていたのだ。
「くっ、殺――」
『殺せ』そう言おうとして、イリスはこれまでの人生を振り返ってみる。
平民の生まれにも関わらず、十二の時にフェルナンドから神託を授かり、旅に出た時。
魔王を倒し多くの人に感謝をされる場面。
旅を続け、困っている人を助け続けた光景。
そんな中、最後に浮かんだ光景がイリスの言葉を押し留めた。
「――い、いやっ! 待て! 待ってくれええぇぇぇっ!!」
己のプライドをかなぐり捨て全力で叫ぶ姿からは先程まであった勇者らしさは一切感じ取れなかった。
戦闘シーンは結構省略目でいきます。というのも魔王と勇者イリスの対決はそこまで重要ではないと思ってるからです