第6話 新世界の簒奪者たち
この章は終わった。
いよいよラストです。
「――あンのクソアマがぁああああああ!!!」
魔王領ハイド。玉座に座るクロガネが突如叫び声を上げたことに、その場にいた者たちは全員慄いた。
「ど、どうかされましたか…?」
本来ならば、こういう時に真っ先に声をかけるのはメイド長であるテリアだが、そのテリアも目を伏せて何かを堪えるように震えていることからアナが先んじて声をかける。
クロガネが誰彼当り散らす性格ではないと知っているが、それでもここまで怒りを顕にするのは珍しい。若干、ビクビクしての問いかけだった。
「――ブリキッドが殺されたか」
だが、アナの質問に答えたのは意外な人物だった。
「…クロガネ、殺ったのは誰です~?」
マッドレスは自身の最高傑作が壊されたことに少なからず怒りを覚えていたが、問い詰めたところで意味がないとわかっているから表面上は冷静だった。
「妖艶仙女だ」
それとは逆に表面上に怒りが見えているクロガネは端的な答えを返す。
「…あの女。どうやら魔王連盟にいたのは、何か目的があったらしいな」
「あれは魔王の中でも謎の多い存在ですからね~。…今までぇ~興味なかったですけど~モルモットにしてやるですぅ~」
「いや、オレが直接この手で殺してやる!」
「……失礼ながら、陛下。その役目、このテリアにお任せいただけませんでしょう?」
普段はクロガネに逆らうことのないテリアが前へ出て、進言する。
「――ブリキッドは私の弟も同然。陛下の容れ物としての役割でしたが、殺された以上は姉である私が仇を打ちたいと思います」
「まあ、今は置いておく。…それよりも向こうの様子が見えないのが問題だな」
ブリキッドを通してみているのであえて別の方法で見ることをしていなかったのが仇となった。裏切られた結果がどうなっているかを知る手段がない。
「一刻も早く情報収集をする。すぐに――」
指示を出そうとしていたクロガネの言葉は駆け込んできた三バカによって遮られる。
「「「たっ、大変だ~!!」」」
「どうした!?」
まさかすでに敵襲が…!
身構えたクロガネの耳に飛び込んで来たのは予想外の報告だった。
「王様っ! いきなり人間が現れたぁ~!」
「……はっ?」
「そ、それもたくさんなんだよ!」
ミザレ、キカルの言葉にクロガネは何も言えない。
あまりにも入ってくる情報が少なすぎた。
(……やはり、三バカは三バカだな)
比較的マシなミザレもベクトルが違うだけでバカはバカだったか。嘆きたくなるが、今はそんな場合ではない。
自らを厳しく律し、クロガネは最後の一人。この状況に置いては最も役に立つであろう『説明』のドロップを持つイサロに目を向け、説明を促す。
「――二人が言ってることは本当です」
視線からクロガネの意を察したイサロは眼を見てしっかりと答える。
「オレたちがいつものように監視をしていたところ、突如十メートル程度の球体が出現し、消えたと思ったらそこから千人近い人間が姿を現しました」
「……魔法だな」
そんな真似が出来る魔法があったかと記憶を探るが、クロガネは思い至らなかった。
自分が知らない魔法が存在することに疑問を抱きつつ、もしかしたら変化の影響かもしれないと考える。
それ以上に気になるのは、魔王領にいきなり人を送って来るということだ。
「そいつらは今どこにいる?」
「はいっ、今は城の前にいます。陛下に会いたいと言ってましたっ!」
「……そうか」
玉座から立ち上がり、その人物たちに会いに行くことにした。
「おぉっ! クロガネ様っ!!」
姿を現したクロガネに気付くと、ワッと集団が押し寄せてきた。
「……お前らは」
クロガネにはその者たちに見覚えがあった。
「たしか、ムブラハバの眷属じゃなかったか?」
魔王連盟として行動するようになってから数回会ったことのある顔に、さらに怪訝な表情になる。
「なんでここにいるんだ? ムブラハバはどうした?」
彼らがいるということは…と周囲を見渡すが、目立つ老人の姿は見えなかった。
「…そ、それが……」
言い淀む姿に、もしや…という思いが去来する。
「誰にやられた?」
「――ファントムに…!」
苦々しく名前を出すと、ところどころから嗚咽やすすり泣く声が聞こえてくる。
「……オレは妖艶仙女にやられた」
「なっ…!? バ、バカなっ! 彼女は味方だったのでは…?」
当然の疑問だが、クロガネはむしろ納得していた。
「……あのタイミングでファントムが現れたってことは、奴は敵。それもヨーファンの関係者だったってことだ」
まさか、ラスボスの仲間を身内に引き込んでいたとは…。
自分たちの迂闊さが恨めしい。
「陛下が神との戦いを終え、そこにファントムが現れました」
『――亡霊風情が儂に何かようかの? 心配戦でも少ししたら、お前の本体を始末しに行ってやるわい』
ムブラハバは追い返そうとファントムに告げた。
だが、ファントムから帰って来たのは返答ではなかった。
『ファントムは死んだ。我が名はジャスティス』
それだけ告げて、ファントム改めジャスティスはいきなり襲いかかってきた。
『くっ、お前ら引っ込んどれ!』
ムブラハバは眷属たちを巻き込まないように離れたところで戦おうとするが、それよりもジャスティスの動きは早くムブラハバの懐へと飛び込んだ。
『チィッ!』
(――神と違って、こやつ…動きを阻害されておらん!)
ムブラハバは神よりも動きの良いジャスティスに神が死んだことでの影響を垣間見た。
(おそらくは、結界が消えたことで魔王から民へ課せられていた枷が消えたか…。だとすれば、儂のドロップは役に立たんものとなってしもうたの…!)
二つあるドロップのうち、『領域』が役に立たなくなったと思ったムブラハバは土地での優位性がなくなったことに気付いた。
こうなれば、土地は少しでも戦いやすい場所に行かなくてはならなくなる。
(厄介なことに、こやつも確か神と同様ドロップを持たぬ存在。いや、神以上にドロップを持たぬ存在。だとすると、儂は攻撃手段を奪われ取らんか…?)
思いがけぬ強敵との連戦にさすがに冷や汗が収まらない。
『死ねっ』
いつもと同じ動きが出来ないムブラハバに対し、ジャスティスの動きは一向に鈍らない。
決定的な差を感じさせられる中、ジャスティスは武器である石板を取り出した。
(拙いっ!)
思った時にはもう遅い。
ムブラハバはドロップを喪失したのを感覚的に察していた。
普段、奪う立場にいながら奪われることを経験したことのないムブラハバにとって、その衝撃は凄まじく、自分の中の何もかもが蹂躙されているような感覚を味わっていた。
(兄上はこの感覚を味わったのか…!?)
絶句。
その言葉が相応しい正直に、眼を見開いた。
(…かかっ、おかしいのぅ。危機的状況なのに、少し嬉しいと思うておるわ)
状況と反する思考。
それがムブラハバを逆に冷静にさせた。
『――ムッ!』
『おやおや? どうした、若造?』
振り抜かれた石板を止めつつ、問い掛ける。
その表情にはいつもの老獪な笑みが張り付けられていた。
『…お主のおかげで、儂は力に気付かされたわい』
使えなくなろうとも、力は力。
自身の内にあると考えれば、使えないわけではない。
『礼代わりに案内してやろう。――大魔王の胃袋にの!』
『ぬぅ、ぬおおおおおっ!』
闇がせり上がるように、ジャスティスを呑み込んでいく。
ムブラハバのドロップは合わさって、空間へ繋がる力となっていた。
その先がどこかはムブラハバにしかわからない。
『や、やったー!!』
『さ、さすがは陛下だっ!』
見守っていた眷属たちが一斉に歓声を上げるが、ムブラハバの表情は優れない。
『…へ、陛下? 如何なされました?』
『…………おるのぅ』
眷属たちを見ることなく、自身の腹を擦る大魔王。その呟きに何が?と問いかけられる者はいなかった。何故ならば、全員が突如闇に絡まれたからだ。
『陛下っ!?』
あまりの出来事に思考がついて行かない。
それでも、理由を求めて必死に自らの主に手を伸ばす眷属たち。
その姿を見た、ムブラハバはニッといつものように悪戯成功の笑みを浮かべる。
『へいっ――』
何かある。
その確信に至り、さらに手を伸ばそうとしたところで、気付いた。
ムブラハバの腹部に赤いシミが広がっていることを。
『――どうやら、飛ばした先の異空間で暴れとるようじゃ。…もはや、出て来るのは時間の問題』
あの空間はムブラハバの胃と繋がっていたということか。だったら、自分たちもそこに行くのか?と首を傾げる。
だが、ムブラハバはそうではないと告げる。
『お主らは、クロガネのところに身を寄せい。そして、あやつの力になれ』
そこまでが聞きとられた最期だった。
飛ばされる間際、血で真っ赤に染まった腕のようなモノが姿を現したのは見たが、どうなったかはわからない。
それでも眷属としての力が失われている以上、彼が死んだのは明白だった。
神を倒し、ドロップについて変えようと戦ってきた男は呆気なく命を落とした。
それから、世界は大きく変わらざるを得なくなる。
領地に縛られる生活から解放された魔王たちは今までの鬱憤を晴らすかのように暴れはじめる。
しかし、その波に乗れないのは、魔王連盟に加盟せず、どっちつかずの日和見な態度を取ってきた者たちだ。
彼らは魔王が暴れているという情報を得て、初めてムブラハバがやろうとしていたことに気付くも今更輪に加わるには遅い。
元々、魔王として消極的な活動しかしてこなかった彼らは今まで通りの態度を取り続けるしかないと思われた。
しかし、世間はそれほど彼らに甘くない。
教会を中心に魔王たちを討つための団体が数多く集められ、領地の影響がなくなったことで油断していた弱小魔王はどんどんその数を減らしていった。
結局、残ったのはすぐに行動を起こした魔王連盟の魔王。あるいは逃げ出した者。
彼らに対する世界の包囲網は着実に狭まっていた。




