第2話 招待ダンス
短いです。
「それで?」
神はそれだけしか尋ねなかったが、クロガネにはこれからどうするつもりなのか詳しく説明しろと言われ――命令されているような気分になった。
だからだろうか。質問に答えることはせず、ただただ憮然とした表情を浮かべたまま顎でついて来いと指図をするに留めた。
「――ふはっ!」
だが、そんな態度をあの神が許すはずもない。
「来てほしければ、愉しませてよ?」
黒い。
そう表現するのが妥当な笑みを浮かべ、神はブリキッドへと襲いかかってきた。
「「「きゃあああああっ!!」」」
街中で白昼堂々と始まった戦闘に周囲から悲鳴が上がる。
「あはははっ! ホラ、ホラ! ホラァアア!!」
「…………チッ!」
攻撃を躱し、舌打ちをしつつクロガネは反転し誘導する。
(見境なしか…!)
内心では悪態の嵐をつきつつ、これ以上の被害を出さないためにも目的を達成することが先決だと結論付けたが、想像以上の威力で嬉々として攻撃してくる神を上手く誘導できるか……本体に比べ弱体化しているブリキッドの体では不安が残った。
「〈フラッシュボム〉!」
「……ッ、〈エクスプロージョン〉!!」
まさに文字通りの閃光弾となる光魔法を地面を爆発させることで上に逃げる。
「魔法戦じゃあ、こっちが不利か?」
魔法で互角の相手など今までいなかった。
そのクロガネににここまで言わせるとはさすがは神と言うべきか…。それとも大人げないと言うべきか。なんにせよ、ますます以て長引かせることは出来ないと判断した。
「……なかなか派手にやりよるわ」
そんな二人の攻防の形跡を妖艶仙女の魔王領から見ていたムブラハバはひげを擦りながら、呟いた。
おそらく神と接触をしたクロガネがこちらに誘導しているのだろうと。
「それにしても……」
ただし、ここでムブラハバは誤解もしていた。
「クロガネめ、これはいくらなんでもやり過ぎじゃろう…」
立て続けに上がる爆炎や閃光に対してぼやくムブラハバは、まさか派手なモノはすべて神が行っているなどとは思っていなかった。
むしろ、神をおびき出すためにクロガネがやっていると考えていた。
これは大魔王であり、世界の法則に対して反旗を翻したとはいえ純粋なこの世界の人間の反応だと言えよう。つまり、神が自ら作り上げた世界に対して牙を剥くはずがないという考え。
転生者であり、元の世界では神が人間に対して天罰を下す話などざらにあったクロガネにはわからない感覚だが、それには当然理由がある。
神は基本的に人間に対して不干渉を貫いてきたからだ。
神の最大の干渉はドロップを授けることと、魔王に対して制限を設け勇者を生み出したこと。それ以外に干渉らしい干渉を行っていないのだからそう思われても仕方ないのかもしれない。
実際、転生したクロガネ以外には素の対応はしていないわけでそうなるように印象操作を続けていたのだからこればっかりはムブラハバを責められない。
責められるとすればそれは無実の罪を被せられようとしているクロガネただ一人だけだろう。
((あー、鬱陶しい!))
追う者と追われる者。
誘導される者と誘導する者。
そして、神と魔王。
二人の壮烈な追いかけっこは周囲に孫文に被害を撒き散らしながらも続いていた。
ただ、元よりそれほど我慢の利かない二人。不満が爆発するのは当然の帰結だった。それが奇しくも同じタイミングだっただけで…。
「……やるか」
ボソッと呟いたのはクロガネ。
誘導するように走っていた足を止め、追ってくる神を迎え撃つ構えを見せる。
「……もういいかな?」
ほぼ同時に神も速度を速めた。
走っている最中、誘導されていることには薄々と気付いていた。それでもあえて追いかけていたのは少し楽しかったからだ。
だが、クロガネが現れた方向。それに向かう方角。それらを照らし合わせればどこへ向かおうとしてるのかは自ずと想像が付いた。
ここに顕現したのもそこが一番、行動を起こすのに適していると考えたからだったので驚きはない。
ただ、ここで素直に誘導されるような性格もしていない。目的地がわかったのだから、メインに入る前に前菜を愉しもうとしみたくなった。
(どうせ、ボクチンが干渉出来るのはあと少しだけ。だったら、我儘を許しておくれ?)
「〈アースウィップ〉」
「〈天使の行軍〉」
――神と魔王の思惑が合致し、対国家戦力級魔法が衝突した。
「ぐぅぅっ!?」
結果、敗れたのはブリキッドだった。
イリスですら苦戦した魔法に対し、神が使った魔法がとんでもなく優れていたというわけではない。むしろ単純な威力では数段劣るだろう。
敗れたのはやはり目的の違いだった。
ブリキッドは広範囲に効果を及ぼす魔法を使用し、追い詰めることも視野に入れて使用していた。実際、前方から伸びたムチは一度、神を追い越した後に戻ってきて退路を塞いでいる。
それに対し、神は直接的にブリキッドを狙っていた。
使用した魔法〈天使の行軍〉は光の天使たちを召喚する魔法。神が使うとシャレにならない気がするがそれはご愛嬌。
数十体の武装した天使たちは大雑把なムチを掻い潜り、ブリキッドに武器を叩き込んだのだ。
当然、それを黙って受け続けるほど甘くはないが、串刺しにする数よりも天使の数の方が多く、また魔法自体のスピードも天使たちの方が速かった。
薙ぎ払い、近寄らせないよう注意を払いつつも、徐々に後退を余儀なくされていた。
一方、神も無事ではない。
下界に降りているときの肉体的な性能は普通の人間とさほど変わりはしない。
〈アースウィップ〉なんて一発喰らえば即刻退場だ。
(……常識人かと思ったら、案外戦闘狂だよね)
クロガネが聞けば甚だ不本意だと抗議をしてきそうな感想を抱きつつ、これ以上の被害を抑えるために神はクロガネへと突っ込んで行く。
それはクロガネ――ひいては魔王連盟の思惑に乗っていく行為だった。
(……あれ? 何やってんだ?)
向かってくる神を見て、ブリキッドはようやく正気に戻った。正確には本来の目的を果たすことを思い出した。
よくよく考えれば、戦う理由はないのだ。
神への反抗心から戦うことを選んだが、神に言うことを聞かせる必要もない。
そのことに気付いた時の行動は速かった。
「!! しまった!?」
神は、ブリキッドの思惑に気付いて足を止めようとするがそれも間に合わない。
ブリキッドに触れるか触れないかというところで発動された魔法によって、飛ばされる。
「――待っておったぞい」
「……やられたね」
苦笑しつつ、声の主へ振り返るとそこには悠然と佇むムブラハバがいた。
「それでは、始めようか?」
「ふふっ、すぐに終わらないといいけどね? 弱虫な大魔王君?」
「ぬかせっ!!」
時間は急激に加速していく。
それは世界の終りなのか、それとも始まりなのか。
勝敗はともかく、神と大魔王の戦いによって世界に大きな変革がもたらされるのは疑いようのない。




