第7話 LIVE魔王連盟
「かっ! どうしようもない生臭坊主じゃ!」
ブリキッドから送られてくる映像を眺めるムブラハバは周りにも聞こえるように仇敵の悪口を言う。
現在地はアーラジン大陸の大魔王ムブラハバが治める領地マクスウェル。映像を囲むように座るのはムブラハバ、それに大陸内外を問わずに集結することが出来た魔王や本人が出席できない場合はその代理人など――すべてが魔王連盟に所属する者たちだった。
そして、彼らが見ている映像には彼らが欲する情報こそないものの教皇と前教皇が行ってきた悪事の数々の情報が散りばめられていた。
「十中八九、見るのが我々だと分かったうえで放置していきおったか…!」
こんなものを魔王が発表すれば教皇への擦り付けだと疑われるだけでなんのメリットもない。むしろ、デメリットの方が遥かに多い。
「クロガネさんもこんな面倒な役を引き受けさせられて可哀想に…」
「…ほん、と」
二人の魔王が口を開くが、これはむしろクロガネが率先していることなので気にするつもりはない。ただ、この場にいないクロガネに代わって盟主であるムブラハバに苦言を呈するのが彼らの役割なのだ。そうしなければクロガネはさらに厄介ごとを押し付けられ、そのしわ寄せが自分たちに来ることがわかっているだけに容赦はしない。
この二人のように、クロガネを圧倒的に支持する魔王はムブラハバの指示を受けてクロガネがスカウトに赴いた者たちで、主に他大陸の魔王だった。
イリスから聞いたファントムという男の襲撃を受けてから、教皇と対立する可能性を考慮し、即座に魔王連盟への参加を表明したクロガネは長く拠点を開けて隙を作るわけにはいかないというムブラハバの言に従い彼が行っていた仕事の大半を引き受けていたのだ。
すべては借りを返すため。そして、平穏な日々を取り戻すために。
なので今はどんな苦労よりも探している情報が見つからなければ徒労に終わり、相手に付け入る隙を与えることの方が問題だった。
「にしても、一向に出てこんとは……」
あそこにはないのかもしれない。ムブラハバが集まっていた魔王たちの気持ちを代弁するように呟くと、多少のざわめきが起きる。
だが、ムブラハバとしてはむしろその可能性の方が格段に高いと考えていたし、クロガネにも示唆していた。
(今回の作戦は教会の人間が持ち込んだものだと聞いておるし。なかなか、骨が折れそうじゃの?)
それでもあえて決行させたのは、クロガネだったらどうにかするだろうと丸投げ――信頼しているからだった。
『こちら、ブリキッド』
ざわめいていた室内にブリキッドの声が届き、部屋中の視線が映像へと移る。
『つい先ほど勇者から連絡があった。向こうの作戦は成功して脱出を図っているらしい』
「…となると、あまりのんびりはしておれんな。そちらの進行具合はどうじゃ?」
代表してムブラハバが問いかけるが、色よい返事は返ってこなかった。
『一応、ギリギリまで探してみるつもりだ。最悪、やられても死ぬわけじゃあないからな』
「無理はするなよ?」
案ずると言うよりも若干、挑発するように口角を上げる。クロガネもそれに気が付いているらしく、こちらも負けじと口角を上げて返した。
『誰だと思ってやがる? まあ、そっちは宴会の準備を整えて待ってな』
「……さて、同志クロガネはああ言っておる。あやつを信じてみようではないか」
「そうなると、宴の場所が問題ですね」
「例の力。それがどういう系列なのかはわからないけど、神と戦うことになる。油断は出来ない…!」
「なに、ここにいる者たちの大半は囮。教会が介入してこれんようにするための攪乱役じゃ。そう気にすることでもあるまい?」
不安はわかるが、今更言うことではないと不安を煽る者を諌め不敵な笑みを浮かべる。
「――何より、戦うのは儂じゃぞ?」
その表情には自信が漲っていた。
何を見据え、何を考えているのか。それを知る同志たちは恐れを忘れ、興奮したように雄叫びを上げる。
「――さあ、宴の準備を整えようぞ!!」
「「「うぉおおおおおおおおお!!!!」」」
世界の災厄である魔王が一堂に会するという、悪夢のような光景はこれから起こる大事件の始まりに過ぎないことを世間はまだ誰も知らない。
これすらも悪夢の序の口に過ぎないだということも…。
《やっほやっほやっほ~! 聞こえてるぅ?》
探し物が見つからず、イライラしているところにさらに苛立ちを増幅させるような声が聞こえてきた。
「…………神」
最悪のタイミングであえて空気を読まずに現れた神に対して、クロガネは苛立ちを隠さない呟きを漏らし、虚空を見上げる。
「……何の用だ?」
神に対抗しようとしている人間に声を、しかもそのための手段を探しているときに声をかけるということはこちらの行動はすべて読まれていたと考えるべき。
クロガネはそう考え、単刀直入に問い掛けた。
以前話した時の性格からすると、対抗しようとする人間をどうこうするよりもそれを楽しみにしている節がある。今だって、別にクロガネをどうこうするつもりがあるとは思っていない。だからこそ、タイミングが気になったのだが…。
《ああ、君たちが探している情報を教えてあげようと思ってね~》
まさか、そんな答えが返って来るとは思わなかった。
「……はっ??」
そんなわけで素で呆けてしまったのは無理もない。
「い、いやいやっ! 何を言ってんだ!?」
立場的には魔王連盟に所属しているとは言っても、クロガネの目標としては盟主ムブラハバの悲願などどうでもいいと考えていた。
なのに、まさか敵対しようとしている神本人から自身の弱点になり得る情報(だと思っている)を教えるという。ハッキリ言って、わけがわからなかった。
「……何を考えてんだ?」
この段階になってしまえば、答えてくれるかなどどうでもいい。
気になったら聞くしか出来ない。
《…う~ん》
ただ、神は渋い声を上げる。
答えるべきかどうするか迷っている様子は、普段のお茶らけた雰囲気とは違う。――それでも、神っぽくはないと感じられる。
《『何を?』と聞かれると、ちょっと困るんだよね~。ただ、しいて理由を言うならお詫び…かな?》
「……侘び?」
この神にそんな殊勝な感情があったのか?実際に、神と対話したことがある人物ならば抱いて当然の感想を抱きつつ、ただし相手は心を読める存在であること考慮しなければならない。といっても、対抗手段がないので意味はない。
《ちょっと? 失礼なこと考えてない?》
だからそんな風に問われ、姿が見えるわけでもないのにサッと目を逸らすのだった。
「……で? 侘びってのは誰に対するだよ?」
先程のやり取りなどなかったかのようにそのまま話しかけるが、内心では冷や汗がだらだらだった。
「ハッキリ言って、オレにも迷惑はかけてるが、オレに対して侘びをするとは思っちゃいない。というよりもお前にとって、人間に対して何か考えてるとは思えない」
取り繕うことなどしない。
隠し立てするようならば協力をするつもりはないと言外に告げていた。
《ボクチンがお詫びするなんて決まってるじゃん!》
そして、意外な人物の名が神の口から紡がれた。
《ダイアナちゃんだよ~ん》
《実は、ダイアナちゃんのドロップはかなり特殊なものなのだ!》
神は世界でも謎多きドロップの性質を語る。
《ダイアナちゃんと同じドロップは大体、数百年ごとに適合者が現れるんだよ。そのドロップはボクチンにとっては良くも悪くも大事な力だから、厳選して授けてんだよね~》
ドロップの本質を覆すような、あえて自分が授けたというのは世界の根底を覆しかねなかった。
《教皇なんかは勘違いしてるみたいだけど、ダイアナちゃんのドロップはボクチンを顕現させるような力じゃないんだよね~》
「……そんな風に考えてたのか」
教皇の思惑を意外なところで聞いて、感心するというよりも呆れてしまった。
《まあ、だから彼らはボクチンをおびき出すためにダイアナちゃんを利用してんだけどね! ただ、それがボクチンを怒らせたんだから本末転倒だけど》
ぷぷ~と吹き出したような感じだが、何がそんなに面白かったのか?怒らせたんじゃなかったのかと?関係ないことを考えてしまう。
《ダイアナちゃんのドロップはボクチンが下界に降りる場所を見つけ出せる力なんだよ》
神を見つけ出せる力。
神は数百年に一度、下界に降りる。それは自分が作った世界を愉しむためだったりする。
ただし、下界に降りたからと言って神が人間に見つかることはあり得ない。それほど、神と人間の力の差は大きい。
だが、それを可能にするのがダイアナのドロップ。
その力は神が下りる場所を見つけ、また様々なモノに扮している神の正体を見破る力。この力で、神の下界生活をサポートするのが力を授かった者の務めなのだ。
《今回は、特例でボクチンが強制的に力を覚醒させたげる。ついでに、君らは目的を達成するといいよ》
魔王連盟の目的。それは、神の支配からの脱却。
《下界に降りているときは、力がかなり弱まってるからね~。やろうと思えば勝てると思うよ?》
かなり難しいが、不可能ではない。
神の言葉は出来の悪い子どもを見守る親のような心境が滲み出ていた。
「……で、見返りに何を求めてんだ?」
《さっすが! 話が早いね!》
神はきまぐれだが、だからこそ無償で願いを叶えるわけがない。ただし、クロガネに出された要求は意外過ぎる内容だった。
《君には、DNA鑑定……というよりも親子関係の証明魔法を開発してもらいたい》
「……理由は?」
《……ダイアナちゃんのためだよ》
初めて暗い声を出す神。
神はダイアナが穢されたことや、新たな命を宿ったことを告げる。
《教皇は、ダイアナちゃんの子どもこそがボクチンだと思ってたみたいだけど、その際あえてフェルナンドの姿をしていたんだよ》
教皇のドロップ。それにフェルナンドの正体。それらが合致すればあとは簡単に目的の合致が起こっていた。
《教皇はフェルナンドに別個の自我を与えていた。だけど、自我がある時点でそれはもはや別人だよ。だから、君らの目的が叶う――ドロップの制限がなくなれば、フェルナンドは生きていた人間になる》
神はフェルナンドを一人の人間とすることで、ダイアナは愛する人との子を宿していると伝えた用としてるのだ。
《本来、あのドロップはボクチンが下界から帰る時に回収して望む力を与えてるんだけど、今回はボクチンが勝手に決めておくよ。そのドロップは真実を見抜く力だ。そうすれば、嫌悪している君の言葉でもダイアナちゃんは信じることが出来る》
「……嫌悪してるって」
そんなハッキリ言わなくてもと思わなくもないが、事実なので黙っていることにした。
《顕現する場所についてはダイアナちゃんに聞いてね! わかるようにハッキリと伝えるからちゃんと間に合ってね!》
「一ついいか?」
神が去ろうとしているのを察し、クロガネはどうしても気になっていることを尋ねた。
「そもそも、お前がなんとかすることは出来ないのか?」
相手は神だ。根本的な問題の解決だって可能なのではないか?と。
《残念だけど、それは出来ないんだよ。何故ならばドロップは落し物という扱いだから》
「…つまり、この世界に落とし――あんたの手を離れた時点で干渉する力を失うということか?」
《そういうこと! それじゃあ、任せたよ! 情報については適当にでっち上げといて! そういうの得意でしょ?》
「……勝手なことを」
言いたいことだけ言って消えた神に愚痴をこぼしたものの、クロガネは初めて神を信じてみようと思うのだった。
あと3章ぐらいで終わります。それまでお付き合い下さい。




