第3話 ゴキブリ魔王の城作り(仮)
ダイアナがノーキンダムの教会でフェルナンドと密会したついでに体を重ね合わせ、それを覗いていた勇者イリスが悶えるよりも少し前の時間――クローヴィスはこれから自分が住むことになる城の前に到着していた。
「……無駄に広いな」
領地の入り口で馬車を下されてから結構な距離を移動する羽目になったことに対する文句が最初に出てきた。
それもそのはずで、魔王領は仮にも王と名乗る人間がみすぼらしい場所に住んでいては雰囲気が出ないという神の我儘によって小国ほどの大きさが与えられている。前任者がいたりすると、多少大きく成ったり小さくなったりもしているが、人ひとりで十分すぎるというよりも無駄な広さだし居住区である魔王城はほぼ中央に位置しているので城に到着するまでが魔王になってからの最初の苦労だと語る者も少なくない。
クローヴィスも初めは景色を楽しみながら歩いていたのだが、微かに見える城に近付く気配がないので最終的にはフライという飛行魔法を使って飛んで来ていた。
苦労して辿り着いた魔王城の感想として抱いたのは『黒い』というものだ。
見える範囲はほとんど黒い城壁で作られており、見た者に威圧感を与えること半端ない。ここに住むのかと慄いてしまうのも無理からぬことだ。
意を決して城内に踏み入ると今度は別の衝撃が襲った。
それは領地を移動してきた時とはまた別の広さ、デカさによる衝撃だった。
外から見てわかっていたことだが、魔王城は予想を遥かに超えて大きく荘厳な造りをされている。前世ではしがないサラリーマンでしかなく、今世では貴族といえどここまで立派な建物に出会う機会はなかったクローヴィスにとっては青天の霹靂といっても過言ではない。
「……あれっ? …妙だな」
これからここに住むのか、住んでいいのか?などと考え始めたところでクローヴィスは違和感に気付く。ここまで立派な城なのに、装飾品の類が見当たらない。あるのは階段や扉だけで照明器具の一つも見当たらない。
気になって手近な扉を開けてみるが、そこにも何もない空間が広がっているだけだった。
これだけの城なのに、道具が一つもない。まるでハリボテの城のようだと思った時、再びあの声が頭に響く。
《やっほやっほ~! 皆大好き!! 神様ですよ~》
その声に移動中には感じなかった疲労感がドッと押し寄せてくるのを感じながらどうせ姿は見えないだろうと思いながら天井を見上げると視界に映る物があった。
それは首が痛くなりそうな高さにある天井の壁ではなく、自称神だという胡散臭い存在でもなかった。クローヴィスが視界に捉えた物、それは薄い長方形をした物だった。ひらひらと近付いてくる物を眺めているとそれが封筒だと気付く。
神ではなく、紙が現れたかなどと思いながら手に取れる位置まで落ちてきたところで手を伸ばして確認するが、奇妙なことにどこにものり付けしたような形跡が見受けられない。中には何かが入っているらしく膨らみはあるが透かして見ても外側が厚すぎるのかどんなものが入っているのかまではわからなかった。
《受け取ったね? それはこの城の仕様書になってま~す。切れ目とかはないけど、適当に破いたら中身を取り出せるから気にしないでね! あっ、別に燃やしたりしても中身は取り出せるよ?》
どうやらこれは神からの贈り物らしい。
そう思うと、神に対してぶつけられない苛立ちをぶつけたくなってしまった。真ん中から破いてもよかったが、そんな程度で苛立ちが消えるとも思えない。
徐に封筒を床に置くと、数歩距離を取る。
「ハッ!!」
気合いと共にクローヴィスの掌から火の玉――〈ファイヤボール〉が飛び出した。
飛び出した〈ファイヤボール〉は封筒に直撃すると小さな爆発を起こし、周囲に火の粉が飛び散った。直撃した箇所を見れば、ぷすぷすと煙が上がり焼け焦げたような煤とその上に何もなかったように巻物が姿を見せていた。
少なくとも外側から見た限りではあれほどの厚みはなかったと思いながらも現れた巻物を手に取り広げてみる。そこには『魔王の始め方』というふざけたタイトルと共に魔王について詳しく書かれており、先程言っていたように城についても記載されていた。
《わからないこととかはそれを見るか教会の人間に聞いてね! バッハハ~イ!》
これを渡すためだけに出て来たのか、神は満足したような声を上げながら消えて行った。元々姿が見えないがなんとなくそれがわかったクローヴィスはさらに疲労感を感じるのだった。
「ええっと…?」
気力が回復するまで少しの時間を要し、いつまでもこうしていてもしょうがないと奮起する。
まずは巻物を見てみるのが重要だ。
『魔王の始め方』という内容の巻物、最初の方は飛ばしてひとまずは城について書かれているところを読むとそこには城の見取り図や家具がない理由が書かれていた。
どうやらこの城に家具がないのは自分で想像……いや創造するためらしい。
魔王城に住む人間は配下の人間――眷属がいる場合も含めれば大人数になる場合もあるし、クローヴィスのように単独で住み込むという場合もある。それに合わせて神がすべての家具などまで用意するのは手間なので自分で考えるようにするとのこと。
かつてはそれこそすべての眷属分まで神がデザインしていたそうだが、それを神による贔屓だと教会から訴えられ渋々承諾したのだという。
さて、この創造するということだが、確認したように城内の部屋には一切の家具が置かれていない。
「ここをこうして……」
クローヴィスは巻物に書かれているように部屋に入ると扉の内側に手を当てて目を瞑り、作りたい部屋の内装をイメージする。
「おぉっ!」
目を開けたクローヴィスは驚嘆する。
まさに想像した通りの部屋が出来上がっていた。
「おっどろいたな~」
自分のイメージ通りの再現度に出鱈目加減を実感する。出来上がった部屋の中はかつてクローヴィスが鉄次郎として過ごしていた時の部屋をイメージした内装をしていた。ベッドや照明は明らかにこちらの世界の物とは異なっている。
さすがにパソコンやテレビなどは作っても意味がないと思ったのだが、試しとしてパッと思い浮かんだのが慣れ親しんだ部屋だった。
「……点かない、よな?」
おそるおそる電源を入れてみる。しかし、テレビには何も映らない。がっくりと肩を落とすクローヴィスだったが、そこであることに気が付いた。
「そうだ! そもそも電気が通ってない!!」
地球に住んでいた頃、テレビやパソコンなどは当然電気で動いていた。一人暮らしでそこまで裕福でないので当然住んでいたマンションが太陽光発電に対応しているなんてこともない。いや、対応していたとしてもそのための施設を用意していないのだから電力が供給されないだろう。
イメージ通りに部屋が作れることは理解したのでそのうち発電室をどこかに作っておくかと考え、改めて見取り図を確認する。
地下三階を含め、全十八階層。これが一般的な城の大きさなのかどうかは詳しくないのでわからないが、一人で住むには大きすぎるというのはわかる。今後どうなっていくのか未明なのでいくつかの部屋は手つかずにしておくとしても、半分ぐらいは使えるようにしておきたいと考えていた。
そんなこんなで訪れたのは最下層の地下三階。
そこは貯水庫だった。水脈に繋がる小さな湖のような部屋。水はあるが、汲むための道具や設備は当然置いていない。
クローヴィスは水を一口飲むと、自信の体内に流れる魔力を集中させる。
水は吸い上げられるように上へ上へとせり上がっていき、大きな球体を形成した。球体はぶよぶよと不安定な状態で空中に留まり、抜かれた分の水は時間と共に湧き上がる水で補充されるだろう。
クローヴィスがこのような行動を取った理由は、毒の防止だった。ここの水は水脈に繋がる形で供給されている。つまりは水脈自体を作り出したわけではなく、水脈がある場所に城が立っている。ならば、魔王領を囲むような場所から毒を流し、それがここに到達しないとも限らない。
水がなければ生きていけない、さらには清潔な水を好むというのは元日本人ならではかもしれない。
さらに浮かんだ水を囲むようにホースのようなものが伸びたガラスケースを作り出した。一定量の水を貯蔵できるそれによって水の供給を可能にしていたのだ。これは先程発電システムがないことに気付いたからこその発想だった。
こうしてクローヴィスは新しい住居を前世の快適な暮らしに近付くように改築していく。
そこにはウィンドゥズを思わせる世界観はほとんど入り込まず、城内だけを見れば古びた城をリノベーションしたと地球の人間は思うだろう。……まあ、この世界に地球のことを知っている人間はクローヴィスしかいないわけで、この内装を見たウィンドゥズの人間は異端の魔王や未知なる智謀を秘めた魔王としてさらなる恐怖を募らせることになるだろうことは予想に固くない。
とりあえず書き上がっている部分をすべて投稿しました。結構間が空いたのに少ないよ!という方は申し訳ございません。できれば、週一ペースで投稿する予定ですので温かい目で見守ってください。
また話は長かったり短かったりします。