第5話 奇跡を託して…
ガガレオの語りは続く――。
「前教皇ファウストに連れられて教会へとやって来た少年に対する興味から、私を含め多くの者が彼を観察していた。その中でも私は彼の教育係みたいなこともやっていたからか、一緒にいることが多かった」
そんなある日、ガガレオに神託が下った。
「内容は至ってシンプル」
少年が勇者として選ばれたその程度の内容だった。
それまで数人の勇者に神託を授けていたのでそんなことは珍しくもない。珍しいといえば、信者が勇者になることが多少珍しい程度。
「…そう思っていた」
勇者としての神託を下されたヨーファン少年はそれまで以上に精力的に行動し始めた。
勇者として各地を巡りながら着々と地位と信頼を築いていったのだ。
「初めは喜ばしいことだと思った」
だが、すぐにおかしいと思うようになり始めた。
「私は彼のドロップを知らなかった」
正確にはヨーファンのドロップを知っていたのは極々一部の人間だけであり、教皇以外の人間の前では使用することもなかったほどだった。
「だが、決定的に違和感を覚える事柄が発生した」
ある日のこと、ガガレオの耳にはヨーファンの活躍が飛び込んで来た。
「……あり得ないと思った」
魔王を退治したという吉報であるにも関わらず、ガガレオの胸中に去来したのは不安と不審だった。なぜならば、ヨーファンが魔王を退治したという日付に彼は教会内で仕事をしているヨーファンを目にしていたからだった。
「何やらこそこそと人目を避けるように動いているのが気にはなったが、元々積極的に人と関わろうとしなかった少年だ。だからあまり気に留めなかったが」
しかし、一報を聞き、その理由に気が付いてしまった。
あの時、ヨーファンは見つかってはいけないからこそこそとしていたのだと。
「それからだ。私が彼を監視するようになったのはただ監視すると言っても、相手は勇者であり現役教皇のお気に入り。勇者の担当とは言え、その当時の私では彼の行動を逐一把握することは不可能だった」
だからこそ、ガガレオはまず自分の地位を上げた。
ヨーファンに注意を払いつつも、他の勇者のサポートも行い教会の布教活動なども積極的に行ってきた。そして、数年が経った頃。ようやく枢機卿にまで上り詰めた。
「まさかっ、枢機卿だったとは…!」
イリスは得体の知れない人物が教会でも屈指の権力を有する枢機卿だと知り、彼がそこまでして追いかける教皇の真実に恐れを抱いた。
それと同時に、この話は避けて通ることの出来ない道だと直感で悟ってもいた。
「……続きを聞かせてください」
もはや、イリスにはガガレオに対する不信感など微塵もなくなっていた。
「――監視する者とされる者。その関係とは言え、私が一切情報を掴めなかったから関係が悪化することはなかった」
このまま勘違いで済ませられるのでは――そんな淡い期待は粉々に砕かれた。
「私のドロップは他者の位置を把握することが出来る」
ガガレオは残った右手を差し出し、そこに浮かんだ矢印を見せる。
「五つの矢印は君と先程の石板の男、ムブラハバ……それにヨーファンと謎の人物を指している」
一時は絶望のあまり力を使うことを辞めようとした苦い記憶と先程のダメージから顔を歪めつつ、振り絞るように言葉を紡いでいく。
「ヨーファンの不思議な行動を見てから、私は彼を見かけてはドロップを発動させてきた」
上限五つの能力を同一人物に使う意味など普通はない。
それでも続ける価値があると考えていた。
それはある意味神託にも似た確証のない確信だった。
「その日は、ヨーファンが執務室に戻ったのを確認し自室へ帰ろうとしていた」
不意にドロップを確認するとおかしなことが起こっていたのだ。
「五つの矢印のうち、一つだけが全く別の方向を指し示していたのだ」
「私は慌てたよ。慌てて、どういうことか確かめに行った」
一つだけ方向がずれた矢印は教会の少し下を指していた。
「矢印を追うように突き進み、辿り着いたのは教皇の部屋の前だった」
そこでも矢印は下を指していたが、その部屋は行き止まりでそこより下などあるはずがなかった。
「なんとか降りる方法がないかと思考していたが、突如矢印が消えた」
マーカーとなっている矢印の消滅。
それは相手の死を意味する。
「だが、残りの四つは以前として同じ場所を指し続けている。そこでようやく私は確信した。――ヨーファンは自身の複製を作れるのだと…」
「それから私は彼と関わり合いになることを表向き避け始めた」
目の前にいるのが本体かどうかも分からない以上、不用意な行動は出来なかった。
それでも探り合いは続いた。……ヨーファンが勇者を辞めるその時まで。
「ヨーファンが勇者を辞めたきっかけを知っているかね?」
「……たしか、強力な魔王と戦ったことで戦闘が出来なくなったと」
ガガレオの問いに、イリスは教会で記録されている活動記録に記載されていた情報を告げる。
「…そう。表向きはそうだ。そして、私もそれを信じていた」
ある日、満身創痍で帰ってきたヨーファンを迎えたのはガガレオだった。
勇者の担当者として彼が生きることを願っていた。
「その時、ヨーファンは神器を失っていた。……先程の男が持っていた石板。あれこそがヨーファンの神器だ」
「なっ…!!」
では、あの男が――イリスの口からその言葉が飛び出すよりも前にガガレオはその考えを否定する。
「……あの男が、ヨーファンを倒したわけではない」
(…確かに。そうだな)
ヨーファンが勇者を辞めた時期を鑑みてもあの男は若すぎる。
納得はしたものの、新たな疑問が浮かび上がるだけの結果にイリスは困惑するしかない。
「あれは、あの男は――」
悔いるように、恥じるように何よりも恐れるようにガガレオは慄き、震えつつ言葉を――真実を告げる。
「あの男はヨーファンの作りだした亡霊だ」
「…ぼう、れい……?」
ガガレオが何を言いたいのかイリスには理解できない。
亡霊を作り出したということも、それが意味することも。何もかもがイリスの理解の範疇を超え過ぎている。
「そう、亡霊だ」
戸惑うイリスを置いてガガレオは虚ろなまま語る。
流血が止まらず意識が朦朧としている彼は最後の力を振り絞っていた。
「ヨーファンは勇者の辞め時を探っていた」
普通は自分の役目を終えた時や高齢などの理由から引退を考えるが、ヨーファンの場合は最も効率的にやめるタイミングを探っていた。
「当時は教皇ファウストが倒れ、もう長くないと言われ始めていた時期だった」
それこそが、ヨーファンが行動を起こす時期。
彼は勇者としての活躍というアドバンテージから教会のトップに君臨する――誰もが彼を支持したくなるタイミングを待っていたのだ。
だが、名声を手に入れた男は普通に引退は出来ない。
高齢を理由にすればその後の教皇の座が遠くの可能性があり、敗北などでは信用が揺らぐ。
「だからこそ、強力な魔王と戦ったと偽りを流した」
当時の資料はほとんど残っていない。
ヨーファンが誰と戦ったのかという記録すらも。
これはヨーファンが成り立ての魔王に勝負を挑んだからという理由と、激しい戦闘跡地が発見されたからだ。通常、それだけで調査をせずまた記録を残さないなんてことはあり得ないが、築き上げてきた信頼と名声は常識を覆した。
「勇者を引退する以上、神器を持っていくことは出来ない」
神器は神から勇者への授かり物。引退すれば教会に返納し、新たな勇者の力にする決まりがある。
「だから、奴は作り出した。自身の勇者としての概念を形としたもう一人の自分を」
「勇者の概念…」
「そうだ。石板の男――私は便宜上ファントムと呼んでいるが、奴はヨーファンが勇者として培ったすべてを注ぎ込んで作り上げた存在だ。そして、それゆえかあいつは魔王の関係者への果て亡き憎悪を身に宿している」
(そういえば…)
イリスは男の第一声を思い出していた。
あれは魔王の関係者への憎悪からくる言葉だったのかと。
「……今はまだ、制御が出来ているがそのうち制御不可能な化け物になる。私の役目は奴を止めることだと思っていた」
まるで今は違うと言いたいようだ。
「私はヨーファンのあらゆる行動を見てきた。今日、ここに来たのは、数年間放置していたファントムに接触があったからだ」
「そいつはフードを被っていて正体はわからなかった」
一応、マーカーは付けたが、今にもこと切れそうな体では追いかけることは出来ない。それが心残りだった。
「…気を付けろ、勇者イリス。奴らはとても恐ろしいことを考えている」
だが、命の灯火が消えるその時まで、出来ることをする。
「君に、このようなことを頼むのは心苦しい。だが、聞いてくれ!」
「君がファントムを止めてくれ!!」
男の願いは聞き届けられ、神託となった。
「!!」
強い願いに反応するように、天から舞い降りた剣。
純粋な願いを映し出し、美しく輝く剣はガガレオの残された手へと収まっていった。
「おぉ…! 神よ」
薄れゆく意識の中でもしっかりとその存在を感じたガガレオは歓喜の涙を流し、むせび泣く。
今にも消えそうな小さな炎は一瞬の輝きを放ち、殉教者の体を突き動かす。
「受け取れ。真なる勇者よ。私の願いと世界の命運をあなたに託す」
「――その願い、たしかに受け取った…!」
イリスもこぼれ出る涙を一顧だにせず、剣を差しだすガガレオの手をギュッと握り緊め思いを受け取った。
こうしてイリスはウィンドゥズ初の別々の神託を授かった勇者となる。
(――神父ガガレオ、あなたから託されたこの剣に誓って私はファントムを止め世界を救って見せる!)
背中に懸かる二振りの剣の重さ。
そして、こと切れたガガレオの手を感触を思い出すように守るべき女性の手を引く。
ガガレオ亡き後、彼の日記には鍵となる人物の名前が記されていた。それこそがシスターダイアナ。教皇が狙う変革を引き起こす人物であり、囚われている聖女。
知り合いでもある彼女を救うために彼女を最も良く知る人物へと協力を頼んだ。
今頃、その人物は教皇の足止めに向かっている。
命の危険を顧みずに。




