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第7話 昔日は穢される

 駆け足になりましたが、今章はこれにて終了です。

「見つかっただと!?」

 部下から報告があった事柄について教皇となって以来初めて驚愕を露わにした。

 その様、報告を持ってきた部下だけでなくその場にいた者全員に衝撃を与えることとなった。


 教皇ヨーファン・イル・ブレイズ。

 元勇者から教会に所属した者史上最も早く成りあがった者であり、前任教皇の甥として知られる男。勇者時代にはその手腕で数多の魔王を屠ってきた『魔王殺し』の異名をほしいままにし、その超越した経験によってか普段から感情を表に出すことのない彼だからこその反応と言える。


「はっ、はい! かねてより教皇様が信頼しておられる例の人物よりの報告で…。ほぼ間違いないかとっ」

 一方、そんな教皇の反応に戦々恐々とするのは報告を持ってきた人物だ。

 彼はその情報がどれほどの価値を持っているのかは知らない。もしも、教皇にとって良くない情報だったら…そう考えるだけで背筋には冷たい汗が流れる。

 未熟な反応を示す彼だが、こう見えてもありとあらゆる手段を駆使して枢機卿に上り詰めた人物。数十年前には教皇の座を巡ってヨーファンと争ったと若い者たちには伝えられている。

 その時に何かがあったのか、今となっては教皇に逆らう素振りすらも見せないので眉唾ではないかとも言われているが…。

「私は出て来る!!」

 サッと脇をすり抜け、足早に退出したことで残されたのは緊張が抜けた室内に教皇が抜けた通り抜けた際に起こった風が感じられるだけだった。




「――例の存在が見つかった」

 教会に備え付けられている執務室を飛び出し、自室――本棚の裏に作られた隠し階段を下りた場所で通話の魔法を発動させた。

『本当に?』

 会話相手は半信半疑らしい。教会の人間が聞けばゾッとするような失礼な態度だが、教皇としてはそんなことに構っている余裕はない。そもそも、相手との関係は表向きは対応なのだからいちいち細かいことを言っても仕方がないと諦めもあった。

「…間違いないだろう」

 ただ、こう聞かれたことで少し冷静にもなれた。

 部下からの報告を聞いただけで自分が確認したわけでもない。だというのに、慌てて報告するなんて普段の自分からは考えられないほどの失態だと羞恥を感じてしまう。

「すまん。少ししてからもう一度連絡を取る」

『…わかったわ。今度は慌てないようにね?』


「ふんっ! アバズレ風情がっ!!」

 怒りが沸々と湧き上がってくるが、やるべきことを考え即座にある相手へと連絡を取る。

『こ、これは猊下っ!!』

「先程、部下から報せを聞いた」

『少々お待ちをっ…!』

 どうやら周りにあいつがいるらしい。

 これがあるから気楽に連絡が取れないのだと、先程からかわれた苛立ちをぶつけそうになってしまう。もしも相手が魔法を使えるのならばもう少し楽なのだがと思わずにはいられなかった。

(次、雇う時は魔法を使えるかどうかを条件に入れるべきだな…)


『お待たせいたしました!』

 待つこと数分。永遠に感じられるほどの時間が経過してから再び魔法を発動させる。

「…よい。それよりも真偽だ」

『ははっ! まず真偽ですが、これは間違いありません! 私自身が確認しております』

 相手から見えないからと普段は行わないようなガッツポーズをして、先を促す。どのような経緯で発見したのかと。


『私がその情報を掴んだのは偶然でした。あのおか――いえかの者の連れて来た娘。その娘がドロップを授かる瞬間を目の当たりにしたのです』

「例の者が意外なところで役に立った。いや、本来の目的を達したということか…」

 ならば他の者は下げてもいいかもしれないなと考えるが、すぐに否定する。

 長年待ち望んでいたドロップの持ち主が現れたからといって、行動を開始するにはまだまだ時間がかかる。そのためには盤石にするための手札は多ければ多いほどいい。

 問題はかのドロップの存在を知っている者が多いことだろう。

「――その者が他者の手に渡らぬように手を回せ。その後は、指示あるまで待機せよ」

『ははあっ!』


「……いずれは奴も処分しておこう」

 目的達成のために使い捨てる駒を思い浮かべ、黒い笑みを浮かべ再び魔法を発動させる。

『は~い』

 呑気な声が頭に響く。

「私だ。確認が取れた」

『そう。じゃあ、私も動きましょうか?』

「……いや、少し待て」

 神妙な顔で動くべきかどうかを思案していく。

 頭の中では数多の策が浮かんでは消えていく。

「とりあえずすぐに動かせる駒を用意しておいてくれ。――黒い駒をな」

『やぁ~ねぇ~。面倒臭いことばっかり押し付けるんだから』

「…フンッ! お前にとっては造作もないことであろう?」

 軽口を叩かれることに多少の不快感は覚えるが、協力なくしては目標を達成することは困難。

 ここは我慢といつものように返す。

『まあね。まっ、お姉さんに任せなさい!』


「――さて、時間が惜しいな」

 どうするべきか?

 行動を開始するために必要な駒は今のところ全く足りていない。

 執務室に戻り、古びたチェス盤を取り出す。

「だが、これで重要な駒が揃った」

 チェス盤には白と黒の駒が並べられているが、多くの駒が未だ盤上に設置されてはいない。その盤上に引き出しから取り出した二つの駒を配置していく。

 白のクイーンと唯一クリスタルで作られたキングの駒を。

 黒と白、両陣営の中間に配置されたクリスタルのキングの輝きがヨーファンの瞳に怪しく映し出されるのだった。




『――準備完了よ』

 発見から時が進み、その連絡を受け取ったヨーファンは黒のポーンを白のクイーンで弾きだした。

「では、始めよう」


「――猊下っ! 一大事でございます!!」

 慌てて執務室に駆け込んできた部下に内心でほくそ笑み、用件を聞き出して慌てた素振りを見せる。

「なんだとっ! ヤヌマスの町が魔王軍に襲われているだと!?」

 巡礼を初めてもう少しで見えてくる町の名に慌てる教皇はすぐに部下に指示を出した。

「すぐにヤヌマスを守るための兵を派遣せよ! 近くにいる勇者――ベルマントを向かわせる!!」

「!? ほん、本気ですかっ!」

 部下が慌てるのも無理はない。

 今告げられたベルマントとは、教皇が最後に担当した勇者でありいわば懐刀のような存在。魔王本体が出てきているわけでもないのに派遣するには過剰戦力だと考えたのだ。

「今こうしている間にも魔王の攻撃で人々が苦しんでおるのだ! そのような些事を気にしておる場合か!!」

「ひっ…! も、申し訳ございません! すぐに配置いたしますっ!」

 転がるように飛び出して行った部下を見つつ、頭の中でビショップの駒が動かされる。

(さあ、キングを取るために行動せよ)

 教皇の中ではポーンもビショップも大差ない。大事なのはキング(自分)なのだから。

 そして自分を高めるのに必要な道具こそがクリスタルのキングと白のクイーンだった。




「――君が、ダイアナさんだね?」

 すべてが終わった後、教皇として少女クイーンに会った。

(何もかもを失い、絶望に染まった瞳。その中に微かな困惑を感じ、年甲斐もなく興奮してしまったのを覚えている)

「私はヨーファン。教会に勤めている者だ」

 あえて教皇とは名乗らなかった。

 教皇などと言っても理解できないと思ったからだ。それに、今の彼女には何を言っても頭に入ってはいかないだろう。

 それをひどく不満だと思った。だから、少々意地悪をすることにした。

「街を襲ったのは魔王の軍勢だった」

「!!」

 少女が顔をあげ、驚愕で瞳が開かれた時は内心小躍りしそうになった。

 ――私はそれが見たかった。


 その時はそれで別れた。

 いずれ再会することはわかっていたからだ。

 ただ、その前段階として教会への推薦と彼女に魔王の情報が伝わりやすい環境を整えておいた。

 これは自分へと近づくための布石――プレゼント。


 事態は順調。なんの波風もたつことなく、進行していった。

 いや、一つだけ教皇でさえも予期できないことはあったが、それはむしろ追い風となるものだった。

「……そして、今になってようやくすべてを手に入れる算段が付いた」

 行こう――呟き腰を浮かせる。

 室内にはすでに自分以外の誰もいない。

「またアレに頼るのは癪だが、それが気にならないほどに気分がいいよ」

 クリスマスに欲しかった物が届いたときの少年のような笑みを浮かべ、ゆっくりと部屋を出ていくのだった。




「――フェ、フェル、……フェルナン、ド…?」

 ダイアナは扉を開けて入ってきた人物を信じられないといった表情で見つめていた。

「やあ、ダイアナ」

 フェルナンドはまるでいつもと変わらない調子で、いつもと変わらない挨拶をする。

 声も、見た目も――五感で得られる情報がすべて目の前の人物の正体をフェルナンドだと、ダイアナの最も信頼し愛している人物だと告げていた。


「フェルナンドッ!」

 気付いたらそれまで動きを制限していた鎖がなくなっている。

 そして、ダッと近づき飛びつくようにフェルナンドの首に手を回す。

「フェルナンド! フェルナンド!!」

 感情を爆発させるように。

 すべての感情がここに集約されていたかのように、フェルナンドの名前を連呼する。

 今いる場所がどこで、何故このような状況になっているのかそれらすべてを忘れてただただ愛しい人に溺れていく。


「会いたかった!」

 そう叫べば、フェルナンドも呼応する。

「私も会いたかったよ」


 ダイアナとフェルナンドは牢屋の中でお互いを貪るように熱い口づけを交わしていく。

 熱を帯びた瞳と火照った体は邪魔な衣服を捨て去っていく。

(――私、なんでここにいるっけ?)

 意識が朦朧とする。

 それでもいい。

 フェルナンドと、愛しい人といられるならば…!


 ダイアナの心は唯一縋れるものに囚われ、離れることを拒絶していく。

 彼女が感じるのは愛しい人の体温と、甘い香りだけだった。




「――ようやく手に入れたよ。私のクイーン…」

 教皇の脳内でクイーンが盤上から取り除かれる。

 まるで逃がさないといわんばかりに手中に収められ、狂おしい感情を受けてか亀裂が走るのだった。

 プライベートのほうがバタバタするので6月いっぱいはちょっと更新が無理っぽいです。

 といいつつ、書きあがったら投稿するかもしれません。

 詳しいことは活動報告に記載させていただきます。

 それではまた会える日まで!

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