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第2話 意訳:さっさと帰れ

「…本当にこれを出すんですか?」

 自称大魔王ことムブラハバが城を訪れてから三日。今日は約束の日である。

 テーブルに並べられた料理を見て不安そうな表情を浮かべるアナと違い、クロガネは満足気だった。

「――これこそが奴を迎えるに相応しい品だ…!」

 この三日間、クロガネがこれを出すために苦心していたのはアナも知っている。

 原材料を育てることにしたって、ヘトヘトになるまで動くという普段からは想像できないクロガネの様子だって見ていた。


 だが、出来上がった品を一度試食させてもらったが……お世辞にも美味しいとは思わなかった。

(……本当にいいのかな?)

 クロガネが言うにはこれは味が問題ではなく、提供することに意味があるという。だから本来の調理に用いる材料ではないもので代用しても問題ないとか。

 また一波乱起こる予感しかしないアナだったが、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに諦念の心境でタイミングを窺っていた。

 ――クロガネが望む最良のタイミングで料理を出すために。

 それだけ、魔王と大魔王の会合は眷属も気の抜けないイベントだった。

 そして、この場合の――クロガネに従うという選択は正解だった。

 まさに選択のドロップに恥じぬ面目躍如の行いだったが、その選択が正解だったのはアナにとって()正解だった、とだけ言っておこう。




「……来たか」

「約束通り、また来たぞい?」

 以前と同じように顔を上げた時には既にその場にいるムブラハバ。

 この場にはクロガネとムブラハバ、それと少し離れたスペースには話し合いに提供する料理を準備しているアナがいるだけで他には誰もいない。

 コルトたちは何かあった時にすぐに避難できるようにここから離れた場所で隠れているように伝えてある。アナだって、もしも危険が迫ればすぐに避難できるように準備万端。

 アナを除けば、城内にいるのはあとイリス一人だけだった。

 そのイリスはというと、大魔王との会合に立ち会うつもりはないと城の警戒に当たっている。

(イリスから大魔王についてはある程度教えてもらった。…あとは、こいつの出方次第)

 前回のような失態は演じまいと力が篭もるクロガネと大魔王ムブラハバの会合が始まろうとしていた。

 これが後の世を分かつほどの会合になるとも知らず…。


「……よく来たな」

 心情的にはよく来れたなと皮肉りたいところだったが、そこはぐっと堪える。

 さすがにあそこまで惨敗すると、下手に逆らって刺激しようという考えは保守的な元日本人であるクロガネにはなかった。

「なあに、気にせんでも儂は約束は守る方じゃからの」

 対するムブラハバはやはり落ち着いている。これが魔王を統べる存在なのかとより一層力が入るのを自覚していた。

「さて、会合を始めるとするか」

(この時を待っていた!)

「いや、少し待ってほしい」

 クロガネは逸る気持ちを落ち着かせながら、椅子から腰を浮かせ手を軽く叩く。

「……ん?」

 ムブラハバが向けた視線の先からはアナが台車に蓋をした皿を乗せて姿を現した。

「――前回、言っていただろう? 次来る時には『茶の一杯ぐらい出せ』と」

 ニヤリと口元に笑みを浮かべ、アナの配膳が終わるのを今か今かと待ちわびる。

「だから精一杯の気持ちを用意させてもらった。――さあ、受け取ってくれ!」


「むっ…!!」

 ムブラハバは蓋が外され、明らかになった正体に思わず声を上げていた。

「……こ、これは!」

 そこには普通の皿よりも深く、壺よりもふちの広い食器。この国では珍しく木で作れたその器は、魔王になる以前から世界を巡り見聞を広めてきたムブラハバでさえ見たことのない見事な装飾が施されていた。

 しかし、それ以上にムブラハバの眼を引き付けたのはその器の中身。

 あのような言い回しをするものだから、初めは財宝などの金品で買収あるいは手下にでもさせてくれとした手に出るつもりかと評価を下げたが、目の前の若き魔王が提供したのはそんな下賤な物ではなかった。

 提供されたのは湯気が立ち上る温かな食事だった。

「珍しい…」

 まるで器に合わせたかのような、その器のために存在するかのような錯覚すら思わせる食事にムブラハバは自身の評価が間違っていたことを訂正する。

(やはり、この魔王はどこか今までの者とは違う…!)

 下がった評価を大幅に上昇させてから、再び器の中身に視線を戻す。

 湯気を上げるのは、何かの穀物だろうか?

 ふっくらとした印象は小さなパンがいくつも集まったかのようだが、パン屑などと違い一つ一つが主張をしている。さらにその上にまぶされた色取り取りの野菜が、穀物と合わさって美しさと気品を放っている。

 まさに見事!としか言いようがない品だった。


「――お気に召していただけたようですね」

 ムブラハバはクロガネの言葉にハッとした。

 気が付けば夢中で見入っていたようだ。

「…ふぉふぉ、たしかに素晴らしい品じゃ」

「『素晴らしい』ですか…」

 魔王が言い淀む様子に少し、怪訝な思いを感じるムブラハバだったが、その様子の真相はすぐに明らかになった。

「――失礼いたします」

 先程の侍女が今度はポットを乗せて再びを姿を現したのだ。

(はて? この侍女、ポットを持って来たわりにティーカップを忘れておるようじゃな)

 おそらく、来客の対応に不慣れなのだろうと推測を立て、本来ならば指摘したうえで叱責するが、それはクロガネの役目と目を瞑る。

 それに、これほど素晴らしい品を出すことに神経を集中させていたのだから多少のミスは大目に見るのが大魔王としての器の大きさを見せる行動にも繋がると感じていた。

 逆に、クロガネの行動によっては若い魔王の為人を見極めるいい機会だとも感じていたのだ。


「……さて、先程の言葉だがオレから訂正させてもらう」

「先程の言葉じゃと? 意味が分からんの」

 クロガネは内心でほくそ笑み、アナに合図を送る。

「この品はまだ完成していないってことだよ!」


(むぅ、むぉおおおお…!!)

 魔王の言葉を待っていたかのように、侍女がポットから茶を注ぐ。そう、先程の器の中にだ!

 穀物が紅茶に浸かり、まぶしてあった野菜が浮かび上がる。

 それはまるで枯れ葉が水面みなもに浮かび、水面をキャンパスへと変えていくかのように。

(なんと、幻想的な…!)

 供された品のなんと見事なことか!

 これでは先程、クロガネが何か含む様子を見せたのにも頷ける。これほどの隠し玉があり、それを見抜けなかったというのならば愉快痛快でならなかっただろう、と。この時、ムブラハバの心は決まったと言ってもよかった。

「――この品の名は?」

 本当は作品と言いたかったが、相手はこれを気持ちであると言っている以上料理として扱わないことは礼を欠いた行為だと己の気持ちを抑えながら尋ねる。ただ、普段は動揺しないのに心持ち声が上ずることは止められなかった。


「――それは、ぶぶ漬けだよ」


「その名、しかと胸に刻もう」

 アーラジン大陸を支配する大魔王と若き魔王クロガネの会合は両者の思惑が見当違いな方向に向かいつつも、一見平穏に幕を開いた。


 ただし、その様子を近くで見ていたアナだけは心臓に悪いと冷や汗を流すのだった。

 何故かぶぶ漬けの話で一話終わってしまったorz

 本編で語られていないだけでクロガネは相当な努力をしてきました。

 まずは米に似た植物を探し出し、それを育てるために必要な環境を整え納得のいく状態まで持っていく。

 本当に大変な作業の連続でここまでこぎつけたのです。三日でやったことを褒めてやりたいぐらいに大変でした。


 まあ、ムブラハバには逆効果だったのですが…。


 ということで次回は実食編(嘘です)!お楽しみに~

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