第8話 面倒くせえから適当に任すわ!(魔王談)
駆け足気味になりましたが、これにて第一章は終了となります。第二章は少し、長くなりそうなのでちょっと時間があくかもしれませんが5月の初旬には投稿できるように頑張りたいと思います。
――ドサッ!
「さて、と…」
目の前で最後の一人が倒れたのを確認したクロガネはようやく肩の力を抜いた。
その眼前には全身に大やけどを負った死体やバラバラに切り刻まれた死体。原形が分からずにグチャグチャになっている死体など、様々な死因の人間だったものが転がっている。
当然その中にはこの戦いの元凶となったアキデルの姿も確認された。といっても、首しかないわけだが…。
「……何でこいつはオレに向かってきたんだろうな?」
クロガネにはアキデルがこの無謀な戦いを挑んだ理由が終ぞわからなかった。
普通に考えれば弟の復讐だろうが、国として乗り込んでくるには少々理由が弱いような気がしないでもない。もしかしたら、アポバッカ王国の国風というものなのかもしれないが、それにしたってたった一人の復讐のために国民全員が賛同して襲いかかって来るだろうか?
「どうせ話はしなかっただろうが、一応事情を聞いておくべきだったかな?」
アキデルの首が転がっている付近までいき、手を伸ばす。
「…コレについても聞いておきたかったしな」
クロガネが拾い上げたのは、アキデルが使ったあの杭だった。
クロガネが疑問に思っていることは、無謀な戦争の理由とアキデルがこの杭を持っていたことに関する疑問だ。
アキデルの言っていたことが本当だとすれば、この杭は勇者などが使う神器である。だとすればいくら王族であろうともそう簡単に手に入れることが出来るだろうか?
また、この杭の効果がまるで〈フレンドリファイア〉をクロガネが使うことを知っていたかのようで気にかかった。
「……まさか、撃ち漏らしがいたか?」
そう考えたが、すぐに有り得ないと考えを破棄する。
イリスが来てから出来る限り気配察知系統の魔法を使用している自分があの付近にいた侵入者を見逃すとは思えなかった。もしかしたら、すぐに逃げ出していたのかもしれないが、それは憶測が過ぎるとも考えていた。
「…だとしたら」
方法はわからないが、魔王領を覗いている者がいるということだった。
しかし、そこで最初の疑問に戻る。
そう、覗いているのだとしたら何故わざわざ勝ち目のない戦いを仕掛けて来たのかということだ。
こうなって来ると、魔王という閉鎖環境にいると情報が不足すると思わざるを得なかった。
「今度、三バカでも情報収集に出そうかな」
割と真剣に考え始めたクロガネは何やら不穏な雰囲気を感じ取った。
「っ!! これは……アナか!」
戦に際して、眷属であるコルトたちにはいつもの緊急対策用の荷物とは別に危機が迫っていればそれを伝える術を渡している。
それがアナの危機を知らせたのだ。
クロガネは急いでアナを助けるために行動を開始する。
初日、城までの移動に使ったように飛行系の魔法を発動し、飛んで行った。その際、杭とアキデルの首を回収することは忘れなかった。
「ガハハハハッ! 見たか! これがオレの力だ!!」
敵の笑い声が響くが、ミザレたちは呆然として動けなかった。
今もなお、黒い球体はアナのいた場所に留まり周囲を呑み込むように縮小を続けている。
「……ア…ナ」
施設にいた頃から、ずっと一緒に暮らしてきた仲間が闇に飲み込まれ存在が消えようとしているというのに、それをただ黙ってみていることしか出来ない。自分たちの無力さに打ちひしがれる思いで先程踏み出そうとした一歩が知らず知らずのうちに後退していた。
「ガ~ハッハッハ……さて、このくらいでいいだろう。あとは…」
笑い声が止み、ゴードンの意識がミザレたちを捉える。
「!!!」
ミザレはゴードンに敵意を向けられ、ようやく力が体に戻って来るのを感じていた。
「――次はお前たちだ」
舟から降りたゴードンたちはゆっくりとこちらに前進して来る。
彼らはわかっているのだ。先程までアナ以外が攻撃に加わっていなかったことを。それが意味することを。
「イサロ! キカル!」
ミザレはすぐに二人に逃げるように声をかける。
(だけど、一体どこに!)
三人だけでどこまで逃げられるか?
逃げたところでクロガネが敗北すれば結局結果は同じ。だとすれば、逃げる先は領外に逃げるしかない。ただし、そのためには目の前の男たちをどうにかしなければならなかった。
どちらを選んでも地獄。
究極の二択を迫られたミザレ。
しかし、その思考は意外なところから遮られた。
「……よかった」
状況に相応しくない安堵の声を漏らしたのは、先程まで同じように呆然としていたキカルだった。
見ると、両の眼からは涙が溢れ、全身が歓喜を表すように小刻みに震えていた。
『……あぅ、いたたた…』
キカルの耳――彼に与えられたドロップは正確にその小さな声を捉えていた。
「……あぅ、いたたた…」
アナは背中から感じる痛みに意識を取り戻した。
(――なんとか、助かった……かな?)
先程、敵のドロップによって〈ブラックポイント〉が弾き返された時――たしかに死を覚悟したアナだったが、不意に背後に引っ張られるような力を感じ、穴に嵌ってしまっていたのだ。
アナが穴に嵌る。笑えない状況だが、それが彼女の命を救った。
目を開けてみれば、〈ブラックポイント〉はほぼ収縮が完了して、消えかけているところだった。
(……運がいいのか悪いのか)
自分が放てる最高の魔法が消えていく中、まるで自嘲するように笑みを浮かべた。
ゴードンによって弾き返された魔法によって出来たクレーター。その中に、アナはいたのだ。ゴードンへの攻撃をしなければ、この穴は存在しなかった。もしも、この穴の原因となった〈ファイアボール〉を温存していれば、ゴードンに勝てたかもしれない。
それでも、自分の命を救ってくれたのがこの穴だということもありなんとも言い難い複雑な心境だった。
ただ、アナは気付いていなかった。
これが、ある意味で必然だったということに…。
アナたち七人は魔王クロガネの眷属である。そして、眷属は魔王の力の恩恵を受ける。
アナが助かったのはほかでもないクロガネの悪運が彼女を救ったのだ。
「突撃いいいぃぃぃ!!」
アナが生きていることなど知らないゴードンは残された三人を倒すべく突進する中、あることに気付いた。
(……笑っている?)
仲間が死に、絶望に打ちひしがれていた少年たちが笑みを浮かべている。
先頭に立ち、結界を展開させて突撃しようとしていたゴードンはそこでようやくアナの死を確認していなかったことに気付いた。
(馬鹿馬鹿しい! 生きているわけがない!!)
生きていたとしても、もはや戦う力が残されているとは思えない。
一瞬浮かんだ疑念を払い、再度意識を目の前の三人に集中させる。
だが、戦場での僅かな油断は命取りになる。注意を向けるのならば徹底するべきだった。
「――残念。お前たちはここでゲームオーバーだ」
「へぼらぁっ!?」
ゴードンは結界ごと宙に浮かび上がった。
「…結界を張っている相手なら、結界ごと倒せばいいだけだ」
誰が。
何をしたのか?
それすらもわからぬまま、落下に合わせて自然と視界が下へと向けられる。
「!!」
ゴードンの眼に映ったのは絶望。
ただしそれは自分の死に対するものではなかった。
「あっ、あっ、あ゛あ゛あ゛ああああああああっ!!!!!」
魔王によって弄ばれる王の首を見て、ゴードンは命を落とした。
「…終わったみたいだな」
クロガネが決めていた終戦の合図があった。
コルトは手持無沙汰を感じつつ、開け放たれた門に視線を向ける。
門の手前には、愛しいルリーシェに抱きかかえられ、宥められるハミルの姿があった。そして、門はというと…、幾重もの茨が道を塞ぎ、姿を隠していた。
「もうっ! もう! もぅ~!!」
ハミルは憤っていた。
せっかく、クロガネから強力な魔法を貰っていたのに、一つしか使えなかったために。
「まあまあ、ハミちゃん。誰も怪我人がなかったことを喜ぼう。ねっ?」
そんなハミルを宥めるルリーシェは落ち着かせるように何度もハミルの頭を撫でてやる。
まるで興奮した動物を宥めているようだが、落ち着くまではしばらくかかりそうだ。
宣戦布告からひと月ほど。
開戦から僅か半日で、魔王領ハイドと小国アポバッカの戦いは終止符が打たれた。
ただし、このことを他国が黙っているはずがない。
魔王領ハイドはしばらく騒動の渦中にいることになるだろう。
――魔王クロガネの初陣から二日後。
クロガネたち魔王一行と勇者イリスはアポバッカの地に降り立っていた。
「…いやぁ~、本当に出られるとは」
魔王になってからずっとハイドに閉じ込められる形となっていたクロガネは感慨深そうに辺りを見渡し、見知らぬ土地を堪能していた。
そんなクロガネを「ぐぎぎ…」と悔しそうに見つめるイリスは終戦間際のことを思い出していた。
『黒甲蟲魔王様』
教会からの使者だという男は跪いていた。
その顔はかつてのダイアナのようにしかめっ面だったが、それはクロガネも同様だった。クロガネが魔王名を呼ばれるのを嫌うように、教会の人間は魔王の前に跪くことを嫌っているに過ぎない。
『此度の勝利、誠におめでとうございます』
ちっともおめでたそうじゃない口調で告げられた祝辞に、イリスなどは吹き出しそうになりつつも自分の立場を考え、必死で抑えていた。ただ、お腹を力任せにつまんでいる様は子どもたちには恐怖にしか見えなかったという。
『此度の勝利で魔王領ハイドにはアポバッカ王国の領土が追加されました』
異例のことである。
通常、魔王領は与えられた領土が増えることはない。
というのも、領地から出られない魔王にとって他の土地がどのような場所であるかは問題でないためだ。さらに、言えばアポバッカとハイドは結構離れている。
飛び地している場所を与えられても、クロガネには行きようがないと思われた。
『通常、魔王領に攻め込む軍隊などは接している土地が多いですが、今回は特例としてハイドからアポバッカに直接出向ける橋を神がご用意くださるとのことです』
滅多にあることではないが、国全体が魔王に挑むということは魔王が勝てばその国が亡びるということになる。魔王との戦いが原因で国同士が持ち主のいなくなった土地を巡って争うことがないように国が敗れた場合はその国、あるいは領土の一部を魔王領に帰属させるというのがルールであった。
今回の場合はアポバッカがあまりにも小国過ぎる上に、大した産業もないので分割することが難しくそれだったら国ごと与えてしまえと言うのが大雑把で娯楽に飢えた神の決定だった。
どうやらあの神はとことんまでクロガネで楽しみたいらしい。
「にしても、結構人が残ってるな」
辺りを見渡すと、元々のアポバッカ王国の国民たちが遠巻きにクロガネたちを眺めていた。
彼らはクロガネの采配次第では国外に出て行かなければならない身だった。それでも、出ていなかったのは愛着もあるだろうが、行くところがないというのが主な理由だろう。
「…さっさと済ませるか」
嫌な感じだと思いつつ、手続きを早く終わらせて正式な自分の持ち物のしようと王城へと足を進める。
「……ようこそ、いらっしゃいました。魔王クロガネ様」
「…………」
城に入ったクロガネたちを迎えたのは、少しやつれた男だった。
その男を見て、クロガネはある程度の身分の者だろうと推測する。男が身に付けていた衣服は装飾品こそないものの、この国では貴重な物だろうと思ったしどことなく自分が手にかけた第二王子と国王に似ていると感じていた。
「…で? お前は誰だ?」
興味などないが、いつまでも仰々しく頭を下げられていると気分が滅入る。
話を進めるために尋ねると男は意外な正体を明かした。
「私は、先々代国王がご存命だった頃、王位継承権第三位にいた者。名をサンドル。サンドル・ヴェルヴェルフと申します」
「なんだとっ!?」
声を上げたのはイリスだった。
いや、クロガネも驚いてはいた。むしろ声を失くしていて驚いてないように見えていただけだ。
「どういうことだ! 王位継承権を持っている者がいるならば、この国が魔王領に併呑されることはないはずだろう!」
イリスの言葉はもっともだ。
王が、国を治めるべき者がいるのならばクロガネにアポバッカ王国が譲渡されることはあり得ない。
「それは私が、提案させていただきました」
イリスの疑問にサンドルはなんでもないように答えた。
「……どういうことだ?」
こうなるとクロガネも口を挟まずにはいられない。
国を統治する人間が、その国を他者に――魔王に預けるなんて悪い冗談にしても度が過ぎている。
神と会話した時のような何か裏を感じ取っていた。
結論から言うと、ある意味では裏のある話だが理由はシンプルだった。
単純にサンドルが既に王位継承権を持ち合わせていないだけ。
「…アキデルは私のことをずっと疎ましく思っていました」
サンドルはアポバッカがまだ勢力を保っていた頃に他国の王族と縁戚関係を結んだ一族の人間なのだという。他国と縁が切れてからもその血は脈々と受け継がれていたそうだが、アキデルは裏切者の血が流れている者に王位継承権を与えることをずっと反対していた。
「アキデルは戴冠と同時に私の王位継承権を剥奪し、幽閉しました」
やつれているのはアキデルが出兵するまでの間、地下牢に繋がれていたからだという。
「私を含め、戦争反対派は王宮にも少しはいたのです。しかし、アキデルはその者たちを悉く反逆者として扱いました」
反対派の多くはサンドルを人質に取られたことで身動きを封じられ、戦争の準備をさせれていた。
だが、戦争が始まったかと思えば即座に敗北。
そこで城に残っていた戦えない戦争賛成派たちは急に手の平を返し、サンドルを自由にしたという。
「……責任を取るのが怖くなったのでしょうね。かくいう私も、どうすればいいか途方に暮れてあなた様にすべてを押し付けようとしているわけなのですが…」
このまま王位継承権を主張すれば、アポバッカは国として残ることは出来る。
ただし、魔王に宣戦布告し、ノーキンダムに恥をかかせた国だ。どのような末路を辿るのか。
「…それに、ノーキンダムだけでなくここまで弱ればオーブンラドも黙ってはいないでしょう。そうなれば強国に挟まれたアポバッカに為す術はありません」
がばっと俯き気味だった顔を上げ、クロガネに訴える。
「アポバッカは差し上げます! ですが、何卒、何卒民たちを御救いくださいませ!!」
サンドルの嘆願を聞き、クロガネは
「えぇ~」
ものすごく嫌そうな声を上げた。
(何この面倒臭い状況!)
叫びだしたいのを堪えながら、クロガネは思案する。
このままアポバッカを手に入れた場合、領土は増えるが面倒を見なければならない人間がぐんっと増える。さらには魔王領ということで攻め入る大義名分を得た強国が攻めてくるかもしれない。
では、アポバッカを放置した場合。アポバッカは即座に戦場となる。その際、クロガネは多少心が痛み、魔王としての悪名が上がるだけ。
一見すると、後者の方が格段に条件が良いように思える。
ただし、これは罠だとも思っている。
(あの教会の人間、神が認めたとか言ってやがった)
つまりは、アポバッカを手に入れなければ神に逆らったとして教会がたくさんの勇者を派遣してくるかもしれない。別にそれは構わないが、それ以上に面倒なのは神が直接館長をしてくる可能性の方が問題だった。
出来ることならば、というか絶対に神に関わりたくなどないクロガネは苦渋の決断を迫られた。
「ええいっ! アポバッカは一時的にオレの預かりとする!!」
追い詰められたクロガネは破れかぶれに宣言した。
「……はっ??」
これにはサンドルも呆気に取られた。
「いいか! オレはアポバッカの領土を手に入れるが、魔王としてオレはハイドという国を持っている。つまりはここを領地としてお前が治めろ!」
「…つまり、私に領主になれと?」
「そうだ!」
「そ、それはなりません!!」
サンドルは慌てた。
領主になれば、クロガネの庇護を得られないと考えたのだ。
「よく聞け! お前は魔王の眷属としてオレが与えた領地を治める。そして、アポバッカの国民たちも全員眷属にはなってもらう!」
眷属になることで魔王の助けは得られると主張するクロガネ。
「そうすれば、ノーキンダムやオーブランドが攻めてきてもオレが守ってやる」
これはサンドルの望みどおり。魔王が盾となれば、少しでも被害が減らせるかもしれない。そして、クロガネはクロガネで面倒な統治などを任せられる。
さらにクロガネは提案する。
「そして、重要なのはあくまでも預かりとすることだ!」
領土ではなく、預かりとする。
それの意味するところは…。
「もしも、オレが死んだらオレはアポバッカをその時の正式な継承者に返すとここに宣言する!」
「「!?」」
サンドルとそれまで話を聞くだけだったイリスも驚いた。
「だから、オレが死ぬまでにお前たちは独自の産業を発展させるなり、防衛を固めろ! これで文句あるか!!」
後半は天に向かって叫んだ。
《う~ん、面白いからオッケー♪》
その場にいた者は天からの声を聴いた。
「…よし! 神がこう言ってるんだ。問題ない!」
神の声を信じられないと、クロガネ以外が放心する。
サンドルも願った状況のはずなのに、急展開過ぎて思考がついて行かないのか、ぽかんと口を開いていた。
「あっ、そうだ」
クロガネはそういうことでと手続きをしようとしたところで、思い出したように声を上げる。
「おい、サンドル!」
「……へっ!? は、ひゃい!」
ボーっとしていたサンドルの頭を小突き、正気に戻したクロガネは先程思い付いたことを条件として追加した。
「もしも、オレが死んだときはこいつらを頼んだぜ」
コルトたちを指差し、手を差し伸べる。
サンドルはこれが魔王かと思いつつ、差し伸べられた手を力強く握り緊め、立ち上がる。
「お任せください! 我が魔王よ!!」
この瞬間より、アポバッカ王国は魔王クロガネの国の領土となり、領主には元王位継承権者サンドルが就任した。
かつて大陸にその国ありと言わしめたアポバッカ王国。
二大強国の台頭により、勢力を底の底まで落としたかの国だったが、魔王との契約によりその名を再び大陸全土に轟かせることになるのだった。
気が向いたら人物紹介を入れると思います。
それではまたそのうちにお会いしましょう!




