第6話 準備万端!ハイドへようこそ
短いです。
魔王領ハイドはアポバッカ王国の侵攻に対して三つある門をすべて開け放っていた。
これは門を壊されてはかなわないというクロガネの想いからだったが、アポバッカにとってはまるで罠を仕掛けて待ち構えているようにしか見えず、開け放たれた門が地獄の釜の入り口に思われた。
そして、開け放った門を含めて領内に侵入するとすれば四つのルートが存在する。
クロガネたちは当然それぞれに対応する布陣を敷いていた。
魔王城から正面方向にある便宜上正門――勇者イリス。
初め、イリスはここだけ守ればいいと進言していた。魔王に挑む以上は正々堂々真正面から来るに決まっているというまったく根拠のない憶測で。
ただし、それについてはクロガネだけでなく子どもたち全員にも反対された。
そもそも、前回のゲートルーたちは川から入ってきている。今回も真正面から来るよりは意表をついてくるのではないかと。こちらは人数が少ないので全員で守るのは効率的ではあるが、その間に居城を追い出されたりしたらどこに住めばいいか…。路頭に迷うことになりかねなかった。
そこで、自身が最も勢力が集中するであろう正門を守ると主張するイリスがここへと配置されていた。
次に、イリスとは真逆の門を守るのは魔王クロガネ。
クロガネはイリスとは逆に正々堂々城攻めするようなバカはいないだろうと、若干遠まわしでイリスを非難しつつこの配置に着いた。
正確に言えば、勇者に近いことで不意を突かれることを嫌ってもいたのだが、そこは空気を読んで告げなかった。
前回の侵入経路である川を守るのはアナと三バカ。
ある意味で一番危険なように思われるここに配置されたのが、ある意味では一番弱い勢力というのには当然理由があった。そもそも、ここは川というか水路なので侵入経路は限られる。
ズバリ、舟かもしくは魔法などによる飛行。
何を言いたいかというと、ここから侵入しようと思えば的になりやすいということだ。簡単に言うとここに配置された四人の仕事は三バカが侵入者の動きを察知し、アナが魔法で撃ち落す。単純明快な作戦の下で配置されているのだ。
最後、残された門には当然残りの三人――コルト、ルリーシェの兄妹とハミルがいた。
「ぶーぶー! なんで私がここなの~!!」
配置についてハミルが文句を言う。現在、ハミルはルリーシェに抱きかかえらえる形で待機しているわけだが、まあ退屈なのはしょうがない。
そんなハミルをシスコンというなの妹バカは叱りつける。
「こらっ! ルリーシェに抱かれるのに文句を垂れるなんて贅沢は許さないぞ!」
残念なことに、かなりずれた文句を言っていた。
「だって~、退屈なんだもん!」
最近はクロガネに魔法を習うのが楽しかったハミルにとって、クロガネから魔法を学ぶ機会を奪われるというのはおもちゃを取り上げられることとに等しかった。
「まあまあハミちゃん、これが終わればまた遊べるから頑張ろ?」
ハミルの膨らんだ頬をつんつんしながら宥めるルリーシェ。そしてまたそれに過剰に反応するシスコン。今から戦争が起きる悲壮感など感じさせず、きゃっきゃとしている様子はまるで公園で遊ぶ子どものようだった。
この三人に至っては戦うのはハミルだけという偏った配置になっている。
ハミルが覚えたクロガネの強力な魔法を放って侵入を阻むという至極簡単な作戦。ハミルのドロップで使えるのは一日三回が限度なので三回使い終われば即座に撤退するという流れになっている。
なにはともあれ、クロガネたちの準備は万端だった。
「半ば一番ないだろうと、冗談のつもりで待ってたんだが……」
目の前にいる百名に満たない集団を見て、クロガネはぼやいた。
「……お前、頭は良くないな?」
クロガネの言葉に反応するものがいた。それこそが、現アポバッカ王国国王アキデルである。
「――何を言っている? 最も手薄なところから精鋭を送り込む。それが戦のやり方だ。…卑怯などという言葉は存在しない」
そういうことを言いたいんじゃないんだがと頭を掻くクロガネだったが、ここに精鋭が来ているということは他の所は数だけで大したことがない奴らだろうと予測する。
実際、目の前にいる連中の脅威度はハッキリ言って低かった。それこそゲーなんとかという第二王子の方が姑息さがあり、脅威になり得ただろうと考えるほどに…。
「――まあ、いいや。始めようか」
こうして魔王領での戦争が始まった。
「フハハハハッ! 見ろっ! やはり私は間違っていなかった!!」
魔王城から真正面にある正門の外で高笑いを上げるイリス。
勇者として多対一の戦闘を多く経験しており、一人で複数を相手にすることの方が得意なイリスにとって目の前の光景はむしろ日常茶飯事で今更高揚感を得るような状況ではない。ただ、イリスが喜んでいるのは散々バカだなんだと言われ続けて自尊心が失われつつある中で広がる現実。
「何がおかしい!? 魔王の傀儡よ!! 我らアポバッカ王国正規軍! 逃げも隠れもせん!」
イリスの笑い声に腹を立てたのは、アポバッカ王国軍のトップに立つ男。センドリック。センドリックの背後に控える千人近い兵士たちも彼に賛同するように怒号を上げる。
「いやあ、すまない。つい、嬉しくなってな」
イリスは真摯に謝罪をする。
その光景は潔さを是とするアポバッカ王国軍にとって敵であっても称賛に値し、怒号を上げていた兵士たちは怒りを鎮めた。
「私はただ私の正しさが証明されたのが嬉しかっただけだよ」
イリスの言うことは彼らには伝わらない。
それがわかっているからこそ、イリスは淡々と自身の予想が当たったことの喜びだけを伝えた。
そして、これから伝えるのは残念な気持ち。
「…本来ならば、私はそちら側にいるべきなのだろうが」
今はそれが出来ない歯痒さ。もしも、彼らがなだれ込めば子どもたちの身が危険だ。だが、危険だからと眷属の誓いを反故にすれば子どもたちは居場所を失う。
「これはしょうがないことだ。人には人それぞれの正しさが――正義が存在する」
勇者が使う『正義』は万人が抱く『正義』よりも重い。
「そう! 正義だ! 我々、アポバッカ王国は正義の名の下に悪である魔王を滅ぼすのだ!!」
「――ならば私は私の正義を執行する!」
勇者として授かった神器を抜き放ち、イリスは正義を示す。
「かかって来るがいい!!」
とりあえず戦の前段階を投稿します。戦い自体は短くする予定ですのでご了承を!この戦いはあくまで物語の前哨戦に過ぎないので本題に入りたいのですよ(苦笑)




