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第5話 退け臆病な王よ

 ――時はアポバッカ王国に第二王子ゲートルーの訃報が届いたその日。

 謁見の間では深刻な表情を浮かべた王が第一王子アキデルの到着を待っていた。

「第一王子アキデル様入ります!」

「……そうか。お前たちは下がってよい」

 王は入室に合わせて謁見の間に居合わせていた臣下たちを全員下がらせ、入ってきた王子に視線を向ける。


「よく来たな。アキデル」

「……陛下に置かれましては、お疲れのご様子。こちらではなく奥で話しましょう。……臣下たちに利かせるべき話ではないでしょうから」

「…………そうだな」

 アキデルに促される形になったが、王は謁見の間から続く自身の私室へと息子と共に下がる。度重なる戦争の影響で王城も小さくなり、不用心とは言え謁見の間と隣接された王の私室は一応は国のトップがいる場として見られる程度には整えられている。

 そこに入るのは実の息子のアキデルと言えども、母が死んでから初めてのことだった。


「…聞いているな?」

 私室へとなだれ込んだ王は開口一番そう切り出した。

 そこで何のことかなどと聞き直すほどアキデルも愚かではない。確実にゲートルーのことだろうと口を開く。

「もちろんです。ゲートルーは残念なことになりました」

「……うむ。誠に残念だ」

 一瞬、王は王の顔を捨て父親としての顔をのぞかる。だが、相手が実の息子であろうともその悲しみをいつまでも引き摺るわけにはいかず、王は即座に王の顔に戻った。もしも、これが次代の王でなく、ただの子どもならば王も感傷に浸ることをしただろう。

 しかし、この場にいるのは今と未来において国を導くべき者たち。

 そうである以上は甘えは許されない。王は己を厳しく律し、父親としての上を消し去ると流れるように厄介なことになったと呟いた。

「……厄介なこと?」

 この言葉の意味がアキデルには理解できなかった。

 弟は、ゲートルーは素晴らしいことをして死んだ。この国の将来を考えるならば絶対に為さねばならないことをして死んだ。先人が国を守るために命を散らし、英雄と称えられることと何が違う?

 アキデルはそう叫びたい思いを堪え、ただ王の言葉の真意を探ろうとしていた。


「わからぬか? 我々はこれでノーキンダムを完全に敵に回したことになる」

「ノーキンダムを敵に? 何を言っておられるのです? むしろノーキンダムとの関係性を改善するためのきっかけとなる事柄でしょう!」

 アキデルは憤慨した。

 たしかに、ゲートルーは婚姻を勝手に放棄した挙句に魔王に敗れた。だが、それによって齎される恩恵よりも王が見ているのは小さな障害のみだという事実に。

「……何を言っている? ゲートルーはノーキンダム第四王女との婚姻の約束を破棄したのだぞ! これから我々は食料などをどのように調達せよと言うのだ!! もっと考えて物を申せ!!」

 王は王で直面している問題に気付いていないアキデルに苛立ちを隠せなかった。

 この二人は本質的にはアポバッカのことを考えている。

 だが、それは今と未来という形式に分かれることとなる。

 今を生き抜くために慎重さを求められる王と未来を生き抜くために多少の犠牲もやむを得ないと考えるアキデル。その考えには多少のズレが生じていた。


 アキデルは主張する。

「ノーキンダムが敵に回ることはありえません! 我々は共通の敵として魔王を見ているのですよ」

 王は反論する。

「バカも休み休み言え! ノーキンダムに何の報告もせずに婚姻をすっぽかし、挙句に魔王に挑み敗れたのだぞ! 奴らは自分たちが侮られたとこちらに報復行為に出ることは明白だ!!」

「それがおかしな話なのです。陛下、ノーキンダムにとっては娘婿を殺した仇敵こそが魔王なのですよ? ならばこそ、魔王を討伐するために動かねばそれこそ面子が立たんでしょう!」

「それはお前の理想だ! もっと現実を見ろ! おそらく、ノーキンダムはすぐにでも我が国に対して輸出制限をかけてくる。そうなれば、産業の少ない我が国の経済を支えることも食料供給を支えることも不可能に等しい。……それでは我が国は滅びの道以外は存在しない」




「あ~あ、つっまんないの!」

「……姫様、はしたのうございます」

 ゲートルーが来ず、楽しみが延期した形になったテインは初めこそ大人しくしていたものの、すぐに飽きたのか今では元『ゲーなんとかの家』に寝そべっていた。

「お父様に報告したら、お父様もアポバッカは何かを隠してるって言ってたけど…。楽しくなるのはまだまだ先かなぁ~。そうなったら、私今度は誰のお嫁さんになるんだろう?」

「それは難しい質問ですね。おそらくはノーキンダムの有力貴族の誰か、ではございませんでしょうか?」

「…そう思う? 私はオーブランドだと思うんだよね~」

「……ほぅ、その理由は?」

 オーブランドの名が出た途端、侍女の眼が怪しく光る。

 オーブランドとノーキンダムの仲は決して良くはない。互いにどちらが一番かを常に競い合っているだけあってどちらかを蹴落とす機会を虎視眈々と狙っている者が多いのだ。そして、それは一般人にも言えることだが、身分が高いほどその傾向が強くなる。

 王宮で侍女をしているだけあって身分はそこそこ。そんな侍女が主の発言に興味をそそられるのは無理もない。

 何故ならば普段は対等である両国だが、先程も述べたように仲は良くない。これが平民ならばとこかくとして、高貴な身分の者がどちらかの国に嫁ぐなど本来は考えにくい。

 しかし、テインは王位継承権が低いとはいえ、王女。彼女と釣り合うとなるとオーブランドでも指折りの貴族か王族しかいない。そして、テインは王が大変可愛がっており、嫁に出すことなど今のところは想像できない。

 そのテインがこう言うということは、オーブランドに何か不祥事があったということなのだ。

「ふふふっ、知りたい? 実はね――」

 侍女に事情を語るテインの表情は悪戯が成功した時の子どものよう…あっ、実際子どもだった。

 ただ、その心中ではどうやってこの状況に加わろうかということでいっぱいなのだった。


 この時のテインの予想は大して外れない結果になる。いや、なるはずであると今の段階では述べておこう。それでもテインが今後オーブランドの貴族と関わり合いになり自ら騒動に参入するチャンスをものにするよう動くことは明白である。彼女がジッとしていることなど考えられない。

 大局を見極める才能があるのがこの幼き姫なのだから…。

 それとは別に、ノーキンダムという国自体の話になると高みの見物を決め込んでいる間に介入のきっかけを失い、窮地に立たされることになる。テインにとっては自身が動くきっかけとなり、感謝もしているのだが親バカな国王がそのことで荒れに荒れて一時的に国が傾きかけるのも……もう少し先の話になりそうである。




「――では、陛下はあくまでもノーキンダムは我が国を潰すように動くので我々から動くべきではない。……そうおっしゃられるのですね?」

「もちろんだ。ノーキンダムの動きを見極め、最悪私の首を差し出すつもりだ。」

 『それで済めばよいが……』――そう語る父として国王として尊敬もしていた男の話を聞き、アキデルは温い…!という感想を抱かずにはいられなかった。

 そんなことだからノーキンダムとオーブランドにいいようにされるのだと!

 そんなことだからかつては連合を作れるほどの力を持っていた国が衰退の一途を辿るのだと!


 何よりもアキデルを苛立たせたのが、命を賭して国のためにと行動した息子に対して余計なことをしたとしか言わないことだった。

 ゲートルーは幼少時から体が弱く頼りない自分の代わりに必死に行動していたのに…!その想いだけがアキデルを突き動かした。

「……わかりました」

「おぉっ! ようやくわかって――ぐはっ!!」

「……父上、あなたは老いた。もはや国のトップに立つ器ではない」

 喜色を浮かべて振り返った王の胸元には銀色の杭が突き刺さっていた。

 先程、自室で渡された包みの中身であるそれをアキデルはこの場に持ってきていた。

 まさか、実の親子で殺し合いをするなどと夢にも思っていなかった王は対応が遅れそのまま落命する。


「……ゲートルーよお前の寄越したチャンスを無駄にはせんぞ」

 胸に突き刺さったままの杭を強引に抜き取り、父だったものの血を浴びながらアキデルは誓いを立てる。

「ノーキンダムは動く。奴らがこのまま魔王を放置しておけばオーブランドに付け込まれることがわからないはずがない! だが、それ以上にこちらに注意を向けられぬように行動する必要もあるな」

 足早に部屋をあとにしたアキデルは王の崩御を伝えるために行動する。

「――誰か、誰かおらぬか! 陛下が……父上がお亡くなりになられた!!」

(さあ、これが開戦の狼煙だ! 魔王よ、世界よアポバッカはまだ死んでおらんぞ!!)


 こうして自身の邪魔になる存在を始末したアキデルは順当に王位に付き、それと同時に魔王領ハイドにいる魔王へと宣戦布告をする。

 これは陽のあたらぬ小国へと追い込まれた者たちからの反乱の狼煙とされた。



 ただし、世間の評価は厳しい。これが二大強国に追い詰められて間もない頃だったならばともかく今のアポバッカを知る者はほとんどおらず、大抵の国では魔王に挑むのは物好きな挑戦者として認識された。またノーキンダムでは第四王女との婚姻話が上がっていたのがそんな国の人間じゃなかったか?という噂が上がることもあったが、結局婚姻が行われなかったことで出まかせだったのだろうと処理される。

 隣国であろうともさして興味のない相手に対する反応などえてしてこういうものである。


 アキデルの思惑が外れ、ノーキンダムを利用することも出来ずただ悪戯に時が流れていく。

 ――宣戦布告から約ひと月後。

 ノーキンダムからの支援の代わりに送られてきた輸出制限の影響により食糧難が持ち上がって来始めた頃にアポバッカ王国単独で魔王に挑むという挑戦を課せられることとなった。


 アポバッカ王国全兵士――その数総勢千三百人。

 対する魔王領ハイドは魔王クロガネと勇者イリス、そして子どもたち七人。

 数の上で圧倒的優位に立とうとも魔王と勇者という強敵。さらに彼らは知らないが、魔王クロガネは異世界の知識を持つ異例の魔王。

 物語の端に出てきそうな争いは止まることなく静かに幕を開いたのだった。

 ということで次回からはアポバッカ王国VS魔王クロガネチームになります。と言っても長々とやるつもりはありません。(3回ぐらいで終わると思います)

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