屋敷の書庫にて 2
屋敷の書庫にて
「少しお茶でも飲もうか?」
たぶん一番のどが渇いてるのはしゃべりっぱなしのシェスさんだろう。話すも聞くも憂鬱になるような内容だし、こっちもだんだんと感情のコントロールがきかなくなるかと思った。
シェスさんに文句つけるのはお門違い。というより、シェスさんは巻き込まれただけ。
わかってはいるんだけど、八つ当たりしたくなるのが心情ってやつだ。
だから、先を急がせたがるシータをなだめて、
「俺ものどがカラカラです。」
と胸元をかきむしるマネをして見せた。
思索の迷宮にハマってますみたいな難しい顔してるシィちゃんを横目に、さらにガリガリと喉をひっかく。
アホみたいな俺の言動をあたりまえのようにシカトしかけてたけど、ようやくこっち見てくれた。
「オーバーアクション禁止。」
リアクションはあいかわらずだったけど、かろうじて眉間のしわは一、二本減ったのでよしとしよう。
「禁止事項どんどん増えてんじゃん!
そのうち呼吸禁止とかいうんだろ!」
「ご名答。なんなら今からそうする?」
シェスさんは、そんな俺らを苦笑まじりに横目にしながら書庫から出て行った。
沈黙に耐えられなかったのは俺の方。
ふと、さっきシェスさんとの間で話題に挙がった子のことをふってみた。
「シィちゃんさ、ヘスって子、知ってる?」
反応は意外に良好だった。
「あぁ、ヴィクセン家のでしょ。あれの妹と一緒に最近やたらと絡んでくるわ。
最初に話しかけたのは私のほうだったんだけど、ちょっとウザい。」
「ウザいって…ホント、シィちゃんってイヤなヤツキャラを徹底してるよね。」
ウザいだの悪口言ってるくせして、彼女は気づいてるのだろうか。遠い目をして首都の方を見つめた顔にうっすらと微笑が浮かんでる。
「だって私の姿をみつけしだい体当たりよ?
あの小娘、マジ殺そうかと思うわぁ。」
憎まれ口もいくぶん優しげだ。
俺に対するのに比べれば。
「少しはコミュニケーションとか社会性とか気にしたら?」
「だってマジでジャマくさいんだもん。
たまたま短剣戦争の本読んでたから、つい声をかけてしまったんだけど。
あれが失敗だったわ。」
オーバーアクションでため息つくシータ。
だんだんともどかしくなる。本人が自覚している云々とかじゃなく、言葉の端々ににじみでる想いをなんとかごまかそうとしてるのがもどかしい。
だから
「失敗なんかじゃない!」
と思わず声を荒らげてしまった。
ぽかんとされた。
「あ、いや、ゴメン…」
「べつにいいけど。」
気まずい。
「でも…」
シータにとって大事なヒトだ。
今はちがくても彼女にはきっと必要になる。
そう伝えたかった。
「でも…」
うまく言葉にできない。
けっきょく意固地になって全拒否されそうで。そのヒトたちの存在そのものを全拒否しそうで、口にすることができない。
「ヘンなの。」
薄く笑われた。
俺がいまだどう伝えればいいか戸惑ってるうちに、シェスさんが戻ってきた。
「おまたせ。
ん? どうしたの?」
シェスさんは無言で姿勢を正す俺を見て、首をかしげた。
「あ、いい香り。」
「でしょ。
シナモン入のミルクティ。それとベリーのフルーツタルト。」
盆に三つ紅茶とケーキが載せられていた。
「あんましさ、おもしろい話じゃないからせめて甘いもんでも。
どーぞ。」
さっそく目を輝かせてタルトにかぶりつく少女が、ホントのシータなんじゃないかと思う。
…思いたい。いや、そう願う。
「ねぇ、シィちゃん。
シェスさんの弟さん助けて街に戻ったら、みんなでケーキ屋のはしごでもしようよ。
うん。あと、そのシィちゃんに絡んでくる二人ともどっか行こう。」
「あんたとあいつらの三人で行ったら?」
「ダメ。
シィちゃんにはぜったい糖分と友情が足りない。」
「前者はさておき、後者はいらん。」
たぶん、シェスさんは俺らの話の内容に感づいたのだろう。
黙って話を聞いていた。
「シェス!
笑って見てないで続き話して。」
「シータって昔のあたしみたいだわ。」
「よけいなこというなら依頼受けないよ。」
「はいはい…」
シェスさんの話が再開したら、シィちゃんの顔も元に戻ってしまった。寂しくなった。